とある魔術の未元物質
SCHOOL29  ミステリアス


―――呉越同舟。
どんなに敵対している者でも、共通の敵や共通の危機を迎えれば結束する事がある。
嘗ての古代ギリシャの都市国家が、巨大な外敵に対抗する為に一致団結し『民主主義』政治を行ったのも一つの例だろう。
外敵や苦難とは敵同士を連合させる要因でもあり、楔でもある。だが連合を維持させ続けるには、優れた盟主が必要不可欠だ。









 垣根帝督はゆっくりと意識を覚醒させた。
 アックアとの戦いであれ程の重傷を負っていながらも、どうやら自分はまだ生きているらしい。
 我ながらしぶといものだと、人体の神秘にちょこっとだけ感心する。

「第一の質問ですが、目が覚めたようですね」

「…………ぁあ」

 ゆっくりと頭が冴えわたってくる。
 どうやら此処はどこかの建物の中のようだ。それも病院のような近代的施設というよりは、オカルトの匂いを感じさせる古めかしい造りの建物。
 そして何よりも建物よりも魔術チックな雰囲気を醸し出しているのが垣根の寝かされているベッドの傍らに立つ少女だ。背丈と年頃はインデックスと同い年程度だろうか。西洋人らしい金髪と、赤い修道服を纏った少女だ。
 だがその少女が魔術チックなのはそれじゃない。垣根が少し注意してみると修道服の下にはやたらとヘビーでアブノーマルな拘束服を装着していた。なまじ赤い修道服で隠れているので、まるで夜中にうろつく危ない不審者のような感じを醸し出している。

(魔術師ってのはどいつもこいつもアンポンタンな格好してる奴が多いからな。
そのセオリーが正しいならこいつも魔術師ってことだが……)

 失礼な事を考えている垣根だが、彼の出遭ってきた魔術師達も『バーコードの刺青と煙草咥えた身長2mの14歳神父』『エロい格好した見た目結婚適齢期を過ぎている18歳』などであり、今目の前にいる少女も『修道服の下にヘビーな拘束服を装着している』ので案外的を射た表現かもしれない。
 まともなのは、先日戦ったアックアくらいか。実力的には滅茶苦茶だったが、服装に関してならまだまともだったと記憶している。

(少なくとも学園都市の人間じゃねえか。あの街にはクソッタレな研究者や世紀末なチンピラで溢れかえってやがるが、服のセンスは魔術師に比べりゃまともだ)

 目が覚めたら学園都市の追っ手に囚われた後だったという最悪の展開は回避できたらしい。
 それだけでも一先ずは良しとしよう。

「すまん。ここ、何処だ?」

「第一の解答ですが、此処はロシア成教に属する教会の一つです」

「つぅ事はまだロシアか」

「補足説明しますと、私と私の上司が仕事を終えて帰還しようとした所に、イギリス清教の禁書目録と名乗る者に助けを求められたので、貴方を此処に運び込み治癒を施しました。
ちなみに貴方が運び込まれてから既に三日の月日が経過しています」

「……インデックスは、あの白い修道服着たシスターはどうしてる?」

「第二の解答ですが、元気そうでしたよ。昨日もボルシチを十杯もおかわりしていました」

「本当に無事みてえだな」

 どうやら本当にアックアは撃退出来ていたようだ。
 あの時は無我夢中で自分でも何をしているか分からず、何か言わなくても良い事を口走ったような気もするが、どうやら本当にアックアを倒す事は出来たようだ。
 もしアックアが健在であるならば、垣根が倒れた後にインデックスを回収しない筈がない。

「補足説明しますと、今は離れていますがあなたの眠っている間中寝る間も惜しんで看病していました」

「そうかい。あいつも物好きなことだ。それにしても――――――――」

 体中にもう異常はない。
 変な方向に曲がっていた腕も、骨が突き刺さっていたかもしれない内臓も、全てが完治しきっている。
 今すぐにでもベッドから飛び降りて神輿担いで走り回る事すら出来そうだ。

「なにはともあれ『ありがとう』だな。
魔術っていうのも便利なものだ。あれだけの傷が、こうも完治しちまうなんて」

 学園都市の技術を使っても、治すことは出来ても直ぐに完治させることは出来ないだろう。
 いや冥土返し(ヘブンキャンセラー)と謳われる男ならば分からないが。

「第三の解答ですが、実際に治癒魔術を行使したのは私の上司です。
またインデックスも貴方を助けるのに、その知識を使い誘導しました。そうでなければ、幾ら私の上司といえど、こうも完璧に治癒を行う事は出来なかったでしょう」

(インデックス、ねえ)

