とある魔術の未元物質
SCHOOL27  聖 人


―――武器なき預言者(聖者・人格者)は滅びる。
人には善性も当然あるが悪性も当然の如くある。善しか持ち得ぬ善人はおらず、悪しか持ち得ぬ悪人もまたいない。どれほどちっぽけでも人間には善性と悪性の両方が備わっているのだ。
だからこそそんな人間を統治するには、仁徳と人情だけでは足りない。時に厳しく法を執行し、時に武力により恐怖させる。飴と鞭の二つを使いこなせなければ、国家と言う名の獣は飼いならせない。








 不覚にも垣根は、広大な大地が逃げ道のない袋小路になったような錯覚を覚えた。
 後方のアックアと名乗った男は、垣根帝督の『敵』と名乗った男は、何処からか取り出した巨大なメイスを担ぎ佇んでいた。圧倒的な死の気配を漂わせながらも、その佇まいは正に清廉潔白。
 学園都市の暗部組織のリーダーとして、多くの能力者やプロの殺し屋辺りとも戦ってきた垣根だが、こういうタイプは会った事のないタイプだ。
 
 例えるなら西洋圏でいうところの騎士。日本でいうところのサムライか。
 まるで歴史小説から抜け出してきたかのような男は、されど確かな現実感を感じさせる足取りで近づいてくる。

「俺の『敵』。その口振りからするとテメエはどこぞの魔術結社とやらのお使いか? ゴリラ」

「察しが早くて助かる」

「ていうとお前は魔術師。狙いは『禁書目録(インデックス)』か。
ワンパターンだな、魔術師ってのも」

「それだけの価値が『禁書目録』にはあるということである。
科学サイドの超能力者には、分からぬことかもしれぬがな」

「……学園都市についてもお勉強してきたみてえだな。勤勉なゴリラだ。動物園の人気者になれる素質があるぜ。
どこぞの魔術結社なんざ辞めて転職しねえか?」

「それで挑発のつもりかね?」

「いや、本音だ」

「そうか。では選択肢を与えるのである。
大人しく『禁書目録』の身柄をこちらに委ねるのならば良し、私も貴様のこれからには何も干渉しない」

「だが断るなら『死ぬ』ってか? 使い古された言い回しだな、ゴリラ野郎」

「つまり『断る』のであるな?」

「当たり前だろうが。テメエ、一体誰に上から目線で語ってると思ってんだ?」

「学園都市第二位のLEVEL5にして逃亡者、垣根帝督に対してである」

「…………………………」

 内心で垣根は驚く。
 アックアと名乗った男がかなりの腕前だということは察していたが、どうやらアックアの(或いはアックアの所属する魔術結社の)情報収集能力はかなりのものらしい。
 学園都市は狡猾で巧みな立ち回りをする。その証拠に垣根が前に旅客機内であれだけの大立ち回りをしたにも関わらず、外部には超能力者のハイジャック犯が学園都市の超能力者に倒されたなんて情報は、TVのニュースどころかネットの噂話にすらなっていない。

 だというのにアックアは垣根帝督の事を学園都市の能力者である事ばかりか、学園都市に七人しか存在しないLEVEL5の第二位であることを掴んでいたのだ。
 学園都市内部ならまだしも、学園都市の外部の人間が能力者の情報を探るなんぞ並大抵の事ではない。それが垣根のような暗部に所属する人間なら猶更だ。
 結論を言えば、アックアは学園都市内部の情報を得る事すら可能な巨大魔術結社の使い走りということだろう。

「二度目の警告である。私は『聖人』だ。
学園都市のLEVEL5で強さについて詳しい詳細を得られたのは第三位と第五位のみであるが、」

 アックアの全身から見えない何かが噴出する。
 といっても然したる変化はない。別にアックアの姿かたちが変わった訳でも、目立った覚醒をした訳でもない。
 ただ確かにアックアは変わっていた。優れた戦士が直ぐに日常と戦場で頭を切り替えるように。アックアもまた切り替えたのだ。

 それだけでも嘗て垣根の戦ってきたステイルや神裂と異なる。二人は間違いなく魔術師としてはプロフェッショナルだったが、戦士として特別な思想教育を受けた訳でも、特別冷酷な訳ではない。神裂などはそれがステイルよりも顕著だろう。

 確かにステイルと神裂は強い。学園都市にいる殆どの能力者相手に圧勝できるほど強い。けれど二人はあくまで魔術のプロであって戦闘のプロフェッショナルではないのだ。だから敵を前にして敵に同情する事もあるし、敵の放つ言葉に心を動かされることもある。

 だがこのアックアは違う。魔術師としての技量云々ではない。紛れもなくアックアは戦場のプロフェッショナルだった。そのアックアが宣言する。謙遜も自慢もおごりもない。起臥の戦力差を冷酷に測りにかけて導き出した解答を告げる。
 
