―――俺は……世界を壊し……世界を造る
彼の悪逆皇帝ルルーシュが最後に言った言葉である。
その世界のルルーシュが何を思ってこの言葉を呟いたのか、それはその世界のルルーシュにしか知りえない事なのであろう。だが一つだけ分かる事がある。
ルルーシュは、あの男は最期笑って逝ったのだ。
人は誰しもが今を一生懸命に生きている。ならば自らの人生を生ききる事こそが真の正義であり、そして人としての本懐なのだろう。
ダモクレスの空。
そういうのが相応しいかもしれない。
合衆国日本領海での神聖ブリタニア帝国と超合衆国の決戦。
それは既に終わりを迎えようとしていた。
元々アーサーのギアスにより纏まっていた連合だ。
ゼロへの忠誠が高い日本人や、シュナイゼルに忠義を誓うブリタニア人を除けば、所詮は烏合の衆。一度負け戦ともなれば連合という脆さが露になる。
当然ながら黒の騎士団側には日本人やブリタニア人だけではなく、ゼロ=アーサーとは知らぬイギリス人や欧州人もいるし、中東やインドの人間だっている。
そうなれば自国に侵攻されている日本人や祖国を追われたブリタニア人は兎も角、それ以外の団員にとっては真実他人事。未だにフレイヤという脅威やナイトオブラウンズが跋扈する戦場で命を賭ける勇気はない。ルルーシュ率いる純正部隊と、多くの国や民族集まる混成部隊の差がここに現れた。
留めとばかりに、ルルーシュが日本人・ブリタニア人も問わず降伏する者には手を出さないと宣言されてしまえば、それこそ士気はがくりと落ちる。
これを言ったのがコーネリアなどの比較的ブリタニア至上主義的な面がある皇族ではなく、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだったというのも大きい。
ルルーシュはアイスランドでの治世は勿論だが、嘗てジョセフにより殺されそうになった、捕虜であるEU軍人達を身を挺して庇ったという事実がある。ルルーシュならこの宣言は信じられる。多くの団員達がそう思うのも無理はないことであった。
斬月のKMFこコックピット内で藤堂鏡志郎は一つの決意を固めていた。
そう全ては数ヶ月前。
ゼロから彼の真の目的を聞いた時のことだ。
ゼロは言った。
もしも何らかの要因で超合衆国の世界統一が不可能になった時。もしもこちらの敗北が揺るがないものとなった場合は迷うことは無い。全ての罪を私とシュナイゼルに押し付け投降せよ、と。
まったく一人の武人として見事、としか言いようがない。
ゼロは、アーサーは自分が負けた時のことも予期して、後の事を藤堂に任せていたのだ。
そして現在。
アーサーの言った通り超合衆国の世界統一は不可能の域に達している。この戦い、恐らく黒の騎士団の敗北は揺るがないだろう。しかしアーサーの計画、ウォーレクイエムはもう直ぐ完遂しようとしている。尤もその計画が果たして本当に世界を救うのかは分からない。けれど一人の武士としてアーサーに従うことを良しとしたのだ。ならば敗軍の将としての責任を果たさなければならない。
幸いルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが決して邪悪な人ではないことを藤堂は知っていた。少なからず面識もある。
だからこそ決断した。終わらせる覚悟を決めた。
「黒の騎士団総員に告げる! これより我等はブリタニアに投降する!
繰り返す。これより我等はブリタニアに投降する!」
戦場に藤堂の無念が木霊する。
両軍の戦いは、確実に、終幕へ向かっていた。
黄昏の間。
そこには黒衣に身を包んだ騎士王が黄金の剣を構え立っていた。
レナードもそれに応じ、純白のマントを羽織外に出る。
「………………」
「………………」
言葉はない。
両者は静かに相手の出方を伺う。
レナードの着ている服はパイロットスーツではなくラウンズ専用の騎士服。先代ナイトオブワン、ビスマルクはその誇りと自信からかパイロットスーツを着ようとはしなかったので、レナードもまた着ようとはしなかった。願掛けという訳でもないが、それがナイトオブワンとしてのあり方だと思ったから。
「一つ、聞きたい事がある」
レナードが言った。
「なんだ?」
アーサーが答える。
言葉で霍乱しようというのならば無駄だ。
この身は騎士王アーサー。そのような矮小な策で動じはせん、と。
そんな事はレナードも分かっている。だけど一つ如何しても確認しておきたい事があった。ただそれだけの話。
「アーサー王。お前は人を殺す時、どう思う?
