とある魔術の未元物質
SCHOOL47 堕ちた 天使
―――肉食獣はけっして肥満することはない。
一般的なイメージとして肉食獣は喰う者に困らず、いつも肉を食っているというものがあるが、それは誤りである。本当に喰う者に困らないのは草食動物であり、肉食動物は飢えているからこそ、見つかれば大抵の場合は襲われ喰われるのだ。ただし世界中で一番肥えている生物はやはり人間だ。植物も肉も全て食い尽くすのだから。
十字教最大宗派にして、最も苦労性な十字教のトップ、ローマ教皇は頭を抱えていた。
それというのも、なんとイギリス清教の禁書目録と、問題のアレが報道によってローマ中に流されたというのだ。
天使降臨の報告を聞いて混乱したせいで情報規制に遅れが出た。紛れもなく、これは失敗であった。
「ほう、やけに辛気臭い顔をしているな、ローマ教皇」
「フィアンマ、か」
何時の間にかローマ教皇の背後に赤毛の男が立っていた。
本来これだけで不敬に当たるが、今更フィアンマに不敬も糞もない。
「流石の俺様もローマ市街に突如としてアレが出現したのは驚いたが…………本物じゃあないだろうな。日本で発動したらしい『御使堕し』の影響だろう。アレになった本人も不幸なことだ。中途半端に影響を受けたせいで、俺様達のような完全に影響を免れたものからは普通の人間に見えるが、他の者共からはアレに見えてしまう」
言うとフィアンマが扉の方向へと歩き去っていく。
しかしそれは最初に出てきた扉ではなく、もう一つの外に出る為の扉であった。
「まさか……自ら出向くつもりか!?」
フィアンマはローマ成教における最暗部『神の右席』の実質的リーダーである。その実力が凄まじい事は想像できるが、今まではどんな事態が発生しても他の『神の右席』やローマ成教の魔術師を動かすだけで、決して自分は動かなかった。
そのフィアンマが、動く。
如何に異例の事態といえど、あの『神の右席』で最も危険な男が。
「驚く事はないだろう。俺様とて敬虔なる十字教徒。あのようなものを見せつけられて安楽椅子に座っている訳にもいくまい」
フィアンマという男が右腕を振るう。
それだけで『右方のフィアンマ』という男は、忽然とその場所から消え去ってしまっていた。
「どうなってやがる?」
ローマ市街の裏路地で垣根とインデックスは息を切らせながら隠れていた。
「わ、私にも分からないんだよ。でも……」
インデックスがこっそりと表通りを見る。
明らかに異常事態だった。ローマ市街は普通だ。街並みは変わらない。異常なのはその中身。最初は気づかなかったが、力士のような体型のウェイトレスや、修道服を着た三歳児、極め付きは何故か心理定規がTVドラマの死体役をやっていた。
「…………まさかローマのど真ん中で超能力って事もねえよな。……つぅか、あれって第一位の野郎じゃねえかッ!」
驚き桃の木とはこのことか。
なんと学園都市最強のLEVEL5である一方通行と第四位麦野沈利が仲良く歩いていた。
有り得ない。第一位と第四位のような凶暴な人格破綻者が、あんな穏やかな笑顔を浮かべているだなんて……明日には大量の隕石が降ってくるのか。
「おい十万三千冊の魔道書を記録しているとかいう禁書目録さんよ。この事態は一体全体どうなってやがるんだよ!? 魔術? 魔術? 魔術? 何で第一位と第四位が歩いてんだ!?」
「落ち着いて垣根! クールに、KOOLになるんだよ!」
「字が違ェよ! …………とまあ落ち着こう。冗談抜きでこれがどういう事態か分からねえのか?」
「確証はないけど、たぶん『御使堕し 』だと思う」
「エンゼルって事はなんだよ? 空から天使でも落っこちてきたってのか」
「そうだよ」
「……………………」
冗談で言ったのが真だったことに驚愕する。
「空や街の状況から推測すると、たぶん術式の効果は『天使を天使の住まう天界から人間界へと引き摺り下ろす』ようなものだと思う。 天使のいる天界は人間界の上位世界だから、その上位セフィラの天使が下位セフィラに術式で強制的に移動させられたせいで、地震みたいなものが起きて10のセフィラが形作る四界に影響を与えているんだよ!」
「…………というと、俺も入れ替わってるのか? それにしては俺の姿かたちもお前の姿かたちも全然変わってねえし、街の連中だって体が入れ替わってパニックになってねえだろ」
「術の影響下にある人間から見た場合は、 『入れ替わった肉体』じゃなくて『本来そこに居るべき人間』の外見を認識するから 入れ替わりには気付けないかも。逆に私のような術式の影響下から完全に逃れれば、『入れ替わった肉体』の方を認識出来るんだよ!」
「そうか。また『歩く教会』のせいか」
インデックスは垣根の未元物質すら跳ね除ける『歩く教会』を着ている。
恐らくはその防御力が御使堕しとやらも跳ね除けたのだろう。全く『歩く教会』様々だ。
「待てよ。じゃあ何で俺は大丈夫なんだよ」
「……なんでだろ?」
「おい! 十万三千冊の魔道書詰め込んでおいて『なんでだろ?』はねえだろうが! テメエは一昔前のお笑い芸人か!」
「失礼な。魔術のなんたるかを知らないていとくに、そこまで言われる筋合いはないんだよ!」
「ああ畜生。大体、俺が完全に術式から逃れてんなら、なんでローマの連中は俺の事を指さして天使だとなんだのって大騒ぎすんだ。影響下にある連中は入れ替わった魂とやらを認識するんじゃねえのか!」
「……もしかしたら、完全には影響から逃れられていなくて、影響下にある人からは、ていとくは『入れ替わった人間』のほうが認識されているのかも」
「というと、他の連中にとっては俺は『垣根帝督』じゃなくて別の人間になってるって事かよ」
「たぶんそうだと――――――――」
「惜しい。少し不正解だ」
「「!」」
唐突に男は現れた。
まるで移動してきた時間がなかったかのように、本当に瞬時にそこに出現した。学園都市のテレポーターのように。
「正確には他の連中は『入れ替わった人間』ではなく『入れ替わった天使』のほうを認識している。俺様のような影響下にない者は兎も角、今の貴様は他の連中が見れば大天使『ガブリエル』の姿として映っているということだ」
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