―――IF
過ぎ去った歴史にIFはない。
けれど、多くの人は一度くらい考えてしまうだろう。
些細な違いで、歴史は千変万化する。
魔法が存在する世界があるかもしれない。
宇宙に人が進出した世界があるかもしれない。
IFの世界というのは、無限の可能性を有しているのだ。
ナナリー・ヴィ・ブリタニアの死。
それはアースガルズの面々に影を落とす衝撃的な出来事であった。
ルルーシュなど一時期には再起不能かと思われた程だ。
だが生きている者は、やがて死者の死を受け止め先を歩いていく。
アースガルズにはまだ、やらなければならない事が山ほど残っているのだから。
アイスランドの地下基地に帰還したルルーシュ達が行っていたのは、ごくごく地道な作業であった。ブリタニア国内における味方作り。諸外国との交渉。
ルルーシュの絶対遵守のギアスが最大限効果を発揮するのは戦場ではなく政略。本来なら絶対に味方に引き込めない者だろうと、強引に意志を捻じ曲げ従わせてしまう。それこそギアス能力の最も恐ろしいことだ。
そしてナナリーの死から三ヵ月後。
皇暦2019年10月13日。丁度皇帝シャルルが死去してより一年。
ルルーシュは唯一全ての事情を知るC.C.とレナードのみを連れてアイスランドにある遺跡へと来ていた。
「相変わらず、不思議な場所だな」
レナードがそう呟いた。
今の彼はラウンズの騎士服、それに剣を携えている。
懐には銃やナイフもあるだろう。
「そうだな」
ルルーシュが答えた。
此処はあの神根島や帝都ペンドラゴン宮廷の奥にあった物と同じ遺跡。
それがアイスランドにも存在していた。
千年以上前に建造された物であるのに、これを造った技術力はそう昔のものではない。
謂わばオーパーツ。
不思議な場所。
レナードはそう形容したが、ルルーシュからしたらどこか落ち着かない空間だ。
多くの謎、コードに纏わる神秘。此処は呪われた王の力、その根元だ。
そしてその最果てには、恐らく神根島にあった物と同様の扉がある。
「C.C.」
ルルーシュが唐突に問いかけた。
「なんだ?」
「一つ、確認したい事がある」
「手短に話せ」
「お前の願いについてだ」
C.C.の顔が渋くなる。
答える気はないのだろう。
「前に話す気はないと言わなかったか?」
「言ったな。だからこれは、俺が勝手に推理したことだ」
「………………」
「皇帝シャルルの遺言。コードが一定以上のギアス能力者に譲渡出来るということ。
そして俺にギアスを与える為に日本に来た。
これ等の情報を俯瞰し考察すれば、必然的に一つの答えが見えてくる。
C.C.。お前の願い、それは、死ぬ事、なのか?」
C.C.は暫し沈黙する。
やがて口を開くと、そこには諦めた顔のC.C.がいた。
「嗚呼、そうだ。間違いはないよ。
我が願いは死ぬ事。私の存在が永遠に終わる事だ」
やはり、間違ってなかったか。
思えば、こんな簡単な答えに思い至らなかったほうが可笑しい。
いや、もしかしたら自分でも知らず知らずの内に、その答えに気付かないようにしていたのかもしれない。だが、もう目を背けている訳にもいかないから。
ルルーシュは一つの決意を込めてC.C.に言う。
「なぁC.C.
