―――レナード・エニアグラム。
神聖ブリタニア帝国における大英雄。
彼の名は後の歴史においても、歴代最強の騎士として帝国騎士たちの憧れとなったという。
ただ実際の彼がどのような人物なのか。
どのような志を抱いていたのか。真実はここにある。
ならば見届けようではないか。彼の生涯を、彼の人生を。
決着はついた。
レナード・エニアグラムとアーサー・ペンドラゴンの壮絶なる戦いは、レナードの勝利という結果で幕を閉じた。
敗者であるアーサーは地面に倒れ、レナードは大地に立つ。
「…………マーリン」
アーサーがそう呟いた。
この場にいる訳がない人物の名を。
「俺の勝ちだな、アーサー王」
「………その、ようだ…………」
「騎士王アーサー。これも何かの縁だ。
最期に言い残したい事があれば聞いておこう」
「言い残したいこと、は特に無い。
私には何もない。昔は沢山あったが、その全ては失われてしまった。
マーリン、トリスタン、ガウェイン、ケイ、ベディヴィア、ガレス、パーシヴァル。全て忘れられない者達だ。だがこの時代には、私一人しかいない」
「……不器用な男だな、お前は」
「そうかな?」
「そうだよ。お前は優しすぎる。
少しは自分の事を考えれば良かったんだよ。この時代の戦争なんてお前とは一切関係のない事なんだから無視していれば良かった。
なのに、お前は一体何をしたかったんだ?」
レナードは問うた。
分かりきっていた疑問、当たり前の問い。
「私は……ただ、皆の顔に笑顔を取り戻したかった。
それだけが私の望みだったというのに……………随分と遠くまで来てしまった」
嘗て抱いた夢をアーサーは語る。
長らく忘れていた初心。少年時代の志。
そしてその志を胸に戦って戦って、その終局がこれだ。こんな時の果てにまで迷い出て、恒久的世界平和という理想を掲げ続けている。この男に終わりは訪れない。
だからこそ、レナードは言わなければならなかった。
「なぁアーサー。お前は十分に良く頑張ったよ。誰よりも俺が認めてやる。
だからもう、休んでもいいんだよ」
「ははっ。久し振りだよ、誉められたのは。
長らく忘れていた気がする…………嗚呼、そうか。私は、もう――――」
ゆっくりとアーサーの瞳が閉じられる。
もうその目が開くことは永久にない。
アーサー・ペンドラゴンは漸く死という休息を得たのだ。
しかしレナード・エニアグラムにはやるべき事が残っている。
即ち、システムの破壊。ウォーレクイエムを止めなければならない。
「うっ……」
口から多量の血が零れる。
最期の一撃は主任のお陰で即死こそ免れたが、レナードの体に確実な致命傷を与えていた。
「さて、と」
剣を構える。
渾身の力を込めて巨大なシステムに振り下ろした。
金属音。レナードの剣が折れた。対してシステムは無傷。
「丈夫だな」
どうしようか迷った所である物が目に付いた。
黄昏の間の中心。そこに眩い光を放つ黄金の剣がある。
レナードは意を決してそれに歩み寄ると掴み取った。
「貰うぞ、アーサー」
聖剣を構え再びシステムと対峙する。
不安は無い。やれるという奇妙な確信があった。
「はぁああああああ!」
振り下ろす。黄金の刃は容易くウォーレクイエムの根幹を成すシステムを破壊していく。レナードの剣を防いだ外装も何の意味もない。破壊されていく。アーサー・ペンドラゴンが作り上げたシステムが。ウォーレクイエムという計画の全てが。
銃弾を弾くほどの装甲も役に立たない。当然だ。レナードが握る剣こそ彼のエクスカリバー。
たかだが鉄屑如きにどうして遅れをとろうか。
システムは一度煙をあげたかと思うと、爆発する。これで終わりだ。
「不味いな。意識が……」
だがレナードには最期にしなければならない。
主君であるルルーシュに作戦成功の報告を。
Cの世界でも使える様に調整された通信機をルルーシュに繋げる。
「…………こちら、ナイトオブワン。作戦成功。敵計画の……全てを破壊した」
『そうか、よくやってくれた!
