とある魔術の未元物質
SCHOOL95 怪物 と 人間 の 境目
―――愛は友情の活力であり、手紙は愛の万能薬である。
ラブレターと言うのは昔からよくある。ただし最近は携帯電話の普及によってメール告白と言うのが流行っているらしい。ただメールも手紙の一種と見えなくもないということは、やはり手紙というのは愛の万能薬なのかもしれない。
もし目の前で交通事故が発生した場合、余程人格に問題ある人間でなければ警察や救急車を呼ぶだろう。ベルンフリート=レイビー、学園都市最高の名門校に通う彼は昔荒れていた時期はあったが、そこまで性格に難があるわけではない。もし目の前で急病の人間や大怪我をした人間がいれば救急車を呼べる程度の道徳観は持ち合わせている。
ただ、上半身と下半身が分断されている人間に救急車を呼んだ所でなんとかなるのか、とも思ってしまう。
「……畜生、くそっ! どうなってるんだよ……!」
危機的状況なのかも、と思ったがこれ程とは思わなかった。
フレンダをやったのは状況的にあのロングヘアの女性であるのは間違いない。武器などを所持していなかったので能力者であるのはガチだろう。
問題なのは、アレが単なる犯罪者ではなく学園都市の闇に属する人間であるということだ。
変なスーツケースを偶然にも手にしてしまった時、レイビー達を襲撃してきたホスト面した正体不明の能力者が思い出される。上手く言えないのだが、あの女にはあのメルヘン野郎と同じ臭いがした。
関わるべきではない。そう自分に言い聞かせながらも、気づけばレイビーは119番に連絡していた。
『はい。こちら――――』
「人が分断されたっ!」
電話の相手が言い切る前にそう叫んだ。
「分断されてるんだよ! こう上半身と下半身が真っ二つにっ! 生きてはいる! 死んではいないっ、まだ!」
まだ、と言ってしまう辺りレイビーもフレンダがもう直ぐ死ぬ事になるのだろうと心の何処かで感じていたのだろう。それでも、諦められないから人はこうして必死になる。
『…………場所は』
電話の相手は支離滅裂で突拍子もないレイビーの説明を、不思議と真面目に受け止めてくれた。この相手は人が良いのかもしれない。
「第十八学区にある○○工場跡ですよ! 早くしないと、こいつ……」
『分かりました。直ぐに救急車を向かわせるので待っていて下さい。それで患者の容体は? 出来る限り詳しく』
レイビーは必死になって、拙い医療知識すら交えてフレンダの状態を話す。電話の相手は「そうですか」と答えると、電話が切れた。どうしたのかと思うと、こんな時に限ってバッテリーが切れたのだ。歯噛みするが不幸中の幸いだったかもしれない。少なくとも必要な情報は全て言えたのだから。
(だけど――――――)
今更電話した所でなんとかなるのか。
幸いフレンダは重要な臓器を破壊せず――――こう言ってはなんだが――――綺麗に分断されているお蔭でまだ生きてはいる。しかしこのまま時間が経てば………時間――――そうだ。
「止まれっ!」
レイビーの持つLEVEL4の『上位次元』はただ空間全体の時を止められるだけではない。場合によっては、空間の一部だけを止めて足場にすることも、特定の物体や人間だけを限定して停止させることも出来る。そして停止される総体積が小さいほど、停止させることができる時間も長くなるのだ。
『上位次元』がフレンダの体だけをきっかり停止させる。傷口からあふれ出ていた血が止まった。しかし事態がこれで解決した訳ではない。30秒後、再びフレンダの時が動き出した。
「くそっ、まだ!」
再び演算を開始する。
もう一度、時を止める為に。
「……………レイ、ビー」
「!」
奇跡かもしれなかった。
ほんの一時的にかもしれないが、フレンダの意識が回復したのである。
「……アイテムが……バラバラ…………私が……むぎの――――ごめん……結局、私ってば」
「おいもう喋るな!」
「喋っちゃったから、かな…………やっぱり私が悪い、のかも…やだ――――まだ、死にたく、フレメア、お姉ちゃんは……」
「糞っ、どうなってんだよこの街はっ! ああもう、お前には貰うもん貰ってないんだっ! 死んだら殺すぞこん畜生!!」
「ははっ……結局、矛盾してるわけ…よ」
「承知してる」
