とある魔術の未元物質
SCHOOL9 脱衣所 パニック
―――才能とは、自分自身を、自分の力を信じることだ。
本当の意味での天才というのは、自分が天才であることを自覚している。天才が自分の才能に気付かず、才能のない凡才と同列に見るのは、凡才から見れば単なる侮辱でしかない。
凡才と天才の間には防ぎようのない壁があり、それを突破する事はこの学園都市においては不可能といっても過言ではないだろう。
そして運命の夜がやってきた。
時刻は午後6時30分。ここ数日間、垣根の家に居候しているインデックスが、この時間に行う事といったら一つしかない。それは、
「それじゃあ、お風呂に入ってくるんだよ」
「おぉ、入れ入れ」
適当なファッション雑誌を眺めながら、ぞんざいに垣根が応じる。だがそれは単なる演技。
普通、服を着たまま風呂に入るような人間はいない。欧州などでは風呂と言うよりもシャワーのほうが一般的であるが、それでも洋服を着たままシャワーを浴びる馬鹿などいないだろう。
そしてそれは十万三千冊を記憶する修道女であろうと同じ。インデックスも風呂に入る時は、確実に『歩く教会』を脱ぐ。つまりインデックスから絶対の防御力が失われる。
既に垣根の部屋の前には、予め呼んでおいた神裂火織が待機しており、インデックスが風呂から出た瞬間に眠らせ、垣根が色々と苦労して購入してきたパジャマに着替えさせるという作戦だ。
(絶対の防御力がある『歩く教会』も面倒くさいもんだな)
垣根は思わずそう呟きそうになる。だがインデックスの『首輪』をどうにかするには、先ず『歩く教会』のほうからどうにかしないと、『首輪』をどうにかする為の調査や魔術すら行使できない。セキュリティーにしろ核シェルターにしろ、防御力が高すぎるとこういうイレギュラーな事態の時には不便なものだということを、垣根は今回の一件で深く痛感する。
「垣根帝督」
「…………来たか」
何時の間にやら神裂が立っていた。
相変わらずの変な格好。片側だけ切り取られたジーンズ。もしかしたら一応は神父服を着ているステイルよりも、本場では変に見えるかもしれない。ステイルの服装が変に見える理由の一つは、この学園都市に神父なんて存在がいないことなのだから。神父が当たり前のように存在するイギリスやらならば、少しお洒落をしているシンプソンで済ませられるのかも……。実にどうでもいいことであるが。
「では私は待機させて貰います。風呂場は角を右に行ったところで」
「間違いねえよ。ま、頑張れよ」
具体的に何を頑張れ、なのかは敢えて言わなかったが別にいいだろう。
それよりも垣根は手元にある雑誌に気になる項目を見つけたので注視する。
「成程、その独特の造形から子供のみならず、一部の女子中高生にも人気のゲコ太か。そう言われてみれば可愛く見え……………………ねえな。どこか良いのかさっぱりだ。学園都市第三位のLEVEL5は、キャラクターのセンスはLEVEL0だったってことか」
勝手に失礼な判断をする垣根。
もしここに当の本人がいたのならば、まず間違いなく垣根に電撃を放ってきているだろう。尤も垣根が電撃などでやられる筈もないのだが。
そんな時であった。風呂場でガタゴト、という騒音が聞こえてくる。
「ぎゃぁああああああああああああ! 風呂が爆発したんだよ!」
聞き違える筈もなく、インデックスの悲鳴であった。
「それにしても…………ば、爆発!?」
インデックスの不穏な言葉に思わず垣根が考え込む。
風呂場で爆発というのはどういうことか。というより風呂場に爆発するような要素があったか否か。それは僅か三秒ほどの思考であったが、その三秒が垣根の状況予測を遅らせた。
思い返してみるがいい。
インデックスが叫び声をあげる少し前、風呂場に行った人物が誰なのかを。
そしてインデックスの悲鳴の聞こえ方からして、彼女が風呂から飛び出して脱衣所に出てきている事は間違いない。つまり、簡単な推理だ。
「そ、そんな。追っ手の魔術師、こんな所まで!」
「待ってください、私は貴女を気絶させてパジャマを着せようと……」
「へ、変態! 変態なんだよ!」
「へ、変態!? 断じて違います。私は変態でも痴女でも露出狂でもありません。私には神裂火織という名前が、って駄目です。今ここから出ては――――――――――」
だが神裂の制止も空しく、インデックスは飛び出してしまった。そしてソファに座り悠々と雑誌を眺めていた垣根と視線が重なる。
「…………………………」
「…………………………」
インデックスは素っ裸だった。タオルも何も纏ってない。正真正銘の全裸である。だがインデックスを責めるのは酷という物だろう。なにせ脱衣所に出てみると、変な格好をした追っ手(とインデックスは思っている)がいきなり「待ってください、私は貴女を気絶させてパジャマを着せようと……」だのと言い出したのである。命と危険及び貞操の危険を悟り、何も考えず逃げ出すのは無理もないことだ。
