とある魔術の未元物質
SCHOOL30 神 降 臨


―――あらゆる宗教は道徳をその前提とする。
宗教は道徳的意味でも重要だ。人は宗教を知る事で道徳を知る。
隣人を愛せよ、などというのは最もポピュラーな道徳だろう。
だが稀に道徳や博愛のベクトルが捻じ曲がった者がいる。








 学園都市LEVEL5の第二位と激戦を繰り広げ、一時は完全に圧倒した男。アックアはロシアの街にあるビルの屋上にいた。
 あの光翼を受けて生きているのはアックア本人の技量と才覚と強さあってこそだが、やはり無傷とはいかなかった。
 見た目的には傷は塞がっているが、それでも内部の所々には未だ傷が残っている。
 そんな時、アックアの携帯電話に見慣れた番号が表示された。魔術師というのは機械に疎いものも多いが、アックアはそういう魔術師とは違い、そこそこ現代の最新機器を扱う事は出来る。
 本来なら連絡用の礼装などもあるのだが、敢えてそれを使わないのはロシア成教による『魔術的盗聴』を避ける為である。

「フィアンマか」

『携帯電話に表示される番号で分かるだろうに。相も変わらず律儀な奴だ』

 若い男の声が携帯電話から聞こえてくる。
 男の名はフィアンマ。とある組織における『右方と炎』を司る存在だ。
 そういう意味では『後方と水』を司る自分とは対照的かもしれない。

「『禁書目録』を回収する際に戦った垣根帝督との戦いで負傷した。動けぬ程ではなかったが、垣根帝督が全く未知の力を行使したことや、ロシア成教の面々が見えたので一時退却したのである。
対象は垣根帝督と共に現在はロシア成教に匿われている。故にこの傷が完治するか、対象がロシア成教の庇護下から離れるまでは一時待機する」

『お前らしくないなアックア。学園都市の超能力者に後れを取るとは。
それとも能力者のほうがローマ正教の見解を超えた強さを持っていたのか?』

「…………どちらにせよ禁書目録と垣根帝督を匿っているロシア成教の人間は、あの『殲滅白書』のトップである。
負傷した今では、僅かに分が悪い」

『殲滅白書のトップ…………名はワシリーサだったか。堅物のお前が言うのならばその通りなのだろうな。
だが実をいうとアックア。お前に下された「仕事」は終わりだ』

「なに?」

『どうにも「禁書目録」の方を手に入れても意味はないと分かったのでな。俺様とした事がこんな単純なミスを犯すとは。
こういうのを確かジャパンでは後方も筆の誤り、というのか?』

「私の知識が正しいのであれば『後方』ではなく『弘法』である。
それとも仕事に失敗した私を皮肉っているのであるか?」

『俺様がそんなつまらん人間だとでも?
だとしたら実に心外だぞアックア。ま、何にせよお前の仕事はなくなった。さっさと帰ってくるがいい』

 アックアの『仕事』は禁書目録の回収だ。
 しかしこの仕事を指示した当人であるフィアンマが帰ってこいというのならば帰るしかないし、これ以上垣根帝督や禁書目録を狙う理由もない。
 アックア自身には禁書目録を狙う理由などはないのだから。

『どうせロシアに行ったんだ。
俺様にお見上げの一つでも買ってくるんだな』

「…………ではボルシチの材料を購入するのである」

『ほほう、ボルシチか。だが如何してボルシチなのだ?』

「嘗ての戦友に教わったレシピがある。
なんでも『ココアパウダー』に『味噌ペースト』を隠し味とすると」

『ココアに……味噌?』

「うむ。味噌は欠かせないのである」

『味噌…………それが東洋の神秘というものか。
だがしかし、それは本当に美味いのか?』

「その戦友が毎日仕事で遅れて帰った際に妻が振る舞った得意料理なのである。不味い筈がない」

『やけに自信があるな。良いだろう、ではヴェントとテッラも呼んでおく。
味噌とココア、だったな。では俺様はローマ正教二十億信徒の総力を使い最高峰のココアを用意させよう。
お前は味噌と他の食材を購入するのだ』

「承ったのである」

『お前の帰還を待ち遠しいと思ったのは生まれて初めてだぞ。
………………むっ。おいそこのローマ教皇。何故お前が奥から出てきたかだと? 何故俺様がお前に一々そんなことを説明しなければならん。そんなものは自分の頭で考えろ。それより今すぐ最高峰のココアを買ってこい。これはローマ正教にとって重大な案件だ。
ロシアの奥義を知る為にどうしてもココアが必要なのだ。なに? 如何してココアかだと? 俺様に二度同じことを言わせるな、それだから何時までたっても人気があっても親しみが持たれんのだ。いいな、お前はさっさと俺様…………ついでにヴェントとテッラにココアを買って来ればいい。
ココアだぞココア。珈琲に紅茶など買って来てみろ。アックアが爆発するかもしれんぞ』

