―――人生は、必ずしも思うようになるとは限らない。
ルルーシュを見れば分かるだろう。ルルーシュは綿密な計画と情報収集によって完璧なる作戦をもって戦場に臨むが、それでもイレギュラーな事態というのは発生する。
シンジュク、河口湖、ナリタ、式根島。完璧なる戦略に幾度となく立ち塞がったランスロット。
そうならない為にはどうすればいいか?
簡単だ。休みをとり疲れを癒せばいいのである。
アイスランド、いやエリア22の首都からそう離れていない場所に、その基地の入り口はあった。
ルルーシュがギアスを使い秘密裏に建造した地下基地。
その奥の一室。
そこは元特派の技術者ロイド・アスプルンドとセシル・クルーミーに与えられた研究室であった。
「うーん。やっぱりハドロン砲を撃つとバランスがねー」
ランスロットの設計図を見ながらロイドは難しそうに呟いた。
「やはり、どうにかなりませんか?
カムランからの技術提供では」
「あそこ。僕達のランスロットとは機体コンセプトが違うからね〜。
だけど無駄ではなかったよ。ハドロンブラスター発射時の反動を60%もマイナス出来たし。でも」
それでは駄目なのだ。少なくともロイドには。
ランスロットというKMFはそもそも圧倒的な機動力こそがウリなのである。狙撃重視のマーリンや砲撃重視のモルドレッドとはコンセプトの時点で大きく異なる。
似ているKMFといえばパーシヴァルがあるが、あれは元々ヴィンセントを発展させた機体であり、謂わばランスロットから派生したKMFといって過言ではない。
「やっぱりセシル君の考案したエナジーウィングを使うしかないかな〜」
「はぁ……」
「どうしたんだい? セシル君。浮かない顔で」
「良かったんですか、ロイドさん。
シュナイゼル殿下を裏切って」
「ああ、そのこと」
ロイドは合点がいったという風に頷く。
確かにセシルの言う事にも一理ある。
忘れてはならない。元々特派という部署はシュナイゼルの直属なのだ。ある意味こうやってアースガルズに参加していることは不忠ともとれる。
尤もそのことに関してはセシルは対して考えてはいない。
この変人で通っている上司のことは良く知っているし、貴族としての自覚やら国に対する忠誠心も薄いというのはその言動や行動から誰でも予測出来る。
だがどうしても腑に落ちない事が一つあった。
「KMFの研究の為というのは分かります。
私も最初はスザク君というデヴァイサーが参加したから、そう思っていました。けど……」
「うんうん。良く分かるよ。
研究するなら何も国際的にはテロリスト扱いのアースガルズじゃなくて、合衆国側についたほうが色々と効率がいいだろうからね〜。
なにせ予算もたっぷり弾んでくれるだろうし、新しいデヴァイサーだって皇帝陛下直属の研究機関ともなれば引く手数多だよ」
「では、何故?」
情が移ったから、と考えたいのは山々だがそうは思えない。
となると別の要因がある筈だ。
「僕もルルーシュ陛下とスザク君なら、シュナイゼル殿下に着くのも考えたんだけどさ〜。
忘れてない? 今陛下の側近はレナちゃんなんだよ」
「……………………」
レナちゃん、というのは、もしかしてレナードの渾名だろうか?
相変わらず妙なネーミングセンスである。
「セシルくんは、レナちゃんの事をどう思ってる?」
「どう、とは?」
「印象だよ、彼の」
レナードの印象?
突然言われてもそう簡単には出てこない。
数分ほど頭を捻り、ロイドに答えを言う。
「日常生活は不真面目ですが、軍務においては実に真面目な方かと。
私の作った冷奴や御寿司も美味しそうに食べてくれましたし」
今まで何故か満足のいく評価を貰えなかった御寿司だが、レナードは美味いと絶賛してくれた。本国のブリタニア料理にも勝るとも劣らないと。
やはり料理を誉めてもらうのは嬉しい。周りが周りなだけに。
「…………セシル君の料理は置いといて。
問題は彼が真面目なところだよ」
「真面目の何がいけないんです?