…………レナード。マーリン・アンブロジウスは今直ぐにでも此方に来れるか?』
「何があった?」
ルルーシュが言う。
それはまだ、レナード・エニアグラムに終わりを許してはくれない事実を教えていた。
「シュナイゼル陛下。我が軍の損害多数!
また敵に降伏する者が続出。 どうか指示を!」
「陛下! 幕僚長藤堂鏡志郎が敵に投降! 従う者多数!
これでは戦線を維持出来ませんっ!」
「フム……」
通信から兵士達の悲痛な叫びが聞こえてくるが、シュナイゼルの心は動かない。
第一もう既にブリタニア軍の足止めという目的は果たしている。レナード・エニアグラム一人を通してしまったものの、それはアーサーを信頼すればいい。客観的に見てもアーサー・ペンドラゴンは一対一の決闘において史上最強だ。勝利への執着と絶対の意志もある。負ける要素はない。
それよりも考えるべきは今後の身の振り方だ。
ウォーレクイエムが完遂された後は、ルルーシュたちに任せればいい。
誰よりもその才能を、自分に匹敵する才能の誕生を祝福したシュナイゼルだからこそ、ルルーシュの能力は良く分かっている。あれは立派に王という仮面を使いこなし、世界を導いていけるだろう。
しかしそんなものは興味がない。もう直ぐ計画は――――――――
「カノン。今の時刻は?」
「…………三時二十分ですわ、陛下」
「!」
馬鹿、な。
シュナイゼルの目が見開かれる。立ち上がり自分でも時間を確認する、がやはり現時刻は三時二十分。そしてウォーレクイエムが実行される時間は三時丁度。ということは。
「まさか敗れたのかい、アーサー」
そうとしか説明がつかない。
アーサーが自ら計画を破棄する訳もないし、だとしらたレナード・エニアグラムがアーサーを破りシステムを破壊したとしか考えられない。だが。
「だとしたら、私は」
もうシュナイゼルにはやるべき事がない。
数年前。ブリテンの遺跡でアーサーに出会ってから、彼の望みに応える為だけにシュナイゼル・エル・ブリタニアという男は存在していた。
そのアーサーが消えてしまえば、もうシュナイゼルにはやる事がない。せめてウォーレクイエム実行前ならば良かった。そうだったならばアーサーの意志を継ぎウォーレクイエム実行のために動けただろう。けれど状況から判断するに、ウォーレクイエムのシステムは完全に破壊されているだろう。これから再起を図るという手もあるが、それはほぼ実現不可能だ。
例えこの場を生き延びたとしても、ルルーシュは自分が生きていることを許さないだろう。持っている手札の全てを使い自分を追い込み抹殺する。それは間違いない。その追手から逃れることは出来ない。二度や三度ならまだしも、ルルーシュが二度や三度で諦めるような性格じゃないのは良く知っている。
故に終わり。
シュナイゼル・エル・ブリタニアという男の全ては、ここで費える。
静かに目を瞑るシュナイゼル。
生きる理由がないから、精々自爆でもするか。そう思い指示をしようとするが。
「残念ですがまだ貴方には役が残っている」
「君は」
自分に銃を突きつけている男。
名をディートハルト・リート。黒の騎士団で情報全般を担当している人間だ。
「この物語は残念ながら貴方とゼロの敗北です。
ならば、いや、だからこそ!
