とある魔術の未元物質
SCHOOL48  招 待 状


―――朝の来ない夜はない
どんな夜にも必ず朝がくる。朝の来ない夜はないのだ。
長い長い夜でも、いつか必ず朝は訪れる。日は昇る。太陽がある限り、この世界には必ず朝が来るのだ。どんなことがあろうとも、絶対に。




 垣根はフィアンマというらしい『ローマ成教』の魔術師を名乗った男が導くままに、イタリアの街角にひっそりと佇むカフェに入った。
 不思議な事にもうお昼時だというのにカフェには客が人っ子一人いない。
 フィアンマが手配したか、なんらかの魔術を使ったかしたのだろう。インデックスが何も反応していないという事は前者の可能性の方が高いだろうと、予想する。

「ガブリエルってどういうことだよ、そりゃ」

 開口一番、垣根はそう尋ねる。
 魔術を覚える際に宗教毒を緩和するため、エリザリーナから聖書の類を一通り読まさせられたからガブリエルという大天使のことは知っているし、それがどれほどの力を備えているのかも、少しは想像できた。ガブリエルといえば聖書に記された大天使。受胎告知などをした天使としても有名である。

「別におかしな事じゃないだろう。極東の島国、日本で発動した大魔術『御使堕し』。となれば天使が落ちてくるのは自明の理だ。当然、入れ替わるものに天使が含まれるのもな。運が悪かった事は、その天使が一般大衆に認識されてしまうお前と入れ替わった事だ。他の者ならば、こう大騒ぎにはならなかったものを。お蔭でローマ教皇は泡を吹きそうなほど混乱していたぞ」

 さらりとローマ教皇なんてビッグネームを出したフィアンマに、インデックスと垣根は驚く。
 しかしフィアンマの方はどこ吹く風だ。もしかしなくても、このフィアンマ。ローマ成教でも相当の地位にいるのではないだろうか。

「だけど。どうして、ていとくは他の人達に認識されてるの。それも中途半端に入れ替わった方を」

「フム。貴様に関してはその『歩く教会』のお蔭だろうが…………垣根帝督と言ったな。心当たりはないのか?」

「そう言われてもなぁ……………いや待てよ」

 朝目覚めた時、インデックスは垣根に抱きついていた気がする。
 『歩く教会』を着ていたインデックスが、だ。もしかして、これが原因?

「心当たりがあるようだな。まぁ、そんな事はどうでもいい。俺様から言える事は唯一つ、この『御使堕し』は直ぐに解決するだろう。ローマ成教の掴んだ情報によると、イギリス清教とロシア正教の魔術師が共同で事に当たっているそうだ。もし奴等が失敗しても、ローマ成教から最高峰の刺客が向かう事になっている」

「最高峰の、刺客? そんなに強ェのかよ」

「そうだな。ことガブリエル、後方の水に関してはエキスパートだろう。アレが出向けば大抵の事件は事件ではなくなる」

 やけに自信がありそうにフィアンマが言った。

「認識阻害の術式を込めたルーンを渡しておく。これでもう一般大衆がお前をガブリエルと認識することはないだろう。そして二日三日もすれば、そのルーンがなくとも自由に出歩けるようになるはずだ。俺様からは以上だ。これでも暇ではないのでな」

 一方的に言い切ると、フィアンマは認識阻害のルーンが描かれた護符みたいなものを置いて、忽然とその場から消え去った。
 垣根とインデックスはポツリとその場に残される。



 帰ってきたフィアンマを出迎えたのは、同じ『神の右席』であるテッラだった。
 全身を緑色の服で包み、爬虫類染みた顔をした男は、これでも一応は十字教徒である。決して宇宙からきたエイリアンではない。

「フィアンマ、守備はどうだったんですかー?」

「俺様は右方だけあってライト…………ではない。テッラ、それを言うなら守備ではなく首尾だ。文字が違うぞ」

「では首尾のほうはどうでしたかー?」

「どうもこうもない。御使堕し事態も直ぐに終結した。術式の中心点であった日本では、それなりに大変だったようだがな」

「あの一掃が世界を覆った時は驚きましたけどねー」

 先日、空が変わった。
 天体が移動し、空から世界を焼き尽くす業火が堕ちてくる……寸前だったのだ。結局は落ちる前に堕ちてきた天使のほうが戻ったからいいものの、もし堕ちていればフィアンマの全力をもってして『世界を救う』ことになっていただろう。
 如何にローマ成教の最暗部といえど、世界を滅ぼすほどの力を防ぐことが出来るのはフィアンマだけだ。アックアにすら不可能だろう。

