とある魔術の未元物質
SCHOOL79  赤い 電気


―――ふたりはひとりにまさる。
何を当たり前の事をと思うかもしれないが、数少ない真理でもある。もしもこの世界に男一人しかいなければこの世界はやがて終焉するだろう。しかし男と女が一人ずついれば、数を増やし人間という種を確立することが出来る。二人というのは一人に勝るのだ。








『死ぬなよ』

「お前もな」

 垣根は要らぬお節介をやいてくれた男との会話を打ち切る。忠告はした。後はどう動こうとそれは垣根の預かり知らぬこと。友人の為だか何だか事情があるようだが、それを手伝ってやるほど垣根はお人好しではないし、そんな暇もなかった。

「終わったか?」

 アックアが確認してきた。

「ああ」

 それにしても話が終わるまで待ってくれるとは、このアックアという男……もしかしたらゴリラ体型の癖に空気が読める男なのかもしれない。それと重要な事がもう一つ、アックアの行動で読めた。

(こいつの目的は俺やインデックスじゃねえ)

 薄々は感づいていたがこれで確信が持てた。もしも垣根の命を狙っているなら電話している隙に襲ってこないのは妙だし、この期に及んで正々堂々の騎士道精神に目覚めたわけもないだろう。それにインデックスもアックアは執着している様子はなかった。

(ヴェントは『上条当麻』が目的って言ってやがった。となるとアックアが当初の予定ってのを崩してまで俺を襲ってきたのは)

 足止め、それがしっくりくる。
 どうにもアックア達はこの学園都市でなにやらよからぬことを企んでおり、その計画に垣根が邪魔になると踏んだのだろう。それでアックアという戦力を垣根の足止めに当てた。
 その証拠という訳でもないが、アックアからはロシアの時のような明確な殺意のようなものは感じられない。

(さーて、そゆことなら俺も好都合だ。悔しいがアックアの糞野郎と戦って100%勝てるって保障はねえ。防御に徹して)

「様子を見る、などと考えているのではあるまいな」

 アックアのメイスが白い障壁により弾かれる。代償の障壁もボロボロに崩れてしまった。垣根は不敵な笑みを浮かべて見せた。

「そう考えられるほど楽な相手なら、俺としても大助かりだったんだがな」

 アックアほどの男が単なる『足止め』だけのつもりで留まるものか。ついでに垣根帝督を抹殺するくらいの気持ちで足止めをするに違いない。
 遠慮は無用、不要だ。垣根も殺すつもりでアックアと戦うのみ。白い翼がみるみる膨れ上がっていく。学園都市に出現した天使ほど巨大ではないが、人間が生やすサイズにしては比率が可笑しすぎる程巨大な翼。これでいい。この力、とっくの昔に第一位と第二位の序列は入れ替わっている。世界中の軍隊と戦っても打倒できる確かな予感。
 未元物質というこの世ならぬ法則がこの世を侵食していく。手始めにそれは重力に現れた。人間が耐えられる限界を優に超えた重力が垣根の周囲に襲い掛かった。ビルや建物が崩壊していく。超大な重力に耐えられなかったのだろう。しかし肝心のアックアは耐えていた。全身に水の膜――――ただの水ではなく結界の一種なのだろう――――――を張って重力場から逃れていた。

「行くぞ」

 膨大な量の演算が垣根の脳を飛び交った。
 アックアの水の魔術。多種多様の変化をし、時には水の槍が、時には呪いが垣根帝督一人を殺すために飛び交う。それら全てを垣根は対処しなければならなかった。

 ある程度、段階を踏み越えた能力者や魔術師同士の戦いは単なる力と力のぶつけ合いではなく、複雑怪奇にして千変万化の頭脳戦にも似ている。どのようにして相手の予測を上回り、予期せぬ一撃を叩き込むか。どのようにして相手の防御を掻い潜り撃滅するか。そしてどのように相手の攻撃を適切に対処するか。両者の間に目に見えぬ攻防が繰り広げられる。目に見える戦いも烈風が問い水槍が飛びと派手だったが、それ以上に見る者が見ればその頭脳合戦に驚愕しただろう。
 しかし勝負の神は唐突にアックアに微笑んだ。

『ていとく、質問!』

 懐に仕舞った携帯電話からインデックスの声が聞こえる。つまり辿り着いたのだろう。天使の核に。同時に意識を一瞬でもそちらに向けてしまった為、僅かな隙をアックアに与えてしまった。強力な水の鞭が垣根の防御を掻い潜り、痛烈な一撃を浴びせた。耐え切れず垣根は地面に落下していく。

「畜生がっ! 電話中は攻撃しねえのはマナー違反だろうが……」

 嫌味を言いつつ落下していく垣根だったが、寸前で防御を張ったお蔭で完全な直撃は免れていた。骨が何本かやられたかもしれないが、それは治癒魔術なりで治療すれば済む事だ。一度咳き込むと、垣根は出来る限り平静さを取り繕い携帯に出た。