敗者は究極的な悪と化さなければならないッ!」
究極的な悪。
そのディートハルトの狂気は、シュナイゼルの虚無に一筋の道を照らし出した。
「ふふふふふっ、はっははっははっはははっははっはははっははっはははははあっはははははっははっははははははっははっははっははははははははははははははははっはあはっはははっはは!!」
「へ、陛下!?」
カノンが訊ねてくる。
だが如何でもいい。既に目標は定まった。
「カノン。進路を合衆国日本、東京に向けてくれるかい」
「東京に……まさか!」
「そうだよ。東京にこのダモクレスを落とす。
燃料であるサクラダイトの自爆シークエンスも作動しておこう。
さて、一体何万の命が失われるのかな」
「ご乱心はお止め下さい! まだ負けた訳では――――――」
カノンは最後まで言い切る事は出来なかった。
言い切る前に、誰よりも忠誠を誓った主君が放った銃弾が心臓を貫いていたから。
「悲しいね、カノン。
ではディートハルト。始めようか、悪の末期を」
「素晴らしい! 先代ゼロのカオス。
そして次代ゼロの絶対的意志にも匹敵する完璧なる虚無!」
「そうか。私は、虚無なのか」
興味がなかった。
だがもし自分が本当に虚無だというのならば精々踊るとしよう。
悪逆皇帝シュナイゼル。父を殺し、世界を騙し、世を征服せんと企んだ最悪の独裁者。
その仮面をもう一度。今度はシュナイゼル・エル・ブリタニアが。
――――――天空要塞ダモクレスが東京への墜落コースを辿っている。
その事実はダモクレスにいる一人の将官から伝えられた。しかしその将官も死んだ。シュナイゼルによって粛清されたのである。
直ぐにルルーシュはメインオペレーターであるセシルにダモクレスに墜落予測ポイントを調べさせ、その報告が間違いないことを知った。
シュナイゼルが何を企んでいるのか。何らかの作戦なのか。それとも末期の足掻きなのか。それはルルーシュには分からない。
唯一つ分かる事は、このままでは撃たれる覚悟のない一般民衆が大量に死ぬという事実だけだ。
ルルーシュは全軍にダモクレスへの総攻撃を指示。投降してきた黒の騎士団をも含めての一斉攻撃を仕掛けた。だが鉄壁のブレイズルミナスに包まれた城砦はビクともしない。
だとすれば方法は一つ。
ダモクレスのブレイズルミナスを何とかして解除し、そして攻撃を仕掛けるしかない。
その為に鍵となるのはルルーシュ本人。
オーディンの情報処理システムを駆使して、どうにかしてダモクレスのシステムに割り込むしかない。そうしなければ東京は壊滅する。
『ルルーシュッ!』
「分かっている。もう少しだ!」
スザクの焦った声。
ルルーシュとてこの後に及んで東京を壊滅させるなど許せる事ではない。今も必死に指を走らせているが、流石は天空要塞ダモクレス。攻撃だけではなく電脳戦においても鉄壁の防御力だ。なんとか穴を空ける事は出来る。けれどそれは多く見積もっても100mmがぎりぎり。それではあの巨大な要塞を破壊する事は出来ない。だからルルーシュはより深くコンピューターをハッキングして、もっと巨大な穴を空けてやる必要があるのだ。
正直言えば難しい作業だ。だけどやるしかない。そうしなければ。
『…………こちら、ナイトオブワン。作戦成功。
敵総司令官……を鎮圧。また敵計画の……全てを破壊した』
救いの神は唐突に訪れた。
これで一つの懸念事項。ウォーレクイエムは止まった。
歓び勇み、気付かなかった。レナードの様子がおかしいことに。
「そうか、よくやってくれた!
…………レナード。マーリン・アンブロジウスは今直ぐにでも此方に来れるか?」
マーリン・アンブロジウスがいればこれ程頼もしいものはない。マーリンの電脳戦能力ならば必ずや突破口を開ける筈だ。
「何があった?」
ルルーシュは事情を掻い摘んで説明する。
そして再度マーリン・アンブロジウスに来れるかどうか訊ねた。
『悪いが………そちらには行けそうにない』
「何故だ? まさか機体が……!」
有り得なくはない。寧ろ少し考えれば分かることだ。
アーサーの騎乗するガウェイン・ロイヤリティーと戦い機体が無傷であるほうが不思議だ。
もしかしたらマーリン・アンブロジウスも多大なるダメージを受けてしまったのかもしれない。
『ああ、機体もそうなんだが……………これは、死んだな』
「な、に?」
今何を言ったのだ、この男は。
死ぬ、そう言わなかったか?
