とある魔術の未元物質
SCHOOL34 リターン アウト
―――急がば回れ。
近道が必ずや本当に近い道とは限らない。
短絡的に楽をしようとすれば、逆に失敗する事もある。
迷った時、道を上手く把握していない時は焦らずいつも通りの道を行くのが正解だ。
王道というのは王道であるが故に信頼できるのである。
「まさか女王がマッチョだなんて偏見を持たれてるとは思わなかったわ」
独立国同盟にある教会(魔術的施設)でインデックスの『首輪』を調査しながらエリザリーナが、若干不機嫌そうに言った。
もしかしたら痩せたとか細いとかは言われ慣れているが、マッチョだと間違われるのは初めてなのかもしれない。
だが実際女性にマッチョだなんて思うのは一部のボディービルダーなど以外に対しては失礼に当たるので怒って当然だろう。
寧ろそう思われていながらもなんだかんだで話を聞いてくれるエリザリーナはかなりの人格者だ。巷で聖女などと呼ばれるのも頷ける。
それでもふっと出てきた不審人物を完全に信用してはおらず、相も変わらずマッチョなSP達が垣根とインデックスの挙動を逐一見張っていた。
(だが細すぎだろ。一回第一位の野郎をデータで見た事あるが、あれよりも細せえ)
スリムではない。スリム過ぎるのだ。
必要最低限の脂肪しかないのではなく、必要最低限の脂肪すらないような気もする。
(インデックスと同じくれえ毎日食えば…………いやあの体にあの量は入りきらねえ。三分の一すら無理だ。
だが本当に細すぎだろ。これ以上細くなったらミイラになっちまいそうだな)
言葉にこそ出さないが内心で失礼過ぎる事を考える垣根。
ここに読心能力者がいなかったのは幸いだろう。
「ところでロシア成教の…………ワシリーサからの紹介状だけど」
「何か変な事書いてあったのか?」
「そこの子、インデックスの可愛さとルリ最高などというのが原稿用紙三十枚分に渡って書かれていたわ」
「…………………あの年増。今度会ったらマグマの中に突き落としてやろうか」
だが問題は果たしてマグマの中に落としてワシリーサが死ぬのかどうかだ。
あの生命力の無駄に高い変態のことだ。マグマに突き落としても、身体の半分が消滅しても何食わぬ顔で復活しそうな気がする。
「――――――――――――――」
ふと、エリザリーナから無駄口がなくなっていた。
垣根には分からないが、恐らく『首輪』の術式の深くまで潜り込んでいるのだろう。
実際に干渉すれば自動書記による自動迎撃が出てくるとは予め伝えているので、首輪そのものに干渉しているという事はないだろうが。隣を見るとインデックスも流石に今は大人しくしていた。まるで神の裁決を待つかのように、静かに黙っている。
そしてエリザリーナの動きが止まった。より正確には彼女から発せられていた力が、魔力が消えた。
エリザリーナは垣根とインデックスを自身の対面へと促す。
緊張が漂った。例えるならば肉親が難易度の高い手術を終えた後のようなものだろうか。果たして手術を受けた肉親が生きているのか死んでいるのか、それを尋ねる時の緊張にも似ている。
「結論を言うわ。私ではこの子の『首輪』をどうにか出来そうにないわ」
「…………そうか」
残酷な結論を聞かされても、垣根は取り乱す事も泣き崩れる事もなかった。
予想はしていた。インデックスの『首輪』は魔術大国とまで謳われるイギリスが、十万三千冊の魔道書図書館という魔術サイドにとっては核兵器以上に重大な代物を制御する為の『首輪』が、そう簡単に他国の魔術師にどうにか出来る筈がないということくらいは。
「詳しい説明は、いるかしら?」
「ああ」
「……先ず『首輪』だけれど、正確にはこれは呪いではなくて『礼装』の一種ね」
「礼装?」
「魔術師が使う魔術を増大させたり補強したり、起動させたりする為の道具のことだよ」
垣根の疑問にインデックスが応えた。だがその言葉に抑揚はない。
無理もない。今この時、それなりに苦労してやってきた頼みの綱に「どうにか出来ない」と告げられたのだから。
それでも泣き出したり、己の運命を悲観したりはしないのは、インデックス自身の強さなのだろうか。
「この『首輪』はその子の魔力を使って常時起動しているわ。魔力がなくて魔術が使えないのもそのせいでしょうね」
「こいつの『魔力』も封じて尚且つ『首輪』もかけるか。一石二鳥とは言ったものだぜ」
胸糞悪い、と垣根は吐き捨てた。
こういう巧妙で悪辣な手段を、暗部組織のリーダーとして近くで見てきた。
同じ暗部の連中にも、上層部に弱みなりなんなりを握られて従わされている者もいたし、首輪のようなものをつけられているものもいた。
ようするに、インデックスの『首輪』は実に垣根を不愉快にさせるシステムだということだ。
「ならば魔力をなくせば、というのも一つの手段だけど良い方法じゃないわね。
禁書目録の魔力は全て『首輪』に注がれていて手出しできないし、手出しできたとしても『自動書記』を起動させてしまう危険性や、魔力そのものに無理矢理介入すれば禁書目録の命そのものが危ないわ。
