―――もし私たちが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、できもしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう。「その通りだ」と。
長い戦いだった。敵は世界のほぼ全てを支配する連合。総勢30億。対するこちらは戦艦一隻。精鋭とはいえ総勢千人に満たない。これで勝てたなら奇跡だろう。だが奇跡とは何もしないで起こるものではない。自ら起こすものだ。あらゆる人間に無謀だ、馬鹿だ、不可能だ、という罵詈雑言を振り払い進ん行った者にだけ、奇跡と言う名の果実は与えられる。
日本の基地。
そこの一室で枢木スザク、いやゼロは頭を捻っていた。
原因は当然アッシュフォード学園に女学生のふりをしていたところを発見した、悪逆皇帝ルルーシュとその騎士だと名乗るレナード・エニアグラムである。
「俄かには信じられない。けど、ルルーシュが死んだのは間違いない」
それがゼロの出した結論だった。
悪逆皇帝ルルーシュは確かにあの時、ゼロである自分の手で殺した。その後、幾ら悪逆皇帝の汚名を着せられたとしても、幾ら憎しみ抜いた男であっても、やはりその死を汚す事はしたくなかったゼロと、忠義の士であるジェレミアが極秘裏に埋葬したのは記憶に新しい。
それでもルルーシュが生きているということは、なるほど。平行世界の来訪者とでもなければ説明がつかないだろう。そしてエニアグラム家が流産してしまった赤子に『レナード』という名前をつける筈だったのも調査済みである。
「レナード、か」
ゼロにとっては、なんとも複雑な気分でその名を呟く。
あの二人が言うには、彼等の世界で主君である少女は――――ユフィは生きて、自分もその騎士として戦っていると。
その事実に、余りに"嫉妬"を感じてしまう。その世界の自分自身に。
自分もずっと彼女の騎士でいられたなら、世界は。
忘れ去った筈の、捨て去った筈の過去に思いを寄せてしまう自分は、まだ未熟なのだろう。枢木スザクという名を永久に捨て去ったといいながらも、まだ完全にゼロになりきれていない。
ただ気になるのは、この世界と彼らの世界での目に見える差異は『レナード』という男がいるか居ないかという事に終始する。それともう一つ。
ルルーシュのいなくなった黒の騎士団に突如として現れた偽者。なんでもシュナイゼルとグルだったらしいが、この世界のシュナイゼルに聞いてもそんな者に心当たりはないと首を振るばかり。
そこでゼロは一つの仮説に辿り着いた。
「まさか、レナード・エニアグラムがいるからこそ、偽者は存在している?」
もしやゼロの正体は、なんらかの事情で過去へ逆行したレナード本人。そんなSF染みた考えが脳を掠めるが。
「有り得ないか。ルルーシュのいいようじゃ、そんな世界平和を目指して戦うような性格じゃなさそうだし」
ゼロの目から見て、レナード・エニアグラムという男は生粋の軍人。徹底的なリアリスト。そういったイメージだ。どうにもそんな人物が、恒久的世界平和を目指すとは考えられない。
「いや、俺の考えなんていい、か」
それよりも、やらなければならない事が出来た。
C.C.は既に呼び寄せた。オレンジ農園にいるジェレミアも、世界は違えどルルーシュの為ならば、と咲世子共々仕事をほっぽらかして駆けつけてくれた。
レナードとルルーシュがもしもの時の為にKMF一機を譲ってくれ、と言っていたのでヴィンセントを手配しておいた。なんでも大型の狙撃砲を装備しておいてくれと言っていたが、まぁ構わないだろう。
ただ……。
ルルーシュの最後の要望。
ナナリーを始めとするアッシュフォードの皆には自分の事を黙っていて欲しい。ナナリーには良く似たギアスの持ち主である嚮団の生き残りとでも報告しておいてくれ、とも。
理屈では分かる。幾ら姿形、DNAに到るまで同一であろうと、彼はルルーシュであってこの世界のルルーシュじゃない。会うべきじゃない、というのは分かってはいるのだ。
それでも、皇帝ではなく一人の掛け替えの無い親友としてルルーシュの死を悼んだ彼等やナナリーのことを思うと、どうしても迷ってしまう。
やはりまだ、枢木スザクは、ゼロとして未熟だ。
その頃。
ルルーシュとレナードはゼロであるスザクにすら黙って、とある場所に潜入していた。
「こ、これは……!」
ルルーシュが思わず大声を出そうとする。
しっ、とレナードはそれを嗜めた。
「どうだ。前に脱獄した時に偶然見つけたんだ。