 意識して言ったのではなくこの少女は自然に『インデックス』と呼んだ。
 魔道書図書館でも禁書目録でもなくインデックスと。どうやら短い間に随分と友好を結んでいたようだ。

「第二の質問ですが、貴方が学園都市の超能力者というのは本当ですか?」

「あいつのお喋りも困ったもんだな」

「いえ、その。補足説明しますが、貴方が学園都市の人間だからといって別に疚しい事を事を考えている訳ではありません。
純粋な興味で尋ねただけです」

 慌てて拘束服の少女があたふたと取り繕う。
 図星を突かれたというのではなく、余計な事を言ったことで説教されるかもしれないインデックスを庇おうとしているらしい。

「別に隠すような事でもねえよ。どうせ分かるやつには分かるもんだしな」

「そうですか。では第二の質問を繰り返しますが、貴方が学園都市の人間というのは本当なのですか?」

「本当も本当。正真正銘の学園都市の超能力者だ」

「………………………………」

 マジマジと少女が垣根に注目する。
 だがそれは常に垣根の浴びてきた嫉妬や羨望、恐怖といったものではなく、言ってみれば興味心。パンダを見る為に上野動物園に押し掛けてきた客たちのようなものだろう。
 
「やっぱり珍しいのか? 魔術師にとって超能力者って」

「私見ですが、基本的に学園都市の能力者と戦った魔術師の総数など百人もいないでしょう。
魔術師と違って、学園都市の超能力者は殆ど領地の外に出る事はないので。
天然の超能力者である『原石』も世界に五十人足らずしかいませんし、私も実際に超能力者を生で見るのは初めてです」

「かなり規制してるからな。学園都市からの外出は」

 しかし此処数日間で垣根は世界に五十人といない『原石』と世界に二十人といない『聖人』と交戦している。
 今までは気にも留めていなかったが、これはもしかしたら凄すぎる事なのかもしれない。

「それでお前は――――――」

「ちなみに私の名前はサーシャ・クロイツェフです」

「じゃあサーシャ。一つだけ言っていいか?」

「第三の質問ですが、なんでしょうか?」

「その服って…………もしかしてロシア成教の正装なのか?
やけにアブノーマルでエロい格好だけど」

 ピシッ、とサーシャの動きが硬直した。
 女性の格好に『エロい』という表現は酷いかもしれないが、実際にエロいのだから仕方ないだろう。
 もしサーシャがこの格好で街中を歩いていれば猥褻物陳列罪で警察にしょっ引かれるかもしれない。
 ぶっちゃけてしまうと、サーシャの服装や夜な夜な出没する中年の不審者か、アッチ系のAVに出演しているAV女優にしか見えなかった。
 
 そんな垣根の感想を知ってか知らずか、サーシャの体がぷるぷると振動している。
 なにやら『ワシリーサ殺す』だのと物騒な声が聞こえるが、爆発には至らなかった。

「だ、第四の解答ですが、これは上司であるワシリーサが職権乱用して強引に着せたものです。
断じてロシア成教は変態の集団ではありません。恥ずかしながら変態なのは私の上司です」

「そんなに、なのか?」

「第五の解答ですが、善人か悪人かと尋ねられれば『変態』です」

「お前も苦労してるんだな」

「第六の解答ですが、苦労しています。何度職場を変えようと申請しては揉み消されたか……!」

 怨念すら篭った声でサーシャが言う。
 どうやらサーシャ本人の趣味でそういう格好をしているのではないのは間違いないらしい。

「ところでインデックスは今何処にいるんだ?」

「第七の解答ですが、ワシリーサと一緒です」

 思わず垣根の息が止まる。
 ワシリーサというとサーシャに拘束服の着用を職権乱用して義務付けた変態だろう。
 その変態が、今インデックスと共にいる。

「ちなみにワシリーサってのは男か? それとも女か?」

「第八の解答ですが、変態でありますが一応性別的には女です」

「だけどお前も女だよな」

「第九の解答ですが、その通りです」

「………………………………………」

「………………………………………」

 さてインデックスとサーシャは同い年くらいだ。
 顔こそ全然違うが、サーシャもインデックスも十分『美少女』の範疇に入る容姿をしている。
 更には背格好も同じくらいときた。そんなインデックスが今現在、恐らくはレズッ気のある変態上司ワシリーサとやらと一緒にいるという。

「………………おい」

「私見ですが、危険かもしれません」

「おいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 垣根の行動は素早かった。
 ベッドから跳ね起きると、サーシャの誘導に従いワシリーサとインデックスのいる部屋へと突っ走っていった。




漸く垣根にも休息タイム。
学園都市からロシアまで、エイワス邂逅→アイテム戦→聖人+原石テロリスト→アックアと連戦でしたからねw ここいらで休ませないと垣根が過労死するか出血多量で死にますw



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