ルキアーノのように快楽を感じるか? それとも苦しいか?」
「考えるまでもない。
人殺しが楽しいわけがないだろう」
「嗚呼、そう答えるだろうな」
そう、だからこそ。
「お前は騎士に向いてない」
「な、に――――――――?」
恐らくそんな事を言われたのは始めての経験だろう。
アーサー・ペンドラゴンといえば騎士の中の王。騎士の代名詞だ。
そんな彼によりにもよって「騎士に向いてない」というのは、後にも先にもレナードだけ。
「――――――認めたくはないが、俺はどこかで戦争を愉しんでいた。
戦場で初めてターゲットの頭を、ライフルで吹き飛ばした時には、言い表せないような達成感を抱いたし、強敵を激戦に末に破った時の爽快感は堪らない。
俺の立案した作戦が成功し、千人の兵士が生きながらに焼かれているのを見ては大喜びしたものだ」
「……つまり、ルキアーノ・ブラッドリーと同類ということか、貴様は?」
「否定はしない。俺とルキアーノが悪友になれたのも、もしかしたらそこら辺が理由なのかもしれない。だけどな、アーサー。
こんな事は誰にでも良くあることなんだよ。
ルルーシュだって同じだ。あいつも数万の人間を殺す作戦を実行した時に大笑いした。俺は初めて戦場に出た時、生き残っていたのが自分だったのが嬉しくて笑った。
過去の歴史でもそうだろう。
騎士や武将達は、敵将を殺してはその首級を手に意気揚々と自軍に帰還する。
そこに懺悔も後悔もない。ただ当然のことを為した達成感があるだけだ」
「私は、それを無くす為に行動を起こした。
確かにお前の言う事は正しい。
平和な時代では、吐き気を催す非道を平然としてしまうのが戦争だ。
だがそうやって人を殺して笑う兵士達でも、最初からそうだった訳ではない。
全て戦争という地獄が、彼等を狂気の人へ変えてしまっただけ。
故に、そのような地獄はこの世全てから抹消しなければならん。
私は見てきた。親孝行で隣人を思いやる心をもった優しい青年が、剣を手に狂気に染まった顔で私に切り掛かってきた光景を。まだ十歳にも満たぬ少年が、体に爆薬を巻き付け突っ込むのを。
終わりにしなければいけない。このような悲劇を。その為に行動を起こした! その為のウォーレクイエム! 邪魔をするのならば、誰であろうと叩き潰そう」
レナードはやっぱり、という表情を浮かべる。
だから笑ってやった。
「何が可笑しい?」
「実はだ。別に俺はお前の事が嫌いじゃない。寧ろ気に入っている。
お前にとって今を生きること自体が既に地獄だ。だから――――――」
この男は、平和を求めては自分を傷つけている。
平和の為に殺して殺して、そして自分を殺しているのだ。アーサーは決して人の死に慣れる事が出来ない。殺す度に、その罪悪感と後悔に押し潰されそうになりながらも、人々の笑顔のために戦い続けるのだろう。
例えるならアーサー・ペンドラゴンという男は、龍の力をもって生まれてしまった羊だ。
誰もがアーサーの中にある"龍"しか見ようとしない。そして龍の力があるからこそ、矮小な羊は願ってしまったのだ。この世に恒久的な平和を、と。
なんという悲劇。もはやアーサーの存在そのものが余りに悲痛であった。
故にレナードは剣を向ける。他の武装は拳銃一丁に手榴弾、ナイフ。
対する騎士王は伝説に名高き聖剣一振り。普通なら圧倒的にレナードが有利であるが、この相手にだけは普通の概念など宛てにはならない。
それでもレナード・エニアグラムは負けられない。この身に背負った帝国最強の名のためにも。そして君命を遵守するためにも。なにより目の前の好敵手たるアーサー王のためにも。
「覚悟しろ、アーサー・ペンドラゴン。
これからお前を解放してやる」
