とある魔術の未元物質
SCHOOL96 大空 を 翔る
―――私たちはみな片翼だけの天使だ。だから、互いに抱き合わなければ飛びたてない。
片方だけの翼では、鳥は大空を翔ることはできない。両方の翼があって初めて鳥は自由に大空を翔ることができるのだ。空は自由だ。地上にはある障害の多くは空にはない。ただ無限のように広がる蒼があるだけだ。故に人は空に魅せられる。
元『スクール』の構成員の一人であり、今はその組織が事実上解散した為に無所属だった『心理定規』が囚われているのは、使われなくなった倉庫や廃ビルなどというベターなものではなく、それなりに上等なサロンの一室だった。といっても心理定規が優遇されているかと言えばそうではない。両手両足は手錠で椅子に繋がれ身動きはできない。口も塞がれている。おまけに部屋中にキャパシティダウンのやかましい音が鳴り響いており能力を使う事も出来なかった。周囲には見張りとして二十の兵士がいて、廊下には軽く見積もってその十倍強の兵士たちが詰めているはずだ。
人一人監禁するにしては大袈裟すぎるような警備だが、ここを目指す相手のことを考えればそうでもない。元『スクール』のリーダーであり第二位のLEVEL5垣根帝督。あの一方通行を除けば学園都市で並ぶものなしの超能力者。こんなのと対抗するというのなら、ここの警備は少なすぎるほどだ。
(は〜あ、暇ねぇ)
常人ならパニックになっても不思議じゃない状況で心理定規は平静を保っていた。彼女も暗部組織に所属していた人間。命の危険は慣れている。
ここに監禁されてから結構経つ。
学園都市側もまだ心理定規に死んでもらう訳にはいかないため、食事などは与えられていたが兎にも角にも暇だった。尋問もなければ拷問もない。拷問がないのは有り難いが尋問の一つでもなければ退屈で死にそうだった。
しかしお蔭で考える時間は十分にあった。
垣根帝督。
心理定規の上司でもあった彼は、以前の7月までの彼と随分様子が変わっていた。恐らくあのインデックスという少女が多くを占めているのだろう。彼女は『心理定規』であるが故、人と人の距離には敏感である。それくらいのことは能力を使わずとも悟ることができた。
インデックスと出会う前、『スクール』のリーダーであった垣根帝督はあれほど温くはなかった。常に暗くギラギラとした目をしていたし、恨みや怒りの入り混じった憎悪を持っていた。闇に属する人間らしいとでも言うのだろう。実に暗部らしい腐った人間。それが垣根帝督。
なのに久しぶりに会った時、垣根帝督は変化していたのだ。全体的に甘くなった……いや、丸くなったといえる。沸点も高くなっていたし、自分自身に一定のルールを課しているようにも思えた。どん底の悪党に染まっていたのが、インデックスという少女の側にいる事で多少の善性が混ざっていた。全体的に人間として良い変化なのだろう。
(だけど、やっぱり暗部としては駄目。そういう意味で垣根帝督は弱くなった)
もし昔の垣根なら、例え心理定規が能力で細工しようとも決して危険を冒して学園都市まで戻ってきたりはしなかっただろう。あっさりとインデックスと同じ距離単位になった『心理定規』を見捨てて己の望みを優先させていたはずだ。長い付き合いだ。垣根の性格くらい熟知している。
(学園都市は帝督捕まえて、どうする気なのかな?)
暗部として再び働かせる、とは考えずらい。学園都市逃亡まで企てて暴れまわった垣根を統括理事会を初めてとする上層部も『制御不能』と判断したはずだ。
可能性として高いのは、体をバラして実験材料にでもするかだろう。『未元物質』というレベル5はそれだけでも工業的価値はかなり高い。どう転んでも碌な事にはならないだろう。こんな縛られた状態では心理定規はなにもすることが出来ない。いや仮に動けても心理定規には『ブリッツ』の連中に仕込まれたのと同じ焼却処理チップが埋め込まれている。下手な事をすれば灰になるだけ。このままだと垣根は、
(――――――――なんだ、もしかして心配してるの? 帝督のこと)
馬鹿みたいだ。
自分と垣根帝督は上司と部下、協力関係。多少人間的に気に入ってはいるが、それだけ。それだけの姦計。恋愛感情なんて、学園都市では単なる足枷にならないようなものを抱く訳が、ない。
(――――――――――――っ)
がやがやと五月蠅い。口は塞がれているが目と耳は開いている。部屋の外、廊下から悲鳴や何かが炸裂するような音が聞こえてくる。
「おい、どうしたんだよ、これ?」
「知らねえよ! まさか第二位がきたんじゃ」
「ここの場所を第二位は知らねえはずだろうがっ! それにキャパシティダウンが」
室内にいる兵士達が騒がしくなる。
通信機で連絡を取ろうとしている兵士もいるが、どうにも電波妨害されているらしく繋がらなかった。
「お前、見に行けよ」
「ああ、じゃあお前はその女を見張っといてくれ」
兵士の中でも小柄な男が、そっと扉を開けて中の様子を確かめに行く。
次の瞬間、その兵士が突風に吹き飛ばされる。ドアが爆発した。兵士たちの間にざわめきが奔った。
「心理定規、見ーつけた。かくれんぼ終了で、いいよなこれで」
キャパシティダウンをものともせずに堂々とサロンの室内に来たのは心理定規の良く知る男、垣根帝督だった。それを知った心理定規は無意識に嬉しさと寂しさの両方を感じた。
「う、動くな! この女が」
兵士の一人が銃口を拘束されている心理定規へ向ける。
「どうなってもいいな、か。ハッ、使い古されたセリフ回しだ」
脅し文句を言い終わる前に兵士が謎の爆発に吹き飛ばされた。垣根が指をパチンと鳴らす。電撃がサロンの室内中を走り回り兵士達を全て感電させ気絶させた。
「拘束プレイかよ、心理定規。そうゆうハードプレイがお好みで?」
「―――――――――――!!」
反論したかったが、口が塞がれて出来ない。
一応言うが心理定規にそういった変態的な趣味はない。至ってノーマルである。
「落ち着けよ。さーて」
垣根が心理定規の首筋に手を当てる。体の中で異物が暴れまわるような感覚がした。吐き気がする。だが口が塞がっては何も吐けない。
「とぉ、これでいいか。よしっ」
バッと心理定規の口の拘束を解く。口が自由になった途端、心理定規は「かはっ」と小さなチップを吐き出した。これは焼却処分チップ。
「驚いた……いつ、こんな手品を会得したの?」
「世界は広いんだよ。お前が思ってる以上に。まだまだ世界には知らねえ技術があるってこった」
次に身体の拘束も解けた。
これで完全に心理定規は自由となった。一時的に。
「さてテメエを助けてやった所で――――――おいコラ。さっさと能力で元に戻しやがれ」
「えぇー、でも戻したら帝督、私を置いていっちゃうでしょ?」
「置いていかねえから戻しやがれ! 自分で戻す事は出来ねえんだよ! どうにも自分で自分を制しちまって」
「それもいいけど……学園都市も私の価値を認めないだろうし、どうせなら一緒に連れて行ってくれない? このままこの街にいると死んじゃいそうだし、貴方のいない暗部生活ってわりと退屈だったしね」
「―――――――それも上層部の差し金か?」
「私の意志よ、これは正真正銘の」
「チッ。取り敢えず後回しだ。細けえことはこの街を脱出してから決める」
心理定規は自然と垣根の腕に捕まった。白い翼が垣根の背から生えてくる。
二人は重なり合うようにして、窓から大空へ飛び立った。
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