『実はアーサーに斬られた。
どうにかして即死だけは免れたけど、これは致命傷だ。
もう助からないだろう』
「待っていろ! 直ぐに衛生兵を向かわせるッ!」
ルルーシュの絶叫が木霊した。
その瞳に涙が溢れていることに、ルルーシュは気付いていなかった。
「無駄だよ」
衛生兵を向かわせる、というルルーシュの言葉を切って捨てる。
この傷は幾ら世界一の名医であろうと治せない。自分の体だ。自分が一番良く分かっている。
『無駄じゃないっ! 今直ぐにでも――――――』
「くくっ――――」
笑ってしまう。
あのルルーシュが自分を助けるために必死になっている。あの捻くれ者のルルーシュが、だ。もはや感動を通り越して面白い。
だからこそ、自分は言わなければならない。
「ルルーシュ。さっき言ったな。100mm程度の穴なら空けられるって」
『レナード?』
「それで十分だ。幸いマーリンの通信システムが生きている。今から送るデータに記された場所に数秒間穴を開けろ」
『何を馬鹿な事を。そんな事よりお前の治療を』
「だから致命傷だよ、この傷は……」
『ふざけるなっ! ここで死ぬつもりか!
そんな事俺は許さない。必ず生きて――――――』
「その先は……言わないでくれ」
搾り出すような声でルルーシュを遮った。
『何、を――――?』
「俺は今まで与えられた命令は確実に遂行してきた。それが誇りでもある。
だから頼む。俺を最後の最期で命令を守れない不甲斐ない男にしないでくれ」
祈るような声だった。
同時にそれはルルーシュに一つの"事実"を悟らせる。
「本当に如何しようもないのか?」
『ああ』
それで確信した。
レナードが駄目というのならば絶対に駄目なのだ。レナードはもう、助からない。
その余りにも残酷な事実を噛み締める。ルルーシュの意に反して溢れ出ようとする涙を必死になって堪えた。レナードはそんなものを望んでいない。だったら俺は。
「タイミングは?」
『四十秒後だ。それ以上は俺のほうが不味い』
頷いた。いいだろう。
きっかり四十秒後にあの胡散臭い要塞に風穴を空けてやる。
だから俺は、レナードが待っているであろう言葉を命じた。
「レナード」
『なんだ?』
「ぶちかましてやれっ!」
『イエス、ユア・マジェスティッ!』
ルルーシュから恐らく最期になるであろう命令を受け取った。
オーダーは「ぶちかましてやれっ!」とのこと。
良いだろう。ご希望通りあの生意気な要塞を貫いてやる。
マーリン・アンブロジウスの狙撃能力は、奇跡的にまだ生きていた。
残りエナジーもスナイプハドロン一発分。チャンスも一度きりだ。
マーリンのファクトスフィア、そしてオーディンから送られてきたデータによるとダモクレスの現在位置はここから約120km。笑いが出てくる。なんだ、それは。マーリン・アンブロジウスの最大射程距離を越えているのではないか。けれど。
「外さないさ」
静かにマーリンの右腕がスナイプハドロンを構えた。
狙うのは天空要塞ダモクレスのメイン動力部。場所はなんとなく理解出来た。黄昏の間にいる影響だろうか。今まで分からなかった事も分かるようになった。
メイン動力部。そこにスナイプハドロンのエネルギーを撃ち込めば、いかに全長3kmはあるダモクレスといえど――――――。
だがそれを為すには、100mmの隙間からの攻撃でダモクレスの装甲を突破し動力部まで到るほどの威力を出す必要がある。そして現行のKMFでそれが可能なのはマーリン・アンブロジウス一機であった。他のKMFでは駄目だ。幾ら高い破壊力があろうと、より一点集中型の攻撃でなければダモクレスを貫けない。アーニャの四連ハドロン砲ならばダモクレスを破壊する事も可能であろうが、それは全力で撃った場合での話だ。攻撃出来る範囲が100mmの限られてしまえば当然ながら威力は減衰せざるをえない。
だからこそ、この作戦は現状唯一人、レナードにしか実行不可能。
「さて、と」
