とある魔術の未元物質
SCHOOL64 二人 と 一人
―――一人にすべての資質を求めるな。
人間には適材適所というものがある。野球選手にサッカーをやらせるよりも、サッカー選手にサッカーをさせる方がゲームは素晴らしいものになるだろうし、野球選手にサッカー選手の素質を求めるのは愚かな事だ。だが時として人は、一つの分野における天才は、もう一つの分野でも大成すると思ってしまう事がある。
その光景を、垣根はまるで信じられないような目で見ていた。
インデックスが垣根を庇った。あの斥力砲から。
流石の『歩く教会』もあの斥力砲の衝撃を完全に吸収する事は出来なかったらしく、衝撃を受けたインデックスは宙を舞い、ぽふっと垣根の前に落ちてきた。
「……なっ」
「良かった、無事だったんだね。ていとく……良かった……」
まるで痛みなどないように微笑むインデックス。しかしそんな事はない筈だ。『歩く教会』を着ていたインデックスが宙を舞ったという事は、衝撃を完全に吸収出来なかったのだろう。だったら多かれ少なかれインデックスにも痛みはあっただろう。最低でも宙を舞う程の。
プツリと、垣根の中で何かが切れた。
「何やってやがるんだ、この間抜けがっ!!」
インデックスの肩を強く掴んだ。やや怯えるような仕草をしたが、垣根にはそんなこと目に入らなかった。ただ怒鳴る。
「テメエは大人しくしてろって言ってんだろうが。邪魔すんじゃねえ、これは俺の戦いだ!」
「ひ、酷いんだよ! 私が割って入らなかったら、ていとくなんてポッポコピーになっていたかもしれないんだよ! 寧ろお礼を言ってほしいかも」
「ゴタゴタ抜かしてんじゃねえ。いいか、テメエはそりゃ知識はあるかもしれねえ。十万三千冊の魔道書ってものがヤバい力だってのも理解している。だがテメエは貧弱な糞餓鬼だ。戦いの邪魔にしかならねえんだよ。引っ込んでろ」
「そ、それは……私はていとくみたいに空を飛んだりできないし、魔術も使えないけど…………力には、なれるんだよ!」
「ならねえよ、づべこべ言わねえで言う事聞け!」
「私にだって……私だって意思はあるもん! ていとくの言う事ばっか聞くようなお人形じゃないんだよ!」
「人形、だァ!? テメっ、俺がいつ! お前を人形として扱ったてんだ、コラ」
思わずインデックスの首を掴む。
「……ほら、そうやって思い通りにしようと、してるんだよ……」
「!」
慌てて首を掴んでいた手をはなす。
垣根はどうしようもない吐き気に襲われる。
自分は……なにをしようとしていた? 力で脅して、或いは弱みを見つけて脅迫し、人間を思い通りにしようとする。それは垣根自身も嫌う、学園都市の統括理事会と同じものではないか。それを、やっていた。インデックスを人間ではなく、人形として扱っていた。
垣根は世界の誰にも思い通りに操られるのが嫌で魔法名を『自らの手綱は己が手にのみ』、傲慢としたが、これは方向性がまるで違う。上手く言葉にすることは出来ないが、これでは根底の意味が変わっている。
「――――――――おいおい。俺の前でラブシーンするのは止めてくれよ。嫉妬しちゃうぜ、俺」
劉白起が投げやりに斥力砲を放った。咄嗟に垣根はインデックスを抱き抱え飛翔する。撃った本人である劉白起にやる気が欠けていたお蔭か、どうにか垣根は斥力砲を躱すことが出来た。
「ええぃ、糞がっ! インデックス、話は後だ。先ずはこの糞中国人をぶっ潰す!」
「わ、分かったんだよ!」
こうなれば一か八かだ。
魔術と超能力を合体させて対抗する。理屈だとか理論だとか経験値だとかの話題は置いておく。自分は誰だ。垣根帝督、学園都市第二位の超能力者だ、未元物質を操るLEVEL5だ。不可能がどうした。不可能を可能に塗り替えてしまうのが『未元物質』じゃなかったか。
やってやる。やりのけてみせる。
「これ、で」
