とある魔術の未元物質
SCHOOL16  黒幕 の 一幕


―――失望は最も非生産的な感情である。
望みは生きる上で重要な事だ。しかし失望するということは、望みを失う事である。望みを失えば、希望もないし可能性もない。
失望は何も生み出さず、ただマイナスになるだけだ。希望のない明日に意味は見いだせない。意味を見いだせない明日に価値などない。もしパンドラの箱に希望が残っていなければ、人は絶望し滅んでいただろう。








 イギリス清教の実質的総本山である『聖ジョージ大聖堂』に険しい顔のステイルと神裂に対面するように、一人の女性がいた。
 身長の2.5倍位ある、宝石店にそのまま売られてもおかしくない金髪をもつ見た目18歳くらいの少女。 ベージュの修道服を着ているがこれは実は修道服の着色として認められている色ではない。
 彼女の名は『ローラ・スチュアート』イギリス清教の『最大主教(アークビショップ)』である。つまり魔術大国イギリスの三派閥である『王室派』『騎士派』『清教派』のうち『清教派』のトップにたつ女性である。

「『最大主教』。僕の要求は唯一つです」

 赤髪の魔術師ステイル=マグヌスは加えていた煙草を地面に落とし、足で踏みつぶし火を消す。教会内で煙草を吸うだけに飽きたらず煙草をポイ捨てにして足で踏みつぶすなど、マナーと言う言葉に唾を吐くような行いであるが、この場にいるステイル以外の二人。神裂火織もローラ=スチュアートもそれを嗜めることはしなかった。

「さっさとあの子を『解放』しろ!」

 イギリス清教のトップに。
 己にとっての上司である存在に。
 敵に回したくはない女性に。
 明確な敵意と殺意を込めた視線を向け、ステイルは言い放った。

 こんな暴言が普通許されるはずがない。
 なんといっても相手は押しも押されぬ清教派のトップ。イギリスにおける『女王陛下』や『騎士団長』と同じ位にいる相手なのだ。本来ならステイルなどが対等に会話しただけで罰されかねないほど、最大主教と必要悪の教会に所属する一魔術師との間に身分差がある。

「随分と無礼なことなりけるわね、ステイル。
けれど私には一体『あの子』や『解放』などと問われたところで、心当たりはなしにつきるのだけれど」

「ふざけるのは止めてください」

 ステイルではなく神裂が低く、それでいて冷たい声で言う。

「私が貴女に願うのは簡単な事です。
今すぐに彼女…………インデックスを縛る首輪を解いてください」

 けれどイギリスで十指に入る魔術師であり、世界に二十人といない『聖人』の眼光を受けても、イギリス清教のトップに立つ女性はなんら動じなかった。

「随分と偉き口ぶりね神裂。
幾らお前が聖人だとはいえ、所詮それは一人でありけるのよ。お前の為に命を賭けて従う者など、極東に置き去りにしてきた『天草式十字凄教』の者達だけだと思うたりけるのだけど」

「それが、どうしたというのです?」

「その『天草式』は此処には…………いえ例えここに仮に居たと想定したりけりたりとて、私が顎で使える人間は幾らでもいる。果たしてお前たちはそれ等に対処できるのかしら?」

「その時は、その顎で使う人間の脳天を地面に擦り付けて、肌と言う肌を焼き、苦痛と悲鳴でその腹黒い顔を徹底的に歪めた後に、強引にでもあの子の『首輪』をどうにかさせるだけだ」

 もはや不敬罪を通り越して反逆罪に問われてもおかしくない事を平然とステイルは言ってのけた。だがそれはローラ=スチュアートどころか、例え世界全てを相手にしていたとしてもステイルは同じことを言っただろう。

「神裂もステイルと同じ意見につきしなのかしら?」

「はい。もし貴女がここで首を縦に振らないのであれば、私はイギリス清教の脱退…………いえ『敵対』も辞さないと先に言っておきます」

 二人の『覚悟』を目にして、清教派のトップであるローラは心の奥底で…………うっすらと笑い、そしてうっすらと嘆く。
 この場合ステイルと神裂は相手が悪かったと言う他ないだろう。この二人は確かに優秀な魔術師だ。世界に二十人といない聖人である神裂は勿論、ステイルにしても14歳にして現存するルーン24文字の完全な解析に加え新たに文字を6つも生み出した、 天才魔術師である。

 だが二人は所詮『戦闘』のプロフェッショナルに過ぎない。
 対するローラは魔術師としての技量も勿論そうであるが、彼女は卓越した『政治家』であり『外交官』でもある。ステイルと神裂の失敗、それはローラ=スチュアートという女性が、想像以上の腹黒女であり用意周到だったということだ。

