―――影武者。
王や皇帝、独裁者などは自分の暗殺を恐れ、そっくりな者を影武者としたという。
だからこそ今では殺されたと思っている人物は、実は影武者で本当のその人物は生きているかもしれないのだ。





 合衆国日本。
 ブリタニアから独立し、今や超合衆国の重鎮となったその国に、久し振りにゼロは帰還した。

『すまないね、ゼロ。
中華連邦ではルルーシュにしてやられてしまったよ』

 シュナイゼルの謝罪にゼロはいやいやと否定しながら言った。

「君ほどの人間がいてもやられたのだ。
他の者がいた所で同じ結末にしかならなかっただろう」

『そう言ってくれると私も胸のつっかえが取れるよ』

「それにだ。
大宦官共は私が最も嫌悪する類の人間だ。
計画に私情を持ち込む気はないが、どちらにせよ何時かは消すつもりだった」

『…………欧州のほうは大成功だったそうだね』

「ああ。既にブリテンを中心としてアイルランド、ブルガリア、ルーマニア、フランスなどは超合衆国に憲章した。残ったEUの国々で我々に歯向かう程の力を持っているのはドイツとイタリアくらいだよ。その二国さえ批准させれば、他の国々も様子見を辞めて参加するだろう」

『それは上々。では私は中華連邦への工作を進めるとしよう。
モンゴル軍管区辺りは元々中華連邦に冷遇されていたから、親ブリタニア派に取り込むこともそう難しくはないだろうし』

「そうか。分かっていると思うが……」

『熟知しているよ。
ウォーレクイエムは出来る事なら世界を支配化においておいたほうが都合が良い。
帝都ペンドラゴン地下で続けさせている研究も順調だ。だけど…………』

「やはり最後の一つ、C.C.のコードが必要不可欠か。
君の調査によると、やはりアースガルズの本拠地はアイスランドに?」

『ほぼ間違いないだろう。
情報戦において世界一を独走するブリタニアが今までに発見出来ていないんだ。
となるとルルーシュがギアスで小細工したのは確定事項。
だけどブリタニアに復帰して一年ばかりのルルーシュがそんな小細工が出来たのは、総督として赴任していたアイスランドだけだよ』

「後はそれが何処にあるかだが……」

『流石に痕跡は全く見付からなかったよ。
私の異母弟は頭が良いからね』

「そしてレナード・エニアグラムか」

『ああ。彼に関しても中々面白い情報が見付かったよ。
どうやら父上やマリアンヌ后妃は彼を一種の無農薬野菜として放置していたようだよ。
ベアトリスとその弟達と違って』

「無農薬野菜か。言えて妙だな。
だがそれがワイアードギアス能力者を生む事になったのだから、世の中は分からないものだ。
農薬野菜より無農薬、か。自然とは偉大なり、とでも言うのかな?」

『中華連邦でも能力の一端を見せていたよ。
ナナリーのほうも順調だ。表層意識だけだったのが、今では深層意識まで読み取る事が出来ているようだよ。彼女はウォーレクイエム遂行するのに使えるから、能力が高まっているのは喜ばしい』

「そうか、では――――――」

 その時、執務室の扉をノックする音が聞こえた。
 
「すまないな。シュナイゼル。
来客のようだ。この話は」

『構わないよ。ではまた』

「良い夜を」

 シュナイゼルとの通信を切ると、扉に向かって入れと言う。
 失礼します、と入室してきたのは団員の一人だ。

「ゼロ、桐原翁がお呼びです」

「桐原翁が?
分かった。今行こう」

 元キョウト六家の一人。
 戦前の日本の影の支配者たる桐原に呼び出されたゼロは一人、翁の待つ書斎へと向かった。
 迎えの車に乗り小一時間。着いた場所には。

「話して貰うぞ、ゼロ。
お主の正体を、そして目的を」

 周囲には二十人ほどの武器を構えたSPと五機のKMF。
 それらの銃口が一斉にゼロへと向けられていた。




 この時期、ルルーシュはかなり精力的に動いていた。
 中華連邦を超合衆国に批准させる事をどうにか阻止したものの、未だに世界は圧倒的に超合衆国がほぼ支配している。
 
 だからこそルルーシュにはどうにかして味方を作っていく事が必要だった。
 先ず手始めにブリタニア国内に味方を作ること。
 これが中々芳しくない。中華連邦で全ての真実を発表したものの起こった波紋はごく小さかった。これについてはルルーシュは一つの納得を持って受け入れている。
 
