とある魔術の未元物質
SCHOOL43  吸血鬼 縁の 地


―――何かを得るには、何かをあきらめなければならない。
野球選手を夢見た少年がいたとしよう。だが実際に野球選手になるには才能だけではなく相応の努力が必要だ。高校生活は野球漬けで遊ぶ暇などなくなるし、学校によっては寮生活をすることになるだろう。だが高校三年間の自由を諦めても、野球選手になれるのはほんの一握りだ。何かを得るには何かを諦めなくてはならないが、何かを諦めても何かを得る事が出来るかは分からないのだ。








 学園都市の襲撃者を撃退したその日の内に、垣根とインデックスはエリザリーナ独立国同盟から出国した。慌ただしい出国の背景には、また独立国同盟に学園都市の追っ手が来ないとも限らない、という垣根の推測もあった。満足な説明もされないまま気づいたら車の助手席に押し込められていた形になったインデックスは不満そうにしていたが、垣根がエリザリーナお勧めのクッキーを渡すと大人しくなった。
 何気にインデックスの扱い方をマスターし始めている垣根である。

 ちなみに今回は空路は使わない。
 地味にハイジャックの事がトラウマになっていたのもあるし、空で襲われれば必然的に戦場は飛行機内になる。あの時はなんとかなったが、飛行機のような限定された空間内では垣根の能力をフルに使う事は難しい。それ故の陸路であった。
 幸い独立国同盟からロシアまでは陸路で十分である。
 能力で飛んでいくという裏ワザもあるにはあるが、魔術の総本山のヴァチカンに超能力を使って飛んでいくほど垣根は命知らずではなかった。
 
 車は垣根が金を出して購入したものだ。
 第二位であり暗部組織のリーダーでもあった垣根は何気に結構な金持ちである。学園都市から脱出する際の換金や偽造パスポートや戸籍の入手などで財産は六割になったが、それでもかなり贅沢な暮らしを十年は続けられるくらいの持ち合わせはあった。車一台を購入した程度でその金が消える事はない。
 免許の方も学園都市脱出の際に入手しているので問題はなかった。肝心の技術も暗部でのあれこれ……というよりかは、男なら運転出来て当然だろ、という垣根の考え方により技術も問題はなかった。
 つまり某スキルアウトの人的に言う所の「必要なのはカードじゃない、技術だ」とでもいったところだろう。尤も某巨乳アンチスキルの人に言わせたら「必要なのはカードと技術だ」と言い返されそうだが、それはおいておいて。

 エリザリーナ独立国同盟を出国した垣根とインデックスは紆余曲折あって………………ルーマニアにやってきていた。正確にはヴァチカンに行くまでの途中休憩及び観光のために。

「おぉ。これがブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』のモデルになったワラキア公『ヴラド・ツェペッシュ』の生家か」

「そうなんだよ! ちなみに『ドラキュラ』っていうのは『ヴラド・ツェペッシュ』が愛用していたニックネームなんだよ」

「ほうほう」

「更に余談だけど、『吸血鬼ドラキュラ』に登場したドラキュラ伯爵は出身地がルーマニアで名前がドラキュラってだけで『ヴラド・ツェペッシュ』本人だとは記述されてなかったりするんだよ」

「おうおう、流石は魔道図書館。トリビアの宝庫だ」

 『吸血鬼ドラキュラ』と魔術は関係が薄いかもしれないが、それでもインデックスがそんな事を知っているのは実際に『吸血鬼ドラキュラ』を見た事があるからだろう。大体『カナ○ン』やら『まどか○ギカ』やら『リリカルな○は』みたいなアニメを詰め込んでいるよりかは、魔道図書館のイメージには合っている。

「……そういや、『ヴラド・ツェペッシュ』って他の国はどうだか知らねえけど、ルーマニア人にとっては英雄だったんだよな」

「そうだね。確かに串刺し公とか吸血鬼とかのイメージが強いけど、史実の『ヴラド・ツェペッシュ』は国土を腐敗させる貴族を粛清して、トルコからワラキアと十字教を守り抜いた高潔な人だったから、ドラキュラ目的で訪れる観光者は、ルーマニアの人からしたら良い目では見れないかも」