「どちらにせよ、御使堕しなんてものは終結した」

 そして見つけた。
 自らの『聖なる右』を完全にする為の鍵の一つを。
 手に入れるべきはミーシャ・クロイツェフ、幻想殺し、そして禁書目録。
 うち禁書目録本人はこのローマにいるが、禁書目録本人を手に入れたとしても意味はない。重要なのは禁書目録を制御し情報を引き出すためのコントローラーだ。
 
「……どうしましたかー。なにやら考えいこんでいますが」

「お前には関係のないことだ、テッラ。お前には、な」

 フィアンマという男は『神の右席』の中でも異端だ。
 このテッラにしても、十字教徒以外は人間として見ないという欠点はあるものの、一応は十字教徒の枠に収まった人物だ。他の者達も同様。
 けれどフィアンマだけは違う。
 フィアンマはとがり過ぎた異端中の異端。
 その望みは、十字教の範疇には収まらない。
 
(それにしても『垣根帝督』か。アレの異常…………それに。もしかしたら『垣根帝督』も俺様の『聖なる右』を完全にさせるための道具として役立つかもしれんな。可能性は、非常に低いが。今のところは泳がせておこう。ローマ教皇に、ローマ成教の魔術師に不用意に手を出させないよう命令しておかなければな)



 フィアンマが良からぬ事を考えている頃、漸く『御使堕し』なんて珍妙の極みな事態から解放された垣根とインデックスは安息を得ていた。
 良く分からないがフィアンマという謎の男が工作してくれたらしく、その時ガブリエルの姿であった垣根と違いモロにTVに映ったインデックスのことを噂する人間も誰もいない。
 垣根達は心行くまで観光を楽しんだ。
 コロッセウムに行って決着着けるかと意味ありげな発言したり、カプリ島の公衆便所で六億円を探したり、犬のモザイクに鍵を落としたり、国鉄で釣りしたり、ヴェネツィアでスケートしたり、マジョーレ教会で泳いだり、ローマで過去最長の無駄無駄したり、そして帰ってきたコロッセウムでレクイエムしたり、徐々に有意義な観光だった。

 ただし帰ってきたローマでインデックスと離れ離れにならなければ、だが。離れ離れといっても刺客が襲撃してきたとかいう物騒なものではなく、単純にインデックスの迷子だった。

「たっく、何処に行きやがった。あの大食いニートシスターが」

 インデックスが聞けば確実に噛み付いてきそうな悪態をつきつつローマの街を探すが、中々見つからない。なんといっても此処は外国。人生の半分以上を学園都市で過ごしてきた垣根にローマの土地勘があるはずがないのだ。

「……イタリアに迷子のお呼び出しサービスなんてあるのか?」

 日本のデパートとかで偶にある迷子の呼び出しコールを思い出しつつ、垣根が言う。しかしそういった発想が出てくる辺り完全にインデックスの保護者である。まるで何処かの白い人とラストなオーダーな幼女みたいだ。

「おや、何かお困りなので?」

 垣根が途方に暮れていると、突然本場のイタリア語と共に変な女性が現れた。
 いや変なというのは謝りかもしれない。少なくとも神裂やステイルよりかは余程まともな格好だった。
 擦り切れたように古臭い、白い修道服を纏った女性。色だけならインデックスと同じだが、こちらは古臭さがあるので修道女らしさで言えば上だろう。
 なんとなく古い洋画に出てきそうなイメージがする。

「困ってるっちゃ困ってるが…………アンタ、誰?」

 初対面の女性に失礼な言い草をする垣根。そう行った事に五月蠅い教師なら一遍礼儀作法をやり直して来いと言うかもしれないが、元いた場所で垣根にそんな事を言うような奇特な人間はいなかったし、それ以前にLEVEL5なんて連中はどいつもこいつも手の付けられない性格破綻者の集まりである。
 最強のコミュ障やビリビリやヤンデレや女王や根性馬鹿と比べれば、まだ垣根はまともな方である。怒らせると軽くビルを木端微塵にしてしまうのが欠点だけれど。

「私はリドヴィア=ロレンツェッティ。…………ところで貴方、もしかして魔術師なので?」

「…………何で、気づきやがった」

「私はこれでローマ成教に所属して長いので。また立場上、魔術師と関わる事も多かったので、色々と必要のない技術を身に着ける必要があったのですが」

 垣根は警戒心を強める。
 魔術なんて単語が出てきた時点で、少なくともリドヴィアという女が一般人という可能性は除外された。

「しかし……見た所、東洋人。一体どこの国から来たので」

「日本から、観光に来ただけだ」

「所属は一体どこなので」

「現状、フリー」

 嘘は言っていない。
 学園都市は建前上は日本の都市だ。実質はもはや日本内にある独立国家といって過言ではないが、便宜上はそうなので問題はないし、垣根が何処にも所属していないフリーの魔術師であるのも事実だ。