 思えばブリタニアが超合衆国に批准した時からもう既に奇妙だった。
 これには恐らく政略などとは別の力が働いている。ユーファミアが行政特区の際に見せた求心力にも似ているが、今回は少しだけ違う。
 
 ルルーシュの予測では十中八九、シュナイゼルとゼロの影にもう一人ギアス能力者がいる。
 それもかなり広範囲へ効果があるほどの。
 
 と、その時。
 ルルーシュの下に通信が入った。

「レナード、どうした?」

『南方一の地方軍閥である曹安進を討った報告だよ』

「随分と速かったな。
その男は中々だと聞いたのだが?」

『ただの雑魚だよ。ちょっとだけ人より頭が良いのを気取って、大宦官に取り入りやがては中華連邦の王になることを夢見ていたらしい』

「そうか」

 頷いてルルーシュは思考を曹安進から移した。
 現在レナード率いるアースガルズの戦力と、中華連邦の星刻は地方軍閥や反乱因子の鎮圧に中華連邦中を走り回っていた。
 尤もこれに関してルルーシュは特に心配していない。
 星刻という男もレナードも決して、スザクやカレンのように武芸一辺倒というタイプではなく、戦略的見地や政治的思考も備えている万能型だ。
 それに今の地方軍閥には旗頭がいない。それに成り得る天子は既に星刻が握っている。やがて中華連邦は星刻の下に統一されていると思えた。

「ところでレナード。良い報告と悪い報告があるのだが、どちらから聞きたい?」

『普通は良い報告からだろう』

「コーネリア姉上が見付かった」

『なんだって!?』

 レナードが慌てた様子で叫んだ。

「俺も驚いたよ。なんでもエリア11陥落の際に、グラストンナイツの一人とエリア内に潜伏していたらしい。今は特務局の元総監の……」

『ベアトリスか?』

「そうだ。
そのベアトリス・ファランクス卿の協力で地下に潜り、反攻勢力の指揮を執っているらしい。
ダールトン卿もいるそうだぞ」

『ダールトン将軍がっ。
それに反攻勢力だって?』

 コーネリアとダールトンはエリア11独立の際に行方不明になっていた。
 二人が生きてブリタニア国内にいたというのは、ルルーシュにとっても嬉しい誤算だった。

「ブリタニアの国内にもシュナイゼルに疑問を持つ勢力はいるということだ。
ギルフォード卿の離反といい二人には色々と思うこともあるのだろう」

 ルルーシュは今コーネリアを始めとしてブリタニア国内に協力者を作っている。
 レナードの生家であるエニアグラム家は、ノネット・エニアグラムのラウンズ脱退。シュナイゼルによって厳しい監視体制に置かれている事からも接触はほぼ不可能だが、レナードが前にルルーシュがブリタニアに戻って直ぐの時に、味方つくりに奔走してくれていたお陰で、思ったよりも成果が上がっている。
 だが、それでも。

『それで悪い報告というのは?』

「中華連邦で真実を発表しただろう。
その波紋が思った以上に……いや想定外の効果の無さだ。異常なほどにな」

『そんなに……』

「もしかしたら、あちら側にはもう一人ギアス能力者がいるのかもしれない。
お陰で当初の予定より味方作りが進んでいないよ。
今後はそのつもりで動いてくれ」

 最初からこちら側の者を味方に取りいえるのは上手くいった。
 しかし最初から、こちら側じゃない者を味方にするのは殆ど進んでいない。
 別に真実を発表した程度で世界が引っ繰り返ると思うほど楽観的ではなかったが、それでも何らかのダメージをシュナイゼルに与えられると考えていた。だが結果は疑惑を与えただけでシュナイゼルの力が衰えるなんて事はなかった。