「……自慢の、脚線美だったのに……これじゃ、台無し――――――やっぱり、死ぬの、恐いかな――――」
「だから死なせないって言ってんだろうがっ!」
フレンダの時間が停止した。
口を半開きにしたまま、フレンダが止まる。
だがそれも長持ちはしない。レイビーの『上位次元』は時間を停止させるという強力な能力だが、逆を言えば停止させることしか出来ない。死の運命を遅らせることが出来ても、回避させることは出来ない。
時間がまた動き出した。
「ねぇレイビー、最期にお願いになっちゃうんだけど――――」
「言うな!」
「フレメアって、私に妹いるんだけど……あの子は――――学園都市の闇だとか、そういうのないから、できたら―――――偶にでもいいから………助けてあげて――」
「助けない、お前の妹くらいお前が面倒見ろ馬鹿。俺は絶対にやらんぞ、んなもん!」
「―――――――酷い、なー。折角、助けに来てくれたから、ナイト登場かと思ったのに。……最期だから言っちゃうけどさ。結局、私は…………あんたが―――――――」
そこでフレンダの意識がまた闇に沈んだ。死んではいない。だがもう直ぐ、終わってしまう。このままだと確実に、フレンダは死ぬ。
「どいてっ! その子を運ぶから!」
急に現れた二人の男達に驚く。物騒な連中ではない。呼んでいた救急車が来たのだ。けれど、今から病院に運んでも無駄なことくらい、レイビーにも分かる。
それから、気づいたらレイビーも一緒に付き添いとして救急車に乗り込んでいた。救急車の人の問いかけに惰性的、義務的にただ返答し、もう後一分か二分もすれば確実に死ぬフレンダを見下ろした。
「……もし、時間が――――戻せれば」
いやそれは駄目だと、レイビーは言い聞かせる。
時間を停止させるだけでもギリギリなのに、そこまでやってしまえば完全な化け物になってしまう。
「……――――――――――」
『上位次元』という独特の能力名は、この力を開発した研究者が名づけたものだ。理由は分からないが、この学園都市に来て早々からレイビーは注目されていた。他の人とは違う能力開発機関に行き、そこで能力を開発されていった。
そこで発現した力は、やはり他とは異なる『時間停止』の能力。ただ能力開発を行った研究者の意向で『上位次元』という特殊な名前がつけられ、レイビーも特にこだわりはなかったので了承した。
「この子はなれる。LEVEL5を超えた更にその先、第二位や第一位を超えた存在、三次元でしか生きられぬ人間を超えた上位存在に」
その研究者はそんな事を言っていた。
上位次元というのは三次元までしか生きられぬ人間と違い、四次元までを自由に行き来できるような超能力者――――否、絶対能力者となることを望んで付けられたらしい。
当時レイビーは若く愚かで、無知だった。ただ研究者や教師にちやほやされるのが嬉しくて、必死になって能力を開発していき、能力の強度も着実に上がっていた。LEVEL5になるのも近い、そう思われていたものだった。そう、あの日までは。
あれは研究所からの帰り道。
レイビーは正真正銘のLEVEL5を目撃したのだ。真っ白な白い髪、血のように真っ赤な瞳。背丈的には小学生ほどだろうか。その少年は数多くの重武装の警備員に囲まれていた。銃火器をつきつけられ、戦車や軍用ヘリまでが集まっている、そんな光景。警備員の誰かが発砲を命じると、弾丸や砲弾は全て跳ね返り、その少年に傷一つ負わせることはない。
もしレイビーが単なる無能力者や低能力者なら、ただ少年に対して恐いとだけ感じただろうが、超能力者になる確かな素養を持つレイビーにはそれ以上のものを知ってしまったのだ。アレは、あの学園都市最強の超能力者は、自分の未来の姿なのかもしれない。人々から畏れられ、銃口を向けられる。
超能力者は、LEVEL5なんていうのは怪物だ。人間じゃない。人間と一緒には暮らせない。あの白い怪物もそうだった。
なら自分はLEVEL5に、怪物でない方が良い。LEVEL4で、ただのエリートのままの方が断然良い。その日を境に、レイビーの強度は一切上がらなくなった。最初はどうにか強度を上げようと悪戦苦闘した研究者も一人消え二人消え、もう一人も残っていない。
フレンダを救う為には、怪物になる必要がある。単なるエリートでしかないLEVEL4のままでは、奇跡を起こすことは出来ない。奇跡を意図的に発生させるのは怪物だ。怪物ならフレンダを救える。