もし、俺が俺の目的を果たしたのならば」
しかし言い終わる前にレナードの足が止まった。
何事かとレナードの視線を追う。そして、絶句した。
そこに居たのは、今この場に存在してはいけない男だった。
漆黒の装束、顔を全て覆い隠した仮面。
極東のレジスタンスの指導者でしかなかったが、今では実質的な世界の覇者となった男。
合衆国日本国家元首にして超合衆国初代最高評議会議長、黒の騎士団CEO。
その名を、ゼロ。
『奇遇だな、こんな場所で合間見えるとは』
奇遇、それが本当か嘘なのか、それは分からなかった。
唯一つ。この男が危険であるということは、この場にいる三人には痛い程理解出来た。
『お初お目にかかる、初代ゼロ。
そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下』
殿下と呼んだのは、ゼロなりの皮肉だろうか。
ルルーシュを皇帝とは認めないという。
混乱から最初に立ち直ったのはレナード。意を決してゼロに問う。
「何故、お前が此処にいる?」
『だから、先程も言っただろう。奇遇と。
私が此処に来たのは単なる偶然に過ぎない。
神根島に行ったついでに、黄昏の間を使いアイスランドの総督府へと来たのだがね。
いやはや、まさか来て早々に、最大の障害と対面するなどとは、もし神がいたとして運命を操作しているのであれば、これほど奇妙な事もあるまい』
アイスランドはアースガルズの地下基地があるとはいえ、未だにブリタニアの植民エリアの一つだ。現在はブリタニアの同盟国にして超合衆国評議会議長のゼロが訪れるのは、それほど妙な事ではない。だが鵜呑みには出来ない。なにせこの男は、世界のほぼ全てを支配し、もう直ぐ世界征服を完了させようとしている男だ。
「クックックッ。まさか俺も此処で貴様に会うとは予想外だったよ。
しかし良く恥ずかし気もなく俺の前へ姿を現せるものだな。
そのゼロという仮面。全て俺が作り上げた虚像に過ぎん。それを我が物顔に晒すとは、どうやら恥という言葉を知らないらしいな」
『挑発のつもりかね、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア?
…………だが、しかし。幾ら都合が良かったから使っている仮面とはいえ、ゼロが二人いるというのも何かと不都合だ。ここいらで一人になるほうが世界にとっても好ましいように思うが』
ゼロがマントの中に隠していた剣を構える。
「陛下、お下がりを」
レナードがルルーシュとC.C.の前に立つ。
相手はビスマルクを倒したほどの相手だ。白兵戦においては未知数であるが、少なくともルルーシュとC.C.で太刀打ちできるような相手じゃないだろう。
『レナード・エニアグラムか。
どうだね? 君ほどの男、殺すには惜しい。
なにもルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという男に尽くして死ぬ事もない。
アースガルズなど辞めて私に仕えないか? 欲しい物全てをくれてやるぞ』
「戯言はそれまでか?」
そうレナードが答えると、ゼロが何が面白いのか笑い出した。
「何が可笑しい?」
『いやなに。君がビスマルク・バルトシュタインと同じ事を言うものだから、ついな。
だがしかし、君の選択は実に正しい』
「なんだと?」
『私は「信頼を裏切る」という行為を、最も侮蔑すべきモノとして考えている。
信頼されていない相手を裏切るのはいい。そんな相手に対する義理など必要ない。
だが他者から「信頼」されていながら「裏切る」というのは許さない。
「信頼」を「裏切る」という事は、恩義や友情、それ等全てを「踏み躙る」行いだからだ。
殺人や強姦よりも、人として最悪の行為だと、私はそう思う』
「馬鹿な事を。
なら、それを言うお前はどうなんだ?
虚言で他者を騙し、世界平和を謳いながら、世界征服を目論む貴様こそ、世界の信頼を裏切っているんじゃないか?」
ルルーシュがそう反論する。
『裏切ってなどいない。ただルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
一つだけ間違っている』
「間違い、だと?」
『私の目指しているのは「世界平和」じゃあない。
「恒久的世界平和」だよ』
その二つの違いをルルーシュは聞き逃さなかった。
世界平和と恒久的世界平和。似ているようで絶望的なまでに違う。
歴史上、一時的に平和になった事はある。しかしそれが永久不変のものかというと、そうではない。現に今の時代、世界は戦乱の真っ只中にあるのだ。
「なにを、馬鹿な」
故にルルーシュはこう返答する。
そんな夢物語など有り得ない、と。
『では逆に聞こうか。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。お前はアースガルズという武力を率い、なにを為す?
なにを目的として戦っている』
「俺は俺の守りたいもの全ての為に、優しい世界の為に戦っている」
迷い無くそう答えた。
『それは結構。
だがそれは、世界を恒久的に平和に出来るのか?』
「それは……」
出来ない、だろう。
十年二十年、もしかしたら百年の平和は出来るかもしれない。
だがそれ以上は無理だ。
世界から完全に争いをなくすことは不可能。
そんな事は、誰にだって分かっている事だ。
『無理だろう?