「外国のドラキュラ伯爵は自国では高潔な英雄、か。日本だと源義経が極悪人呼ばわりされるのと同じようなもんか?」

「そうだと思う」

「イギリスで言うとアーサー王なんか腹ペコニート王って言われるようなもんか」

「…………………何故か否定できないのはなんでだろ?」

「運命じゃねえか」

 言いながら垣根の脳裏には、センスの悪い黒い仮面とマントをつけた男が大立ち回りしている光景が浮かんだが、きっと気のせいだろう。色々とあったから疲れているのだ。そうに違いない。
 
 一通りルーマニア観光をした垣根達は、今日一日泊まるホテルへと向かう。ネットで予め予約をしていたので問題ない。近頃はインターネットを使えば外国のホテルだろうとちょちょいのちょいである。良い時代になったものだ。

 車を走らせ暫くすると、今日宿泊するホテルに到着した。
 建物時代は白い悪く言えば何処にでもあるようなホテルだが、このホテルにはなんでも名物の温泉があるらしい。効能はなんでも『肩こり』『腹八分目』『美肌』『気性穏やか』らしい。垣根からしたら美肌と肩こりはどうでもいいが、『腹八分目』という所が味噌だった。
 今のところは金にも余裕があるが、それも今のところはだ。学園都市から追われる身となった現状、垣根に資金源はない。今ある金が全てだ。未来のためにインデックスの食費を抑えねばならなかった。
 
 そうやって食費に胸を痛めていると、別次元の某腹ペコ騎士王に苦しんでいるブラウニーの「セ○バーの食費は安くない! 安くないんだぁああああああああああああ!」という悲痛な叫びが聞こえてきた。
 どうもこのルーマニアに来てから幻聴幻覚の類によく悩まされる。温泉に浸かって疲れを癒すとしよう。
 
「307号室を予約した者だが……」

 垣根にしては丁寧にフロント嬢に告げる。

「はい。空条承太郎様とアルクェイド・ブリュンスタッド様ですね」

 フロント嬢が垣根の使った無茶苦茶な偽名を言う。

「そうだ」

 日本人が聞けば首をかしげるかもしれないが、生憎とここはルーマニアだ。フロント嬢が『ジョジョの奇○な冒険』や『月○』を知っている筈もなく、すんなり受け入れられる。ちなみに承太郎の偽名が垣根でアルクェイドの偽名がインデックスだ。
 フロント嬢から鍵を受け取ると予約した307号室へと向かう。

「ところで、ていとく」

「なんだよ」

「くうじょうじょうたろうとあるくぇいどって誰?」

「吸血鬼に運命が狂わされた人間と、人間に運命を狂わされた吸血鬼だよ」

「は?」

 無駄に厨二病気味な例え方をしてると、307号室の前につく。
 付き合ってもいない男女が同室……アンチスキルの教師が聞けば不純だと言うかもしれないが、生憎と垣根にそういった邪な考えはない。ただの節約と、インデックスを一人部屋にするとルームサービスで費用が凄い事になりそうだからである。インデックスのことだ。放置しておけば一人でホテルの食糧を食い尽くしかねない。手綱をしっかりと握っておく必要がある。

「むっ。なんだか失礼なこと考えなかった?」

「全然。んな事より早く部屋入って温泉にでも行こうぜ。あぁインデックス。お前はしっかりと湯に浸かるんだぞ。主に金の為に」

「なんで私が温泉に浸かるのがお金の為になるの?」

「事情があるんだよ。込み入った」

「?」

 ドアノブに手を掛ける…………と、鍵を一緒に回さないと開かない仕掛けらしい。
 再度鍵を差し込みドアノブに手を掛けた所で、

「…………へぇ。イギリス清教の禁書目録とこんな場所で会うとは。これは凄い奇縁だねぇ」

「「!」」

 インデックスと垣根がほぼ同時に背後を振り向く。
 声の主は女性だった。金髪のロングヘアに綺麗な瞳。どこか不機嫌そうな表情を抜けば文句なしに美人といえる顔立ちだ。そして女性の連れだろうか。同じく金髪の、柔和でありながら何処か油断ならない雰囲気を纏った青年。

「テメエ等、誰だ?」

「そういう君は誰だ、禁書目録の同行者?」

「質問を質問で返すなとママに教わんなかったのか」

「人に名を尋ねる時は先ず自分から、そう母親に教わらなかったのか?」

 学園都市第二位のLEVEL5『垣根帝督』。
 魔神になり損ねた男『オッレルス』。
 行動によっては世界すら左右しかねない二人は、この何処にでもあるようなホテルで人知れず邂逅を果たした。



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