とある魔術の未元物質
SCHOOL17  ア イ テ ム


―――玉磨かざれば光なし。
どんなに才能ある原石でも磨かなければ永遠に光り輝くことはない。LEVEL5の超能力者達も一人を除けば、学園都市の能力開発を受けたからこそ超能力者になったが、開発を受けなければ単なる人間であっただろう。しかし超能力が最も残酷な所は、才能のない人間を幾ら磨いても石のままだということだ。







未元物質(ダークマター)。…………第二位の野郎を、ねぇ」

 仕事場へ行くための車内で、長身で大人びた風貌の女性は一応の上司である『電話の相手』からオーダーを受けていた。彼女の名は麦野沈利。押しも押されぬ『原子崩し(メルトダウナー)』と呼ばれる能力を持つ序列第四位の超能力者であり、同時に彼女は『スクール』と同程度の機密である暗部組織『アイテム』を率いている。車内には他にも人影がある。金髪碧眼の女子高生である『フレンダ』。ふわふわとしたワンピースを着ている見た目十二歳の『絹旗最愛』。そして上下にピンク色のジャージを着てボケっとしている『滝壺理后』。麦野含めた四人の女性たちが『アイテム』の正規メンバー達だ。

『一応格上相手だから、装備は上から送られた来たものを使うように!
特に麦野。暴走して一騎打ちなんて挑まない事!』

「えぇー」

『えぇー、じゃないっつうのこいつときたら! いいあのムカつく「スクール」のリーダー垣根帝督の能力は「未元物質(ダークマター)」。能力の強弱なんて問題じゃなくて、この世に存在するエネルギーを操っているに過ぎない「原子崩し」じゃ物理法則を歪める「未元物質」とは勝ち負け以前に勝負にならないの』

 『電話の相手』からの再三に渡る忠告を受けて、麦野は隠そうともせず舌打ちする。
 彼女とて学園都市第四位の頭脳を持つ超能力者。やや直情思考な所はあるが、決して愚かでも馬鹿でもない。真っ向勝負で『未元物質』と『原子崩し』が激突すれば『未元物質』が圧勝するであろうことは予測がつく。予測がつくからこそ、腹立たしいのだ。

『ああ、それと……』

「まだ何かあるの? 正直もう声も聞きたくないんだけど」

『私だって連絡したくて連絡してる訳じゃないっつーの!』

 言いつつ『電話の相手』から画像フォルダが送られてくる。
 麦野はそれを面倒くさそうに開くと、

「超なんなんですか、この超白い恰好をしたシスターは」

 麦野ではなく『アイテム』のメンバーの一人である絹旗が言う。
 麦野も画像を見ると確かに絹旗の言うとおり白い修道服を着たシスターだった。髪色は銀髪、瞳は碧眼。着用している衣服だけではなく、その容姿までもがこの学園都市の雰囲気からしたら浮いて見える。

『上からの追加オーダー。そのシスターにはどんな事があろうと「絶対」に傷一つつけるなと』

 『電話の相手』が絶対を強調して言った。
 それだけ『電話の相手』本人も強く釘を刺されたという事だろう。
 暗部の上司にそれほど強く言える者。恐らく学園都市に君臨する十二人の統括理事会のメンバーのいずれかが関わっているに違いない。

「そんなに重要人物なわけ? このコスプレシスターが」

『さぁ? それは私も聞かされてないから知らないわよ。
兎に角、さっさと垣根帝督ぶっ殺してくること!』

 連絡が切れた。
 麦野から切ったのではないので、向こうが切ったのだろう。

「それにしても結局どういう訳よ。
突然、第二位を殺せなんてオーダーは?」

 アイテム唯一の外国人であるフレンダが言う。
 だが彼女が手に抱いた人形を弄びながら訪ねているので、今一緊張感がない。

「さぁ? けど『アイテム』の超仕事内容は、学園都市における不穏物資の削除・抹消なんですから、第二位がなにかしら学園都市にとって不利益な情報や行動をとろうとしているって事じゃないんですか? もしかしたら画像に合った超コスプレシスターにも関係しているかもしれません」

「北北西から信号が来てる……」

「結局分からないってことか」

 ピンクのジャージを着た滝壺は相変わらずボケっとしていて、フレンダと絹旗のほうは適当に納得する。暗部組織というよりは、なんとなくクラスの仲良しが集まったような感じに見えなくもない。

「はいはい。上から出された訳の分からない仕事だけど、ギャラだけは破格なんだから。やる事も単純だし、第二位の野郎についての情報と言う情報もご丁寧に提示されてる。
『スクール』の糞共には色々とウザったい真似もされてきたし、私としても邪魔な第二位の野郎をぶち殺せるのは願ったり叶ったりかなァ?」

 第四位麦野沈利は凶悪に笑う。
 学園都市の誇るLEVEL5同士の激突は、近い。
 
 



