とある魔術の未元物質
SCHOOL44  会 談


―――死んだライオンより生きている犬。
死して尚も動く生命体はいない。ライオンだろうと人間だろうと犬だろうと死ねば等しく動かなくなる。死んで動かなくなったライオンと生きて動く犬。どちらが強いのかは言うまでもない。だが者の強弱ではなく食用でいうならば生きている犬よりも死したクジラのほうが役に立つ。







 307号室のテーブルで、オッレルスと垣根は向かい合い座っていた。
 ただし寛いでいる様子は微塵もない。オッレルスは体中に魔力を流しているし、垣根にしても何時でも未元物質を生成出来るように演算の準備を整えている。

「珈琲はいるかい?」

 垣根の予約した部屋だというのに、オッレルスが珈琲を進めてきた。礼儀知らずなのか阿呆なのか、それともそういう事に無頓着なのか。
 どちらにせよ垣根の返答は決まっていた。

「要らねえよ」

 無下になく拒否する垣根。オッレルスはそんな垣根の返答を受けても、特に表情を崩さなかった。ただ表情こそ崩さなかったが、警戒心も崩してはいなかった。

「珈琲が嫌いなのか?」

「そうじゃねえ。テメエが信じられねえだけだ」

「これは……あんまり好感は持たれてないみたいだな」

「見ず知らずの得体の知れない魔術師…………しかもイギリスの聖人まで連れてる様な野郎を無条件に信じるとしたら余程のお人好しか余程の馬鹿だろうな」

「そうかい。なら」
 
 オッレルスが部屋の一角を指さした。

「私が買ってきたロールケーキ勝手に喰うとはどういう了見だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 聖人なめるなよ禁書目録ぅぅぅうぅぅぅううううううううううううううううううううううううう!!」

 インデックスを三角木馬で拷問している、オッレルスの連れらしいイギリス王室に仕える聖人シルビア。

「ふふん♪ そんな拷問器具を持ってきても、私の『歩く教会』を傷つける事は出来ないんだよ!」

「関係あるか! さっさと飲み込んだロールケーキ返せやぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!! シスターの癖に食欲有りすぎだろうが!」

「あのロールケーキは迷える子羊。私はイギリス清教のシスターとして、迷える子羊であるロールケーキを責任をもってお腹の中……もとい『歩く教会』で保護したんだよ! 決して食欲に負けた訳じゃなかったりするかも」

「下らねえ理屈述べてんじゃねえよぉおおおおおおお!!」

 聖人と禁書目録の言い争いを、オッレルスは苦笑しながら、垣根は苛々しながら見ていた。やがて垣根は財布を取り出すと、

「…………弁償する。ロールケーキ代、幾らだ」

「ああ悪い、助かるよ。このままヒートアップするとシルビアの拷問の矛先が俺の方に向いてきかねない。いや、向いてくるだろうから」

「いつも拷問されてんのか、あの女に」

「君こそ、禁書目録は何時もあんなに食欲旺盛なのか」

「苦労するな」

「ああ、お互いに」

 先程の剣呑さは何処へやら。同行者に異なる意味で虐げられている二人は、妙な所で分かりあっていた。こういうのを呉越同舟……いや少し意味が違うか。
 垣根は気を取り直すと、再びオッレルスの様子を伺う。一見、自分で入れた珈琲を美味しそうに飲んでいるオッレルスは普通の人のよさそうな青年に見える。だが垣根の暗部時代に培った直感の方は、この男は油断ならないと早鐘を告げていた。
 外見に騙されてはいけない。垣根のいた学園都市だと見た目ただの女子中学生が十億ボルトの電撃を放ってくるなんて事態も起こりえるのだ。魔術師も同じ。あの細すぎるエリザリーナにしろ、変態のワシリーサにしろ、露出狂の神裂にしろ、あれで見た目にそぐわぬ高い戦闘力を備えたモンスター達だ。ワシリーサだけは怪物(モンスター)というより狂戦士(バーサーカー)だが、そんなことはどうでもいい。