赤黒い素粒子の粒粒。それが一か所に集まり、摂氏8000℃を超える極炎となった。いや炎という表現は適切ではない。これは未元物質というものにより生まれた、この世に存在しない物質。既に未元物質に接触した事でこの世のものならざる物質となった以上、炎ではない。
以前、あのアックアという怪物の水を一発で蒸発させたほどのエネルギーだ。
しかし、ここまででは普通の能力行使。垣根は更にそこから一歩、踏み込む
(未元物質はこの世界に存在しない物質だが、物質である事に違いはねえ)
発電能力者や発火能力者と生成する物質や規模が違うというだけで差はない。
魔術が雷や炎を操れるというのなら、未元物質も操れるに違いない。確信も確証もなかったが、直感を信じる事にする。
「炎であって炎ではなく、能力であり能力でなく、魔術であり魔術でない。そこにいる、俺の敵を焼き殺せ!」
頭の中にある魔術の知識を総動員し、第二位の頭脳をフル回転させた。
5%の知識と35%の頭脳、そして60%の勘により生まれた詠唱。それが作用したのか垣根の生成した未元物質が形を変えていく。単なる物質でなく、赤黒い炎でもない。巨大な赤黒い未元物質の剣。
「ははっ、面白可笑しい真似してるようだが、それを待つ義理はないんだよな、コレが!」
敵は待たなかった。
三つの斥力砲が同時に放たれる。一つですら完全に防ぎきる事の出来なかった斥力砲が三つ。魔術がまだ上手く纏まっていない垣根に、それを遮る方法はなかった。そう、垣根帝督には不可能だ。しかしここにいるのは垣根だけではない。
「砲撃は自滅する」
突如、三つの斥力砲が進路を変え、斥力砲と斥力砲がぶつかりあった。核弾頭が大爆発したような炸裂音を響かせつつ、三つの斥力砲が弾ける。
「チッ、強制詠唱かっ。魔術が使えなくても、禁書目録は健在だったかっ!」
垣根には劉白起の驚愕が良く分かった。
そして千載一遇の好機が訪れた事も、理解していた。
「これで、喰らえ!」
未元物質と魔術。本来交わる事のない二つの異能の力。それが混ざり合った垣根帝督だけの魔術。未元物質というのがこの世に存在しない物質だというのならば、これはこの世に存在しない魔術。天上世界の方程式。
だがソレを放つ直前、赤黒い剣が崩壊していく。どうやら術式の構成が甘すぎたらしい。無理もないことだ。垣根はまだ魔術を完全に修得した訳ではない。寧ろ即席魔術にしては驚異的な出来といっていいだろう。しかし驚異的ではなく奇跡的に完全成功しなければ、劉白起は倒せないのだ。
悲しいかな。
垣根帝督にそんな悪運も幸運もない。あるのは単なる、切り札だけだ。頼りになる切り札だけだ。
「纏まって、もっと、もっと、もっと、もっと、鋭利に」
インデックスがまるで労わるように、守るように垣根の側で呟く。
強制詠唱は言ってみれば難題を解いている人間の耳に、出鱈目な数字を囁き混乱させるようなものだ。だが強制詠唱の使い方はそれだけじゃない。難題を解こうとしている人間の耳元に、正解やヒントを囁くことも出来る。インデックスが垣根にやっているのはソレだった。
赤黒い剣が、あるべき形になっていく。より鋭利に苛烈な、あらゆる物質を貫き焼き尽くす天上の業火。この世に存在しない魔術は、この世に存在しない物質を操る垣根帝督と、この世に存在する全ての魔術を知るインデックスによって完成した。
「ていとく」
「ああ、これで終わりだ―――――――――Break」
赤黒い剣が飛ぶ。
劉白起が何事かを呟き、一層巨大な斥力砲を繰り出してきたが、赤黒い剣はそれをあっさり掻き消すと、そのまま前進していく。周辺の水分や空気を燃やし尽くし、突進した。
声にならない絶叫。これで、
「俺の……違うか。俺達の勝利だ」
勝利宣言をする。
垣根の表情は、どこか戦闘前よりも晴れ晴れとしていたように見えた。
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