とある魔術の未元物質
SCHOOL80 カウント ナイン
―――宿命。
英雄譚や物語には宿命の対決と呼称される決闘がよくある。少年漫画における好敵手同士の対決など、まさしくそれに当たるだろう。宿命とはなんなのか。ある時は兄弟であり朋友であり親類であり、そして怨敵だ。垣根帝督にもし怨敵がいるとすれば、それは誰なのだろうか。
この戦い、勝った!
『猟犬部隊』のリーダーであり、学園都市有数の研究者でもある男、木原数多はそう確信した。ミサカネットワークによる演算補助がバッテリー切れを起こして尚も一方通行が立ち上がったのには、正直面食らったがそれも終わりだ。
木原としては言語含む計算能力を失っても、執念で立ち上がるなんて精神論的な出来事なんて信じたくもないのだが、実際に発生してしまったのだから認めるしかない。しかしミサカネットワークの演算補助はもう電池切れ、これはもう確実なのだ。つまり学園都市最強のLEVEL5として君臨していた『一方通行』は単なるLEVEL0にまで落ちた。
ベクトル変換、そして『反射』の膜を失った一方通行には核ミサイルどころか、ちょっとばかし金を払えば手に入る手投げ式手榴弾一つでお陀仏である。
木原の前には手榴弾により煙が立ち込めていた。これが晴れれば一方通行の無残な死骸が姿を現す筈だ。ついこの前まではどのような攻撃も『反射』して、最強気取っていた小僧の死体がある。
(アレイスターは、量産品の餓鬼は殺すなっつったが、それ以外なら何をやってもいいんだよなぁ。ならあの変な歌を続けてるシスターともども、取り敢えず手土産にコイツの死体でも押し付けて、自我をぶっ壊してやるか)
打ち止めを守るナイト様はもうこの世にいない。あの白い修道服のシスターが何者なのかは知らないが、まさか一方通行を超えるナイト様がついているなんて事はないだろう。
しかしそんな木原の未来予想図は、正面から頭を鷲掴んだ何者かのよって邪魔された。
「…………ッ!」
木原の前に誰かが立っている。
順当に考えれば一方通行なのだが、それはないはずだ。能力を失った一方通行はその辺の高校生に劣る身体能力しかもたない。熟練した戦闘のプロフェッショナルとかいうならまだしも、あの手榴弾から逃れる方法はなかった。彼の反射が回復したというのも考えられない。第一、ゼロになった電池がいきなり復活する訳もないし、なにより木原を掴む腕には煤がついている。反射の膜が再生していたのなら、こんな煤でさえも完璧に反射するだろう。
「どうしてだよ……」
しかし現実に木原の前に立つのは一方通行だ。木原に腐るほど殴られて顔はアザだらけでボロボロだったが、間違いなくそれは一方通行だ。普通なら木原はどうして一方通行が生存しているのかについて考えを巡らせる所だったが、それら全てを無視して木原は一つの事柄に絶叫する。
「どうなってんだよ、その背中から生えてる真っ黒な翼はァあああ!?」
翼というよりは噴射に近かった。あの第二位のLEVEL5『垣根帝督』がその能力を全力で発動する際に現れる白翼ではなく、これは学園都市も知らぬ事だが垣根帝督がロシアでアックアという怪物を相手した時に噴出した光翼に、色を除けば現象は非常に似通っていた。
(この野郎……!)
一方通行の能力は『ありとあらゆるベクトルを支配下に置く』というもの。『一方通行』という能力を開発した張本人である木原は、もしかしたら一方通行以上にそのことを理解している。だがこれはなんだ。ミサカネットワークによる演算補助を失った一方通行には、1+1の簡単な計算すら出来ないような廃人。複雑な計算を必要とする能力なんて使用できない。だが現に一方通行はなんらかのベクトルを操り、しかも黒翼といった明らかに非科学的なものを現出させている。
科学では説明がつかないが、木原クラスの研究者にはたった一つ心当たりがある。
オカルト。
何千何万という数式を探求していくと、そういった影を見つけることがあるのだ。科学だけではどうも説明できないような存在を。第一、木原はそれを目撃している。学園都市に突如として出現した天使、黄色いフードを被った女。外傷もなく倒れていく学園都市の住人達。
もしも一方通行が科学ではなくオカルトを『自分だけの現実』に入力したのなら、オカルトを扱うのに果たして科学的数式は必要なのだろうか。
(AIM……おい。まさか……天使だのなんだの、あの力の正体は!?)