「そうですか。ところで神に興味がありますか」

「なくはねえな」

 正確には神ではなく十字教式の魔術が。
 だがリドヴィアの方は何を勘違いしたのか。

「分かりました。では、私と一緒に教会に行くので!!」

「行かねえよ!」

「畏れる事はありませんので! 神を信じれば万事解決でしょうから!」

「だ・か・ら! 俺は人探ししてんだよ! 神信じる前に迷子探させろってんだよ」

「迷子?」

「ああ、インデックスっていう白い修道服を着たシスターを」

「インデックス、というとイギリス清教の禁書目録のことなので」

「そうだ、と言ったら?」

「ローマにどのような用で来られたので?」

 垣根は暫し思考する。
 この場で観光だと押し通すのは簡単だろう。だが口振りから察するにリドヴィアという女はローマ成教でそこそこの地位にいるらしい。もしも万が一ローマ成教に、禁書目録がヴァチカンに侵入してきたなんて報告されたら目も当てられない。結局、

「インデックスには『首輪』ってのがあってな。詳しい説明は省くが、そいつがある限りインデックスは一年ごとに記憶を消さねえと死んじまうんだよ。しかしなどうにかしようにも、それがとんでもなく難解な魔術で構成されてるらしくてな。ま、色々あってローマ成教の総本山に来てみたんだわ」

 別に隠すような情報でもない。
 知った所で何が出来るとも思わない。
 なにより垣根の知るローマ成教の人間は、やけに親切に『御使堕し』について教えてくれたフィアンマのみであり、脳内好感度は『首輪』なんてものを作りだしたイギリス清教や色々と世紀末な学園都市よりも上なのだ。

「………ふ……」
 
 リドヴィアがなにやら俯いている。
 つまらない話を聞いて、耳が腐ったのか。

「……すばらしい……ディ・モールト良し! …………なんという困難。なんという不可能。……イギリス清教がその対魔術師技術の粋を尽くした首輪……それの打倒など……」

「お、おい……なにトリップして―――――――」

「俄然やる気が湧いてきましたので! かくなる上は、よぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおし!!!」

 謎の咆哮をあげたリドヴィアは垣根の腕を掴んだまま、猛スピードで市街を駆け抜けていく。
 暫くするといつもリドヴィアと行動をしているらしいオリアナというパッキン爆乳美女に突進していった。

「オッリアナぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「ぶべらっ」

 何時もの妖艶さは何処へやら。間抜けな声をあげてオリアナが吹っ飛ばされる。
 
「き、今日はなんという日なのでしょう! 嘗ての日本人もそうでしたが、今日出遭った日本人も、なんという健気な少年! 昔の私は日本人という人種を誤解していました! さぁオリアナ! この健気な少年の為に首輪を破壊するので!!」

「首輪? まさかそういう趣味にでも目覚めたの?」

「卑猥な表現は慎むように! そんな事より、健気な少年! 早くインデックスの首輪を!」

「だからそのインデックスが行方不明だって言ってんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 リドヴィアに腕を引っ張られている途中、壁や電柱に頭をぶつけまくった垣根がキレながら咆哮する。
 元々沸点の低い垣根は全力で未元物質を生成した。
 このまま未元物質で爆発させて粉微塵にする。後の事は知るか。
 垣根がローマ市街にとっての死亡フラグを生成していた所、救世主が現れる。

「ていとく! いきなり迷子になったと思ったら…………何で女の人と一緒にいるのかな! 不純なんだよ!」

 何故かホットドックを頬張っているインデックスが街角から出てきた。
 
「コレの何処が不純な状況に見えるんだテメエは!」

 確かに現在垣根はリドヴィアとオリアナという、色々と性格や思想や服装に問題があるもののルックスは十分な美女に囲まれている。
 ただし垣根は電柱などに頭をぶつけたせいで血を流しており、服もボロボロ。対するリドヴィアは良く分からないが『なんという不可能! 困難サイコー』などと言いながらクネクネしている。オリアナに至っては何が何だか分からないと言った風に目を白黒させているだけだ。

「はぁ。リドヴィアはまたアッパッパーなことに……」

「ていとく、そんな事よりおなかへった」

「ディ・モールト・グラッツェ!!」

 もう垣根にはカオスの権化過ぎて訳が分からなかった。
 学園都市は世紀末だったが、少なくともカオスではなかった。
 
 まぁ、なにはともあれ。こうして垣根帝督とリドヴィアは出会った。
 学園都市の在り方を破壊しようとするリドヴィア達と、学園都市に追われる垣根達。
 それは、学園都市への招待状だったのかもしれない。




ピンポーン、お知らせ。
垣根にフィアンマとの交戦フラグが立ちました
アックアとの再戦フラグが立ちました
学園都市帰還フラグが立ちました
死亡フラグが増えました



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