「さて、まだまだやる事が終わらないな」

 ドイツ、イタリアとの交渉。
 ブリタニア国内への世論操作。アースガルズの補給。
 やる事は余りにも多い。中華連邦のほうはレナードに丸投げするしかないだろう。
 幸いレナードは優秀だ。中華連邦の一つや二つは任せられる。
 時間は一分たりとも無駄には出来ない。ルルーシュは次の作業へと取り掛かった。




「私の正体、ですか……」

 桐原の口振りから考えて、恐らく先代ゼロ=ルルーシュはこの桐原には己が素顔を晒していたのだろう。この強かな老人のことだ。
 ゼロが敵国の皇子だと知っても、それが結果的に日本の独立に繋がるのであれば黙認するだろう。いや寧ろ積極的に協力するかもしれない。
 なにせルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは嘗てこの日本に人質として送られたという。ならばこの桐原にはルルーシュがブリタニアに反逆していた理由にも合点がいくだろうし、実力面でも問題はない。

「そうだ。一体何時から彼奴と入れ替わっていたのかは知らぬ。
今までは日本独立の功がある故に黙認していたが、この頃のお前の動き……。
答えるのだ! 貴様、ブリタニアと手を結び一体なにを企んでおる!」

「狡兎死して走狗烹られ、高鳥尽きて良弓蔵る。
成る程、私は君にとっての狗ということか」

「貴様、御前に向かって!」

 SPの一人が銃を構える。
 だがゼロは全く怯えた様子もなく平然としていた。いや、怯える必要がないというべきか。彼が本気になれば此処に居るSPを瞬殺し、KMFの放火を掻い潜り、桐原に刃を突き立てるのはそう難しい事ではない。

「桐原、お前の望みはなんだ?」

「なんだとっ」

「日本の独立か? 利権の獲得か? 国際的地位の向上か? 金か? 富か? 名誉か?」

「全てだ。
ワシは日本を愛しておるし、富も財産も愛している」

「良い答えだ。
だが一歩退いて考えてみようか。
日本は独立しブリタニアも敵ではなくなった。
世界で続く戦争を終わらせる事は実に容易いだろう。
しかし、それは良くて数十年の平和だ。
もしかしたら五十年後、日本は再び何処かの国に占領されるかもしれない。もしかしたら世界を真っ二つに割った大戦が起きるかもしれない。もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら…………」

「何が言いたいッ!」

「単純だよ。私はこれを終わらせたい」

「終わらせる?」

「この世全ての国に恒久的平和を。
この世全ての人々に幸せを。
――――――――それこそがウォーレクイエム。私の計画だ」

「馬鹿な! ゼロ。お主は夢を見ているのか?
そのような世界、この長い歴史で一秒たりとも存在したことなどないわッ!」

「前例がないからといって諦めるのか? 私は諦めない。
元より人はそうやって進歩してきただろう。
空を飛びたいからと願い飛行機を生み出し、大量に人を殺したいと願い毒ガスを生み出した。
だから私は恒久的な平和を願い、ウォーレクイエムを完遂する」

「話にならぬっ! やれ!」

 桐原がSPに命じた瞬間だった。
 天井が突き破られ一機のKMFがゼロを守るように立ちふさがる。

「馬鹿な、これはトリスタン! という事は……」

『ゼロ、ご無事ですか?』

「大義だ、ジノ・ヴァインベルグ」

「ナイトオブスリー。ブリタニアのナイトオブラウンズが何故ゼロを、その男を守る?」

 桐原がトリスタンに向かって言った。
 当然だろう。幾らゼロが今やブリタニアの味方とはいえ、ジノは皇帝守護を第一とするナイトオブラウンズだ。それが何故主君ではなくゼロを守るのか。

『シンプルな答えだよ、桐原。
私の真の主君はそこにいるゼロ。それだけのことだ』

「何が……」

 桐原が絶句する。
 あのナイトオブラウンズすら味方に引き入れるとは、一体ゼロとは何者なのか。

「桐原翁、此処で殺すのは容易いが、貴方の財閥には利用価値がある。
精々老人らしく静かに生きることだ。では失礼」

 トリスタンの手に乗り去っていくゼロ。
 桐原はそれをただ眺めているしか出来る事はなかった。







 そしてこの三日後の事であった。
 アイスランドにいるルルーシュにナナリーの居場所が伝えられたのは。



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