相手はそんなこと気にも留めない。
更に木原の頭蓋骨を圧迫すると、
「うっ、後ろ……気づいてんのかよ、化け物」
「ihbf殺wq」
黒翼が爆発的に噴射する。木原は一方通行の掌から吹き出す、正体不明のベクトルに襲われ遥か宙へと飛ばされていく。砕けた窓から放り出され、そのまま音速の十倍を超えた速度で夜空を掻っ切った。余りの速度にプラズマ化したオレンジ色の残像が尾を引いていく。
生死など、わざわざ確認するまでもない。
インデックスは歌を終えると、倒れた一方通行に駆け寄った。
「だっ、大丈夫なの!?」
一方通行は返事をしない。できなかった。ミサカネットワークによる演算補助を失った彼は、どうやら心配されているらしいという事柄を知っても、どのように対応するかという計算ができないのだ。故に一方通行はただ倒れ、視線は彷徨うばかり。
インデックスは脳に記録された知識を引っ張り出し、一方通行の容体を確認していく。命の危険はないようだが、体はボロボロ。幸いなことに後遺症となるような致命的ダメージはなさそうだ。最後にあの翼の噴出していた翼をぺたぺた触り確認していく。
「なにもない?」
確かにさっきは黒翼があったのに、今の一方通行の背中には翼どころか、衣服が破れてる様子もなかった。科学的だけでなく魔術的観点でも、一切の痕跡はなかった。
(……力場は『天使の力』に告示していたけど、実質的には全然違った。そもそも、悪魔学の実用は普通の『天使の力』とは別物だし、あんなもの聖人でも纏められるかどうか)
なによりインデックスにはあの『黒翼』に似たものを一つ見た記憶がある。忘れもしないロシアで瀕死の重傷を負った垣根が現出させた、通常の白翼とは異なる『光翼』。なるほど、並べてみれば黒と光というのが闇と光に思えて妙なものだった。しかしインデックスは垣根の『光翼』と一方通行の『黒翼』もまた微妙に違うものだろうと思っていた。魔術的法則だけでは説明がつけられないのだが、魔術的だけでも何かが違うのだ。
しかしインデックスには『黒翼』の正体を探ることよりも優先事項があった。打ち止めは峠を越えたとはいえまだ眠ったままだし、一方通行に至ってはボロボロだ。インデックスに魔術が扱えれば治癒魔術を使うところだが、それが出来ないとなると医者に連絡するのが一番いいだろう。
「まっ、待っててね! 今お医者さんを呼んでくるから! あの子はもう大丈夫だから、貴方も倒れちゃ駄目だよ!」
垣根帝督はなんとも言えぬ不思議な感覚に囚われた。なんというのだろうか。まるで遠く離れた何処かで自分に似た何かが新たに誕生したような、そんな悪寒と歓喜と醜悪が混ざり合ったような。ロシアでの光景がフラッシュバックする。脳天が割れ、そこから何か垣根も知らぬ現象が湧き上がってきたあの時。白翼が弾け、新たに噴出してきた光翼。垣根は吐きそうになったが堪える。サーシャと連絡をとると、もうこちらに向かってきてるそうだ。
あの学園都市に現れた『天使』は消滅している。垣根自身の目で確認した。インデックスが上手いことやったらしい。
「ていとく!」
インデックスが嬉しそうなほっとしたような声をあげ、垣根にパタパタ近づいてきた。傷一つないのは、やはり『歩く教会』の恩恵だろう。
「あのビルに白い人と女の子がいるからお医者さんを呼んで!」
「いきなりご要望とは洒落てやがる。おまけに面倒臭ェ」
しかし逆に考えれば、まだいい方だ。医者を呼ぶだけなら電話で110……じゃなくて119すればいいだけである。ただその必要もないようだった。視力を魔術で強化すると、あっさりとインデックスの言うビルは見えた。そこに通常警備員の物と仕様の異なる駆動鎧が多数いるのも、確認できた。元暗部組織のリーダーである垣根には連中の正体なんて簡単に予測できた。あれも恐らくは『スクール』と同程度の機密を持つ暗部組織のどこかだろう。『メンバー』か『ブロック』か、それとも『アイテム』あたりか。可能性としては統括理事長直属の『メンバー』が一番高い。
「おい、どうやらその白い人ってのはもうお迎えが来たようだ」
「本当?」
「ああ」
ただしそれは病院のお迎えではなくて、黄泉の国からのお迎えかもしれない。重要な所は敢えて伝えずに垣根はそう返答した。御尋ね者の垣根帝督としては、暗部組織なんて面倒な連中とは関わり合いになりたくなかった。
「それより、さっさとずらかるぞ。サーシャは」
「第一の解答ですが、ここにいます」
サーシャが垣根の背後に立ち、そう言った。見た限りサーシャにも外傷らしきものは見当たらない。この三人の中で垣根一人だけがズタズタのボロボロだ。不公平だと、洩らしたかった。結局『天使の涙』はゲテモノで『ゲテモノ天使』出現するわで、何一つ垣根にメリットのない旅だった。あるとすればサーシャに借りを返せたことくらいか。
なんとなく電気屋のTVを見てみる。
『…………――――この件に対して未だ学園都市側からは正式な解答がされておらず、保護者からは非難の声が上がり始めており』
これだけの大騒動だ。
外のメディアも嗅ぎつけていたのだろう。
『さて、次のニュースです。つい先日『反逆しない軍人』などでお馴染みのss作家RYUZEN氏が新作を発表しました。RYUZEN氏は「趣味500%で書いた、後悔はしてない」と話しており、今後の展開が気に――――』
なんとなく垣根は『未元物質』を使ってTVの電源を切った。
自分でも表現できない『衝動』に押されての行動だが間違ってはないはずだ。
「……帰るぞ」
なんだか非常に疲れた。
垣根は舌打ちしたいような伸びをしたいような心境を抑えつつ、インデックスとサーシャに言う。
「はい」
これでこの学園都市ともおさらばだ。來ることもないだろう。
今日はこれ以上、痛い目に合う事も、
「ていとく、私を投げ飛ばした事にごめんの一言もないのかな」
訂正。学園都市を飛び立つ前にインデックスの痛烈な噛み付き口撃を喰らった。男の意地で絶叫するのは堪えたが、想像を絶する激痛だった。最近、あんなに強く噛み付かれているにも関わらず頭が破裂しないのを不思議に思う事がある。
そしてもう一つ、訂正事項があった。垣根帝督は再びこの街の土を踏むことになる。
――――運命の10月9日まで、あと9日。
ちょっとだけ楽屋ネタのようなそうではないようなものがありましたが、これにて9月30日編は終了です。次回からお待ちかね、暗部抗争編に突入することになります。
なんと最初で最後の○○○○○○がハブられる話です……。全世界のシスターファンの皆様すみません。いや、垣根が浮気するのこれ一回きりなので、どうか勘弁を。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m