どこぞの不真面目な上司の方には少しは見習って欲しいところですけど」
「真面目なんて生易しいものじゃないよ。
彼はね。泣きながら感動の別れをした後にでも、平然と後ろから撃ち殺せちゃうタイプ。
確かに表向きアースガルズに参加しない人は本国に帰っていいって事になってたよ?
だけど本当に僕達が本国に帰ろうとしたら、間違いなく後ろから撃ち殺されていたよ」
「…………まさかっ!」
「勿論、確証なんてないよ。
けど良い意味でも悪い意味でも彼には『容赦』っていう言葉がないから。
そこがスザクくんと一番違うところかな。
たぶんだけど、相手が肉親でも命令があれば殺しちゃうだろうね〜」
「それじゃあ、粛清を恐れてアースガルズに?」
「端的に言うとね。
だけど、そう悪い事ばかりじゃないよ。
何故か此処、補給が途切れる事がないし、予算だってあるし。
なによりスザク君レベルのパーツは中々見付からないしね〜。
それより、君が考案したエナジーウィングのことだけど?」
「もし今のランスロットに適合させるとなると、機体の全面改修が必要です。けど……」
「今は大事な時期だから。
スザク君からランスロットを離れさせる訳にはいかない。難しいね、戦争って〜」
「それじゃあ、やっぱり新しく作り直すんですか?」
「一応予算はあるしね。だけど……」
「ええ」
セシルとロイドの懸念。
それはブリタニア本国に残された特派の研究データ。
あそこにはランスロットのノウハウを始めとして、セシルのエナジーウィングのデータまである。
理論的には完成されているシステムだ。優秀な技術者が多く居る本国ならば既に――――――――。
元EU加盟国イタリア。
南欧州に位置する共和制国家であり、嘗てはイギリス、フランスと同じEUにおいて相当の力を持つ国だったが、今ではEUは事実上の解体。イギリス、フランスの二国は超合衆国憲章に批准、ドイツは中立を宣言している中、今のところ表立った行動は何一つしていない国家である。
そこにレナード、スザク、モニカ、ルキアーノという凄まじい面々が来ていた。
外交交渉というのも一つの目的ではあるが、実際の目的は違う。
ようするに、だ。
彼は休日を取りに来たのである。
「長かったな」
「うん、長かった」
「長かったわね」
「私が殺し疲れるというのは始めての経験だよ」
しみじみと四人が口を揃えて言う。
そこにイレヴンだとかなんて仔細な問題である。
彼らは共に戦った同志であり、共に苦しんだ仲間達であった。
悪逆皇帝ルルーシュによる命令、そのまた命令、命令をこなしたと思ったら再びの命令。
本当に地獄の日々だった。
時には一週間も眠れなかった事だってある。三日間KMFのコックピットから離れられなかった時もある。もしカロリーメイト(フルーツ味)がなければ、彼等は戦死ではなく過労死していたかもしれない。それほどルルーシュの人使いは荒かった。
余りの重労働、重圧に遂に怒りの限界点を超えた四人は、ルルーシュに直談判しどうにかして、イタリア交渉が成功したら、残りの時間は休んでいいという許可を貰ったのだ。
やはりストライキ宣言が効いたのだろう。
「でも本当に良かったの?」
「なにが?」
「確かに休みは欲しかったけど、ラウンズ三人に枢木まで抜けるなんて。
アースガルズの戦力、大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。なにせ他のパイロットは殆ど残っているし、アーニャだっている。
中華連邦のほうも治まってきたし。暫くKMFが不要になるからこその休暇、だろ?」
「でも、やっぱり休日ってのはいいな〜」
「ああ。ディ・モールトいい!」
「そうだね。だけど流石はレナード。
イタリア大統領をああも容易く説得するだなんて」
スザクから見ても、今回の交渉は見事なものだった。
当初は協力を渋っていた大統領は、レナードがゴニョゴニョと耳打ちすると打って変わって対応を変え、アースガルズへの協力を約束したのである。
「だけど一体、どんな手を使ったんだい?