しかしそれに意味があるのだろうか。
目を背けてしまえ。フレンダなんて少女一人を救って自分が怪物になってしまえば世話もない。あの第一位のようになりたいのか。誰からも恐がられ、孤独な怪物に。そんあ出会って一年も経っていないような女の為に、自分が犠牲になるだなんて馬鹿げている。
「ああ、そうだ―――――――」
思えば無意識的にも意識的にも自分を制限してしまった日から、ベルンフリート=レイビーは自分ではなくなっていたのかもしれない。LEVEL4のエリート、そういう仮面を張り付けて今まで生きてきた。
けれども――――――最初に会った時、晩飯を作った時、一緒に買い物に行ったとき――――――あの時間だけは、素顔だったのかもしれない。LEVEL4のエリートでも、上位次元でもなく、ただの普通な。
「退いてくれ」
「ちょっと君っ!?」
医者を押しのけ、フレンダの傷跡に手を上げる。
これでいい。レイビーは奥底にある禁断の果実を手に取る。
「さようなら」
自分の中の日常へ別れを告げる。
もしかしたら、もうあの日常には戻れなくなるかもしれない。
だが、それでも良かった。
「俺も思ったより、馬鹿だねぇ」
視界が朱に染まる。
奇妙にレイビーは冷静だった。
「もしも時間の流れが未来にしか進まないってなら」
そんな理は、もはやない。
別位相の超常が世を掌握する。
「先ずはその現実をぶち殺す」
上位次元という幻想で、現実に反逆する。
この日、新たなるLEVEL5が生まれた。
気づいた時、病院のベッドの上に寝かされていた。
どうやら初めて行使した超能力というもののショックで気絶してしまったらしい。
「おや、起きたようだね?」
「………リアルゲコ太?」
カエル顔の医者がレイビーの顔を覗き込んでいる。
本人も自分がカエル顔なのを理解しているのか、名札にカエルのシールが貼ってあった。
「君の時間逆行は不完全なものだったようだね? 確かに一時的に時を逆走させ、人を完治させる事は出来る。けれども、そう」
胸ポケットからボールペンを取り出した。
「これで僕の腕を突き刺したとする。すると当然ながら血が溢れるね? 君の能力で時間逆走させれば、その傷を瞬く間に癒すことが出来る。だけどそれはほんの一時的なものだ。既に僕がこのボールペンで怪我をするという未来の結果は定まっているから、何もしなくても再び怪我をして血が溢れてしまう」
カエル顔の医者に言われずとも、レイビー自身の能力だ。それくらいは理解している。例えば一分前に死んだ人間がいたとしよう。その人間を時間逆走で二分前に戻し復活させた所で、死ぬという結果は定まっているから、一分後にその人間は再びの死を迎えてしまう。
幾ら能力でも定まった結果は覆せない。これが出来るとしたら、前人未到のLEVEL6くらいだろう。それにこの時間逆走、負担が大きいわりに効果も少ない。戦闘や治療には殆ど役には立たないだろう。
「フレンダは? 生きてるのか?」
「ああ、そこは心配しなくていい。今は意識はないけど、しっかり回復するはずだ。だけどもし君が彼女の時間を逆走させずにいたら、間に合わなかっただろうね。僕は死なない限りは助けることが信条だけど、完全に死んだ人間を蘇らせる術はない。そういう意味で、彼女を救ったのは間違いなく君だよ?」
「そうですか、あとフレンダのことは……」
「この病院にいることは内密にしておこう。僕はこう見えてコネがある。例え統括理事会でも、おいそれと手出しはできないはずだ」
「ああ、そっか……」
これで、フレンダについてやる事はない。
「これからどうするんだい?」
「…………………」
時間逆走、これだけの事をやってのけたのだ。LEVEL6なんて前人未到の領域には至ってないが、十二分にLEVEL5認定されるだけの力だ。
だが、やはり。
「出来れば、それも他言無用で。俺はやっぱり人間に未練があるみたいで」
「分かった。そうしよう。それじゃ、お大事にね?」
レイビーはどさりとベッドに倒れ込む。
なにはともあれ、取り敢えず。彼の物語は一応の完結を見た。
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