とある魔術の未元物質
SCHOOL26 前門の虎 後門の狼
―――弘法も筆の誤り。
どんなに優れた達人であっても、些細なミスをする時がある。
油断慢心驕り疲労集中力不足眠気など原因は様々だが、そういったミスをするのは人間だからこそ許される。人間はミスをしても仕方ない、となるが機械がミスをすればそれは故障として扱われる。社会は人間よりも機械に厳しい。
日本の学園都市にある三沢塾という予備校の一室で、とある者達が相対していた。
一人は上条当麻。本来のストーリーにおいてインデックスと出会う筈だった少年であり、幻想殺しという、あらゆる異能の力を打ち消す右腕を持っている。
つまりインデックスの『首輪』を破壊する手段を持っているという事でもある。
傍らに立つ魔術師の名はステイル=マグヌス。
イギリス清教の最大主教の仕掛けにより、インデックスの『首輪』に関する記憶を全て忘れさせられた男だ。
今の彼は『インデックスは垣根帝督と共に、85%しか使えず1年毎に記憶を消さなければ頭がパンクするという欠陥をどうにかする為に旅をしている』としか認識出来てはいない。
そして上条当麻の前に立っている男の名は『アウレオルス=イザード』
嘗てインデックスのパートナーであった男であり、垣根帝督と同じく『救えなかった男』だ。
歴史は狂った。
救われる筈だった少女は救われず、救う筈だった少年は出会わず、関わる事すらなかった少年は救えなかった。
垣根帝督は、ステイルやアウレオルスと同じくインデックスのパートナーであった少年は、再びインデックスを救う為に学園都市を飛び出してしまっている。運命の神様というのは何処までも皮肉なものだ。もし垣根帝督が学園都市を飛び出していなければ、上条当麻と邂逅する確率はゼロではなかった。あらゆる異能の力を打ち消す『幻想殺し』について掴む可能性もゼロではなかった。ステイル=マグヌスがインデックスの『首輪』についての記憶を殺されている事に気づく可能性も高かった。
けれどそれは全てIFだ。つまりは垣根帝督もまた、一つの巨大な舞台で踊る役者に過ぎなかったという事だろう。
「憮然、ルーンの魔術師よ。私の目的を知り何故私の前に立ち塞がる?
貴様の目的もまた禁書目録を守り救い出すことであろうに」
「失敗すると分かっている手術に望みを託す馬鹿がどこにいるんだい?
それに最悪彼女をカインの末裔――――吸血鬼の慰みものにしようとするような馬鹿には、どちらにせよ彼女を預けることは出来ないね。
まだあの気に喰わないメルヘン野郎のほうがましだよ」
アウレオルス=イザードの目的とは、『吸血殺し』という能力を持つ少女を餌にすることで、吸血鬼を呼び寄せ、その脳の構造を調べる事によりインデックスの脳髄に無限の容量を与えることだ。
確かに記憶を溜めすぎて死んだなんて吸血鬼の話はきかない。容量を増やすと言う意味においては、選択肢の一つではある。けれどそれが出来ないとなれば、アウレオルスの選択肢は一つ。吸血鬼にインデックスを噛ませることでインデックスを吸血鬼にして無限の記憶容量を与える事に他ならない。
だがそんな事をインデックスが、というより十字教徒全てが望むわけがない。そしてインデックスの望まぬことを、インデックスを救うという大義名分の下で実行しようとするアウレオルスはステイルにとって明確な敵であった。
「必然、立ち塞がると言うのならば相手をしてやろう、ルーンの魔術師」
コツッとアウレオルスに向かって一歩前に出る。
だが前に出たのはステイルではなかった。
偶然、今回の事件の中心にいた『吸血殺し』という能力を持つ少女『姫神秋沙』と出遭い、ステイルと邂逅した事によりなし崩し的にオカルトに関わる事となった無能力者の学生だ。
上条当麻は、本来なら禁書目録を救う筈だった右拳を握りしめ叫んだ。
垣根帝督と上条当麻。
二人の物語が交差する時は――――――――――――――――――
とんでもなく広い。
それがロシアという世界一面積の広大な国に実際に降り立った垣根の感想だった。
良く北海道はでっかいどうと言うが、ロシアに関しては完全に別格だ。
見渡す限りの大地と、冷蔵庫の中の方が温かい気温。人生のほぼ全てを学園都市で過ごした垣根は、世界の広さというのを思い知る。
「ねぇ、ていとく」
「なんだ?」
「どうして、えりざりーな独立王国まで飛んで行かないでロシアで着地したの?」
「一応こっちはお願いしに行く立場だからな。
ついでに言えばあんまり目立つ行動は避けてえんだよ。
ただでさえ飛行機であんなのと遭遇しちまったんだ。確実に学園都市は俺がロシアにいる事に気づいている。
今頃俺の捕獲部隊でも編制されてる頃じゃねえのか」
