―――バレンタインデー。
嘗てローマ帝国皇帝クラウディウス2世が、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、ローマでの兵士の婚姻を禁止しておきながらも、キリスト教司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)が秘密に兵士を結婚させ、その罪により捕らえられ、処刑されたとされる日である。
当然、この世界においてもクリスマス同様、バレンタインはやってくるもので…………。







 皇暦2018年2月14日。
 エリア11。クロヴィス、コーネリアと主を変えた彼の地は、今では独立を果たし仮面の男ゼロが、日本の暫定的国家元首となっている。
 さて事の始まりは、日本の政治の中心となっている旧ブリタニア政庁から少し離れた場所にある、零番隊隊長である紅月カレンの部屋から始まる。

「ええと、これを包装してっ…………良し、出来た!」

 自分の苗字に合わせた紅の包装紙。それに包まれたチョコ。
 そう今日はバレンタイン。女性から男性へチョコを、想いを送る日。

「って不味い! もう、こんな時間!」
 
 時計を見ると、針は十二を示していた。つまりは正午。
 だけど仕方ない。本来なら明日には造り終えているはずだったのだ。
 しかし、どうにも味に納得がいかず、失敗を重ね、試行錯誤して遂に完成したのがこのチョコ。
 名づけて『輻射波動方程式紅蓮チョコ弐式』だ。略してグレチョコ。

「波動方程式が効いたわね。それと輻射波動も」

 一体どのような手段で作ったのか非常に気になるところだが、味は保障つきだ。
 カレンは良くある、主人公にこの世の物とは思えない料理を食べさせようとするヒロインではない。しっかりと味見をしたし、他の人の意見も聞いてある。

 ちなみに黒の騎士団員の方々の感想。

 ラクシャータ
「良い性能ね〜。今直ぐにでもお嫁に行けるわよ〜」

 玉城
「ウンまああ〜いっ! こっこれは〜っ! この味わあぁ〜っ!
サッパリとした波動方程式に紅蓮のジューシー部分がからみつく美味さだ!
波動方程式が輻射波動を! 輻射波動が紅蓮を引き立てるッ!
“ハーモニー”っつーんですかあ〜、“味の調和”っつーんですか〜っ!
例えるならサイモンとガーファンクルのデュエット!
ウッチャンに対するナンチャン!
高森朝雄の原作に対する、ちばてつやの“あしたのジョー”!」

 ディートハルト
「カオスの権化だ!!」

 取り合えず意味の分からない事を口走っていた玉城と、相変わらずの人格破綻っぷりのディートハルトはぶん殴っておいた。
 しかし、そんなこんなでカレン特製チョコは完成したのだった。
 そして今。カレンはゼロの執務室の前にいる。
 これから会う相手は、自分達のリーダーにして革命の立役者。気合を入れなければならない。このチョコを送るためにも。

「紅月カレンッ! 入場します!」

『入場?…………まぁ入りたまえ』

 緊張の余り変な事を口走りながら入室する。
 
『それで、私に何の用かね?』

「そ、その…………ゼロ!
これを、受け取ってくださいッ!」

 差し出した、チョコを。
 ゼロは僅かに首を傾げると、

『……………………』

「……………………」

 沈黙。それだけが場を支配する。
 そんな中、最初に口を開いたのはゼロだった。

『そうか。今夜の夜食にでも食べさせて貰おう。
用事はこれだけか?』

「は、はい! 全力で食べられて下さい!」

『食べられる?』

「ま、間違いました! 全力で食べて下さい!
では失礼します!」

 そう言ってカレンはダッシュで執務室を去る。
 しかしこの時、カレンは気付かなかった。
 ゼロが日本人ではないことを。
 バレンタインデーに女性から意中の男性へチョコを渡す。そんな文化は日本限定だということに。
 ようするに、ゼロはカレンから渡されたチョコを、ただの差し入れとしか認識しなかったのである。

 ちなみに、その後。
 ただの差し入れと思っていたゼロが、ホワイトデーに何か用意する筈もなく……結局カレンはゼロに振られたと勘違いしてしまったとさ。めでたし、めでた……し?




