とある魔術の未元物質
SCHOOL86 博 士
―――山もバラバラにすればチリになる。
数が集まれば巨大な山となり偉大に思えてしまうだろう。数の暴力というのは恐ろしい。一人で複数を倒すことが出来る人間は少ない。しかし一度それをバラバラにしてしまえば、ただ一つ一つの塵があるだけである。古来から各個撃破というのは有効な戦術として使われてきた。
エリザリーナにインデックスを預けてから、直ぐに学園都市へと飛んだ垣根は10月9日の今日、再びこの街へと舞い戻ってきた。街を徘徊しゴミを取り除く掃除ロボット、風紀委員の腕章をつけた学生、武装した警備員、そして路地裏のスキルアウト。一度目に戻ってきた時は大覇星祭期間中で二度目はヴェントにより混乱状態にあった学園都市だが、今日に限ってはそんな予兆はない。普段の何の異常もないただ平穏な街。当然、なにか騒ぎを起こせば警備員が飛んでくるだろうし、ややこしい事情で行動が制限されるなんてこともない。
今や故郷ではなく敵地となった街を、垣根は表通りを堂々と歩いていく。学園都市が垣根のことを表沙汰にしたくないだろうということは、未だに垣根が世界的に指名手配されていないことからも分かる。暗部連中もこんな表のど真ん中で仕掛ける気はないようだ。
しかしもし垣根が裏通りに入った瞬間、暗部の連中は垣根に牙を剥くだろう。だからこうして光の当たった場所を歩く。暗部と交戦しても負けるとは思わないが、出来る限りスマートに済ませたいというのは垣根の事情だ。
(とは言っても、どこに心理定規がいるのかを知らねえ限り、どうしようもねえ)
ただ学園都市を混乱させるだけなら街のど真ん中で能力を使って全力で暴れまわればいいだけだが、今回の垣根には所在の知れぬ囚われの少女を見つけ出し救出してから脱出するという、B級ラブロマンスの主人公のような仕事内容が求められている。
残念ながら怪獣映画のノリで暴れる訳にはいかないのだ。
(こうやって無駄に街を散策しても埒もあかねえし、招待されるしかねえなぁ)
既に垣根は安くない殺意をアリアリと感じていた。流石に数までは分からないが、明らかに誘っている。信号を渡ろうとした垣根は立ち止まった。信号機が青から赤になったのだ。暫し考え、やはり誘いになることに決定する。
表通りから逸れ路地裏に入っていく。学園都市の治安はその技術力に反比例するように悪い。武装無能力者、通称スキルアウトなんて連中の数パーセントは実際に体を鍛え武器を所持した本格派がいるし、垣根のような暗部、表沙汰に出来ない研究施設など数えればキリがない。だからこんな場所を好んで歩くのは近道をする為に急ぐ者か、はみ出し者くらいしかいないのだ。つまり一通りが少ない。
殺意の元を追って歩いていくと、やがて巨大な倉庫に辿り着いた。恐らくこちらを観察していた者達はこの中にくるよう誘導していた。相手も垣根が第二位であることは熟知しているだろう。中には対超能力者用の罠がわんさかある筈だ。
引き返すと言うのも手であるが、それでは何も始まらない。垣根は学園都市に散策に来た訳じゃないのだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、危険は承知。
倉庫の扉を爆散させると、堂々と中に入っていく。思った以上に広かった。そして倉庫だというのに中は伽藍としている。事前に運び出していたのかもしれない。垣根は暫く倉庫を見渡していると、奥にポツリと液晶モニターが設置されているのに気づく。確認すると、どうやら防弾性も高い最新モデルのようだった。
更にモニターに近付いていくと、いきなりピーという笛のような音色が倉庫内に響いた。
「この音……」
音の正体を探ろうとした直後、第二の音。今度は前に聞いた事もある醜い轟音が爆発的に鳴りだした。倉庫内という密閉空間故に音は逃げ出さずワンワン鳴き続ける。
