とある魔術の未元物質
SCHOOL8 冷 夏
―――人格は厳しい状況のもとでこそ計られる。
優しい環境では、少し演技の得意な人間ならどんな性格になることもできる。
だが厳しい環境だとそうはいかない。日々を生きるのに一苦労で、演技などする余力がないのだから。必然、演技のない素の人格が引きずり出されることになるのだ。
さてこの学園都市には「軍隊相手に戦える」程の能力者、つまりLEVEL5が七人いる。これの一つ下のLEVEL4が軍隊で戦術的価値を期待できる程度だというのだから、一人で軍隊と戦えるLEVEL5の超能力者がどれほどの怪物なのかは分かるだろう。
しかしそんな学園都市に七人しかいない超能力者が意図的にではなく″偶然″出遭う確率といえばごく薄いだろう。しかも、垣根が普段来ない店で偶然に同じ服を手に取る確率といったら、もう宝くじで二等賞とるくらい低いものだろう。
(…………御坂美琴。常盤台の第三位?)
思わず垣根は頭を抱えて蹲りたくなった。
厄介事というのは一度来ると雪崩のように襲ってくると、何時だったか心理定規が言っていたが、垣根はそれが真実だと身を持って思い知った。
(何で第三位がここに? …………いや考えるまでもねえな。ここは服屋でこいつが掴んでるのはパジャマだ。パジャマを買いにきたに決まってる。だがこんな変なカエルの絵柄のパジャマを? おいおい。最近の女子中学生の感性ってのはこんなものなのか)
学園都市暗部に所属しており、学校になど通っていない垣根からしたらプチカルチャーショックだ。こんな如何にもキワモノのカエルが最近の女子中学生のストライクゾーンだったなどとは。
しかし、彼の感性からしたら『キワモノのカエル』のパジャマなんぞを適当にインデックスに買おうとする辺り垣根も酷い男である。
(くそっ。落ち着け。俺にパニックという言葉は通用しねえ。そうだ。幾ら第三位だろうと感性が奇天烈だろうと、こいつは表の人間だ。俺のような暗部に所属してる超能力者の顔なんぞ知らねえ筈だ。そうだ、焦る必要なんざない。適当にやり過ごせばいいだけだ。魔術なんてオカルトに首突っ込んでるんだ。これ以上厄介ごとに巻き込まれてたまるか)
パジャマを握る手に力が籠る。
垣根の顔に真剣な色が深くなってきた。
しかし、そんなシリアスに染まっている垣根だったが、傍から見ると女用パジャマ売り場で中学生くらいの少女向けのパジャマを掴んだまま、同じパジャマを手に取った女子中学生を真剣な顔で凝視している不審者である。実際、同じパジャマを手に取った第三位の超能力者である御坂美琴も多少不審そうな目を垣根に向けている。
「あの……」
第三位の超電磁砲がやや不審そうに声をかけてきた。直ぐに何か言わなかったのは、垣根のような身長180cmはある推定高校生が、少女物のパジャマを手に取っているというシュールな光景を受け入れられなかっただろう。
ここで初心な少年ならば狼狽える所であるが、そこは流石の第二位。学園都市2の頭脳は伊達ではない。直ぐにガラの悪そうな垣根には似合わぬ柔和な笑顔を浮かべると。
「すまないね、お嬢さん」
「えっ。いや、もしかして貴方もゲコ太のパジャマを…………」
(…………ゲコ太? このパジャマのキワモノのカエルのことか?)