「…………ていとく。やっぱり学園都市に戻った方がいいんじゃないかな」
「はぁ?」
「私の為に頑張ってくれるのは嬉しいよ。
『首輪』のことも、一年おきに記憶がなくなっちゃうのも嫌だよ。
けど、それで無理してていとくがボロボロになるのは、もっと嫌だ」
「チッ。下らねえ心配してんじゃねえ。
俺を誰だと思ってる? 学園都市第二位の垣根帝督様だ。
学園都市の追っ手が何人来ようと敵じゃねえんだよ。
お前は黙って着いてきてりゃいい」
インデックスの心配をバッサリと却下する。
兎にも角にもインデックスの『首輪』をどうにかしなければならない。
心配など無用だ。引き返す気もない。
「それよりエリザリーナ独立同盟ってのはどんな国なんだ?」
ロシアはまだしも、エリザリーナ独立同盟なんてマイナーな国家の事は知らない垣根は、そういった国のオカルト的な裏事情も知ってそうなインデックスに尋ねる。
『首輪』のせいで思い出を失っている彼女だが、国や地理に関する事はエピソード記憶ではなく『知識』なので失われてはいない筈だ。
「エリザリーナ独立同盟っていうのは、近年ロシアのやり方に反発した幾つかの独立国の同盟だよ。EUにもちょっとだけ似てるかな。
同盟内では同じ貨幣があって、移動にも『ぱすぽーと』っていうのも要らないらしいんだよ。
そんな事もあってロシアからしたら厄介者扱いされてるらしいけどね」
「へぇ〜。で、それが何でお前の『首輪』に繋がるんだ?
ドラゴンだかエイワスだとか名乗った糞野郎は、そこに行けって言ってやがったが」
「エリザリーナ独立同盟っていう名前の由来にもなった『エリザリーナ』っていう人が凄い魔術師だからじゃないかな。
そのエイワスが誰なのかは知らないけど。でも…………『エイワス』」
「どうした?」
「ううん、何でもないんだよ。きっと唯の勘違いだから」
「?」
垣根は知らぬことだが、十万三千冊の魔道書を記録している魔道書図書館であるインデックスには、いや恐らく魔道を齧ったほぼ全ての魔術師には『エイワス』という単語に一つの心当たりがあった。
嘗てアレイスターという変わり者の魔術師に必要とする知識を授けた聖守護天使、それがエイワス。
不幸な擦れ違いもあり、この時点で垣根はその事に気づくことはなかった。
「お腹減った」
何時ものように突然インデックスがそんな事を言った。
「我慢しろ。エリザリーナ独立同盟ってとこに着いたら鱈腹食わせてやる」
「それは後どれくらい? 何分何秒?」
「小学生みてえな尋ね方すんじゃねえよ。しかしそうだな。
今日中にはたぶんつくんじゃねえか?」
「でもでも、私のお腹は今すぐに補給物資を必要としているかも」
「一つ良い格言を教えてやる。武士は食わねど高楊枝って言葉があってだな」
「腹が減っては戦は出来ぬともいうんだよ」
「果報は寝て待て」
「………………なんだか、本当に……眠くなってきたかも」
「寝たら置いてく」
「酷いんだよ! そこは寝たら死ぬぞーっ! て叫ぶのがセオリーなんだよ」
「俺の人生に常識は通用しねえ」
ちなみにインデックスと垣根は、この極寒のロシアにいるにも関わらず、学園都市の時と変わらない格好である。
はっきり言ってロシアの寒さを舐めているのかと言いたい所であるが、垣根の未元物質のお蔭で快適な温度が保たれているので問題ないのだ。
しかしピタリと垣根の歩みが止まった。
別に隕石が落ちてきた訳でも、学園都市の駆動鎧が攻撃を仕掛けてきた訳ではない。
ただ一つの人影がいきなりヌッと現れただけだ。
「失礼」
青系の長袖シャツの上に、さらに白い半袖シャツを着こんでいる。スポーティーな服装ではあるが嘗て邂逅したステイルや神裂と比べれば格段にまともだ。だがそれも普通の街なら兎も角、極寒のロシアの大地を歩くには、些か以上に無理のある格好であった。
筋肉隆々、そう形容するのがピッタリな男は歴戦の勇士を思わせる安定感と共に垣根の前に立った。
「誰だ、テメエは」
明らかに相手の雰囲気はまともじゃない。
一般人はこれほど濃密な存在感を出す事も、これほどの悪寒を感じさせることも出来ない。
「後方のアックア。禁書目録に用があって来た。。
的確な表現をするのであれば、貴様の『敵』である」
ちなみにこの小説で一番気にしてはいけないものは時差です。時差だけは気にしてはいけません。気にしたら負けです。
そして早くもアックア登場。原石+聖人の次は聖人+神の右席ことアックア。強敵を倒しても次々に強敵が現れる、それがベリーハードモード。
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