おやすみ(・・・・)、二人とも」

 短い一言だった。
 それだけでステイルの所持していた『インデックスの記憶を消すための礼装』が限定的に起動し、ステイル達を包み込んだ。

「禁書目録の脳が85%しか使えなしきこと。そんなデマが何時か必ずバレる時がくると、この私が予想してない筈がなきにつけるのよ」

 それが『インデックスの礼装』に隠されたトラップ。
 だがそのトラップの功かは、インデックスに対してのように対象の『エピソード記憶』を殺し尽くす類のものではない。あくまでインデックスの『首輪』に関する情報だけを綺麗さっぱり殺し尽くすという限定的なもの。
 これでステイル=マグヌスと神裂火織はインデックスの『首輪』に関する真実を、完全に失った。例えあらゆる異能を殺す能力をもってしても、決して取り戻す事が出来ないように。




 丁度その頃。
 学園都市の高層ビルの一つに、一部のモノからは『ドラゴン』の名で呼ばれる存在、嘗てとある魔術師に必要な知識を与えたと伝えられる聖守護天使エイワスはいた。

「しかしこの携帯電話というのは興味深いな、アレイスター。
電話という本来ならば『遠くにいる人間と会話する』という機能だけを求められたツールに、わざわざ本来のものより劣った性能を用意してまで、カメラやTV、それにゲームなどを追加するとは。人間とは時に面白い発想をする。本当に興味深いよ、アレイスター」

『確かに不可解ではある。しかし私にとってより不可解なのは君が携帯電話などというものを使っている事だ。君ならば移動に足も必要なければ、遠くの人間と会話するなど念じるだけで可能だろう』

「ふふふふ。人間と同じように足で歩き、そして携帯電話で会話する。中々に価値が見いだせる行動じゃないか。尤も効率を優先し過ぎて、年がら年中ビーカーで浮いている者には分からないかもしれないがね」

 学園都市の支配者である十二人しかいない統括理事会のメンバー。その上に存在する、公式の場に一度たりとも姿を現したことのない統括理事長アレイスター・クロウリー。恐らくこの学園都市の『人間』の中で最も強い者と、この学園都市で最も異質な『生命体』は旧知の間柄のように会話をしていた。

「それにしても垣根帝督。
彼と禁書目録が邂逅してしまうことは、君にとっては大きな誤算なのかい?
君の『プラン』だと、禁書目録と邂逅するのは『幻想殺し(イマジンブレイカー)』でなければならなかったと記憶しているがね」

『…………確かに想定範囲外の誤差であるが「修復不可能」という訳ではない。
いや、「未元物質(ダークマター)」が予想外の行動をしてくれたお蔭で、プランをある程度短縮することも出来る。なにより「未元物質」に新たな可能性も見えてきた。
懸念事項は禁書目録という接点を失ったことで「幻想殺し」を魔術サイドに関わらせるのが面倒になるが、不可能と言う訳ではない。誤差はこちらで修正する』

 アレイスターは動じなかった。
 確かに垣根帝督とインデックスが出会う事は予定外のことだ。
 しかし予定外が必ずしもマイナスに作用するとは限らない。この場合の予定外は、垣根帝督からしたら厄介な事この上ないが、アレイスターにとってはプラスに作用した。

「垣根帝督か。まだ『主人公』としては幼い雛鳥であるが………………嗚呼、本当に興味深い」

『あなたがそれ程の興味を示すような存在かね、未元物質は?』

「『ヒーロー』の正確な和訳は『英雄』だが、この国の人間にとっての『ヒーロー』の和約は言ってみれば『正義の味方』や『人々の守護者』或いは『正しい道を行く者』とでもいうんだろうね」

『何がいいたい?』

「一口にヒーローといっても、様々な分類がある。……誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者。……過去に大きな過ちを犯し、その罪に苦悩しながらも正しい道を歩もうとする者。……誰にも選ばれず、資質らしいものを何一つ持っていなくても、たった一人の大切な者のためにヒーローになれる者。
だがアレイスター。勘違いされがちだが、ヒーロー=主人公という方程式はないのだよ」

『エイワス』

「一般的なヒーローとしての要素が欠片もなくとも、天賦の才覚と前向きさで主人公になってしまう者。……善悪に興味を示さず、子供の頃に描いた夢にひたすら突き進む者。……胸に抱いたたった一つの理想の為に、他の全てを切り捨てる者。……過去の大罪に苦しめられ死を求めながらも、己を救い出した存在に尽くす者。……そして『心に残る微かな灯を胸に、世界という巨大な塊に反逆する者』」

エイワス(・・・・)

 もう一度アレイスターの名を呼んだ。
 喜怒哀楽の全てを同時に感じさせる声色に、微かな怒気を混ぜて。

「垣根帝督がどの『主人公』になるのか、本当に興味深いよアレイスター」



 悲劇では終わらせない。
 第二位の超能力者である垣根帝督は、たった一人の少女の幻想を破壊する為に学園都市というアレイスターの用意した箱庭から飛び立つ。
 科学と魔術が交差するとき、新しい物語は始まる。




先ず最初にごめんなさい。
アイテムの出番はどうやら次回になりそうです。
次回こそ必ず、麦のん出ます。バリバリ出ます。



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