狙う。過去最長、前人未到の距離120km。
こんなもの誰であろうと命中する事が出来る筈が無い。ほんの僅か、数mmずれただけでも120kmという距離は数mmを数kに変える。可能にするには機械を超えた正確さと悪魔そのもののセンスが必要だ。
体が思うように動かない。視界まで霞んできた。
それでも両腕だけは動かせるならば問題はない。
五臓六腑が悲鳴を上げる、もう動けないと。まったく根性の無い事だ。力を失った内臓に活を入れた。そして照準する。僅かな誤差も許されない。ほんの僅かにずれてしまえば赤黒い光線はあらぬ弾道を描いて飛んでいくだろう。
同時進行でマーリン・アンブロジウスによって送られてきた気象情報、気流、風向き、空気抵抗、などを頭に叩き込み処理していく。
今までの経験則と知識をもって計算していく。何処に照準すれば目標を狙撃できるのか。
そして導き出した答えを――――――――全て忘れた。
もはや理屈も理論もない。
頼るのは今までの経験と直感。ギアスが超常の力というのならば、レナードは超常の数学を以てこれを迎え撃とう。
残り数秒。
引き金に手をかける。不思議と不安はない。外す気がしなかった。
これは不可能な狙撃だ。
120kmなど人間の限界を超越している。しかしそれを当てるのがレナード・エニアグラムという男だった。レナードは達人ではない。達人ではこの距離を届かせることは出来ない。
そう、だからこそ人はこう呼ぶ。
『ブリタニアの魔人』と。達人ですら到れぬ領域、人が侵してはならぬ神域に人の身で足を踏み入れた規格外。
語るべき言葉など不要。この目に狙いを定められた瞬間より運命は決定している。
感慨などない。元から当たる事は決まっていた。ならば今更なにを驚くというのか。
照準、弾道、軌道、感触。全てが理想な形で実現する。
やがて時が来て、レナードは最期の狙撃を実行した。
マーリン・アンブロジウスが搭乗者の願いに応えるべく魔弾を発射した。
なにもかもがイメージ通り。圧倒的貫通力を持つ魔弾は黄昏の間へと、そして神根島の洞窟をも綺麗に貫通して飛んでいった。
ルルーシュは漸くその作業を完了した。
天空要塞ダモクレスに空いた僅か100mmの穴。
これが限界。ダモクレスの鉄壁の防御を崩せたのは、ほんの一部分であった。
その時。
海の向こうから、ピカッと光るものがあった。
真っ直ぐに飛来する一本の光線は、吸い込まれるように100mmの穴へ侵入する。スナイプハドロンの灼熱の矢やダモクレスの装甲を貫通し、確実に動力部に到った。
沈黙は一瞬。
やがてダモクレスは中心部での巨大な爆発を皮切りにして、次々と誘爆を起こしていく。
ルルーシュは遥か後方。神根島にいるであろうレナードのいる場所を見た。
肉眼では島の存在でさえ確認出来ない。けれど確かに届いたのだ。
「レ、ナード」
通信機に呼びかける。
けれど反応がない。それが如何しても認められず、もっと強くその名を叫んだ。
「レナードッ!!」
聞こえているよ。
レナードは心の中でそう返答した。
もう喋る事すら上手く出来ない。少しでも気をぬけば、恐らくそのまま覚めない夢につくことだろう。正直言えば死ぬのは恐い。逃げ出したいほど恐い。
だけど後悔はなかった。大体英雄なんてこういう場所で死ぬもんだし、平和には馴染めそうにない男だ。ここら辺で死んだほうが都合がいいし、なにより一人の人間として、"自分"として生きた一生だ。悔いはない。
大地が崩壊していった。自分があのシステムを破壊したせいであろうか。黄昏の間はみるみる内に崩れていき終わりを迎えようとしていた。
だがそれもいい。これからの世界にギアスなど不要だ。
否、人が人として生きる世界に超常の力など無粋だろう。
最期の力を振り絞り、主任を自分の側へ抱き寄せる。そして自分が倒れ掛かったのはマーリンのコックピット。側には王の聖剣。これが自分の墓標だ。
長い、戦いの歴史だったな。
