とある魔術の未元物質
SCHOOL36 暗殺者 と 驕り
―――浅い川も深く渡れ。
一見して浅そうに見える川も、慎重に渡らないともし深かった時に溺れてしまうかもしれない。もし一見して弱そうな相手でも、もしかしたら自分より強いかもしれない。もし本当に弱い相手でも作戦で自分より強くなるかもしれない。慢心は死を招く。死が怖ければ慢心しないことだ。逆に全てを許容するならば、慢心もまた良い。
学園都市第二位の超能力者にして逃亡者『垣根帝督』を抹殺せよ。
それが学園都市の暗部組織の一つ『ブリッツ』のリーダーであるロベルト=アベルに学園都市統括理事長から下されたオーダーだった。
正直言えば嫌な依頼だ。別にターゲットである垣根帝督を憐れんだのでも、面識があるのでもない。ロベルトがこの命令を受けたくなかった理由は至極単純、学園都市第二位と戦いたくないからである。
こんなものを他の暗部メンバーが聞けば臆病者と嘲笑うかもしれない。しかしロベルトは他のメンバーと違って自分の実力というものを良く心得ていた。
第二位や第一位なんて怪物と戦うなんて御免である。
あの二人はそれ以下の能力者とは違う、紛れもない別格だ。LEVEL4しかいない『ブリッツ』では勝てる相手じゃないのである。
しかし悲しい事にロベルトは暗部組織のリーダーであり、直属の上司は得体の知れない統括理事長アレイスターだ。
人権も命令拒否権も糞もない。命令された以上やるしかないのだ。幾ら相手が正真正銘の怪物だろうと、どうにかして命令通り殺すしかないのだ。
さもなければ死ぬしかない。
暗部組織のリーダーといっても人間だ。死にたくないし、この世界の未練もある。
けれど神は、アレイスターはどうやら自分の事が本当に嫌いらしい。
唯でさえ難しい仕事だというのに更にオーダーを追加してきた。
「――――――現在、垣根帝督と共にいる『禁書目録』という少女には絶対に傷つけるな。ついでにエリザリーナ独立国同盟の民衆にも出来る限り危害を加えるな、か」
「はははははははっ! 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだってか? 何時から学園都市暗部はそんな義賊集団になったんだよ、おい!」
ケラケラと隣にいる2mはある大男が言う。
「下品な物言いは慎め。下品な人間に生きる価値などない」
「……相変わらず硬い野郎だねぇ」
この男は終着地点という能力を持つLEVEL3だ。
本名は知らない。知る必要もなかったし、知れば情が湧く。こういう組織にそんな情は邪魔なだけだ。
例え死んでも明日には忘れているような、そんな関係の方が随分と楽だ。これが暗部組織に長くいた事で学んだことの一つだ。
エリザリーナ独立国同盟への侵入は思っていた以上に簡単だった。
やはり日本のような島国でもなければ学園都市のような閉鎖社会でもない地続きの国というのは入るのもそう難しくはないのだろう。
ロベルト自身、TVで毎日のように自動車で国家間を行き来する医者の話を見た事がある。
独立国同盟に入ってからは垣根帝督を探すだけだが、これはそう時間は掛からなかった。
というのも先行して潜入していた『ブリッツ』の二人のメンバーが予め垣根帝督を発見していたからである。リーダーであるロベルトはその居場所についての報告を受け取るだけでいい。
通信機器で『ブリッツ』のメンバー達と連絡を取り合う。
どうやらロベルトと共に侵入した『終着地点』を含め全員が持ち場についたようだ。
「では状況を開始する」
『了解』
どちらにせよやるしかない。
暗部に堕ちた時点で自分にも他のメンバーいも選択肢は一つしか残されていないのだ。
即ち殺るか、殺られるか。
垣根帝督が独立国同盟の街を歩いていると、徐に一人の男が立ち塞がった。
身長は170cmほど、黒髪黒目の黄色人種。白人の多いこの国では珍しい人種だ。全身を覆う黒い服。そして何故か右手には包帯をしていた。
なにより垣根の注意を引くのは男の纏った雰囲気。隙を全く感じさせない足運びは、そういった場所に身を置いてきた時間が長い事を教えてくれる。
間違いなく垣根が身を置いてきてた、懐かしい懐かしい学園都市の『闇』の臭いだ。
「学園都市の追っ手か?」
念のため確認する。
男の正体に十中八九当たりをつけていた垣根だが、もしかしたらエリザリーナ独立国同盟の兵士や、どこぞの魔術結社の刺客という可能性もあるのだ。
「―――――――――――――――――」