此処の基地司令、中々腹黒い事を企んでそうじゃないか」
ルルーシュは声すら失ってしまったかのように、呆然とソレを見上げる。
たった一発、たった一発でありながら、帝都ペンドラゴンやトウキョウ疎開を壊滅する程の破壊力を秘めた兵器、フレイヤ。
「だが、どうしてこんなものが……。
フレイヤは天空要塞ダモクレスにあるのが全てで、それ等は処分したと言っていたぞ」
「なに。どんな兵器にも横流しってのはあるもんだろ。
そこらへんの事情は知らんさ。ただ、現実として此処にこいつはある。
しかもスザクさえも知らない場所にな」
「しかし何の為に?」
「そんなもの、簡単に推測出来るだろう。
なんたって首都一つを易々壊滅させる兵器だ。売り手は腐るほどいる」
現在一応世界情勢は落ち着いているが、まだ火が燻っている国も当然ある。
そんな国にフレイヤという兵器をチラつかせれば、売り手には兆単位の金が手に入るだろう。
「さてさて。そんな兵器、今の平和な社会には相応しくない。
かといって、ただ破壊するには……中々に勿体無い性能だと思わないか?」
「まさか、お前……!」
レナードの真意を知って愕然となる。
つまり、こいつは……。
「いい事を教えてやる、ルルーシュ。
実験機やら秘密兵器は強奪される為にあるんだ」
突如現れたアースガルズに、本国の防衛隊は混乱した。
アイスランドにいる筈のアースガルズが何故いきなり現れたのかという当然な疑問もあったし、皇帝シュナイゼルとラウンズ全員が不在という事態もこれを増長させた。
だがそこはやはり優秀なブリタニア軍。
直ぐに冷静さを取り戻し指示を飛ばす。
如何にアースガルズとはいえ一隻は一隻。対するこちらはブリタニア軍のお膝元だ。質の差は数の圧倒的優位で覆せる。
そう思っていた司令官は更なる混沌へと叩き落される。
「大変です、司令。帝都ペンドラゴンだけではありません。
アラスカ、フロリダ、テキサスにて反乱が発生! 首謀者は……コーネリア皇女殿下ッ!?」
「北部のエニアグラム公爵が反乱! エニアグラム卿を先頭に帝都ペンドラゴンへ進軍しています!」
「ええぃ、特務局はなにを……。
まて、確か特務の長であるファランクス卿はコーネリア殿下やエニアグラム卿とは幼馴染。
くそっ! グルだったのか……!」
そうこうしている間にも事態は進行していく。
なにしろアースガルズの名は他国は元よりブリタニアにおいても、いやブリタニアだからこそ多く知られている。ブリタニア国民においてナイトオブラウンズとは最強の象徴。それが四人も敵に回った事に戴する恐怖というものは、形容しがたいものであろう。
なにせラウンズへの羨望は、もはや一種の信仰の類まで昇華されている。離れた司令室にいる自分でさえも震えだしそうなのだ。前線にいる兵士達の恐怖は…………。
それでも、戦わなければ成らない。
自分はここを死守しなければ、一人の軍人として。
帝都ペンドラゴン。
マーリン・アンブロジウスにはルルーシュの姿は無く、レナード一人がいるだけだった。
いる必要性がなかったというべきか。既に首都防衛隊の動きはガタガタ。中にはこちらに投降する者まで現れる始末だ。
「さて、と。こちらも仕事をこなさないとな」
徐々に進めていた下準備で反乱の下地は整っていた。今回はそれを爆発さえただけ。
その爆発を革命へと繋げるには、絶対的に勝利の二文字が必要だ。
「ここらはもう掃討出来たなっと」
マーリンの狙撃能力をフル活用して、次々に重要施設を必要最低限だけ破壊していく。中には戦後に必要となってくる施設もあるので、大規模な破壊は防がなければならない。ちなみにルキアーノはこういった細かい作業は苦手なので、もっぱらKMFばかりを相手させている。
『ゼロォォオォォオォォオォォ!!』
「!」
咄嗟に右側へ避ける。マーリンの直ぐ目の前を通過していくオレンジ色の物体。
どういう事だろうか? 全く気配が掴めなかった。最近は、例え目を瞑っていても敵の位置が分かるというのに。
『おおおぉおぉぉぉぉおx! 麗しき帝都! 私を帰らせてくれましたねェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!』
「ってこの声は、ジェレミア卿!?」
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』
完全に狂っている。
いや狂わされているのか。会話が成り立っていない上に、色々と言動が無茶苦茶だ。
どうするか?