だがそのせいで、インデックスには次なる悲劇が訪れてしまう。即ち同居人に全裸を見られるという悲劇を。
「うぅ……」
バッとインデックスがそこいらにあったシーツを剥ぎ取り、自分の体に巻いた。
恥じらう乙女のパワーというかなんというか、世にいる聖人も驚きの僅か二秒の出来事である。
そして取り敢えずであるが、身を隠すものを纏ったインデックスの狙いは。
「おいコラ。冷静になれインデックス。はっきり言うぞ。俺に非はない。
俺はこうしてソファの上で雑誌を眺めていただけだ。いいか大体、お前を――――――――」
「待ってください! 私は決して変態では――――――――」
「そ、そんな事より速く逃げないと! もうヘンテコな魔術師が追ってきたんだよ!」
「あ、呼んだの俺だ。それ」
「て、ていとくが!?」
思わぬ告白にインデックスが驚愕する。
だが悲劇は…………もとい喜劇はそれだけでは終わらない。
「どうした神裂! 今この部屋で彼女の悲、鳴……が、」
慌てて入って来たらしいステイルと垣根の視線が交差した。ステイルの視線が垣根に向いた後、半裸のインデックスに向けられ、次にかなり取り乱した様子の神裂を見る。そして再び半裸のインデックスと垣根を交互に見て。
「我が名が最強である理由をここに証明するッ!」
「テメエ、さりげに『魔法名』名乗ってんじゃねえ!
温和な俺でもキレるぞ、コラ」
「遺言はそれだけかい?」
「人の話聞けよ」
しかしステイルは話を聞くどころか、垣根を抹殺する為の魔術の詠唱を開始した。しかも生半可な魔術ではない。紛れもなく必殺に足る魔術だ。
「――――世界を構築する五大元素のひとつ、偉大なる始まりの炎よ。
それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」
「ですから私は変態なのではなくですね。
ただ貴女の『歩く教会』を脱がした後に、貴女の『首輪』を」
「超絶な変態なんだよ! あれ、でもていとくがこの変態を呼んだという事は……。
まさか、ていとくも同じ変態!?」
「誰が変態だ、誰がッ! 愉快を飛び越えて不愉快な勘違いしてんじゃねえ!」
だがインデックスの勘違い?は終わらない。というより訳の分からない出来事の連続でいい加減頭が混乱してきたのだろう。インデックスがその口を開き、中に隠された『歯』と言う名の凶器を解き放つ。
「ていとくゥうううううううううううううううううううううううう!」
咄嗟に未元物質で防ごうとして無駄だと悟る。
インデックスには『歩く教会』がある。理屈は分からないが、アレには垣根の『未元物質』をもってしても効果がなかった。つまり幾ら垣根が未元物質で防御しようと無駄なのである。
(いや、待て。今の糞ガキは『歩く教会』を着てねえ。
なら未元物質は効果を発揮する――――――)
だがその結論に至るまで、ほんの僅かに遅かった。
インデックスの攻撃……もとい口撃が垣根の予想を超えて速かったのではない。
ただもしインデックスを防御すると、今正に必殺の魔術を解き放とうとしているステイルを見過ごす羽目になる。
ステイルも馬鹿ではないから、インデックスを巻き込むリスクを冒してまで垣根に攻撃などはしてこないだろうが、摂氏三千度に達する炎の巨人がこの部屋に顕現するだけで火事になるのは間違いない。もし最初に戸惑わなければ、インデックスへの防御とステイルの対処、両方を行う事が出来ただろう。しかしほんの一瞬の差が、垣根にステイルを対処するかインデックスを防ぐかの二択を迫る事になってしまう。家の家事と頭のダメージ。垣根は二つを天秤にかけて。
「――――――――その名は炎、その役は剣。
顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ――――――イノケgzがぁy」
ステイルへの対処を選んだ。
正体不明の爆発攻撃を喰らい部屋の外まで吹っ飛ばされるステイル。
だけど、その代償に垣根は迫りくる噛み付きを防ぐ手立てを失った。
インデックスの歯が、垣根の頭部に突き刺さる。
ガリっという音と共に、LEVEL5の超能力者の叫びが轟いた。
まさかインデックスの『歩く教会』を脱がすだけで一話消費するとは。
恐るべし『歩く教会』!
次回の更新は28日の午前0時ジャストですね。
予約掲載が7月4日まであるので、仮に私が失踪しても4日までは大丈夫ですw
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