とある魔術の未元物質
SCHOOL19  満 身 創 痍


―――人は、一滴でも血のつながりがある者には、必ず関心をいだく。
肉親に対して関心をもたぬ人間はそういない。マイナスな感情にせよプラスな感情にせよ、肉親であれば必ずや関心を抱く。血の繋がりというのは切りたくても切れぬものであり、不変なるものだ。










 キャパシティダウンというものが一体どういう原理で成り立っているのか、誰が作ったのか、喰らったのも聞いたのも初体験な垣根が知る筈がない。
 けれどその効果は現在進行形で身を持って実感していた。

(なんだ、この音は……! 演算に集中できねえ。
格下の第四位が『アイテム』の総員じゃなくて、一人で挑んできた理由はこれか。麦野沈利は『確実な勝機』があるからこそ『遊びと実力試し』に俺と一対一で戦っていたって言うのかよ)
 
 状況は非常に不味い。
 垣根はLEVEL5の超能力者であるが、能力がなければ単なる人間に過ぎない。暗部としてそれなりに体の方も鍛えてあるので、能力なしでもチンピラの一人や二人なら潰せるが、同じLEVEL5相手に能力なしで挑むなど無茶を通り越して無謀だ。

「ほらほらァ。さっきまでの威勢は何処へ行きやがったァ!」

 麦野沈利から放たれた原子崩しが迫ってきた。
 つい先ほどまでの能力が使えた状態ならば、『原子崩し』だろうと『銃弾』だろうと垣根にしては同程度の児戯に過ぎないものであったが、今の垣根にとっては何よりも恐ろしい。

「ッ!」

 このままでは死ぬ。
 そう確信した垣根は咄嗟に能力を発動させる。通常時とは比べ物にならないほど弱い能力で、照準や狙いも定まらないポンコツ状態であったが、それでも発動することは出来た。
 のっぺりとした蝋のような白い物体を板のように前につきだし『原子崩し』を防ぐ。けれど板というのが不味かったのか、白い物体は『原子崩し』のたった一撃を喰らっただけで皹が入った。

(駄目だ。第四位はあのヘッドフォンみてえなもので音を無効化しているようだが、俺にそんな便利なアイテムはねえ。兎に角、この音の有効範囲から逃れねえと)

 この音が垣根の演算を乱す原因というのならば、音の届かない場所までいけば効果はなくなる。尤もその場所まで行くには。

「なに能力使えねえと分かった途端に逃げてんだ、第二位ィ!
まァ仕方ねェかァ!? 能力使えねェテメエなんぞ、単なるホスト面した蛆虫だもんなァ!」

 この第四位のLEVEL5をどうにかしなければならないだろう。
 だが一体どうやって?
 今の垣根帝督は能力を満足に行使することは叶わない。演算も狙いも照準も全てが滅茶苦茶。拳銃に例えるのならば撃つことは撃てるが、どこに飛んでいくか分からない状態だ。

 もし普段の垣根ならばキャパシティダウンの構造や構成などを逆算した上で、それを未元物質で対処することも出来たかもしれない。だがその肝心の逆算には、高度な演算を必要とする。結果として垣根はたった一つの音の為に、追い詰められている訳だ。

(このままじゃジリ貧だ。なけなしの未元物質で躱すつっても限界がある。なら一か八かに賭けるしかねえか)

 出来ればやりたくはなかったが覚悟を決める。
 正直死ぬ危険性すらある行為だが、このまま無理に戦っても確実に死ぬのならば、少しでも確率の高い方を選ぶ。
 演算を阻害されている脳髄で無理矢理に演算を開始し、能力を発動させる。いや発動というには少々語弊があるだろう。ここでいう能力の行使とは発動ではなく、単なる無差別な暴発だ。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 照準も狙いも糞もない。
 ただ自分の周囲に適当に未元物質をばら撒く。
 そして垣根帝督の全身から溢れた光が爆ぜる。爆発の中心に垣根帝督は存在しなかった。



「逃げやがったか、第二位」

 爆発の中心を観察しながら麦野は言う。
 それにしても少しだけ危なかった。垣根帝督のやろうとしている事に気づき予め退避しておかなければ、あの爆発に巻き込まれてしまっていただろう。