沈黙は肯定、そう受け取っていいだろう。
現に男は黙って頷いた。
「そうかい。わざわざロシアの大地までご苦労なことじゃねえか。泣かせるねえ、アレイスターの糞野郎の命令か? え、飼い犬」
「……」
男はなにやら右手に巻いていた包帯をとると、静かに垣根帝督を凝視した。
良くは知らないが、あれが男――――――包帯野郎にとっての戦闘態勢という事でいいのだろう。
垣根は周囲を見渡す。
(ここじゃあ住民が邪魔になるな)
垣根帝督の能力は派手だ。
敵の規模もどれくらいかは知らない。
別に垣根にとってはエリザリーナ独立国同盟の人間が巻き込まれて死のうが関係はない。関係ないが、垣根はエリザリーナに対して色々と借りがある。恩を仇で返す訳にもいかないだろう。
(まさか″魔術を使った″最初の戦闘の最初の魔術行使が人払いとはな。ポピュラーっちゃポピュラーだが……)
つまらない拘りは捨てよう。
魔術でなく能力者相手ならこちらの領分だが、前の『アイテム』のように秘密兵器を持っていないとは限らない。
包帯男は気づいてはいないようだが、周囲にもう人はいなくなっていた。
もしかしたらエリザリーナや独立国同盟の魔術師が気付いて追っかけてくるかもしれないなと思いつつ包帯男と対峙する。
「………………」
「どうした? 来ねえのかよ。テメエの方から俺の前に立ったんだ。テメエの方から攻めてくるのが礼儀だろうが。躾のなってねえ飼い犬だな」
「――――――――――――」
そこまで言われても包帯男は何も喋ろうとはしなかった。もしかしたら何か喋れない事情があるのかもしれない、と垣根は考えた。
(仕方ねえ。軽く捻るか)
右腕に未元物質を生成する。
これを投げつけるだけで学園都市製の駆動鎧だろうと簡単に爆発するだろう。
だがそれを投げる直前、後方に衝撃が奔った。
「―――――――――――ハッ、奇襲か」
長距離から音速で飛来してきたのは弾丸。
恐らく目の前の包帯男が注意を引いて、もう一方が狙撃で仕留めるという作戦だったのだろう。
だが生憎と弾丸程度で死ぬほど第二位は甘くはない。
高速で飛来した弾丸は、垣根が常時周囲に展開している未元物質のサーチャーに引っ掛かり、瞬時に展開した未元物質の白い障壁により受け止められた。
第四位麦野沈利の原子崩しすら受け止める白壁だ。ただの弾丸程度が突破できる筈がない。そう第三位の超電磁砲でも無理。能力で突破できるとしたら第一位くらいしか――――――――。
その筈、だったのだ。
「んっ?」
妙だ。弾丸が何時まで経っても弾かれない。寧ろ白壁を突き破ろうと突き進んでいる。
これは、この現象は。
垣根が弾丸に意識を向けた、その瞬間だった。
包帯男が垣根に向かって走る。その包帯を外した″右腕″を向けて。
「姑息な野郎だッ!」
これが本当の狙いか。
原理は知らないが、垣根を狙撃した弾丸は未元物質の壁すら突破しかねない貫通力を持っていた。そしてそんな弾丸が襲えば第二位の帝督でも注意を向けざるをえない。その隙を狙って、囮だと思われていた包帯男が奇襲を仕掛ける。これはそういう罠だ。
そういう罠を、果たして垣根帝督は一秒の内に理解してみせた。
「悪くねえ策だが、相手が悪かったな格下」
弾丸が白壁を突破するには三秒といったところか。
そして包帯男が垣根帝督に到達するのは二秒といったところか。
ならば垣根は一秒で包帯男を潰し、残りの二秒で弾丸に対処すればいい。
垣根の背中から白翼が噴出する。
空を飛ぶだけではなく、世界中のどの刃物より鋭利な凶器にもなる翼を包帯男へと振るう。当然、超能力者でもない能力者にそれを防ぐ術はない。だが、
崩落の音を聞いた。
ドロッとした、何かが溶解する音を。
「こいつ――――!」
包帯野郎の右腕に接触した白翼は、予想外の事に溶けていた。
どんな金属よりも、どんな刃物よりも鋭い翼が溶けていた。
能力によって生み出された白翼であるが故に垣根本人に痛みはない。けれど視覚から伝えられる情報は明らかに白翼が、名も知らぬ包帯男の右腕に敗北したことを教えていた。
ここまでが二秒。白翼は包帯男を一秒足止めする事しか出来ない。
そして三秒目。未元物質の壁を突破した弾丸と、白翼を溶解させた包帯男が、前と後ろの両方から同時に垣根を襲った。
わーいまたオリキャラだー。
麦のんを続投させようかと思ったのですが、あんまり麦のんを苛めると麦々しちゃうので止めましたw
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