「………………………………」

 相変わらず唯我独尊な男だ、とアックアは呆れる。
 さて、それよりも先ずは。
 アックアは携帯を切り今もこちらの様子を伺っている襲撃者に向き直る。

「電話中に攻撃するのはマナー違反であると思うのだがね?」

 さて早々にどこぞの魔術結社の刺客とやらを全滅させなければ。
 数は五十程だが……なに、三分も掛からぬ面白くもない作業だ。




 ロシア成教『殲滅白書』のトップである女性。
 ワシリーサの前には現在進行形で神が降臨していた。
 ちなみに『ワシリーサ』という名前はロシア民話におけるヒロインの名前であり当然ながら偽名である。如何してそんな偽名を名乗っているのかは、彼女の部下であり超お気に入りで操を捧げる決意までしている愛しく可愛く可愛く可愛く可愛すぎるサーシャも知らない。
 ただ実力は本物であり、殲滅白書最強を自負している。そこはアックアが負傷した段階では分が悪いと表現したことからも頷けるだろう。しかし性格の方にかなり難があり、サーシャに友達の居ない寂しい女扱いされて三日間落ち込んでいたり、やたらサーシャに絡んだり、サーシャの入っているシャワーに乱入したり、サーシャの着ている服の臭いを嗅いだりと、実に子供っぽい性格をした魔性で真正の変態だ。
 
 話を戻すとワシリーサの目の前には神が降臨していた。
 だが十字教徒における主がわざわざ変態の前に降り立った訳ではない。
 降り立つにしても、もっとましな人選をする筈である。主のセンスが余程ずれていない限りワシリーサのような変態を選びはしないだろう。
 
「うぅ、やばいわ。こ、これは……限界突破!」

「どうしたの、わしりーさ?」

「ぶぼぉ!」

 思わず鼻血を噴射しそうになるワシリーサ。
 彼女の変態性なら無理はないかもしれない。なにせ彼女の視線の先には、サーシャなら世界が壊滅しようと着てくれなさそうなマジカルかなみんのコスプレをしたインデックスがいるのだから。
 そんなインデックスが純真無垢な瞳でこくんと首を傾けたのである。敢えて言おう、神降臨と。
 十字教徒としては実に……実に恥ずべき事だが、今のワシリーサは信仰する主よりもインデックスを神としてしまいそうな感じだ。

「もしかして、変だった?」

「そ、そんな事ないわよ、インデックスちゃん! 似合う、似合いすぎてプリでキュアなハートがエレクトロマスターになってただけだから!」

 もはや何を言っているか意味不明である。

(ふふふふふ。やっぱりインデックスちゃんの助けに応じて正解だったわ。
私の操はサーシャちゃんに捧げるって決めてるけど、この可愛さはヤバいわ!)

 ワシリーサは『殲滅白書』の仕事の帰りに、妙な『天使の力(テレズマ)』のようなものを感じて、その場所へと向かった。
 そこで顔を涙にぐちゃぐちゃにしたインデックスと出会ったのだ。インデックスにとっての幸運はワシリーサが善人でも悪人でもなく変態だったことだろう。
 変態の彼女は変態が故に、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたインデックスという萌えにやられてしまった。そして変態のワシリーサは変態あるが故にロシア成教という組織よりも、可愛いを優先する。
 インデックスの可愛さの前には、ロシア成教の云々など関係なかった。

(けど試しに頼んでみて正解だったわー。私の操はサーシャちゃんに捧げるけど、それでもこの可愛さを堪能しない手はないないないあるわけない♪
あの服もこの服もサーシャちゃん中々着てくれないんだから。けどだからこそ、どうにか着せる事に成功した時のエクスタシーは最高なんだけどー)

 ワシリーサは再びインデックスを注視する。
 そして容姿の特徴から、最も適した服を選ぶ。

「ねぇインデックスちゃん。今度はこっちのお洋服着て見ないー。絶対に似合うよ!」

「そ、そうかな?」

「勿論。主と私とカマチーが保障するわ」

「カマチーって誰?」

「細かい事はいいから、はいこれ。あ、ついでにこのカラーコンタクトもつけてねー」

「分かったんだよ」

 美少女の生着替えというのはワシリーサにとって極上のご馳走だが、今回は敢えて目を瞑った。
 目を瞑り、その姿を一気に目視することで、より最高の極上を味わう為に。
 数分も経つとインデックスが「もういいんだよ」と言ってくる。ワシリーサは期待と興奮で抑えきれない瞳を開いた。