 バレンタインデー。
 ブリタニアにおいてバレンタインデーというのは、日本のように女性限定ではなく、男女問わずケーキや花などを恋人や親族に贈る行事である。
 ちなみに此処エリア22で最も正統派の主人公とヒロインであるスザクとユフィは、今頃宜しくやっている頃だろう。 
 
 しかし彼女。…………ナイトオブツー専用開発チーム『カムラン』の主任にして、秘書、専属医師、専属美容師を兼任する彼女にとってバレンタインとは即ち戦場である。
 自分の事ではない。確かに顔は整っているので、男からの誘いがない訳ではないし実際にチョコやケーキを贈られた事もある。基本、このような行事には興味がないので、贈ってくれた相手には後々にお礼をするが、自分から贈ることは皆無といっていい。

 彼女にとっての問題とは、上官であるレナード・エニアグラムのことだ。
 レナードはあれでも帝国最強ナイトオブツーに名を連ねる騎士にして、ブリタニア有数の大貴族エニアグラム家の後継者であるという、かなりの……いや、とんでもないエリートである。お見合いの話など積もるほどあるし、ルルーシュのこともあって交友範囲は広い。しかも女性関係は広すぎる。

 ようするに、だ。
 彼女にとってバレンタインが戦場だというのは、即ちレナードの名前で貴族や婦人達に適切な贈り物をしなければならないからである。

 たかが贈り物と思ってはいけない。
 贈る相手にはルルーシュの後援となっている貴族や財界人達だっている。
 例えばもしも間違って貴族相手に愛を囁くカードなんて贈った日には、とてつもない事になってしまう。それを避けるためにも、主任は全力でプレゼントを贈りまくる必要があった。…………レナードの名前で。

 ちなみに当のレナードはこのエリアにはいない。
 なんでもアーニャの援軍として欧州に向かったとか。

「主任、次はミス・グステンホルスです!」

「グステンホルス? ああ、あの伯爵家の……。
そうね、なら適当に物語の皇子様が言うような愛の言葉でも書いておきなさい!
年頃の貴族の女子はそれで十分よ」

「主任! これはブリリアン子爵です」

「子爵は大のバラ好きよ。用意しておいたバラを百ほど贈りなさい」

「イエス、マイ・ロード!」

「主任!」

「今度はなに?」

「貴方が好きです! 結婚して下さい!」

「却下! さっさと仕事をしなさい!」

「…………くぅーー。イエス、ま、マイロードォォォ!」

「主任。これは少将に熱心にお見合いの話をもって来ているアルスター侯爵です!」

「そう、ならカードにマリア・ローズと書いて贈っておけば問題ないわ」

「なんですか、その名前?」

「侯爵の愛人の名前よ。
ちなみにアルスター婦人はかなり怖い人で、侯爵は尻にしかれているそうね」

「…………分かりました。贈って、おきます」

 そうして主任のバレンタインデーは更けていく。
 何のイレギュラーも起こらずに――――――――。


「ふぅー」

 粗方の作業を終え、自室に帰ると漸く主任は一息ついた。
 長い戦いだった、敵の数は余りにも多く個性に溢れていたが、なんとか全ての敵に適切なプレゼントを贈ることが出来たのだ。これは勝利である。

「ワインでも飲もうかしらね」

 それほど高い酒はないが、こういう日には飲みたくなるものだ。
 グラスにワインを注ぐと、先ず香りを堪能する。
 どくどくの香りが嗅覚を刺激し、そのまま口に運ぶ――――――寸前に、扉がノックされた。

「誰です?」

「俺だ。今、いいか」

「少将!」

 慌ててグラスを置き、扉を開ける。
 するとそこには、ラウンズの騎士服を纏ったレナードが立っていた。

「少将、欧州へ行かれたのでは?」

「その帰りだよ。なんでも行く前にアーニャが全て片付けたらしい。
シュタルクハドロンで敵基地を山ごとふっ飛ばしたそうだ。お陰で出番なしのまま出戻りだよ」

「それは、また……」

 アーニャ・アールストレイム。噂には聞いていたが、とんでもない戦い方をするものだ。
 豪快さという意味では、同じラウンズであるレナードとは比べ物にならないかもしれない。

「今日は悪かったな。変な仕事を押し付けて。
贈り物の用意はしていたんだが、急な仕事が入って」

「いえ、大丈夫です。
私の方で適切な処理をしましたので」

「そうか、助かるな。そうそう、これはお礼だ」

 言って、上物のワインを渡してくる。
 そういえば、レナードは女好きであると同時に結構な酒好きだという事を思い出していた。
 ついでに言えば、このワインは先程主任が注いだ物とは比べ物にならないほどの一品だ。

「ありがとうございます。宜しかったらご一緒にでも?」

「ありがたい申し出だが遠慮するよ。これから政庁へいって報告書を仕上げないといけないしな」

「手伝いましょうか?」

「おいおい。何でお礼を私に来たのに仕事を手伝わせるんだよ。
今日のところは休んでくれ」

「分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」

「そうしろ、そうしろ。じゃあ俺はこれで」

 レナードが去った後、先程注いだワインを飲むと、早速レナードからのワインをグラスに注ぐ。
 紅い真っ赤なワインは、光に反射し妖しい輝きを放つ。口に含むと甘い味が広がった。