「ていとく、何で日本の夏はこんなに暑いの?」

 第七学区の街中を歩きながら、暑さにやられたインデックスがグデーとしている。どうやら『歩く教会』は悪性の干渉を無効化しても、夏の暑さまでは無効化しなかったらしい。

「日本で夏休みといえば暑いもんなんだよ。だがクソ。
今日は何時にもまして暑いな」

 電気屋の前を通ると、TVのニュースでキャスターが今日は40℃を記録する猛暑だと言っていた。道理で暑い訳である。

「ていとく……早くクーラーのある部屋でシェイク食べたい」

「お前も魔道図書館ならクーラーくらいなんとかしろ」

「そんなこと言われても、私には『首輪』のせいで魔力が精製できないから、そんな魔術は使えないんだよ。うぅ今日ほど『首輪』なんてつけたイギリス清教を恨んだことはないかも」

「随分と小せえ恨みだなおい」

 しかしインデックスの言うとおり、今日という日は本当に暑すぎる。
 ロシア、より正確にはエリザリーナ独立王国に行くために、スクールの上司に「休暇だ、無期限無制約の休暇よこせ」という無理難題をつきつけたまでは良かったが、肝心のロシア行きの飛行機がどうしてもとれないのだ。先ず間違いなく『電話の相手』があの手この手で妨害しているに違いない。最終手段として垣根が能力を使って飛んでいく事も考えなければいけないかもしれない。ただロシアにはロシア正教という十字教の魔術組織があるそうなので、最悪の場合垣根のような超能力者が白翼を羽ばたかせて突っ込んでいった場合、魔術の一斉砲火を浴びて撃ち落とされるかもしれないし、余り目立つ能力行使をするのは得策とはいえない。
 そんな事もあり、インデックスと二人で気分転換のつもりで街を歩いていたのだが、気分転換どころかこの暑さのせいで気分低下していた。

「仕方ねえ。街中で無暗やたらに能力を使う趣味はねえが」

 垣根が能力を発動する。
 尤も全開とは程遠いので白翼は出現しないが。

「能力何て使ってどうするの?」

「まぁ黙って見てろ」

 自信満々に垣根が笑みを浮かべる。
 するとどうだろうか。先程まで40℃の猛暑は消え、インデックスと垣根の周囲だけが丁度良い涼しさの気温になった。その証拠に垣根とインデックスに離れた所で歩いている中年のおっさんは今も暑そうに手で顔を煽いでいる。

「す、凄いんだよ。ていとく、なにをしたの?」

「異物の混じった空間。ここはテメェの知る場所じゃねえんだよ」

「よくわかんない」

「大気中に未元物質混ぜて、熱い温度を快適な温度にしただけだ」

「おぉ〜。未元物質っていうのは良く分かんないけど、なんだか凄いんだよ。
そんな訳でシェイク食べたい」

「そんな訳ってどういう訳だ。……まぁいいか、金には余裕がある」

 垣根にはLEVEL5としての莫大な奨学金にプラスして、実験に協力した事により収入と、暗部の仕事をこなす上で得られる金がある。その量は既に一生遊んで暮らせる額にまで達しているのだ。
 今更シェイクの一つや二つで火達磨になる懐ではない。
 シェイクといえば、この辺りにある大型チェーン店で新作シェイクが出たといっていたからそこにしよう。そう思う垣根だが、途中でピタリと足を止めた。

「どうしたの、ていとく?」

「少し用事が入った。お前は先に行ってろ」

 諭吉三枚をインデックスに渡すと、垣根は路地裏に消えていった。
 インデックスが呼び止めようとすると、既に垣根の姿はそこになかった。



 路地裏を抜けると、ビルとビルに囲まれたちょっとした広場のような場所に出る。
 丁度、スキルアウトの連中が居座っていそうな場所だ。

「指咥えて見てるだけじゃあ面白くもねえだろ。
出てこいよストーカー共」

 垣根が虚空に向かって言う。
 返答は攻撃だった。絶大な破壊力を秘めた閃光が垣根に飛んだ。
 あらゆる障害を貫通して目標を破壊する閃光は、しかし垣根に着弾する前に白いのっぺりとした物質に阻まれた。

「相変わらずムカつく野郎だねぇ、第二位」

「『原子崩し(メルトダウナー)』第四位か。…………。成程ストーカー野郎は野郎じゃなくて婆だったってことかよ。
しかし悪いな、俺は婆は趣味じゃねえんだ。
男にケツ振りてえなら他をあたってくれねえか――――――――」

 垣根が続きを言う事はなかった。
 麦野沈利の全身から放たれた、無数の『原子崩し』が一斉に垣根帝督を襲ったのである。
 第二位と第四位の戦いの火蓋は切って落とされた。



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