だからこそ、私は手始めに世界を征服する。
誰も逆らえない圧倒的武力を得る為に』
「まさか!」
漸くルルーシュにはゼロの考えが理解出来た。
超合衆国の名の下に世界の軍事力を統合させ、その統一世界に不死であるゼロが永久に唯一絶対の王として君臨することで、世界を管理運営する。
なんという、計画だ。
「お前は、世界を固定するつもりかっ!」
激高する。
そんなものは、認められない。ゼロが為そうとしているのは、世界平和の名を借りた、ただの自己満足による独裁でしかない。
ナナリーが夢見た優しい世界とは程遠い、恐怖によって支配された魔窟だ。
だがゼロはそれを、嘲笑をもって答えた。
『フフフ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
頭が良すぎるというのも問題だな。勝手に私の目的を自己解釈しないでもらいたい。
まぁ、それも計画の一部ではあるがな』
「なに?」
『そも、戦争とは何故起こるのだ?
他者の金が欲しい。相手の領土を奪いたい。生きる為には食料が必要だ。相手が憎い。妬ましい。あれは異端である。相手が理解出来ない。
殺意、恐怖、不信、憎悪、嫉妬、飢餓、貧困、絶望。
だが、その全てはある一文字に集約される』
「一文字。なんだそれは?」
『欲』
短くゼロは言った。
『性欲があるから、他者を犯す。食欲があるから、他者の食料を奪う。
金銭欲があるから、金を奪う。生存欲があるから、恐怖する。独占欲があるから、他者を妬む。
欲望があるから、戦争が起こる』
「だがそれは当然の事だろう。
人が人である限り、それ等の欲望は誰にだってある」
「俺は美味い物を食べるのが好きだ。女を抱くのが好きだ。寝るのが好きだ。地位だって失いたくないし、生きていたいとも思う」
ルルーシュとレナードが其々言う。
それでもゼロは、首を縦に振らない。
『そうだ。欲があるのは当然の事。
だからこそ、私はその道理を破壊する。このコードを用いて!』
「馬鹿な!」
今まで黙っていたC.C.が叫んだ。
彼女らしからぬ、切羽詰った声だった。
「そんな事をしてみろ!
仮に欲望が消滅したら、残るのは空っぽの人間だけだ」
『契約者に似て、人の話を聞かない女だ。
私は消滅させるなどと言っていない。
幾ら欲が戦争を生み出すとはいえ、全て無くしてしまえば、食べる気力を失い餓死してしまうし、他者と性交する事がなくなり子孫が生まれなくなる。訪れるのは平和ではなく、緩やかな消滅だ』
では、ゼロの目的とは一体。
『故に、私は消滅させるのではなく、抑制する。
コードによってCの世界に干渉し、人という種族の変革を私は願う。
それこそがウォーレクイエム』
それこそがウォーレクイエムの全容。
全ての欲求を必要最低限で満足させてしまえば、戦争など起こる筈もない。
だから誰もが満足する。今まで一方が過剰に消費してきたものが、必要最低限しか消費しなくなれば当然その分消費してこなかった者達が、残ったものを消費出来る。全てが最低限度。だが誰もが平和に誰もが満足してしまう、誰もが幸福な理想郷。
「そんな、無茶苦茶な」
呆然とルルーシュが呟く。
『無茶苦茶、か。
しかし、そう言うならば君も意見を提示したまえ。
もし君が、私の意見よりも優れた意見を提示するのならば、今直ぐにでもブリタニアを君の手に戻そう。私に消えろと言うのなら喜んで消滅しよう。
………………どうした、提示出来ないのか?』
ゼロが手にした剣を振りかぶる。
そしてルルーシュへと。
『ならば――――!』
しかしゼロがルルーシュに切りかかる前に、一発の銃弾がゼロを襲った。
ゼロは恐ろしい反応力で銃弾を避ける。
撃ったのは、レナード。
「残念だったな。悪いが、俺は世界平和なんて興味ないんだ。
ウォーレクイエムだか何だか知らないが、俺に分かるのはお前がブリタニアの敵で、先帝陛下を殺した大罪人シュナイゼルの仲間ということだけだ」
『フッ、そうだったな。
元より君には正義も悪もない。故に私の主義主張など関係はない、か。
それもまた一つの思想。私は肯定しよう』
ゼロの体が、奔る。
なんという速さ。あれは本当に人間なのか。
格闘技に関して全くの素人であるルルーシュでも分かる。あれは規格外だ。
ゼロの振るう剣は、まるで生きているかのように踊る、舞う。
しかしそれを、レナード・エニアグラムはどうにか凌いでいた。筋力でも速さでも全て劣っているが、まるで相手の動きを読んでいるかのように動き、攻撃を捌いている。
やがてゼロが何を思ったのか後ろに飛び退いた。
『流石はナイトオブワンを語るだけある。素晴らしい技量だ』
「誉め言葉として受け取っておこう」
『……そう、だからこそ私は気付いた。
思えば、私は君達を殺しに来た訳じゃない。が、とは言うものの此処で君達を見逃すというのも惜しい。なにせ現状で障害らしい障害はアースガルズのみでね』
「なら泣いて謝ったらどうだ?