だけど放置していれば一年の周期で『首輪』にある機能の一つのトリガーが引かれて、『首輪』がこの子の脳を圧迫していき、記憶を殺さない限り最終的には死に至る」
「実際に『首輪』を構成している術式は?」
「とんでもなく難解。科学サイド的に言うならば………………そうね。フェルマーの最終定理くらいの難易度かしら?」
「そりゃ…………凄えな」
思わず息が漏れる。
フェルマーの最終定理とは嘗てフェルマーが数学界に叩きつけた、数学史上最大の難問だ。
見た目だけならば簡単そうなので多くの数学者や数学マニアが挑んだが、その悉くが泣きを見てきた正真正銘の超難問である。
学園都市で特別な能力開発を受けた垣根でも解けるかどうか。だがもし学園都市で解けるとしたら、第二位以上、即ち垣根帝督か一方通行でもなければ不可能だろう。
「それで、フェルマーの最終定理を解く自信は?」
「ないわ。机に座って黙々と思考出来るならまだ少しは可能性があるけど、机に座りながら『自動書記』という名の砲火に晒されては解ける問題も解けないわ」
「自動書記、か。またアレがネックになってくんのか」
過去に垣根帝督は『自動書記』を起動したインデックスに敗北している。
自動書記起動時のインデックスは十万三千冊の魔道書の知識を自由自在に扱う文字通りの魔神であり、幾ら超能力者といえど『人間』の太刀打ち出来る相手ではない。
聖人でも無理だろう。もし一対一で戦うなら、それこそ天使や魔王でも引きずり出してくるしかない。
「けど『首輪』を破壊する事だけがインデックスを救う事じゃないわ」
「なに?」
「『首輪』は確かにこの子の魔力を封じ、更に一年ごとに記憶を殺さないと死ぬなんて楔を打ち込んでいる。『首輪』を破壊したり逆算するのは私には不可能よ。
けど私以上に脳を操る事に長けた魔術師なら、『首輪』による脳の圧迫だけならばどうにかなるかもしれないわ」
インデックスもまるで感心しているように頷いている。
十万三千冊の魔道書図書館の頭脳からしても、エリザリーナの示した手段は一つの解決策のようだ。
「……良い事を聞いた」
「ていとく?」
「行くぞインデックス。それとエリザリーナ、世話になった」
垣根はインデックスの手を引くと出ていこうとする。
SPは止めるべきか迷っていたが、動かなかった。
「待ちなさい」
「なんだ?」
垣根が止まる。首を後ろに向け、自分を呼び止めたエリザリーナを見た。
「行先に宛てはあるの?」
「ねえよ。けど脳を操るに長けた魔術師なら可能性があるんだろう。
なら探すだけだ。ロシア成教なりローマ正教なり、中東や東洋の魔術結社なり、中国の仙人なり、女王に直談判する覚悟と、騎士や魔術師に襲撃される覚悟でイギリスとかな」
「不屈ね。その精神は勝算に値するけど、時として休息も必要よ。
ここまで来るのに無一文で来たという事もないでしょ。宿の手配くらいはするから、休んでいったら?」
「…………………」
チラっとインデックスを見る。
そこには先程の緊張は何処にやら、如何にも「お腹すいた」と言わんばかりの表情でインデックスが目を輝かせていた。
確かにエリザリーナのいう事には一理も二理もある。なんといったって垣根とインデックスはまだエリザリーナ独立国同盟に到着したばかり。
休息と観光がてら何泊か滞在するのも悪くないだろう。焦ればことを仕損ずるという言葉もあるのだし。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」
「素直で結構。じゃあ、適当な宿を手配させるからそこで待っていて」
「うん。ありがとうなんだよ、えりざりーな!」
「ふふふふ。垣根帝督、で良かったかしら? 貴方がその子を助ける為に奔走する理由が分かるわね」
「あぁ?」
「じゃあ、私はこれで」
垣根が反論する前に、エリザリーナは部屋から出て行ってしまった。
しかしなんだろうか。学園都市を出てからどうにも借りを作り過ぎている気がする。
サーシャ、ワシリーサ、エリザリーナ。既に三人に結構な借りを作った。
何時かこの借りは返さなければならないだろう。垣根は自分が俗物で欲の深い傲慢な人間だとは自覚しているが、恩知らずという訳ではない。借りは返す主義だ。
(だが、どうせ借りを作るなら――――――)
垣根は考えを巡らせる。
自分には力が必要だ。インデックスの『首輪』にしてもそうだし、学園都市や魔術サイドからの追っ手を確実に撃退できるだけの力が。
学園都市を出る前の『キャパシティダウン』の一件で垣根は超能力の限界を知っていた。もし何らかの手段で学園都市が対未元物質用の手段を講じてきたら、所詮能力一辺倒の垣根に勝つ術はない。
(頼むだけ、頼んでみるか)
ふぅ日常編が終わり徐々にシリアスに戻ってきました。
果たして垣根はエリザリーナ独立国同盟から五体満足で出られるのか。
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