とある魔術の未元物質
SCHOOL74  血だまりに 沈む


―――みんなによく思われようとして懸命にやったとしても、人はたいてい気づいてくれないものだ。みんな自分のことを考えるのに忙しく、自分がどう思われているかを知るほうにご執心なのだ。
他人の目を気にする事は労多くて益の少ない行いだ。何故なら余程奇妙な行動をしない限り、他人の目というのは他人自身に向けられており、こちらには向いていないからだ。もしそれをことらに引き付けたいというのであれば、より印象的な行動をするしかないだろう。










「君と出会ってからある程度の時間が流れたが、これほど興味深い時間というのは久しぶりだ、アレイスター」

 垣根帝督にロシアへ行くよう唆し、未来において一方通行をも唆す金色の怪物。エイワスはここに居ない、されど『窓のないビル』で聞いているだろうアレイスターへ呟く。
 
「『上条当麻』と『一方通行(アクセラレータ)』そして『垣根帝督』。三者三様、三人が三人とも別の目的を持った主人公たちが、異なる願いを抱きこの街を駆け回っている」

 上条当麻なら打ち止めに助けを求められたから。 
 一方通行なら打ち止めを救出するために。
 垣根帝督ならサーシャ・クロイッツェフに借りを返すため。
 やや垣根帝督の動機だけは薄いが、その彼にしても行方不明になったインデックスを探すという新たなる目的ができた。

『……プランは順調に進んでいる。ローマ正教のこの動きは想定内だ。寧ろ「未元物質(ダークマター)」がスペアからセカンドに上がったことで、より短縮出来たと言っていい』

「アレイスター。君にとって重要なのは『未元物質(ダークマター)』であって『垣根帝督』ではないのかもしれないが、私が興味深いのは『垣根帝督』であって『未元物質(ダークマター)』ではないよ」

『貴方がそこまで垣根帝督に入れ込むのは、彼が超能力者でありながら魔術師への道を開花――――それも所詮は垣根帝督が実現してしまった奇跡の一部に過ぎないが、そうなのか?』

「必死じゃないか、アレイスター=クロウリー。元世界最高にして現故世界最悪の魔術師とは思えない言動だ」

『エイワス、貴方はどちらの味方だ?』

「どちらだろうな。ただ少なくとも――――――」

 金色に発行する髪を撫で上げる。
 エイワスの立っているビルの屋上からは学園都市の光景が一望できた。上条当麻や一方通行、そして垣根帝督の戦いを生で観戦することができる。アレイスターなどはモニターで眺めればいいなどと言う雅のない事を言いだすだろうが、エイワスはこういう人間らしい行いに興味を見出していた。
 そして返答を迫るアレイスターにお望みの答えを下す。

「私は君の敵では、ないよ」

『…そうか』

 ただし、今のところは。
 肝心な最後の一言は口には出さず、エイワスは再び観戦に戻った。
 傍観者は傍観しているからこその傍観者。
 未だにエイワスに当事者となる気はない。



 当初の戦術は初っ端から躓いた。
 明らかにこれは垣根のミスである。魔術師であるアックアがまさかインデックスを殺すような真似をしないだろうし、『歩く教会』があるから大丈夫などと鷹をくくっていたが、それは選択ミスだった。まさか放り投げるなんて原始的な方法でインデックスという戦力を無力化するとは、文明人である垣根には到底思いつかない方法だ。
 
「この原始ゴリラがっ!」

「何とでもいうがいい。禁書目録を失った今、貴様に私に勝つ手札が残っているのか」

 地面からアックアの得物である巨大なメイスが現れる。
 垣根帝督は知っている。あのメイスの破壊力を。一閃されればトラックだろうと高層ビルだろうとジャンクにしてしまうような力を。未元物質ですら防御しきれない。

(兎も角、距離を取る!)