わりと失礼なことを考える垣根。
ちなみに『ゲコ太』とは学園都市内のラヴリーミトン製の、カエルのマスコットである。髭を生やしスーツを着用しており、ケロヨンの隣に住んで居るおじさんで、乗り物に弱く直ぐにゲコゲコしてしまうからゲコ太と呼ばれている。そして第三位の超能力者である御坂美琴の大のお気に入りである。
しかしどうも第三位は、垣根がこのゲコ太とやらが好きで、このパジャマを手に取ったのだと勘違いしているらしい。尤も垣根はこのゲコ太に全く興味がないのだが。というより、何処が良いのか理解不能である。
従って垣根としては早々に第三位から離れ、適当なパジャマを購入してインデックスの寝てる家に帰りたい所だ。だから垣根は「ちょっと取ってみただけなのでどうぞ」と猫被った声で言おうとしたのだが。
「お姉さま?」
「く、黒子!?」
厄介事というのは一度来ると雪崩のように襲ってくる。垣根はこの言葉を再び実感した。黒子と呼ばれた同じ常盤台中学の制服を着た少女は、これまた厄介な事に風紀委員の腕章をつけている。
風紀委員といっても学園都市における風紀委員は少し意味合いが違う。
風紀委員とは学園都市の、警備員とは異なるもう一つの警察組織であり、警備員が教師で構成されているのに対して、こちらは生徒によって構成されている。生徒で構成されている以上、その権限は大人達で構成されている警備員よりも低いが、学園都市の生徒とは全てが能力者。中にはLEVEL4やLEVEL3などもいたりするので、馬鹿に出来ない。
そして垣根は表向きの治安部隊の真逆。学園都市の闇に存在する暗部組織のリーダーである。風紀委員などといった表の治安部隊とは、事情がないのならば近づきたくはないと言うのが本音だ。
「お姉さま。またそのようなお召し物を……」
「うっさいわね! それよりアンタこそ何で此処にいんのよ」
「風紀委員の仕事の合間にちょっと立ち寄っただけですの。
……と、それよりそこの殿方は?」
黒子と呼ばれた少女が、垣根をやや不審そうに見る。初対面の人間に向ける視線としては失礼であるかもしれないが、垣根のような男が女物のパジャマを手に取っている事が不振なのは間違いないので仕方ない。垣根が適当に煙に巻こうと口を開くと、
「ああ、ちょっと同じ服を同時に取っちゃって」
「同じ服を? もし、失礼ですが貴方のような殿方が如何して女物のパジャマを?」
黒子と言うらしい風紀委員の少女が問いかけてくる。だが垣根は慌てない。もしここで変な素振りをすれば事情聴取を受ける羽目になるのは間違いないだろう。垣根は一つ一つ言葉を選び、もっともリスクのない解答を導き出した。
「ははっ。弱ったな。これじゃ俺が犯罪者みたいだ」
「いえ犯罪者だとかではなく、念のためですの」
「構わないよ、別に。
俺のような男が、こんな所でパジャマを買ってちゃ怪しまれても仕方ないからね」
取り敢えず演技を続行する。
しかしLEVEL5でこれほど猫を被れるのは、七人しかいない超能力者でもこの男くらいではないだろうか。他の者だと沸点が低かったり、女王だったり、キレやすかったり、根性馬鹿だったり、コミュ障だったりと問題だらけだ。
「実はこの街で同居している妹が、性質の悪い風邪に掛かってね。
パジャマも汗でぬれてたから、どうせなら新しいものをと思ってね」
これでいいだろう。
普通、中学生にしろ高校生にしろ、女性が衣服を親類とはいえ男に買わせるなど有り得ない。というより普通は自分で買う。だからこそ『自分では買えない』理由を作ってやればいい。
「そうでしたの。申し訳ありません。疑うような真似をしてしまいまして」
「いいや、こちらこそ疑うような行動をして申し訳ないと思っているよ。
何分女性物の服を買うなんて初めての経験でね。挙動不審だったのは間違いないし」
垣根は焦らず、適当に風紀委員の少女と世間話のようなものをする。
こんな時は、話が終わったからと言って急いで立ち去っては逆に怪しまれてしまう。あくまでも平静に、そして一般人を装う。
「つまり、その妹さんもゲコ太を――――――――」
「ゲコ太? それはこのカエルの事か?」
「えっ! もしかしてゲコ太を知らないの?」
第三位の超能力者が物凄く驚いている。垣根には良く分からないが、それほど強い思い入れがあり、尚且つ女子中学生の間でこのカエルに有名なのだろう。垣根には心底理解出来ないが。
まあそんな事はどうでもいい。
垣根にとっての第一目標は直ぐに適当な服を買い、ここから離れる事だ。
「いや、ちょっと取ってみただけだから。
丁度他にいいモノも見つけたから」
「つまりゲコ太が好きという訳では?」
「いや正直俺もこのカエルがゲコ太って名前だって初めて知ったクチだから」
言いながら垣根は、ごく自然な動作で別のパジャマをとる。
水玉模様のごく普通のパジャマだ。
「それじゃあここらで失礼するよ。妹も待っているし」
それだけ言って垣根は早急にその場を退散した。
時間にして十秒の早業である。
第三位が何か言おうとしていたが垣根はスルーした。
目指す場所は自宅。これからインデックスの『首輪』を如何にかする為の戦いが待っている。
それと『スクール』のアジトへ行ったら、心理定規にゲコ太なるカエルの事を尋ねようと決めた垣根であった。
今回は軽くジャブ。後々のイベントの為の。
次は本格的に『首輪』に関わっていきます。
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