踏み込みは同時。
互いの振った剣が交差する。
「ぐっ……」
重い。なんという思い剣戟か。
アーサーの剣を受け止めそう思わずにはいられなかった。
それもそうか。この時代の戦士の武器がKMFだったのに対して、アーサーの武器は剣。こと白兵戦においてはアーサーは史上最強だ。だが、それでも。
後方に跳躍し距離をとる。そして腰に隠しておいた手榴弾の安全ピンをぬき、投げた。
無論そんな事でアーサーが敗れる筈がない。だが避ける為にレナードから離れた。
数瞬の間を置いて爆発する手榴弾。
そのままレナードは素早く銃を抜き、発砲。
確実に当たる軌道、しかし。
「舐めないで貰おうか、帝国最強」
「なっ!」
もしアーサーが銃弾を避けたのだったなら、レナードとて驚きはしなかっただろう。
常人には無理でも、ラウンズなら銃弾の嵐を掻い潜るなど不可能でもない。
だがアーサーはなんと銃弾を切ったのだ。なんという魔技。もはや神業という域すら超えている。余りにも無茶苦茶だ。切ったのが弓矢かなんかならば、まだ分かる。レナードにも出来る自信がある。
しかし超高速の弾丸を切るなど、一体どのような修練を積めばその領域に立てるのか。
「我が名はアーサー・ペンドラゴン。円卓の長たるブリテンが騎士王なり。
帝国最強の騎士よ。汝の身を以て史上最強の頂きを知れッ!」
目の錯覚か。
アーサーの手にした黄金の剣が輝いた気がした。
あの剣こそ恐らく聖剣エクスカリバー。
嘗て自らの愛剣を失ったアーサー王が湖の乙女より渡された無双の剣。
「良かろう。ならばこそ知るがいい。
この帝国最強の名が背負うは歴代ブリタニア騎士数万の魂。
これを以て、貴様の史上最強を叩き落そう」
迎え撃つはレナード・エニアグラム。
現代に蘇った騎士道物語の主人公にして、ブリタニアの大英雄。帝国の守護者たる魔人。
この時代の最強が、歴史上最強の騎士に挑もう。
アーサーの強さは圧倒的だ。
手榴弾を投げても銃を撃っても、その悉くを無意味とする。
その剣筋は清廉にして神速。目視することも難しい王者の剣である。
しかしレナードはそれを良く受けていた。
純粋な技量においてアーサーに至らぬレナードには、アーサーを超える直感力と戦場を故郷とした者が持つ経験則がある。
既にレナードの直感は数手先の未来までをも完全に見通す。そして直感が得た情報をもとに、その経験則から最も適切な行動を割り出し実行する。今のレナードが持つ手札で実現可能な最も優れた選択をとっていくという反則。しかしそれでも騎士王の頂きは遠く険しい。
レナードのワイアードギアスが反則というのならば、アーサーは存在がそもそも反則なのだ。レナードとてワイアードギアスが覚醒してからは肉体のほうも徐々に活性化してきており、純粋な身体能力という点であるならば既にスザクやビスマルクすら超えており、決してアーサーに負けるものではないがそれを尚上回る技量がアーサーにはある。
(本当に、伝説だな……)
レナードとて自分が人類の中で、最強クラスの実力をもっていると自負していた。相手が武装した熟練兵士100人でも、丸腰の状態でも無傷で制圧出来るくらいには人間を辞めている。
だが騎士王アーサーは、こちらが百の兵士を静める間に、千の兵士を屠るだろう。
けれどレナードの中に絶望はない。
あるのは純粋な高揚感。彼とてブリタニアの貴族として生まれた男子。アーサー王伝説はブリテン国より追い出されたブリタニア人達にとっても、今でも尚広く親しまれる騎士道物語である。
その伝説的な騎士王と剣を交える事に、一人の騎士として歓びを感じずにはいられない。
「ははっ。流石は騎士王! いや、強いな」
「誉め言葉と受け取っておこう!