「バレンタインも悪くないわね」

 グラスを傾ける。
 主任はそうやって、静かに微笑を浮かべるのであった。




 ルルーシュは総督執務室で呻いていた。
 情けないほどに。

「……………………」

「ルルーシュ?」

 C.C.が呼んでも返事をしない。
 まるで屍のようだ。

「ルルーシュ!」

「…………………………………………………なんだ、ピザ」

 思った以上に重傷だ。
 もやはピザ女ではなく、ピザだけになっている。
 
「なんだじゃない。一体どうしたんだ。
今日のお前はおかしいぞ」

「おかしい、か。
フフフ、フアッハハハッハハッハハッハハッハハッハハ」

 突拍子もなく笑い出すルルーシュ。
 はっきり言って、引く。

「知っているか、ピザ?」

「知らん。いや、それ依然に私の名はピザじゃない」

「バレンタインデーはな。
毎年、ナナリーと一緒にプレゼントを交換し合ってたんだ」

「人の話を聞かない男だな……」

 C.C.が言う。
 しかしもしルルーシュが正常だったなら「お前が言うな!」と叫んだであろう。

「去年はナナリーが手作りのショートケーキを贈ってくれてな。
ああ、生まれてからというもの、あれほどのケーキには巡り合ったことがなかったよ」

「………………なぁ、帰っていいか?」

「ちなみに俺がプレゼントを贈ると喜ぶんだ。
こう、頬を赤く染めて「嬉しいです、お兄様」っていうふうに……」

「ええぃ、面倒くさい。結論だけ言え!」

「だが! 今年はそれがないッ!
俺はアイスランド! ナナリーは遠く離れたブリタニア本国!
それは、まだいい。ナナリーがいる場所なら北極だろうとエベレストだろうと飛んで行くさ。
しかし…………」

「しかし?」

「今の俺はそれすら出来ないッ!
皇帝シャルル・ジ・ブリタニアによってナナリーと会う事を禁じられ、バレンタインのプレゼントを贈ることすら出来ない! 何をやっているんだ、俺は。
ナナリーの為のエリア22総督なんだ。ナナリーの為の皇子なんだ!」

「………………」

「そうか、皇帝シャルルめ。これを狙っていたのか。
だとしたらお前の手札の切り方は絶妙だったぞ。
こんなにも……こんな、にも…………!」

 敢えて言おう、シスコンであると。
 正直、数百年を生きる魔女であるC.C.も多少引いていた。

「あー、なんだ。別にシャルルはそんな目的でお前とナナリーを会わせない訳じゃないと思うが……」

「ナナリー、俺は、俺は何の為に行動を起こしたんだ…………」

「落ち着け、ルルーシュ! 帰って来い!」

 そろそろ、本気で頭を抱え始めた時。
 救いの手は差し伸べられた。

「失礼します」

 入ってきたのは、ギアスユーザーの一人であるサンチアだった。
 なにか綺麗に包装された箱を持っている。

「どうした、サンチア」

 対してルルーシュはあっという間に平静を装っていた。
 流石の演技力である。

「ええ、実はこれを預かってまして。
本国のナナリー様からだそうです」

「!」

 何か言う前にルルーシュは飛び出していた。
 一心不乱に箱の包装を綺麗にとると、中を開く。入っていたのは、

「これは折り紙で作った……鶴。
それも、こんなに沢山」

「千羽あるそうです」

「千羽、だと?」

 ルルーシュは思い出していた。嘗てナナリーの言った事を。

「この鶴を千羽折るとね。願いが叶うんですって」

 ナナリーはそう言っていた。
 あの頃は、笑いあっただけだったが、今は。

「それと、このようなメッセージカードが」

「見せてくれ!」

 もはや何時もの総督としての威厳はどこへやら。
 慌ててサンチアの手からメッセージカードを引っ手繰る。
 カードに記されていた願いは。

『お兄様がご無事でありますように』

 その文を読んだ瞬間、ルルーシュの中で何かが爆発した。
 それはもう凄まじい大爆発で。

「ナナリィイィィィイィィィィィィィィィイィィィィィィィィィィイィ」

「……………………大丈夫なのでしょうか、これは?」

「放っておけ。よくある発作だ」

「はぁ」

 しかりC.C.の言葉は正しかったようだ。
 一分もすると漸く何時もの平静さを取り戻す。

「すまなかったな、サンチア。妙なところを見せた」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。だが、ありがとう。サンチア。
お陰で助かったよ」

 ルルーシュが慈愛に溢れた笑顔を浮かべた。
 後にC.C.は語る。曰く、あの笑顔は反則だと。

「…………ッ!!」

「どうした、サンチア?」

「い、いえ! なんでもありません! こ、これにて失礼します!」

 急いで走り去っているサンチア。
 このままでは不味いと思ったのだろう。

「一体、何がどうしたというんだ?」

「ルルーシュ。お前は酷い男だよ」



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