 こうなれば最初から戦術を練り直しだ。
 アックアが超高速で地面を滑りながら、距離を詰めてくるが、垣根も最高スピードで離れていく。不幸中の幸いか、科学の街である学園都市で数百tの水を操るような派手過ぎる術式を公開する気はないのか、ロシアで見せたような馬鹿みたいな水魔術は使ってこなかった。それ以前に速度もロシアの時よりも若干遅いような気がする。

(…………まさか様子見?)

 というのは有り得ないか。
 アックアは劉白起のように遊ぶ性格ではないし、仮に様子見だとしてもロシアでの戦い以上に手を抜く理由はない。まさか全力を出し切れていないのか。学園都市がなんらかの妨害をした?

 偶然だったが、垣根の予測は正解であった。
 アレイスターが発動させた虚数学区。不完全ながら新たなる異界を作り出した学園都市内において魔術行使をすれば多かれ少なかれの反動がくる。アックアのような聖人なら反動程度でどうこうなりはしないが、それでも術式の調整のために若干魔力のキレが落ちていたのは確かだった。
 しかし、アックアの力が落ちても。

「背後ががら空きである!」

 垣根の後ろにあった水たまりからアックアが飛び出してきた。水を利用した空間移動術(テレポート)。かなりの高等魔術。
 不意を突かれた垣根は防御が遅れ、結果的にアックアのメイスの一薙ぎをどうにか白翼で防いだだけで、満足のいく防衛がとれなかった。
 野球ボールのように飛ばされた垣根はビルの外壁にぶつかり、そのまま重力に従い落下する。四肢が地面に激突する寸前、垣根はどうにか体勢を立て直し再び宙に浮いた。

「手札は山ほどあるって事かよ、アックア」

「装備が多ければ、それだけ戦術の幅が広がる。ただ一つの事を極めたその道におけるプロフェッショナルというのは聞こえはいいが、戦場において求められるのは単一ではなく万能におけるプロフェッショナルである」

「同感だ……手札ってのは一枚だけじゃ足りねえ」

 垣根が一番それを痛感している。だからこそ魔術なんてオカルトに身を委ねたのだ。プライドに蓋をしてエリザリーナに頭を下げてまで、魔術という力を手に入れた。

「どうした? ロシアで私を倒した『光翼』は見せないのであるか。それとも、アレは単なる幸運の結果なのか」

「耄碌してんじゃねえよ、糞が。あんな光翼なくても、テメエ一人を対処するくれえは楽勝なんだよ、俺をあんまり舐めてんじゃねえ」

 小馬鹿にしたように垣根はゆっくりと地面に降り、そして崩れ落ちるかのように壁を背にして座り込んだ。流石にメイスのダメージは効いたのか、全身からは夥しい血を流している。

「よくよく考えりゃ、俺には無理してテメエと戦うような理由はねえ。ムカつくがな」

「逃げるのであるか。それも良いが果たして逃げられると」

「まだ気づかねえのか、この原始人」

「!」

 二人の戦った街中には垣根の血液がばら撒かれていた。しかし魔術師としても超一流のアックアにはそれがただ無作為にばら撒かれた訳ではないのだと瞬時に理解していた。
 魔法陣などを描くにおいて最も適しているのは人間の血液とされる。その血液が信号機の黄色や横断歩道の白線を正しい位置で赤く染め上げ、窓の割れた玩具屋の蛇のぬいぐるみには赤い光点が。なにより垣根帝督の座る地面には垣根帝督自身の血液で血だまりが出来ていた。
 垣根にはアックアのように詠唱を省略するなり簡略化して、魔術を行使するのは難しい。転移一つするにしても面倒な手続きがいる。

「あばよ、糞野郎」

 右手の中指を立てて見せると、垣根は血だまりの中に沈んでいった。

「血液を利用した空間移動(テレポート)。命知らず、である。しかし、読み負けたか」

 もし垣根帝督がアックアに圧倒的に勝るものがあるとすれば、それは一つ。
 頭脳だ。学園都市最強の怪物が脳にダメージを負った今、学園都市最高の頭脳の持ち主は垣根帝督なのだから。



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