とある魔術の未元物質
SCHOOL105 潮 風
―――私はつらい人生より死を選ぶ。
生きていると生きているより死の方が幸福に思えるようなことがある。確かに死ねば苦しみからは逃れられるかもしれない。だが生の果てにある幸福をも手放すことになるかもしれない。自殺とは謂わば最終手段であり、軽々しく行うものでは決してない。
海が一望見える崖で垣根は『未元物質』で作り出したショベルで、せっせと穴を掘っていた。
これは墓穴。
心理定規という女を埋めるための墓所だ。
学園都市に心理定規の死体を放置しておけば、良くて遺伝子情報を抹消された上での埋葬か、最悪の場合適当な焼却炉で灰にされて終わりだろう。
これ以上、学園都市の好きにされてたまるか。
半ば意地だった。汗を流しながら、垣根は手を休めず穴を掘りつづける。
超能力を使えば一瞬で人一人分の穴くらい掘れるだろうが、垣根は自分の手で穴を掘りたかった。
海風に運ばれた潮の香りが鼻孔を擽る。潮風が目に入って痛い。目をゴシゴシと服の袖で拭く。そしてまた掘り始めた。
やがて人一人分が余裕で入る墓穴が出来上がる。
(そういや……心理定規は何か特定の宗教とかに入ってたのか?)
仏教徒ならまだしも、十字教徒なら火葬ではなく棺桶に入れて埋葬しなければならない。
暫し考え……十字教式にすることにした。もし火葬するとしたら火を熾さなければならない。そしてマッチやライターの持ち合わせがない以上、その火は垣根が魔術や能力によって熾すしかないのだ。
首を振る。
しかし頭では否定していたが、垣根は自分で心理定規の体を燃やすことに抵抗があったのかもしれない。
能力を使い未元物質で棺桶を作り出す。こういう時、『未元物質』という能力は便利だった。発火能力や発電能力と違い、こういう物を作ることが出来るのだから。
「未元物質で作り出した正真正銘この世に一つとねえ棺桶だ。感謝しろよ。テメエの墓は…………テメエは特別だ。特別な場所で眠りやがれ」
垣根はもう一度、目を擦った。
まただ。また目に潮が入った。幾ら学園都市の……日本から離れた国の人気のない崖の上だからといって海の近くに墓を作ったのは間違いだったかもしれない。
「……………………………………」
心理定規の遺体を棺桶に収めると、今度は掘り起こした土を被せていく。段々と、段々と心理定規の入っている棺桶が見えなくなっていく。
目を擦る。
今日はどうも潮風が目に入ってくる。
実に鬱陶しい。
「完了か」
埋め終わった墓の上に、削り取った岩で作った十字架を突き刺す。そして適当に見繕った花と心理定規が好んでいたスイーツを供えた。
これで本当に墓の出来上がりだ。
「ま、ここまでやってやっただけ感謝しろよ。葬式は出来ねえが、落ち着いたら神父の一人でも拉致して連れて来てやる。顔面にバーコード入れてるような不良神父だが神父には変わりねえだろ」
死者の弔い方なんて良く知らないので、十字架の前で適当に掌を合わせる。十字教だが仏教だか何が何だか分からないが、別に構わないだろう。
心理定規も科学の街、学園都市の人間だったのだ。宗教観なんてものは酷く薄いものだろう。細かい儀礼など気にしたり端ない筈だ。
「くそっ」
まただった。潮がまた目に飛び込んでくる。
目が痛い。服の裾で拭くが、話した途端にまた潮が目に入った。
何度も何度も、目を擦る。
全部、潮のせいだ。潮のせいで、こんなにも目が痛い。こんなにも目から涙が滲む。
「全部が潮のせいだ……畜生が」
垣根はずっと目を擦り続ける。
風が止んでも、垣根は目を擦るのを止めなかった。
「ていとく。今頃どこでなにしてるんだろ?」
垣根が突然、インデックスをこのエリザリーナ独立国同盟のホテルに連れて来て、そのまま何処かへ行ってしまってから二日が経過していた。もう直ぐ、時計の針が午前0時を指した時、二日目は三日目になるだろう。
「何時もは……私も、連れてってくれたのに」
大覇星祭やサーシャの依頼の際も、垣根はなんだかんだでインデックスを連れて行ってくれた。大覇星祭の時は最初、インデックスを連れて行く予定はなかったのだが、それでも行先や目的は教えてくれた。
だというのに今回は何もない。
垣根はインデックスに何も教えず、恐い顔でインデックスをこのホテルに押し込んで行ってしまった。
心配ではないかと言えば嘘になる。
垣根の強さは知っている。それでも危うい気がした。そんな時だった。乱暴に部屋のドアが開く。
「――――――――――今、帰った」
「ていとく!」
インデックスは嬉しさで満点の笑顔を浮かべる。
しかし……垣根の様子が変だ。
「どうしたの? …………顔色、悪いよ?」
「ちょっと、な。あぁ、色々だよ色々。そう…………沢山あったんだよ」
声に覇気がない。
表情は下手な役者が演技しているかのように心というものが伴っていない。明らかに普段の垣根ではなかった。
垣根はフラフラと椅子に崩れ落ちるように座る。
インデックスは、そんな垣根に何があったのか尋ねることは出来なかった。今の垣根は子供のように弱々しく、強さなんて欠片も感じられない。
幾ら十万三千冊の魔道書を記憶していても、神ならぬインデックスには一体垣根の身に何があったのかを知る術はないが、余程のことがあったのは想像できる。
黙ってインデックスは垣根の頭を抱いた。まるで親が子供をあやす様に。
「大丈夫だよ。――――――――私は、ここにいるから」
垣根はその手を振り払うことは出来ない。黙ってされるがままになる。
時計の金がなり、午前0時になった。
「これは、もしかするかもしれんな」
何処かで、一人の男が嗤う。
炎のような真っ赤な髪の青年。それが彼。
「俺様は世界を救う。必要なものは『幻想殺し』そして『禁書目録』。しかし『垣根帝督』、お前に関してはおれの右腕も騒がしくなっているぞ」
彼の名はフィアンマ。
ローマ正教の実質的トップに君臨する怪物である。
全部、潮がいけないんですよ。
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