「或いは自爆しちゃったかにゃーん? 
どっちにしてもやる事も殺る事も変わらないんだけどね」

 ザっという音が麦野の背後から鳴る。
 けれどそれは垣根帝督の足音ではない。
 麦野率いる『アイテム』の構成員の一人。名前は、

「滝壺。これ使いなさい」

 麦野の背後に隠れていた滝壺に、麦野は白い粉末の入ったケースを投げ渡した。一見すると麻薬にも見えなくもないそれだが、当然それは麻薬ではない。『体晶』と呼ばれる能力者の能力を意図的に暴発させる危険な薬品だ。危険な薬物で殆どの場合はデメリットしか生まないが、稀に暴走状態の方が良い結果を出せる能力者もおり、滝壺はその一人なのだ。

「検索対象は『未元物質(ダークマター)』 でいい?」

 分かりきった事だったが念のための確認として尋ねると、麦野はうんと頷く。
 滝壺は麦野の返事を受けると、白い粉末を少しだけ舐めた。瞬間、滝壺の目がカっと開かれる。滝壺の一度記憶した能力者ならば、例え太陽系の彼方だろうと場所を特定する能力『能力追跡(AIMストーカー)』が発動したのだ。

「AIM拡散力場による検索を開始。近似・類似するAIM拡散力場のピックアップは停止。該当する単一のAIM拡散力場のみを結果報告するものとする。検索終了まで残り五秒」

 無機質な声が滝壺から発せられる。
 そして正確な答えが返ってきた。

「結論。未元物質はここから北東五十メートルの地点にいる」

 滝壺は言いながら、垣根帝督のいるであろう一点を指さす。

「上出来。それさえ分かれば十分よ」



 垣根帝督は満身創痍でビルに凭れ掛かった。
 未元物質を無理矢理暴発させることで、どうにかあの場から離脱することには成功したものの、代償は決して少なくはなかった。
 骨には異常がないようだが、それでも体中から血が流れており、もし街中ならば直ぐに救急車を呼ばれていただろう。

「情けねえな、俺も」

 言い訳のしようもないほどの失態だった。
 あっさりと『アイテム』の罠に引っ掛かり、能力が制限されて危険に晒されている。嘗ての垣根ならこんなミスはしなかっただろう。インデックスと『光の世界』の微温湯に浸かってたせいで頭が平和ボケしていたのかもしれない。恥も外聞も捨てて『スクール』のメンバー達に援軍を頼もうにも、携帯は先程の暴発の余波で壊れているし、『アイテム』のほうも携帯が使えないような妨害の一つや二つはしているだろう。

「だがこのまま表通りに出りゃ、問題はクリアだ」

 能力さえ全開で使えるようになれば、幾ら怪我してようと負ける気はしない。
 例え『原子崩し』が五十人束になって掛かってきたとしても勝利できるだろう。
 だが世の中、そう上手くはいかなかった。

 垣根の背後にあるビルの壁が、原子崩しの光と共に吹っ飛ばされる。その衝撃に巻き込まれ垣根の体が吹き飛ばされ、対面のビルの壁に叩きつけられた。

「かぁきぃねぇ。もう鬼ごっこは終わりでいいのかなー?」

「もう追ってきたのかよ。男の尻追っかけんのが大好きなのかよ、しずりちゃん?」

「どうも立場が分かってないようね」

 垣根の頭のすぐ横に原子崩しが着弾した。
 直撃こそしなかったが、その破壊力に髪の毛の一部が焦げる。

「第二位。アンタの生殺与奪は全部この私が握ってるってわけ」

「ならグダグダ言ってねえでぶっ殺したらどうだ? 
テメェに殺せるのなら、の話だが」

「そう死に急ぐなよ。なんなら命は助けてあげてもいいんだけど?」

「………………………」

「そうだねェ。テメエの汚ねぇ×××丸出しにして踊った後に、惨めったらしく私の靴にキスでもしたら、命だけは助けてあげるわよ。ま、出来るんならの話だけどねェ!
どうする、第二位様ァ。やっちゃう? やっちゃうわけ?」

