とある魔術の未元物質
SCHOOL84 永久なる
―――情熱を支えるのは理想である。
情熱の溢れている人間というのは、どれほど見た目が年老いていても若々しさを持つものだ。逆に若くとも情熱がなければまるで老人のような雰囲気を纏っている。情熱は理想の宝庫であり、飽くなき情熱こそが偉大なる発明を生み出していく。情熱なき文明に進歩はない。
どこまで自分は平和ボケしていたのだろうか。垣根は自ら自らを責めた。心理定規の指摘した通り弱くなっていたのだろう。
学園都市が説得? 一昔前の垣根ならそんな甘い考えを抱きはしなかっただろう。愚かな話だ。あの学園都市が敵対者にそんな温情を見せる訳がない。LEVEL6なんて夢物語のために二万体のクローンを生み出すような街が、暗部組織なんて物騒な部隊を幾つも抱えている上層部が、垣根帝督という反逆者を赦す筈がないのだ。
もう直ぐ起きようとしている、起きてしまうかもしれない第三次世界大戦。その時に障害となる可能性の高い『垣根帝督』と言う不安要素を排除する為に、学園都市は最も狡猾で効果的で破廉恥な方法をとってきた。
エリザリーナが前に語った通り、ローマ正教のお膝元では学園都市も手が出しにくいという考えは正しかったのだろう。学園都市もこのローマに『ブリッツ』のような暗部を派遣したりはしなかった。故に学園都市は垣根帝督をローマという安全地帯から引きずり出し、自らのテリトリーに誘き出そうとしている。
ほんの一瞬の油断だった。それなりに面識があった事もあり、ほんの僅かに心を許してしまったのだ。なんて愚昧なのだろうか。それが結果的にこの事態を作り出している。
垣根は直ぐに心理定規を捕まえる為に魔術や能力まで使って探したが、完全にロストしてしまった。あの時、唐突に消失したのは空間移動だろうか。それとも垣根の知らない技術だろうか。
いやそれは考えるべき事ではない。考えるべきは学園都市にいるだろう心理定規のこと。考えざるを得ない。垣根にとって心理定規という女はそこまで大きくなってしまった。彼女の能力によって。心の距離を調節された垣根にとって、心理定規はインデックスだった。心理定規が学園都市にいて、もし垣根が来なければ殺されるかもしれない以上、垣根は学園都市に戻る以外の選択肢はなくなっていた。
問題はどうやって心理定規を救い出すかだ。もし垣根が普段通りなら、魔術で自分自身に精神操作をかけて元に戻すという裏ワザを行使することも出来ただろう。インデックスの『首輪』を破壊するために精神系統の術式を集中的に学んできた垣根だ。自分と言う一番操り易い精神を弄るのは余裕である。しかしそうやって精神操作をした結果、垣根はもう心理定規を助ける事が出来なくなると分かるからこそそれは出来ない。
学園都市には垣根帝督を確実に抹殺する為に相応の戦力が揃えられるだろう。前回あの街に乗り込んだ際、それなりの暗部界隈の情報を得ているし『アイテム』の襲撃を受けた際にはキャパシティダウンなんて代物を引っ張り出したこともある。油断は禁物。
がさごそと物音がした。インデックスが起きたのだろう。
「ていとく……めじゃーはーとは?」
無邪気な言葉が心に突き刺さる。
魂が叫んでいた。早く心理定規を助けに行けと。さもなければ本当に学園都市は心理定規を殺すかもしれない。
「ロシアに、エリザリーナ独立国同盟に行くぞ」
「えっ? いきなりどうしたの?」
第三次世界大戦が発生しようとしている情勢でインデックスをローマに一人残しておくのは余りにも危険だ。かといって前回や前々回のように一緒に学園都市に連れて行くのも駄目だ。ここから先の世界はインデックスが見るべきものではないようなことばかりだろうし、面倒な手段を使ってまで明確に垣根帝督に殺意をもった学園都市ならば、インデックスの身すら危害が及ぶかもしれない。『歩く教会』があってもだ。例え『歩く教会』があっても、学園都市なら精神的にインデックスを崩壊させる手法なんていくらでもあるのだから。
垣根は他にも幾つかの候補を想定したが、一番妥当かつ安全なのはエリザリーナ独立国同盟であろう。イギリスのステイルや神裂と連絡を取り合うのも良い方法だったが、生憎と垣根は二人の連絡先を知らないしイギリス清教は信用できない。ワシリーサやサーシャは変態性は兎も角、個人的には信用しているがロシア成教が禁書目録を相手にどう動くか不明瞭である。だがエリザリーナ独立国同盟のトップであるエリザリーナなら、信頼できる。またエリザリーナに借りを作る事になるが、やむを得なかった。
「情勢も不安だしな。旅行がてら、エリザリーナの顔拝みにいくだけだ。特にロシアとしてはこの機にエリザリーナ独立国同盟を併呑しようと考えても不思議じゃねえ。寧ろそれが自然だ。ロシアにとっちゃ、エリザリーナ独立国同盟なんてのは邪魔なだけだろうからな」
インデックスに本当の理由は明かさない。彼女には知る必要のないことだ。エリザリーナ独立国同盟に一先ずインデックスを預け、垣根が戻ってくる頃には全て終わっている。
心を閉ざしていく。
再び元に戻る為に。優しさを、甘さを捨てる。人としての強さを封印し、糞な暗部組織のリーダーとしての強さを再認識した。
「どうしたの、なんだか少し……恐いよ?」
「そうか」
数分後には垣根は元の顔に戻っていた。インデックスと出会う前、まだあのどん底の闇の中にいた時と同じ、鋭い眼光に。目が黒く光る。インデックスという光を得て、闇から抜け出しかけた垣根は再び闇に舞い戻る。
「それでいい」
「よくないよ。ていとく、もっと笑わなきゃ駄目だよ」
「んなもん、後で考える」
ニコニコ笑って殺し合いなんて出来はしない。もし出来るとしたら、それは垣根以上の異常者。殺人を愉しむような輩だ。垣根は目的の為なら邪魔者は排除する外道だったが、そこまで外道ではなかった。
「何処にもいかないよね」
ギュっとインデックスが垣根の服の裾を握りしめる。それを振り払う事は不思議とできなかった。もしかしたら下らない感傷を抱いているのかもしれない。
「俺を誰だと思ってやがる。一度でも俺が負けた事あったか?」
「アックアってゴリラに負けたよ! 変な光翼がでてきたけど」
「んなもん忘れろ。俺が勝ったシーンだけ覚えてりゃいいんだ」
「無茶苦茶だよ…」
「無茶でもいい。忘れろ」
「でもでも、学園都市にいった時、あのテロリストにもやられかけたよ」
「それも忘れろ……ってか結果的に勝ったじゃねえか」
「私のお蔭でね」
ふふん、とインデックスが胸を張る。
無い胸をと思ったのは垣根だけの秘密だ。
「…………チッ」
失敗した。完全に闇に堕ちる前に光に引っ張られてしまった。他愛無い会話の応酬、馬鹿みたいなやり取り。こんなものを楽しいと思うようになったのは何時からだろうか。
「信頼してやるよインデックス。だから俺も信頼しとけ」
運命の10月9日が始まった。
垣根帝督にとっても、そしてもう一人のLEVEL5『一方通行』にとっても。
学園都市第一位のLEVEL5と第二位のLEVEL5.頂上を独占する二人の超能力者。
垣根帝督と一方通行が激突する時、物語は始まる。
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