「率直に言って、あの程度が(・・・・・)LEVEL5というのならば、私の敵ではないのである」

「舐めてやがるな。余程愉快な死体になりてえとみえる」

「交渉は?」

「決裂だ、ゴリラ」

 垣根の動きは早い。
 既に垣根は魔術というものの出鱈目さについて僅かながらに察している。
 学園都市の能力者は発火能力者やら発電能力者やらわりと普通のものが多いし、なにより多重能力者(デュアルスキル)は存在しない。
 けれど魔術は違う。一通りの修練をつめば電撃を起こす事も炎を起こすことも出来るし、なにより概念だの伝説だのを応用した術式や呪いなどもあり、科学では説明がつかず垣根も上手くは対応しきれないオカルト的な攻撃を仕掛けてくることもあるのだ。

 だから一切の様子見をしない。
 巨大な白翼を生やした垣根は、その翼を鈍器のように横なぎに振るう。ダイヤモンドよりも固く、どんな刃物よりも切れ味の強い翼がアックアに直撃した。
 
「…………!」

「『聖人』について理解が足らなかったようであるな」

 アックアは微動だにしなかった。
 第一位という例外を除けば、あらゆる能力者を粉砕する威力を秘めた翼は、魔術世界における戦略兵器『聖人』に届きはしない。ギリギリと白翼を受け止めていたメイスが軋む音がする。チャンスだ、と垣根は思った。どうやらあのメイスも白翼を受け止め続けるにはかなりの負担があるらしい。
 このまま力押しをしていけば、あのメイスを破壊しアックアにダメージを通すことができる。
 垣根はより白翼に力を込める。目の前の後方のアックアを粉砕するために。

「力押しで我がメイスを破壊せんとするか。その思考は正直嫌いではないのである。
しかし、私と鍔迫り合いするにはパワーが足りてもテクニックが足らぬな」

「!」

 その時だ。
 アックアが腕と手首を繊細な動きで操ると、垣根の白翼が明後日の方向に素っ飛んでいく。
 力で弾かれたのではない。技量で威力を殺され、受け流されたのだ。
 しかしアックアの動きはそれでは止まらない。なによりこれはスポーツではなく戦闘だ。審判もいなければ公正なルールがある訳でもない。
 だから当然タイムもない。

 アックアが魔術による効果なのか、まるで地面を滑るかのように、一瞬で距離をつめてくる。
 その筋肉隆々の手の中にあるのは全長五メートルを超す人間が振るうには有り得ない程巨大な得物。
 だが今までの動きから垣根は知っている。こんな人間が振るうには有り得ないようなデカさのメイスが、この男には実にピッタリであることを。このメイスがまるで生きているかのように動くことを。

「むんッ!」

 一振り。
 魔術も糞もない。ただのメイスによる一振り。
 それだけで垣根の体には台風のエネルギー全てが激突してきたかのような衝撃を味わう事になる。
 余りの衝撃に垣根はその場で耐える事すら出来ない。

「う、がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 それでも垣根は虚空へと飛ばされる前に、どうにか未元物質を操り途中で堪えた。
 足はしっかりと地面についている。倒れてはいない。だがダメージはある。全身という全身が軋んでいる。無理もない。アックアの一薙ぎは時速150kで走るトラックの体当たりよりも強い破壊力を秘めていたのだ。もし垣根が未元物質で防御していなければ、確実に跡形も残さず粉々になり即死していただろう。

「ていとく!」

 インデックスが慌てて駆け寄ってくる。それを、

「来るんじゃねえ!」

 垣根は遮った。
 
「そうだ…………来るんじゃねえ」

 大丈夫だ。ダメージの大部分は吸収できた。
 腕も足も動かせるし、内臓も問題なく役割をこなしている。
 戦闘不能もギブアップにもまだ早い。まだ垣根帝督は戦える。
 
「あの一撃を耐えるとは中々である。
学園都市のLEVEL5を大したことがないと決定していた非を詫びよう」

 体のあちこちから血を流す垣根と違い、アックアは正に五体満足だ。
 ダメージどころかかすり傷一つない。

「その褒美に、一つ教授するのである。
『聖人』とは『神の子』の身体的特徴を持って生まれた事で、その力の一端を行使する事の出来る存在である。
しかしながら本来『聖人』はその膨大な力故に100%の力を出し切る事は不可能。余りにも強い力とは返ってくる負荷も並大抵ではないのでな。
だが理由こそ言えぬが、私は常に100%の力を行使し続けることが可能なのである」

 垣根にはそんな事言われても今一ピンとこない。
 ただインデックスの顔が驚愕に歪んで「ありえない」だの「強すぎる力で崩壊する」だのと言っているので、恐らくアックアの言ってることがトンデモナイことだというのは分かる。
 RPGで例えると、普通な一時的な無敵化の筈がアックアの場合は常時無敵でいられる、ということだろうか。

「それらを理解した上で最後通告である。
大人しく『禁書目録』をこちらに委ねることだ。さもなければ『消す』のである」




流石の強さを発揮したアックア。聖人&神の右席は伊達じゃなかった。



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