倒すだけなら簡単に出来る。このマーリン・アンブロジウスの第十世代の名は伊達ではない。殺ろうと思えば恐らく一瞬。瞬きの間にジークフリートを破壊する事が出来るだろう。だが。
(ジェレミア卿は、まだ帝国に必要な男だ。死なすには惜しい)
これ程、愚直なまでの忠誠心を持つような男はそういない。
レナードとて自分が忠臣のカテゴリーに入ると客観的に見てそう思っているが、それはあくまで先帝シャルルに多大なる恩義があるのと、ルルーシュの実力と才覚に――――認めたくは無いが――――惚れ込んでいる所があるからだ。
ジェレミアのように、ただマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアという人物への憧れだけで、これほどの忠誠を示せる男は、そういない。
なにより、ルルーシュのような融通の効かない馬鹿には、ジェレミアのような忠義馬鹿が必要だ。それにジェレミア卿は年齢や身分を通り越した友だと思っている。
だから、レナードは……。
「ジェレミア・ゴットバルトッ!」
『おおおおおおおおおおおおお゛』
「貴公が何を持って神聖ブリタニア帝国に牙を向いたかは知らん」
『し、知らなくとも結構ォォおォ! 我が命燃やされた尽くす日!』
「だが! もし貴様に帝国騎士としての誇りがあるのならば、今一度その両眼を開いてみるがいい! 貴公が刃を向ける人間が誰なのかを」
『……わ、私が誇り? 帝国騎士ですと……! オレンジでは、なく……!』
「貴様は奸賊シュナイゼル如きに誑かされルルーシュ陛下を害するような腰抜けだったのか! 腐ったオレンジに成り果てたのか!?」
『違います! オレンジじゃないんですゥゥゥゥウウウウ!』
「だったらガッツを見せろ! お前の忠義はそんなものか!」
『ちゅ、忠義!』
「答えろジェレミア! お前が本当に居るべき場所はそこなのか! 我が朋友よ!」
『朋友!』
ジェレミアが、ジークフリートが沈黙した。
一瞬の静寂。そして……。
『私は……何を……』
「漸く起きたか。手間を掛けさせる」
そういうレナードの表情は微笑んでいた。
戦場に似つかわしくない、が、感動の再会としては正解だ。
『レナード……。此処は帝都ペンドラゴン!? 一体何が……』
「質問や疑問点は後だ。それより、漸く待ちに待った戦場だ。
喜べ。俺達の主君はルルーシュ陛下だ」
『ルルーシュ、陛下?』
ジェレミアの声に力が灯る。
あの時より。アリエス宮での暗殺事件より、その名を忘れた事は片時もなかっただろう。
エリア11で散った二人のような皇族を二度と出さない為、彼は軍人となり騎士となり純血派を組織したのだ。ならばこそ、彼は理屈ではなく魂で理解した。
今日この時こそ、彼が待ちわびた戦場なのだと。
「さぁ征こうか。俺のケツについてこい!」
『イエス、マイ・フレンド!』
帝都ペンドラゴン宮廷の奥。
母マリアンヌより聞かされた、エレベーター。そこから地下にある研究施設と繋がっているらしい。ルルーシュは一縷の望みを掛けてそこへ向かっていた。
エレベーターは長かった。時間を計っていなかったから分からないが、十数分ほど乗っていたような気さえする。
辿り着いたのはドーム上の施設だった。見たことがあるような機器もあれば、全く理解不能な形をした物体まである。極め付きは脳髄やら心臓やらがカプセルに入っていたが、それは今は無視した。
「何処に居る……!」
ルルーシュは必死になって探した。
本棚をどかし、施設中を走り回って。だが何処にもいない。
広さもそうだが、複雑さという意味でも凄い。まるで迷路のようだった。
もしかしたら、いないのか。
諦めかけたその時。見間違える筈の無い緑髪の少女を見つけた。
「C.C.!」
自分との距離は50mほど。
急いで駆け寄る。と、どうやら名前を呼ばれて意識を取り戻したらしい。
自分の姿形を確認すると。
「私に近付くなッ!!」
「なにを……。待て。お前、まさか」
「………………」
C.C.の瞳。
そこにあるのはルルーシュと同じギアスの鼓動。
逆に額にあったコードの烙印は、ない。
「そうか。あの偽者がお前からコードを……」
「来るな! 今の私に近付けば……!」
「愛してしまうか、お前の事を」
「!」
「何故知っている、という顔をしているな。フン、俺にも独自の情報網があってね」