あんなに気難しい人を説き伏せるなんて。それも短時間で」
「私も同感。どんなマジック使ったの?」
「興味があるな」
三人が口を揃えて言う。
するとレナードは仕方ない、とでも言う風に。
「此処だけの話、だぞ?」
三人がコクコクと頷く。
「実はだな。前にイタリア旅行へ来た時……」
『来た時?』
「大統領の愛人を……………………寝取った」
「………………」
「………………」
「……………………………!!??」
『なにぃぃいぃぃいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!』
「しぃー! 声が大きい!」
レナードに言われて、慌てて口を紡ぐ三人。幸い四人とも騎士服ではなく、普通の私服なので通行人に騒がれる事はなかったが、白い目で見られてしまった。
しかしその驚きまでは隠せない。
「そ、それって、本当!?」
「ああ。だけどこれには事情があるんだよ」
「事情?」
「そうだ。俺は当時ラウンズという立場もあって、洒落な社交界に出席していたんだが…………その際、窓際に溜息をついて黄昏ているブロンドの美女がいて…………つい口説いたんだ」
「……相変わらず女癖が悪いな、レナード」
「ははははははっ。いやー、驚いたよ。終わった後になって「私は大統領の愛人」って言われた日には不味いと思ったな。だけどまぁ幸いな事に、縁が切れる寸前だったから大した問題には発展しなかったけどな。だから、その失敗を糧に、女を口説く時は背後関係をしっかり調べてから、というふうにしたんだよ」
「それって、ただ女遊びを止めればいいだけじゃ……」
スザクが至極尤もな事を言う。
「酒と女と賭博は止められないよ。
特に賭博なんて最高だぞ。あんあルーレットなんて動きがノロくてノロくて……」
「才能の無駄使いね。
アンタのようなのがいるから、カジノにラウンズお断りってなるのよ」
「お陰で私の臨時収入源が消えたぞ。
カジノは良い貯金箱代わりだったというのに……」
「断っておくけど。入店お断りになったのは、ルキアーノのせいでもあるんだからね」
「おやおや、それは失敬」
「そ、それで! どうやって大統領から了承を取ったんだい!?」
話の方向性がずれて来たのでスザクが話を戻した。
「簡単だよ。その寝取った愛人から、他の愛人情報も色々と教えて貰ってたからな。
だから『全世界にお前の戦績を発表してやるぞ』って言ったんだよ。
するとまあこの通り。話の分かる大統領で助かったよ」
「………………今のイタリア大統領って真面目で堅物って有名じゃなかったかしら?」
「気にするな。現実なんてそんなもんだよ」
「妙に生々しいな」
「気にするな」
少々微妙な雰囲気になった所で、ローマにあるコロッセオに到着する。
なんというか流石は有数な観光地だけあって、どこか圧倒されるような歴史の凄味があった。
「…………………………」
「多くのが剣闘士達が此処で戦い、そして死んでいったのか」
民主主義国家の人間からしたら、そんな剣闘士が闘技場で命を賭けた決闘をするなんて過去の話だが、ブリタニアの騎士である四人にとっては他人事で済む話ではない。
「そういえばルキアーノ」
「なんだァ?」
「士官学校時代から今日まで、お前とはまだ白黒はっきり着けた事はなかったな」
「そういえばそうだったな。KMFの模擬戦では勝ち越してはいるが、白兵戦では互角だった。
筆記では負けたから……」
「その決着をつける場所として、このコロッセオは実に相応しいと思わないか?」
「面白い」
ルキアーノがナイフの束を取り出す。
レナードもまた構えをとる。
「止めなさいよ、二人とも! 此処で決闘だなんて正気!?」
モニカとスザクが慌てて止めに入る。
すると二人は突然笑い出した。
「本気にするなよ。ただのジョークだよ、ジョーク。
流石にこんな場所で殺しあうほど馬鹿じゃない」
「おや、私は構わないが?」
「俺が構うんだよ。
大体、此処で問題起こしたら折角の休日がパーだ」
「全く……悪いジョークは止めてよ。ホントに心臓が飛び出るかと思ったわ」
「悪い悪い」
そう謝りつつ、レナードは再びコロッセオを眺める。
決着、つけなければならない時が来るのかもしれない。
ルキアーノのことだけじゃない。他の色々な事にもだ。
(やっぱり、生き急ぎすぎたか……)
最後にもう一度だけ溜息をつくと、そのままコロッセオを後にする。
余談だが、その後イタリア観光中にはしゃぎ過ぎて警官に身分がバレてしまったというのを此処に記しておく。何事も羽目の外しすぎは良くない。
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