「で、オッレルスだったか? ここに居たのは」

「偶然だよ。俺がこの国にたのと、禁書目録と出会ったのも単なる偶然の産物に過ぎない」

「偶然俺とインデックスの予約したホテルに、偶然イギリス王室派に所属する聖人の近衛侍女が居合わせる。これは凄い偶然があったものじゃねえか」

「本当だ。凄い偶然があったものだよ。まるで宝くじで一等賞が出るような、凄い確率だ」

「皮肉が通じてねえようだな」

「……皮肉、か。俺が此処に来たのは本当に偶然だ。だが見方を変えると必然かもしれない」

 オッレルスから温和そうな色が消え失せ、代わりに冷たい瞳が垣根を射抜く。

「どういうことだ?」

「俺にとっては偶然でも、そちらが意図していたならば必然ということだ」

「生憎だな。俺は男の尻ィ追いかける趣味はねえ」

「そうかな。面倒くさい事に、俺は多すぎる魔術結社に追われる身だ。そして追われるという事は追われるだけの価値を俺が持ってしまっている事でもある」

「自信過剰だな」

「そうでもないさ。まぁ、俺にもどうして禁書目録と学園都市の超能力者が一緒にいるかは知らないが、アレイスターが自分の手ごまを使って色々企てている可能性は否定できない」

「ハッ。学園都市の偉大なる統括理事長様のことを知ってんのか? 魔術師のお前が」

「言ったろう。面倒くさい事に追われるだけの価値を持っているって」

「ふーん。成程ん。つまりお前は俺がアレイスターの犬で、わざわざインデックス誑かしてお前を追いかけてきたかもしれないって言いたい訳だ」

「そういう事になるな」

「死ぬ……か。お前?」

 垣根の目が細舞っていく。
 なんとモーションもなく、オッレルスの脳天に爆発攻撃が襲った。
 未元物質による爆発は強力だ。徹甲弾すら弾く壁を破壊する事も簡単だ。その爆発を部屋を破壊しない為小規模だったとはいえ近距離で受けたのだ。普通なら生きているわけがない。
 そして普通じゃないオッレルスは生存していた。爆発がオッレルスに届く前に、理解出来ない力に阻まれたのだ。

「……似たような力を知っている。あれはあの訳の分からねえ第七位と同じような、訳の分からねえ力だ」

「君の考えは正しい。学園都市……いや世界最大の『原石』である第七位のLEVEL5。その彼が使う力も俺が使う力も、説明のできない力だ。彼と俺の違いは『説明のできない力』を理解しているか理解していないかだ」

「そうかい。だが良い事を聞いた。お前は『説明のできない力』とやらを理解してるみてえだ。つまり裏を返せば『説明のできない力』は理解可能なものってことだよな」

 説明不能=理解不能ではない。
 ならば垣根帝督も『説明のできない力』を理解することは可能なはずだ。

「解析するのか、未元物質。だがそんな暇は――――――――」

 遂にオッレルスが、魔神になり損ねた男が真価を発揮する。
 『北欧玉座』、説明不能の力。説明できないが故に、どうやって対処すれば良いのかすら不明の、最も厄介な魔術の一つが垣根を襲ってきた。
 オッレルスも本気で垣根を抹殺するつもりはないだろう。あくまで警告だ。こちらに手を出せばそちらが痛い目を見る事になるという警告の意味を込めての一撃。殺すまではしない。だがそれなりのダメージは負う事になるであろう説明不能、対処不能の衝撃。
 垣根が不敵な笑みを浮かべる。オッレルスは知らぬ事だが、生憎と垣根には説明不能の力に対する対処法が一つあった。垣根は手を伸ばし『あるもの』を掴むと盾として前に突き出す。

「喰らえ! インデックスバリアー!」

「ちょ、ていと」

 インデックスが言い終わる前に、『北欧玉座』の衝撃がインデックスを襲った。だが無傷。歩く教会によって守られたインデックスは傷一つない。

「え、いやちょっと! それはないでしょーがっ! この冷血漢! 自分より小さい女の子を盾にするって、そういう女の子は守ってあげるのが世界の常識!」

「そんな常識は通用しねえ」

 オッレルスの叫びを一笑に付す垣根だが、彼は気づいていなかった。自分の直ぐ背後に鋭利な刃が迫っている事を。
 自分を盾にされたインデックスは盾にした垣根に怒りの炎を燃やし、思いっきり背後から頭に噛み付いた。

「いだだだだだだだだだだだだだだっ! テメエはいい加減に噛み付くの止めろッ!」

「ふぐぐ……ぐぐ…私を、盾にするなんて、どういうつもりなのかな!」

「盾にしか役立ねえだろテメエ……………ぐおっ。なんだか痛さで頭が………………っていい加減に離せェ―――――――ッ!」



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