ただ平行世界に飛ばされた時に、その世界のC.C.本人から聞いたのだがそれは伏せておいた。なにより昔は散々迷惑をかけられてきたのだ。このくらいの嘘は許されるはずだ。
そう。C.C.のギアスは"愛される力"
コード保持者でなければ、誰であろうとC.C.を愛してしまう。その果てにC.C.は真実の愛を見失い、真に愛されていたと思っていたシスターにも裏切られ、その果てが今のC.C.だ。
「成る程な。愛される力、というのは伊達ではないらしい。
非常に腹立たしいが、愛しているぞC.C.」
「やめろッ! だから私は……」
C.C.は近くにあったガラスを掴む。が思いっきり掴んだせいで、手から血が流れる。コードがあった時はその程度の傷は一瞬で治癒されたが、そうはならなかった。それが彼女がコードを持たない状態なのだと如実に告げていた。
「死ぬつもりか?」
「ああ。私の願いは、死ぬ事だからな」
「それは困る。俺はまだお前の願いを叶えていない。契約不履行だ」
「何を言う。私の願いは死ぬ事。その為に障害となるコードを、契約者であるお前に押し付ける事が、私の願い。そしてコードを失った今、お前が願いを叶える必要は――――」
「余り俺を舐めるなよ、C.C.」
「なに?」
「俺が、お前の本当の願いに気付けないほど愚鈍だと思ったか。だとしたら、随分と低く思われたものだな。耐え難い侮辱だ」
「本当の願いなどない。死ぬ事こそ私にとって唯一の願いだ」
「強情な女だ。だが、どこぞの馬鹿によるとだ。
女と言うのは、時に強引にするのも効果的対処法らしい」
そのまま、ルルーシュは強引にC.C.の唇を奪った。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」
直ぐ目の前にC.C.の瞳があった。だからルルーシュは一度唇を離す。そして両目のコンタクトを外す。露になる両目に光るギアスの紋様。
「お前……」
C.C.が何か言いたそうにするが、無視した。
コードのない今のC.C.ならばギアスは通用する。だから。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。
お前のギアスを、ギアスを永久に封じる」
一つの賭けだった。
あの世界での自分が、皇帝のギアスで記憶を失っていた時、ギアス能力までも失っていたという事実から推理したこと。
さて、ギアスの命令はルルーシュの願いに応えたのか、C.C.の目に飛び込むと。彼女の両目からギアスの力を、文字通り消滅させた。
「成功、か。どうやら賭けは上手くいったらしい」
「ル、ルーシュ」
「ああ、そうだ。
もう一度だけ言ってやる。
非常に腹立たしいが、愛しているぞC.C.」
そしてもう一度、唇を奪ってやった。
C.C.の驚いた顔が目に映る。罪悪感なんてない。何時も何時も迷惑を掛けられた仕返しだ。精々たっぷりと驚くがいい。
「死ぬのが願い、と言ったな。それはいい。人はいずれ死ぬものだ。それを否定したりはしないさ。だが仮にも俺の共犯者であるお前が、こんな場所で涙で顔を濡らしながら、惨めに自殺するなど俺は許さない。どうせ死ぬなら、笑って死ね。絶対、俺が笑わせてやる。だから……」
C.C.を抱きしめる。
「生きろ、C.C.」
そう口にした。
「強引な奴だな。久々に再会したと思ったら、それか。
童貞坊やが言うようになったじゃないか」
にやにやとC.C.が言った。
どうやら、漸く元の減らず口を取り戻したらしい。
「黙れ魔女。そっちこそ、さっきまで泣いておいて言う事か?」
「な、泣いてなどいないッ!」
「ほう。ではそういう事にしておいてやろう」
「ルルーシュ!」
その時だ。
レナードから通信が入る。流石は情報戦最高を欲しいままにするブリタニア製の通信機。地下数kだろうと電波が届くとは。いや、この施設にアンテナがあるだけかもしれないが。
通信に出て、レナードから報告を聞いて。薄く笑った。
ギアスと言う名の夢から覚めてしまえば、こうも脆く儚い連合か。
「俺の勝ちだな、ゼロ。そしてシュナイゼル。
お前達は中々に強敵だったが、残念だったな。
魔王と魔女と魔人、ついでに死神と吸血鬼まで揃っているんだ。負けるはずないだろう」
そう、この戦いは。
我々の、神聖ブリタニア帝国の『勝利』だ。
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