とある魔術の未元物質
SCHOOL104 不 倶 戴 天


―――知る者は言わず、言う者は知らず。
物事をよく知っている人は、みだりにそれを口に出して言わない。だが、よく知らない者はかえって軽々しく口に出すものである。一々知っていると口にだして主張すると馬鹿に見えるのはこのせいだろう。何千年も前の人物の語る言葉が現代でも通じるというのだから、歴史というのは興味深い。










『――――――――心理定規って女が置いてある場所が分かったよ。第七学区の警備員詰所の一つだ』

「そうか。ああ……そうかよ」

 麦野からの情報を得た垣根は静かに白翼を展開する。
 だがまだ足りない。
 垣根は知っている。これ以上の力を。
 最初はロシアでアックアと交戦した時だ。あの時は意識が朦朧としていて自分でも一体全体何をしているのか理解していなかったが、一方通行との戦いは違う。怒りで多少我を失っていた節はあったが、それでも自我はあった。意識があったのだ。
 あの感触を思い出す。
 脳味噌を割り、そこから未知の○○を引き出していく。

「………………よし」

 光翼が背中から噴出する。
 まだ自分の意志でこれを使おうとすれば出るのに時間が掛かるが、それでも扱えるのなら紛れもない垣根の力だ。
 聖人のアックアを一撃で撃退するようなエネルギーだ。
 上手く扱えば、それこそ世界中の軍隊と戦い勝利可能になるだろう。
 
(今の所、破壊にしか使えねえってことが難点だが)

 破壊力はまだしも応用性ということなら通常の能力行使の方が遥かに優れている。『未元物質(ダークマター)』を使えば温度を低くすることも鉄より硬い物質を作り出す事も自由自在だった。

(―――――――――贅沢だな、こりゃ)

 よくよく考えれば学園都市の学生の六割はマッチ程度の火を熾す程度もできないで劣等感丸出しにしているのだ。ならLEVEL5の超能力を既に得ているにも拘らず、魔術という異能や光翼なんていう鬼札まで得ておいてまだ高望みするのは贅沢の極致というものだろう。

「了解だ麦野沈利。ご苦労だったな」

『はん。テメエもとんだ甘ちゃんになったもんだよ』

「心配するな。自覚はある」

 光翼を羽ばたかせ一気に夜の街へと飛翔していく。
 そう麦野に言った通り自分が前よりも甘くなったという自覚はあった。そして視野が広がったと言う自覚もあった。
 以前はこの街でアレイスターとの直接交渉権を得る事に躍起になっていたものだが、この広い世界というものを知った垣根はこの街の住人には視えないものが視えるようになった。
 世界はなにも学園都市だけではない。
 学園都市の水が不味いなら他の場所に行けばいいだけだ。

(俺は何時からこんな女々しい男になったんだろうな。やってらんねえ)

 直ぐに心理定規の遺体が安置されている建物を発見し、天井を突き破り侵入する。
 ブザーなどがワンワンと鳴るが、警備員が100万人駆けつけてこようと垣根の脅威にはなりえない。否、一方通行を除き学園都市の人間に垣根帝督の相手を出来る者などはいないのだ。
 光翼を一時的に消す。
 これを展開したままでは周りのモノを破壊し過ぎてしまい探し物一つできない。

「あった」

 目当ての女はあっさりと見つけられた。
 死後硬直で固くなった心理定規だった物が横たわっている。触れてみると、冷たかった。まるでコンクリートに触れているようだ。死体なんて見慣れているし触れる事も初めてではないというのに、まるで今日初めて死体を見たような気分だった。

「止まるじゃん」

 女性の声が響く
 この独特の口調、聞き覚えがある。

「勇敢だな。ここに来たのが俺だと知って来たのか?」

 やはりあの時の警備員だ。警備員としての業務中ではなかったせいで服装は上下共に色気のない緑のジャージ姿だ。結構な美人だというのに、着ているのがジャージのせいで美貌が台無しになっている。

「その子の遺体を、どうする気だ?」

「質問に質問で返すなって先生に教わんなかったのかよ。あぁ、テメエも先生様だったか。にしても丸腰で俺みてえな怪物と相対して不安じゃねえのか。他の連中は相手が俺だと知って逃げちまったんだろ」

「バンクを見た、学園都市第二位のLEVEL5。名前は垣根帝督。能力名は『未元物質(ダークマター)』。昨日の事件の実行犯として私達にも手配されているじゃんよ」

「で?」

「相手がどんな犯罪者だろうと、私は子供に銃をつきつけないことを信条としてるじゃん」

 垣根は笑い出す。
 滑稽だった。学生という能力者相手に戦う警備員が子供に武器を向けないとは。実に滑稽ではないか。余程体術に自信があるのか、ただの馬鹿か。

「今まで何も知らねえ一般人扱いされたり雑魚扱いされたり、極め付きには天使扱いされたこともあったが、餓鬼扱いされるのは初めての経験だぜ。それ、お前なみのジョークなの」

「信念じゃん」

「そうかよ」

 話は終わったとばかりに心理定規の冷たい身体を持ち上げる。『未元物質』を使い体重を軽減させることも出来たがそんな気にはなれなかった。
 この重さを今だけでも抱き上げていたい。そう思った。

「次はこちらの質問じゃん。その子の遺体をどうする」

「連れて行く。元々その予定だったしな。これ以上、こいつをこの街の好きにはさせねえ」

 眩いばかりに光る翼が顕現し、詰所から飛び去っていく。
 この街に、この街の空気をこれ以上吸っていたくはなかった。

「もォお帰りかよ、糞野郎」

 背中から小型の竜巻のようなものを複数接続した一方通行が垣根の前に立ち塞がる。
 お早い登場だ。
 大方、垣根が警備員の詰所を襲撃してきたことを知り飛んできたのだろう。この最強様は。

「邪魔するのか?」

「しねェよ、出てくンなら勝手に出てきゃァいい。俺は知らねェ」

 意外だった。
 一方通行のことだから、垣根帝督という不穏分子をここで始末しておくと思ったのだが。

「次は殺す」

 垣根は短く呟く。明確なる殺意と敵意を込めて。最強の怪物は眉一つ動かさない。黙ってそれを聞いていた。

「この街も、テメエもな」

「―――――――――テメエが俺だけにお礼参りするのは一向に構わねェよ。好きな時に殺しに来りゃァイイ。だがなァ。この街を潰そォってほざくンなら、何度だってテメエを地獄に叩き落とす相手になってやる」

 一方通行と垣根帝督。
 能力的に最も近い位置にいる二人は、今日この日決定的に別々の道へと別れていった。
 この日から垣根帝督にとって一方通行(アクセラレータ)は、
 この日から一方通行にとって垣根帝督(かきねていとく)は、

――――――――不倶戴天の敵となった。




心理定規は生存不明。そしてそろそろ次章へ突入していきます。それと垣根へ爆発しろというメッセージが多数送られてきましたが、これからリアルで爆発します。なにかが。



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