本当に瞬きのような早い人生だった。
だけど輝いた想い出は確かにこの胸にある。
初めて父に頭を撫でられた時、母の腕に抱かれた時、姉と遊んだ時、ユフィと友達になった時、ルルーシュとの出会い、ルキアーノの馬鹿、アッシュフォード学園での日々。そしてナナリー。俺の初恋の少女。
振り返ってみれば、随分と生き急いだ。
エリア11に配属され功績をあげて親衛隊になり、そこからナイトオブラウンズ。最終的にはブリタニア軍総帥だ。その過程で切り捨てたものや手に入らなかったものもあるのだろう。
けれど決して無意味ではない。得たものもしっかりとあるのだ。
申し訳ないと思うのは父上と母上、そして姉上のこと。
結局…………約束を果たせなかった。生きて帰る事が出来なかった。それだけが唯一の心残り。
後事は問題ない。
ルルーシュの馬鹿は気付いてないが、あいつには味方が沢山いる。
C.C.だってスザクだってユフィもジェレミアも…………。全員がお前の助けになってくれる。お前ならアーサーのようにはならない。しっかりと国を治めていけるさ。
しかしまさか最期ルルーシュの騎士として終わるとは、子供の頃は思いもしなかった。
でもきっと自分は満足してるのだろう。
非情なのかと思えば情に深くて、常に余裕かと思ったらイレギュラーにあたふたしたりする、完璧ではないおっかなびっくり戦うルルーシュが面白かった。
恥かしい話だが"こいつなら全身全霊で仕えてもいい"って思えてしまったのだ。本当に恥かしい。昔の自分はもっと冷淡だったというのに。
「………あ………ああ」
でも最後の最期だから確認しておきたい事がある。
平行世界に行って自分の存在しない世界を見てから、ずっと思っていた事がある。
果たして、自分は。
神根島から、綺麗な光の柱が立った。
両目にあるギアスの紋様が反応する。
分かっていた。あれはギアスの終焉。
コードとギアスが長い呪われた歴史に幕を閉じようとしているのだ。
それは神根島だけではなかった。
アイスランドで帝都ペンドラゴンで、北極で、ブリテンで、中華連邦で、ロシアで。
そのヒカリは観測された。
人々は見る。呪われた歴史の終焉を。
知らず人々の眼から涙が溢れる。
これで戦争は終わる。若者達も帰ってくるのだと知ったから。
そして同時に、最後の戦死者となるであろう彼を悼んで。
『……ああ………ルルーシュ………』
「レナード!?」
か細い声。
もはや長くはない。誰よりも先にそれを知った。
それでも十年来の悪友の、騎士の言葉にルルーシュは叫ぶ。
『………最後に一つ……だけ………教えて………欲しい』
「……なんだ」
『………俺は………生きて…いて………良かったのか?』
何を、とルルーシュは思う。
そんなものは決まっている。確かに一度は憎んだこともあった。けれど。
『……あの世界で………俺は…知った…。
異な…る歴史を………その…世界では、ナナリーは……生きていて……俺が……殺した人間が……皆元気に……生きていたんだ……』
馬鹿だこいつは。
そんな事を今まで悩んでいたというのか。
だとしたら、俺は言ってやらなければならない。
レナードの主君として、この馬鹿野郎の悪友として。
「生きていていいじゃない! 良かったに決まっているだろう!
お前がいなければ俺は全てを憎んだままだった! お前がいたからあの糞親父を少しでも許してやる気になれたんだっ! お前が……いたからっ………俺は、悪逆皇帝にならなかったんだッ!!」
『……そう……か。……それは………よかった……』
「……レナード」
もう反応してくれなかった。そんな、とルルーシュは身を震わせた。
まだ自分は大切なことを伝えていない。もっとお礼を言わなければならない。レナードがいたからこそシャーリーは死なずにすんだ。レナードがいたからこそ俺はユフィを汚さずにすんだ。レナードがいたからこそ俺は……! 俺は人を信じることが出来たッ!