「…………………ハッ」

 答えなど考えるまでもない。
 命が助かる助からないの問題ではなく、麦野沈利の言っている事は確実に嘘だ。
 垣根はこの戦闘である程度は麦野沈利の性格は掴みかけている。恐らく第四位の超能力者である麦野は、格上である第二位の垣根の無様な格好を嘲笑いたいだけなのだ。仮に垣根がプライドも何もかも投げ捨てて麦野の言うとおりにした所で「あんなもん嘘に決まってんだろ、間抜けェ」とでも言って殺されるのは目に見えている。

 ふと垣根は麦野の傍にいる少女に目を向ける。
 ピンク色のジャージを着た少女。この少女が垣根の位置を特定した能力者なのだろう。垣根も話には聞いている。能力名は『AIMストーカー』。この少女が麦野の側にいる限り、なんとかこの場を離脱したところで意味はない。一体どうすれば――――――――――

「ていとく?」

「!」

 聞きなれた声はインデックスのものだった。
 たぶん来るのが遅い垣根を心配して来たのだろう。

「チッ、一般人っ…………ってこいつは!」

 原子崩しの照準をしようとした麦野の動きが止まる。
 その理由を考える前に体が動いていた。
 
「麦野、沈利――――――ッ!」

「垣根ェェええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」

 麦野が原子崩しを放ってくる。
 だが思わぬ介入者にほんの僅かに冷静さを乱した麦野と違い、垣根帝督はどこまでもcoolだった。原子崩しの発射を″完璧に読み切った″垣根はなんとか生成した白い盾を麦野へ向かって投げつけた。それは全開時と比べれば格段に劣るが、原子崩し一発なら防げることは実証済みだ。結果、麦野沈利の視界は三秒、塞がれた。その隙に地面を思いっきり蹴って垣根は迫る。だが狙いは麦野沈利ではない。ある意味では麦野以上に厄介な相手『滝壺理后』。

「慈悲だ。歯ァ食いしばれ」

 垣根の拳が微塵の容赦もなく『滝壺理后』の顔面にヒットした。
 元々体が丈夫そうでもない滝壺は、それなりの力がある垣根の右ストレートを思いっきり顎に喰らい吹っ飛んだ。

「第二位が下らねェ小細工してんじゃねェぞォおおおおおおおおおおおお!」

 けれど滝壺を殴り倒した時には、既に麦野の視界は戻っていた。だが既にチェックメイト。麦野はこの場にいるのが垣根だけではないことを忘却していた。

「インデックスッ! そいつに噛み付けェ!」

「わ、分かったんだよ!」

 インデックスが思いっきり跳躍し、麦野の頭に噛み付いた。

「ぎぃ、痛ェええええええええええええええ!」

 麦野が苦しんでいる。
 狙い通りだ。インデックスの噛み付きの口撃力は実際に喰らったことのある垣根が良く理解している。麦野沈利の『原子崩し(メルトダウナー)』はその破壊力の分に、上手い具合に調節しないと自爆してしまう可能性を孕んでいる。インデックスの噛み付きで集中力を乱されている今ならば、そう素早く狙いをつけることも叶わないだろう。

 その隙に垣根は気絶している滝壺の耳にある、とある物を奪い取った。ヘッドフォンのようなモノ。麦野沈利がキャパシティダウンを使う直前に装着したもの。ならば恐らくこれがキャパシティダウンの影響下であるにも関わらず麦野沈利が自由自在に能力を使えるトリックで間違いない。
 迷わず垣根はそのヘッドフォンのようなものをつける。すると、予想通り。垣根の脳髄に演算能力が戻ってきた。キャパシティダウンの喧しい音響は、今はもうない。

「しィィィィィィィずゥゥゥゥゥゥゥゥりィィィィィィちゃァァァァァァァァァァァん!」

 勢いのまま白翼を展開させた垣根は、麦野沈利へと飛ぶ。
 インデックスは来たるべき脅威を察知したのか、麦野に対する口撃を止めて、退避していた。
 垣根帝督は躊躇しない。一切迷わずに、麦野沈利の顔面を殴り飛ばした。




最近アイテムがほのぼのとしていたので……流れに逆らって麦のんと滝壺の顔面を殴り飛ばしてみました。後悔はしてない。



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