露骨に垣根が顔を歪める。最初の音は知らないがこの音が何なのかは熟知していた。
『能力を喪失した能力者ほど脆いものはない』
電源のついたモニターに初老の男性が映し出されていた。眼鏡をかけた白髪と白衣、如何にも博士といった容貌の男。
『垣根帝督か。超能力者をここで失うのは惜しいことだ』
「それにしては用意周到じゃねえか。わざわざキャパシティダウンなんて玩具まで用意してやがるとは」
『第一の音色は一時的に未元物質を阻害するためのものだ。「アイテム」の襲撃で君もこの装置の存在を知っていた訳だろうから、未元物質でなんらかの対策は施していただろう? その為の処置だ』
博士の言う通り、その答えはYES。垣根はキャパシティダウンを無効にするため、耳に未元物質を潜ませていた。これによりキャパシティダウンは能力使用を阻害する騒音ではなく、ただ五月蠅いだけのものとなる……はずだった。しかし第一の音によりそれを阻害され、結果的にキャパシティダウンの影響をモロに受ける羽目となった。
「……『グループ』か、それとも『アイテム』か」
モニターの博士に尋ねる。
『残念だが、私は『メンバー』だ。時に垣根少年、君は煙草を吸った事はあるかね?』
中年男性の声はゆったりとしていた。勝者の余裕だろうか。LEVEL5の第二位を無力化したことによる驕り。
『箱から煙草を取り出す時、指で箱をトントンと叩くだろう? 私は子供の頃、あの動作の意味が分からなかった。しかし兎に角見栄えが良く思えたんだな。だから私は、菓子箱をトントンと叩いたものだ』
「ああ?」
『今の君がしているのは、そういう事だと言っているのだよ』
「ナメてやがるな。よほど愉快な死体になりてえと見える」
『遺言があれば聞いておこう。能力を失った君にもう「オジギソウ」から逃れる術はない』
「おぉ、そうか。じゃあその『オジギソウ』ってのは何か教えてくれねえか」
いいだろう、とあっさり博士は応じた。
『ナノデバイス……いや、それほど大層なものでもないか。回路も動力もない。特定の周波数に応じて特定の反応を示すだけの、単なる反射合金の粒だ。しかし、複数の周波数を利用すれば、TVのリモコンを使ってラジコンを操るような感覚で制御できる。普段はこれを空気中の雑菌に付着させ、相乗りさせて散布している訳なのだよ』
博士の説明を聞き終えた垣根は項垂れ、ポケットに両手を突っ込む。モニターの中の博士は小さな端末を操作すると、垣根を一斉に『オジギソウ』が襲った。能力を失った能力者にこれから逃れる術はない。博士は勝利を確信した。
「――――――――その程度なら、チェックメイトとは言えねえよ」
垣根を中心として突風が巻き起こる。風は極小のオジギソウを巻き込みながら踊り狂い、やがて爆発した。博士が頼みとしていたオジギソウは五秒も立たずに消滅した。
『どうなっているッ! キャパシティダウン影響下で、能力を使用するなど……もしや不良品を』
「不正解だ、キャパシティダウンは正常に作動していたぜ」
『ならどうして……』
「さあな、御大層な脳味噌で考えて見りゃどうだ。一億分の一の確率で正解するかもしれねえ」
『チッ!』
垣根の入ってきた場所から銃火器で武装した兵士達が突入してくる。
どうやら次善の策として兵隊を用意していたようだ。超能力は使えない。あるのは身体能力と、もう一つの異能の力だけ。いいだろう。
「良いハンデだ」
さて、ここで垣根から一言。
垣根「待 た せ た な」
はい。ネタバレすると、次回漸く垣根が無双します。
苦戦なんてありません。無双です、俺TUEEEEEです。
今までLEVEL5の第二位で魔術まで使えるという設定だけはチートなのに全く完勝とは無縁だった垣根。その垣根が漸く完勝する機会に恵まれました! ここからは一方通行戦までスーパー・メルヘン・タイムに入ります。
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