だけど時間が、絶望的なまでにない。ならせめて一言だけ。
「 」
その言葉が届くように。
祈るような気持ちで言った。すると、
『あ………ああ………』
「!」
その声はルルーシュの声が聞こえたからじゃないだろう。
しかし、それでもレナードは一度だけ咳き込み。
『俺は………ここに………いる――――』
「レナードッ!」
生涯で最も大きな声で名を叫ぶ。
眼から涙が溢れた。もうレナードは返答しない。
あいつは最後の最期までズルイ男で…………飄々と逝ってしまった。
その時、周囲から爆音があがった。
『天空要塞ダモクレスは墜ちたぞ! 我が軍の勝利だっ!』
誰が最初に叫んだのだろう。
ブリタニア軍のKMF。そのコックピットから人が顔を出し歓声をあげる。
だけど一部の者。スザクやジェレミア、ラウンズ達は静かに神根島を見ていた。
ヒカリが消えていく。終わったのだ、全ては。
ルルーシュもまたオーディンのコックピットハッチを開き体を外に出す。涙に濡れた頬が風にあたり妙に冷たい。
「どうぞ」
何処からかハンカチが投げられてきた。
それを掴み、一体誰が投げたんだと振り返ると、
「ルキアーノ」
腹から血を流し、それでも笑いながら神根島を見るルキアーノがいた。
「ずるい男だったでしょう。レナードは。
私との決着をつけぬまま逝ってしまいましたよ。
あいつを殺すのは、この私だと心に定めていたというのに」
「気が合うな。俺もそう思っていたところだ」
やがて歓声は一つの形をとり始める。
無秩序な絶叫はやがて勝者を称えるオーケストラとなった。
『ブリタニア最高の主従万歳ッ!』
『オール・ハイル・ルルーシュッ!』
『オール・ハイル・レナードッ!』
『オール・ハイル・ルルーシュッ!』
『オール・ハイル・レナードッ!』
『オール・ハイル・ルルーシュッ!』
『オール・ハイル・レナードッ!』
『オール・ハイル・ルルーシュッ!』
『オール・ハイル・レナードッ!』
木霊していく歓声。
それを背に、ルルーシュはもう一度だけ先程言った言葉を呟いた。
「ありがとう」
―――多くの戦士達がいた。
―――彼等は守るべき"なにか"の為に戦い、そして死んでいった。
―――ある世界は彼等を恐れ、目を背けた。
―――しかし私達は知っている。
―――彼等全員が自らの一生を堂々と生き切ったことを。
―――彼等の魂が、やがて一つの歩みを齎したということを。
―――私達は彼等の生き様を胸に刻み歩き出す。
―――誰もが望んだ、明日に向かって。
―――だから、これは悲劇ではないのだ。
―――それでも時に、
―――抗えようのない哀しみに、涙溢れる夜がきたのなら
―――私達は歌おう。
―――鎮魂の歌を。
―――ウォーレクイエムを。
終戦より一年。
神聖ブリタニア帝国にて。
眼前を埋め尽くす民衆は待っている。
一人の男の入場を。
やがて歓声と共に、堂々とした歩調で一人の男が壇上に上った。
純白の皇帝衣装に身を包んだ少年、いやもう青年と呼んだほうが正しいか。
彼は自らの臣民を見渡して、一度だけ目蓋を閉じた。
思い起こされる輝いた思い出たち。
人種も民族もない。
守るべき"なにか"のために戦い、そして死んでいった者達。
私達は決して忘れない。
だからこそ歌おうではないか。
大きく高らかに。
我等ブリタニアの歌を――――――――
Truth and hope in our Father land!
And death to every foe!
Our soldiera shall not pause to rest
We vow our loyalty
Old traditions they will abide
Arise young herose!
Our past inspires noble deeds
All Hail Britannia!
Immortal beacon shows the way
Step forth, seek glory!
Hoist your swords high into the clouds
Hail Britannia!
Our Emperor stands astide this world
He´ll vanquish every foe!
His truth and justice shine so bright
All hail his brillinat light!
Never will hi be overthrown
Like mountains and sea
His bloodine immortal and pure
All Hail britannia!
Solest his wisdom guide our way
Go forth and seek glory
Hoist your swords high into the clouds
Hail Brinannia!
我々の祖国は真実と希望
そして全ての敵には死を!
戦士たちよ休まず進め
誓いを立て忠誠を捧げよう
伝統は我々と共にある
立ち上がれ若き英雄たちよ
我々の歴史は気高い偉業を奮起させ
オール・ハイル・ブリタニア!
不滅ののろしが道を照らす
いざ進まん、栄光の道へ
空高く剣を掲げ
万歳!ブリタニア!
皇帝陛下はこの世界のいしずえ
かなわぬ敵はなく
真実と正義の光は眩く煌めく
輝かしい栄光に喝采を!
皇帝陛下は決して滅することはない
それは山であり海なのだから
彼の血統は不滅で純粋
オール・ハイル・ブリタニア!
我らが進むべきは彼の英知
いざ進まん、栄光の道へ
空高く剣を掲げ
万歳!ブリタニア!
――――――――――FIN――――――――――――
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