とある魔術の未元物質
SCHOOL77  劣 悪 環 境


―――老人は再びの子どもである。
年齢を重ね年をとると幼児退行するというのは珍しい事例ではない。寧ろ良くあることだ。人生で最も大人である時期とは中年の頃であり、それ以後は徐々に幼くなっていく。年よりは頭が固いと比喩されるのもそれが原因かもしれない。しかし悲しい事に、世の中の政治は幼い老人が動かしているものだ。









 本来、科学サイドにとって天使なんてものはオカルトでしかないはずだ。少なくとも垣根はそう思っている。自分自身の能力が天使みたいな翼が生えるという事で、多少妙な事を感じてたりはしたが、学園都市がオカルトと無縁だという考えを、今の今までは持ち続けていた。
 しかしそれは崩れる。他ならぬ学園都市のど真ん中に科学的な天使が降臨したことによって。

(アレイスター=クロウリー)

 イギリス清教の追撃を受けとっくの昔に死亡した筈の魔術師。現代の七割の魔術師はアレイスターの影響を受けているといってもいいほど偉大な成果を残した大魔術師であり、ある日一転して魔術サイドを裏切った最悪の魔術師のこと。それは偶然にも科学サイドの長である統括理事長と同姓同名。もしやと思っていたが、これはもしかするかもしれない。
 
「インデックス……あれ、分かるか?」

「……私の頭の中にある魔道書と形や構成なら似てるよ。でも使われてるパーツが滅茶苦茶。絵柄で大体なんなのかは予測はつくけど、その奥までは踏み込めない」

「だろうな」

 インデックスは魔術サイドにおける最高峰の知識の持ち主だが、科学サイドにおいてはそこら辺の学生にすら劣る知識量しか持たない。科学サイドでも最高峰の頭脳の持ち主である垣根帝督に言わせれば、あの『天使』の構築にはAIM拡散力場などという科学が大いに含まれている。

(しかしインデックスが予測はついたってのは重要なピース。間違いねえ、あの天使には魔術的知識が確実に盛り込まれている。魔術的数式で科学的物質を生み出してやがるのか)

 ならこれは垣根と異なる場合における科学と魔術の融合といっていいだろう。
 この数式を解くには魔術と科学、双方において深い知識が必要だ。しかしインデックスは魔術においては完璧な知識量だが科学には疎く、未だ垣根は魔術を完全に理解しきれた訳ではない。

 垣根にはこの天使を無視してさっさと学園都市から離脱するという選択肢はあった。しかし同時にこうも思っていた。あの天使をここで止めなければ後悔する、と。明確な理屈があるのではなく、胸の内から湧きあがる直感がそう告げているのだ。
 本来なら垣根はそういったオカルトな予感に頼ったりはしないが、相手が科学的にも魔術的にも説明しきれないようなイレギュラーとなっては、直感というのは唯一つ垣根が持つ情報源である。

「インデックス、あれを止める自信は?」

「私一人じゃ無理。あそこにいる『天使』とそれを統率している『核』が別々の場所にあるのは分かるんだけど」

「なら『核』をどうにすりゃいいんだな」

「ていとくはあの『天使』の仕組みについて、なにか分からない?」

「俺を誰だと思ってやがる。あの程度、鼻歌交じりに理解してる」

 嘘ではなかった。既に垣根は頭の中で『天使』に使われているであろう材料や模様を頭に思い描き、それをどうにか設計図にするところまでやり遂げていた。後はそれに使われている魔術的構成さえ入力できればあの『天使』はどうにかなる。

「サーシャ、お前は?」

「第一の解答ですが、私にはインデックスほどの知識量はありませんし、貴方ほど科学に聡くありません。悔しいですが、戦力外です」

「そっか」

「私は住民の避難を手伝いたいと思います。『天罰術式』で逃げたくても逃げられない人々がいるかもしれないので」

「頼んだんだよ、さーしゃ!」

「ご武運を」

 サーシャは魔術で身体能力を強化したのか、人間離れした身体能力で夜の学園都市を駆けていく。垣根はそれを目で送ると、インデックスを抱き上げる。俗にいうお姫様だっこの形だったが、これ以外に効率よく運ぶ方法がないのだから仕方ない。生えている羽が邪魔で背中にのせることは不可能なのだ。

「核の場所は」

「うん、大丈夫。術式と『天使』の構成から予測できるよ」

「ならっ」

 足で地面を蹴り、そのまま空へと飛び上がる。
 飛翔、というのは垣根からすれば歩くのと同じ自然な動作の一つでしかない。あの『天使』までそれなりに距離はあるが、空を飛んでいけばビルなどの障害物は無視して一直線でいける。
 しかしそれを邪魔する人間がいた。アックアだ。

「ここから先は行かさないのである」

 地面から伸びる水柱を足場にして、アックアがメイスを構える。
 どうにもこうにも、垣根の行く先々障害物だらけだった。

「またお前か。こっちは急いでんだ、失せろゴリラ」

「断る」

 問答の余地もない。
 こんな所でアックアなんて強敵とちまちま戦っていたら時間が掛かりすぎる。早く勝負を決めたくても、この男相手に勝負を急げば返り討ちになるだろう。一刻も早く天使の『核』をどうにかしたい垣根としてはこんな男に構っている時間は惜しい。
 頭をぎゅうぎゅう回転させ、良案を考える。
 そしたら、あるではないか。なにも『核』を破壊するのに二人揃って行く必要はない。一人でも『核』のある場所に辿り着けたのなら、後は携帯で指示をすればいいだけだ。