 そして、神がいた。

「ど、どうかな……?」

 先程のカナミンのコスプレと比べればそれ程特殊ではない。
 けれど分かる者には一目見れば分かる。インデックスの姿格好は正に、『機動戦艦ナデシコ』の超人気キャラ『ホシノ・ルリ』になっていた。

「に、」

「に?」

「似合いすぎるZEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!」

「ひゃう!」

 インデックスを汚さぬように後ろを向くと、そのままワシリーサの鼻から鼻血がハイドロポンプのように噴出した。
 はっきりいって規格外だった。最初は銀髪=ルリルリという至ってシンプルかつ単純な理屈でこのコスプレを選んだのだが、体型が似通っている事や、カラーコンタクトで金色の瞳になったこともあり、その破壊力は正に無限大。
 
(反則! 反則過ぎる可愛さだZE! だけど、これで……)

 ここで止めておけばいいのに、変態は更に禁断の扉を開こうとする。

「ねぇルリ……じゃなくてインデックスちゃん。ちょっと無愛想で呆れるように『ばかばっか』って言ってくれないかなー」

「どうして?」

「どうしても!」

 強く言った事でインデックスがビクッと肩を震わせる。
 だが変態はそんな姿を見て逆に興奮していた。そして、

「…………ばかばっか」

「ぶほぁ!!!!」

 完全にワシリーサの脳内が爆発した。
 さてワシリーサは変態であるが淑女である。変態と言う名の淑女である。
 今まで彼女はサーシャに対して過剰なスキンシップをしてきたが、決して一線を越えなかった。
 強姦だけは、絶対にしなかった。
 だが今のワシリーサは、インデックスの「ばかばっか」発現という反則により思考が吹っ飛びかけている。結果。

「ね、ねぇルリちゃ……もといインデックスちゃん。ちょこっとお姉さんと一緒に向こうで遊ばない?」

「どんな遊び?」

「楽しい遊びよ。一緒にお風呂入ったり、一緒にベッドで寝たりするっていう人間必ずやる健全な営みよ!」

 どこか健全だコラ。
 それにレズプレイは人間必ずやらない。

「さ、さぁ!」

「わしりーさ、なんだか怖いよ? ちょっと落ち着いてほしいかも」

 だがインデックスの怯えを見ても変態は止まらない。
 寧ろ変態は逆にインデックスが怯える姿を見て興奮していた。
 わきわきと卑猥な動きをする指がインデックスに迫る。そして指がインデックスに触れるか触れないかと言う時、部屋に扉が吹き飛んだ。

「よォ。本来ならお礼から言うシーンかもしれねえがお邪魔するぜ」

 扉を破壊して入ってきた少年、垣根帝督は放送コードに引っ掛かりそうな壮絶な表情を浮かべ君臨していた。
 恐らくついさっきまでの会話を聞いていたのだろう。そして垣根はワシリーサ=インデックスを襲おうとした強姦魔という方程式を組み立ててしまった。
 このままだと、やばいかもしれない。そう判断したワシリーサは垣根の隣にサーシャの姿を発見する。

「サーシャちゃん! お願いこれには訳があるの。そこの坊やに説明したいから、ちょっとだけ抑えててくれないかなー?」

「第一の解答ですが、一度死んだほうがいいのでは?」

「弁明の機会すらなし!?」

「話は終わったみてえだな。おいッ!」

 瞬間、垣根の背中から白翼が現出した。
 風圧で床が割れる。窓が破壊される。
 そして白翼を羽ばたかせ、逃げる事を許さぬ超高速で突っ込んできた。
 
「ちょ、タンマ!」

 ワシリーサが防御術式を構築しようとするが、インデックスのコスプレが脳裏を過ぎるせいで上手く思考に集中できない。
 ついでにサーシャから向けられる侮蔑の視線に興奮して集中できない。
 そうこうしている間にも垣根帝督は迫っていた。

「悪りィが、こっから先は一方通行だ」

「いやそれキャラ違う!?」

「侵入は禁止ってなァ! 大人しく尻尾ォ巻きつつ泣いて無様に元の居場所に引き返しやがれェ!!」

 相手が女だろうと変態だろうと容赦ない拳が、ワシリーサの顔面に突き刺さった。
 ワシリーサの四肢がまるで砲丸投げのように突っ込む。防御術式のお蔭で徹甲弾すら防ぐ壁に激突することで漸く停止すると、そのまま重力に従い真っ逆さまに落下していった。
 この惨劇、この惨状にインデックスは一言だけ、

「ばかばっか」

 最期にワシリーサが断末魔の鼻血を吹き、動かなくなった。
 ちなみに垣根とサーシャが散らかった部屋の片づけに追われたのは言うまでもない。




歪まない変態ワシリーサ。
そして神の右席に関しては…………すみません。一度でいいからほのぼのとしか神の右席を書いてみたかったんです。後悔はしてない。



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