今なら、もしかしたら命だけは助けてやるかもしれないぞ」
『面白いジョークだ』
ゼロが指をパチン、と鳴らす。
鳴動する大地。ゼロの背後にある、ギアスの紋章が刻まれた扉が、赤く発光した。
「なにを――――――!」
『コードの力、その実験台には丁度良いだろう。
といっても、こちら側からの観測が出来るかどうか怪しいが』
扉から伸びた赤い無数の鎖。
それがルルーシュとレナードを縛った。
「ルルーシュ!」
「C.C.!」
叫ぶ。しかし。
『C.C.のコードは私が使う。
我が運命に現れた好敵手に対する礼儀だ。
無数にある可能性世界。何処へ行くのかは私でも分からぬが、せめて幸福に生きるがいい。
では、さらばだ』
「やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そしてルルーシュとレナードは。
この世界そのものより、消滅した。
何時間が経過しただろうか。
薄闇の中。レナード・エニアグラムはゆっくりと目を覚ました。
どうやら何処かの倉庫、らしい。
壁には帝国粉砕と、そう書かれている。幸い日本語もある程度は出来るので読めた。
「ルルーシュ!」
意識が覚醒すると同時に、側で倒れていたルルーシュを揺する。
するとルルーシュは呻き声を出しながらも起き上がった。
「ここはッ! C.C.は、ゼロは何処に居る!」
「落ち着け。取り合えず独房、ではないようだ。
だけど壁に書かれてる文字からして、日本か中華連邦だろうな。
といっても文字の意味からすると、日本か」
帝国粉砕。
少なくとも、表向き敵対国じゃない中華より、元々ブリタニアによって植民地支配されていた日本のほうが、その文字はしっくりくる。
「…………………………」
そういうルルーシュはというと、どこか呆然と周囲を眺めている。
まるで幽霊でも見ているかのように。
「おい、どうした?」
「………………此処は、シンジュクゲットーだ」
「は?」
「俺とC.C.が出会い、契約した場所だよ。此処は」
嘘を言ってるようには見えない。
というより嘘を吐く理由がない。
つまり此処は本当に、エリア11のシンジュクなのだろう。
「たっく。そうと分かれば話が早い。
何でこんな場所にいるかは一先ず置いておいてだ。
そこいらのイレヴンにギアスでも掛けて…………おい、何やってるんだ?」
ルルーシュは地面に転がっていた新聞を見て、絶句していた。
肩を揺る。するとはっと我に返った。
「…………これを、見てみろ」
「んっ」
新聞を受け取る。
まさか中華連邦が超合衆国に全面降伏とでも書いてあったのだろうか。
頭を掻きながら、一面を見て――――――――そして、声を失った。
『悪逆皇帝ルルーシュの死より一年。ブリタニアとの貿易を再開』
それが新聞の見出しだった。
でかでかと書かれた文字、そして写真に写る仮面の英雄ゼロと、車椅子に座る可憐な少女ナナリーが印象的だった。いや驚くべき点はそれだけじゃない。
寧ろ一番上。今の時間軸を表す数字列。
そこには間違いなく『皇暦2020年9月20日』と記されていることだ。
―――――無数にある可能性世界。何処へ行くのかは私でも分からぬが、せめて幸福に生きるがいい
ゼロが語った言葉を思い出す。
レナードは天を仰ぎ呆然と呟いた。
「…………平行、世界」
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