「おいインデックス、アックアに投げられた時、痛かったか?」

「ううん。『歩く教会』はあらゆる衝撃を吸収しちゃうからね。空を飛んでくのは恐かったけど、特に痛くはなかったよ。あのピコピコも無事だったし」

「そりゃ上々」

 科学の進歩というのは素晴らしい。街灯の明かりは夜でも街を照らしてくれている。『核』があるらしい場所についても大まかな位置はインデックスに聞いていた。
 インデックスの頭を掴み、思いっきり振りかぶって――――――――。

「ちょ、ていとく、まさかっ!」

「大インデックスボール一号ッ!」

 投げた!
 まるで重力に逆らって空に落ちる箒星のように、白い流星となったインデックスは学園都市上空に巨大アーチを描き飛んでいく。

「さて、遊んでやるよ、アックア」

「…………私が忠告するのも妙な話であるが、ヒロインの扱い方とは思えんのである」



 トマス=プラチナバーグという12人しかいない統括理事会の一人の部屋から、『猟犬部隊』とそのリーダー『木原数多』の待機場所を記した情報を得た一方通行は杖代わりのショットガンを足に、外へ出る。天候は相も変わらずの雨天。まるで学園都市の状況を如実に示しているようだった。

 打ち止めはあの『天使』で学園都市の侵入者を撃退するために使われているらしい。その為に脳を弄る為に妹達(シスターズ)に知識や技術を植え付けた『学習装置(テスタメント)』も使われているらしい。

 その情報は一方通行を激怒したが、同時に希望が見えてくる情報でもある。
 『学習装置(テスタメント)』を使って脳を弄る以上、木原はまだそれを所持しているだろう。そして少なくとも侵入者とやらを撃退するまでは打ち止めは生かしておかなければならないはず。

 まだ終わっていない。
 失っていない。
 一方通行のこれからの働き次第では取り戻せるかもしれないのだ。

 闘争心とも使命感とも捉えられる感情が湧き上がる。同時に激情に支配されたりはしない。一方通行は木原数多のことを過小評価していなかった。アレは狂人であるが頭のキレる狂人だ。狂いながらも理性は失っていないし、邪悪な性根と共に冷酷な戦士としての思考を持っている。しかも厄介な事に木原数多には『反射』の膜すら通用しないのだ。

(木原を殺してあのガキを捥ぎ取りゃイイ。ははっ、ヤル事分かるとヤル気が出るねェ!!)




インデックスの扱いが悪いような気もしますが…………いえ、気のせいです! きっとそうです。ええ、これは垣根のインデックスに対する信頼の裏返しなんです。

と、言い訳した所で。そろそろ次章予告といきましょう。



特報!

――――――事件は、一人の少女から始まった。

「ふふっ、友達とは素敵な表現ね。ちょっと不正解かな。私は帝督の部下……というより元部下よ」

彼女は『心理定規(メジャーハート)』。嘗てスクールのリーダーだった垣根帝督の部下であり、恐らくインデックスという少女が現れるまで最も彼に近かった少女。

「顔赤くすんな。これだから精神操作系能力者って野郎は」

躊躇いつつも、垣根は心理定規を無下に追い返しはしなかった。

その『甘さ』が最悪の事態を招くとは知らずに。

「あなた、本当に変わったわね」

「あン?」

「そして人間として、とっても強くなった」

口では否定しつつも、心地よい時間。

しかし、全ては悪魔の脚本に過ぎなかった。

「早く学園都市に戻って、私を助けて。さもないと、私殺されちゃうわ」

タイムリミット不明。

真意不明。

敵軍総兵力――――――230万人。

『遺言があれば聞いておこう。能力を失った君にもう「オジギソウ」から逃れる術はない』
――――――学園都市の暗部組織『メンバー』のリーダー、博士。

「ぬかしてんじゃねえよ、この糞早漏野郎がっ! テメエの●●、この場で握り潰してやろうかァ!」
――――――『アイテム』のリーダーにして第四位の『原子崩し(メルトダウナー)』、麦野沈利。

「……人間の命ってなんなんだろうな」
――――――元スキルアウトのリーダーにして現『アイテム』下っ端、浜面仕上。

「喋っちゃったから、かな…………やっぱり私が悪い、のかも…やだ――――まだ、死にたく、フレメア、お姉ちゃんは……」
――――――『アイテム』の正規構成員の一人、フレンダ=セイヴェルン。

「さようなら」
――――――LEVEL4の『上位次元(オーバーフロー)』、ベルンフリート=レイビー

「心理定規、見ーつけた。かくれんぼ終了で、いいよなこれで」
――――――二つの異能を得たLEVEL5の超能力者にして反逆者、垣根帝督。

「私の意志よ、これは正真正銘の」
――――――垣根帝督の元部下にして最も近かった少女、心理定規(メジャーハート)

そして――――――、

「もっと面白いことして盛り上がろォぜ。悪党の立ち振る舞いってのを教えてやるからよォ」

序列にして唯一垣根を超える怪物。

学園都市第一位のLEVEL5、『一方通行(アクセラレータ)』。

「俺の『未元物質(ダークマター)』に、その常識は通用しねえ」

第一位のLEVEL5と第二位のLEVEL5が遂にぶつかり合う。

来たるべきは、

「一方通行ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「垣根ェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

―――――――――――覚醒。

光翼と黒翼が交差する時、物語は加速する。



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