そういう貴公も、相当の腕前だっ!」
「それは大いに光栄ッ! まさか騎士王と戦い、ましてや賛辞を受ける日が来るとは!」
既に打ち合った回数は百を軽く超える。
超高速で飛び交う二つ剣筋は、まるで空間を切り取ったかのように一つの結界を作り出す。
帝国最強と史上最強が繰り広げる、美しく狂おしく、どんな芸術すら霞むオーケストラは、時間の経過につれてより激しさを増していく。
時間という概念が消えてしまったように感じられた。
嗚呼、もしこの世に永遠があるのならば、今この瞬間こそが永遠だ。
その時レナードは見た。
アーサー王の翠の瞳を。澄んでいながらも絶望のある瞳を。
吸い込まれそうな深遠に、ほんの僅かにレナードの剣先が鈍る。それが致命的なミスとなった。
「剣がッ!」
アーサーによって弾き飛ばされた剣。レナードから数m離れた位置に落ちる。
このまま丸腰で戦うか、それとも剣を拾うか。
瞬時の判断で拾うほうを選ぶ。相手がアーサー王では丸腰で戦ってしまえば結果は敗北しかない。だからこその行動。一呼吸もなくレナードは自らの剣まで辿り着く。東洋でいう縮地。それだけの奥義をいとも容易く行使したレナードは剣を掴み、そして、間に合わなかった事を悟る。
「はぁあああああああああああああああっ!」
レナードと同等、否、それ以上のスピードでもって踏み込んだアーサーは、黄金の剣を振り下ろさんと迫っていた。
この軌道、その破壊力が齎すであろう解は即死。レナード・エニアグラムはあの剣により命を落とすだろう。これは確定してしまった運命だ。
それでも運命に抗うことこそが、人の性。鮮血が舞う。
紅の血化粧がアーサーの頬を染める。
「そんな、何故――――――」
驚愕はアーサーのものだ。
それはそうだろう。なにせアーサーが振り下ろした先にはレナードだけではなく、レナードの盾になるように主任が割って入っていたのだから。
だが騎士王の刃は、たかだが人一人が盾となった程度で防げるものではない。
どれほど抗おうと必殺の一撃には変わりない。それでも主任の体は"即死"を"致命傷"に落とす程度には十分過ぎるものだった。
即死ならば動けない。だが"致命傷"であるならば僅かに動く時間がある。
純白の騎士服を自らの血で染め、尚も迷わず動けたのは知っていたからだ。
レナードはアーサーを倒す為にもう暫くの時間を望んだ。そしてレナードが望んだからこそ、主任が二人の間に割ってはいるのは既に確定していたのだ。
迷いは無い。
レナード・エニアグラムは一切の躊躇もなく、剣を主任に突き刺す。貫通する刃は、その後ろにいるアーサーの胴体をも確実に貫いた。
「……総帥……私、は…………」
「ご苦労だった、エルザ。
ありがとう、お前には何度も世話になった」
「いえ………私は、貴方の………」
それが最期。
一つの達成感を胸に主任は、エルザ・ハーシェルという女は事切れた。
レナードは倒れ掛かってきたエルザを優しく受け止める。
「嗚呼、私が敗北した、か――――」
それはアーサーも同様だった。
剣を引き抜く。流れた血はまるで聖水の如く。
史上最強の騎士王は、ゆっくりと大地に倒れた。
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