とある魔術の未元物質
SCHOOL53  大いなる 壁


―――出世の道は信用を得ることである。
実力だけで出世は出来ない。物事には信用が必要だ。例え実力があっても、いや実力があるからこそ信用がなければ警戒される。実力世界とはいうが、実力だけで全てを判断するのも誤りであろう。年功序列を絶対とするのも馬鹿馬鹿しいが、かといって年功序列を完全無視して、信用を考えず実力だけ重視するのもまた愚行である。








 学園都市の地下街は広い。
 それこそ一都市のショッピングスモールに劣らない程に広い。
 なにやら先日、学園都市の侵入者が暴れまわったせいで散らかっていたが、それでも数日で殆どそんな痕跡を残さない程に片付いているのは流石は学園都市のテクノロジーということだろう。
 しかしLEVEL4の大能力者、『上位次元』ことレイビーは全くそんな事を気にしてなかった。
 彼の心にあるのは唯一つ。彼のケータイについているストラップである。

「あはははは。わーい、ゲコ太だー。わーい」

「…………結局、キャラ崩壊ってどころじゃない訳よ」

 どこかげっそりとした様子で愚痴るフレンダ。
 それもその筈。
 レイビーが某ウニ頭の如く、勘違い要素全力全開スターライトブレイカーなセリフを言い、浮いた話の一つもなかったフレンダはほんのちょこっとだけ期待していたのだが…………これである。結局、カップルという事を証明する為にケータイで一緒に写真をとった時もこのゲコ太馬鹿はゲコ太の事しか頭になかった。
 フレンダが周りの暖かい視線を感じて赤面していた時の台詞など「うんこ我慢してんのか?」だ。色々と台無しである。鈍感な勘違いをするにしても「熱でもあるのか?」とか「風邪か?」とかだろう。よりにもよってレディーの前に「うんこ」発言とは如何なものか。
 うん。死んだ方がいいと思う。

「お前が俺の家に来た事を今日ほど感謝した事はない。ありがとう、お前がいてくれて本当に良かった」

「その台詞単体なら少しは嬉しいんだけどね。くっ……どうせLEVELだけ高いアホ能力者に、私の脚線美の魅力は分からないわけよ」

「ゲ〜コ〜太〜」

 ゲコ太ストラップを眺めるレイビーには、これでもかと言う程幸福の色に染まっていた。
 ここまで喜ばれると……まぁ少しだけ嬉しくはある。これはフレンダがお人好しという訳ではなく、電車でお年寄りに席を譲った時に感じる『達成感』のようなものだろう。
 良い年の癖してゲコ太なんて奇天烈なストラップにウットリしてるレイビーが不気味だったが、そこはスルーした。
 世界は広い。もしかしたらゲコ太ストラップに夢中なLEVEL5や軍用クローンだっているかもしれないのだ。

「というか、どうしてそんなストラップにそこまで夢中になれるのかなぁ〜?」

「そんな、だと! お前はゲコ太を侮辱するのか!?」

「誰のお蔭でそのストラップが手に入ったと」

「チッ……」

 よし、初めて勝った。
 心の中で小さくガッツポーズする。

「で、で、で! どうしてゲコ太ってカエルの何処が良い訳よ?」

「本当に素晴らしいものとは言葉に出るものじゃない。言葉を失うものだ。そして俺はゲコ太の素晴らしさを語ろうにも語るべき言葉を失ってしまう。つまり人類史上最高の芸術はゲコ太であり、人類史上最高の発明もゲコ太なのだ。オール・ハイル・ゲコ太、ジーク・ゲコ太、ジーク・カイザー・ゲコ太、ゲコ太万歳。GEKOTA! YOYO GEKOTA♪」

「ちょっとついていけないわ」

 それに尤もらしい事を言ったが、ただ適当にあしらわられただけの気がする。その証拠にレイビーの視線も注意もゲコ太に釘づけであり、こちらには全くといっていいほど向いてない。
 
(そんな事より、本当にどうしようかな……?)

 なにやらターゲットのスキルアウトは、外部の何物かと接触する為に学園都市外に出ようとしたらしいが。

(最悪、もう学園都市の外に抜け出しているかも)

 スキルアウトの排除の仕事を受けたのはフレンダだが、なにも学園都市に不法に外へ出ようとする能力者を捕縛ないし排除するような組織がない訳じゃない。表向きなら警備員がいるし、裏にはそれこそ物騒な部隊が結構ある。あの第一位の能力開発をした木原数多という男率いる『猟犬部隊(ハウンドドック)』などその最たるものだろう。

 それでも警備網とて完全無欠というわけにはいかない。
 LEVEL5クラスの超能力者が形振り構わず学園都市外に逃走しようとしたら阻止するのは難しいだろう。現に少し前、学園都市第二位のLEVEL5『垣根帝督』を逃走させるなんてヘマをやらかしたばかりだ。その報告を聞いた麦野が報復する機会を失って悔しそうにしていたのは記憶に新しい。

(だけど逃亡してない場合は……)

 どうにかして自分が見つけ出して排除しなければならない。
 滝壺や絹旗は兎も角、あの麦野にデカい事を言った挙句、失敗したとなれば間違いなく二階級特進コースに直行だろう。上半身と下半身が分裂した自分の姿がやけにリアルに思い描かれる。

(そ、それだけは絶対に嫌な訳よ! その前にどうにかして筋肉ダルマのスキルアウトを見つけないと!)

 しかし見つけて、それからも問題だ。
 忘れてはならないがフレンダは一度、そのスキルアウトに敗北したのだ。しかも相手の能力の詳細も分からない程速攻に。逃げる事だけは成功したが、今度再戦して勝てるかと聞かれれば怪しいものだ。

「……………………」

 チラリと隣で歩くレイビーを見る。

「んっ、なんだよ?」

 能力こそ明かしてくれなかったが、言葉の節々からLEVEL4の能力者という事は知っている。
 もし協力してくれれば……心強いかもしれない。

「おっ。近道発見。こっから行こ」
 
(でも、無理だよね)
 
 腕を引っ張って近道らしい裏路地を進むレイビーを見た。
 そこそこ付き合っていて分かったが、レイビーという男はある意味普通の男だ。特に善人という訳でもないが特別悪党という訳でもない。電車でお年寄りに席を譲ったりはするだろうが、車に轢かれそうな子供を命懸けで救いはしない。多少暴力を振るったり迷惑行為はするかもしれないが、かといって実際に泥棒や殺人をしたりはしない。何処までも中途半端で生半可な、そして世界に一番溢れているであろう人間だ。
 なんだかんだで自分を家に泊めてくれたのは、ただレイビーという男は超ド級のゲコ太マニアだったからに他ならない。

「よう。人襲った後は仲良くデートかよ、金髪の餓鬼」

「は?」

 思わず足を止める。
 目の前に壁があった。正確には壁のように巨大な男がいた。
 身長は2mに0.5をプラスしなければならない程。筋肉隆々、顔はゴリラのようにゴッツイ。野太い声はまるで熊のようだ。

「フレンダ。この人は……お前のお知り合いか」

「ええと知っていると言えば知ってるんだけど……」

 この男は。見覚えがあるどころでは済まない。

「結局、こいつは私の―――――――――――」

「殺し合い相手じゃごらぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 超大男の叫びに空気が振動する。
 ごめん、フレメア。お姉ちゃん、現在進行形でピンチな訳よ。
 ついでにレイビー、たぶん巻き込んだわ。めんごめんご。

「めんごで済むかぁああああああああああああああああああ!」

 心の声、読むなっつの。
 だけど…………本当にどうしよう?



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