「で、聞きたい事はなんだ? 手短に言え」

 そう言う間にも垣根はみるみる地上に近付いて行ったが気にも留めていなかった。垣根はまるで洗濯物を取り込みながら友人と会話するような平静さでインデックスと話していた。

『脳波を応用した電子的ネットワークって何!?』

 インデックスの質問に、第二位の知識をフル活用して解答していく。

『学園都市に蔓延しているAIM拡散力場っていうのはどういう意味!? そ、それに脳波を基盤とした電気的ネットワークにおける安全装置っていうのは!?』

 垣根は全ての問いに正しい解答を与えていく。
 インデックスと垣根帝督、二人は其々魔術サイドと科学サイドの専門家だったが、その二つの専門家ではない。ならどちらか一方がもう一方の知識を補強すれば、あの天使はどうにかなる。

「やれるか?」

『やってみる!』

 強い返答。それを聞いた直後、垣根の体は地面へと激突した。しかし垣根は無傷。落下の衝撃を未元物質でほぼゼロにしていたのだ。それでも水鞭のダメージはそれなりに痛かった。痛みを我慢して垣根は立ち上がると、近くに十人ほどの気絶した覆面兵士と何処かで見覚えのある短髪がいた。

「誰かと思えば常盤台の『超電磁砲(レールガン)』じゃねえか。なにしてんだよ、こんな所で。もう中二の餓鬼はお休みの時間だろうが」

「それはこっちの台詞よ! てかアンタ、前にゲコ太のパジャマを買いに来てた人じゃない!? にしてはキャラが違いすぎるし」

 そういえば前に会った時は猫を被っていたか。垣根はどうでもいい記憶を思い出しながら溜息をつく。

(だが超電磁砲かぁ…………使えるかもしれねえ)

 心の中でニヤリと邪悪に笑う。
 
「なぁ第三位。時間がねえから必要事項だけ言うぞ。もう直ぐここにお前より格上の第二位のLEVEL5でも勝てるか分からねえアックアってやつがくる」

「第二位! まさか……アンタ」

 胡散臭そうに御坂は垣根をじろじろと推し量ろうとする。

「そうだ俺が第二位の垣根帝督……と、それはどうでもいい。重要なのはアックアだ。そのアックアって野郎は女子中学生を目茶目茶に犯す事を至上の悦びにしているガチムチの変態野郎だ、しかも強い。第二位が苦戦するほどにな」

 御坂の顔がどんどん青くなっていくのが良く分かった。垣根はチャンスとばかりにここいらで畳み掛けに入る。

「そこで、確かMAXで十億ボルトだったよな。その電撃をただ放出しろ。操作しようと考えず、ただ単に放出すりゃいい」

「は? 何を言って……」

「早くしねえと変態が來るぞ!」

 変態という単語に益々御坂は絶望に歪む。もしかしたら変態という単語に心当たりや実例みたいなものがあるのかもしれない。ワシリーサという特大の変態の被害に会い続けるサーシャを思いだし、垣根はやや同情的な視線で御坂を見た。
 垣根は巧みな話術で御坂を誘導していき、どうにか十億ボルトの電撃をただ放出することだけを約束させることに成功する。

(アックアの野郎はロシアで回り中の氷を溶かして、水として利用していた。てことは)

「ほら、やったわよ! でもどうするの、ただ放出するだけじゃ」

「これでいい」

 垣根の未元物質が十億ボルトの電撃を侵食していく。未元物質と混ざった事でこの世ならぬ電撃となった電撃はもはや電気ではなく別のものだった。赤くパチパチとうねる電流に、更に魔術的法則で補強した。

「ちょ、これ?」

 電撃を放出した張本人である御坂美琴には、電気が電気でなくなっていくのが分かるのだろう。ただわかったからといってもう垣根に止める理由はない。赤く膨大な電撃ならぬ電気。アックアがこちらに猛スピードで接近しているのを察知する。それに合わせて、その赤い電気のようなものを解き放った。
 余りのも測定不能なエネルギーの渦は周りのビルを丸ごと倒壊させながら、アックアに迫る。垣根は見た。アックアが紅い電気に呑みこまれる光景を。そして何らかの魔術でダメージを負いながらも、その場から消失し逃走する光景を。やがて電気が収まると、静寂だけが残った。

「一体なにが?」

 第三位御坂美琴はなにがなんだか分からないようだ。赤い電気といい垣根帝督といい、混乱する要素はたっぷりあるのだが、それを一々説明してやるほど垣根はおせっかいではない。用事を済ました垣根は白翼を現出させる。

「じゃあなお嬢ちゃん、今度こそ寝ろよ」

「待ちなさい! アンタ――――――」

「聞かねえよ。こっちも時間がねえ」

 ぴしゃりと言い切ると、垣根は再び大空へと飛翔していく。
 魔笛が科学の街を支配し天使を眠らせる。
 この日の終わりは近いのかもしれない。



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