とある魔術の未元物質
SCHOOL109 アンマン の 味
―――真実は、多数決と一致するとは限らない。
多数の人間が支持したことでも、それが誤りであることがある。真実が多数の人間の期待を裏切ってしまう事もあるのだ。多数の支持が集まるからとはいえ絶対ではない。少数の人間が正しいものの見方をしていることがあるのだ。
イギリスのバッキンガム宮殿で上条当麻は困惑していた。
理由は多々ある。その内の一つが、こうして自分の隣にいる彼女の存在だろう。
「なによ?」
学園都市第三位のLEVEL5『超電磁砲』の異名をもつビリビリ女子中学生こと、御坂美琴が不機嫌そうな顔をする。
そうなのだ。
何でか知らないが、上条と御坂はこうしてイギリスのバッキンガム宮殿なんて場所で、ユーロトンネルの爆破事件やら不穏な動きを見せる魔術結社予備軍『新たなる光』の対策会議みたいなものに参加しているのだった。
(ちくせう、土御門のやつ…………何考えてんだ?)
上条は今日一日の波乱万丈な出来事を順を追って思い返してみる。
何故か現れたビリビリ中学生に捕まり、少し買い物に付き合えと電撃混じりに脅されたのが最初。次にこれまた唐突に現れた土御門が上条を拉致、御坂は土御門が耳元で二三呟くと頭から湯気を出して倒れた。「カミやんの………子供…………愛」などと不穏な単語が聞こえたが、気のせいだと信じたい。
そして次に目を覚ましてみると学園都市の空港にいて、手元にはイギリスのお金だけがあった。日本円はない。極め付きには土御門のメッセージ「イギリスのお偉いさん方がカミやんに『神の右席』とかの話を聞きたいそうだにゃー。ま、仲良くハネムーンもどきしてくるぜよ」ときた。
はっきり言って意味不明である。前半はまだしも後半が意味不明だ。
ハネムーンもどき? 誰と?
何故か御坂美琴まで一緒についてきたので、土御門の頭が狂っていなければハネムーンの相手は御坂ということになるのだが、上条と御坂はそういった関係ではない。御坂だって自分とカップルと思われるだなんて迷惑だろう。ウナバラ10032号とかいうクローンでも出てきた訳じゃあるまいし。
相変わらず主人公らしい鈍感ぶりを発揮した上条は、土御門の応援の一切気付かないまま、こうしてイギリスのバッキンガム宮殿まで来てしまった訳だ。
(しかし、場違いだよなぁ)
明らかに上条と御坂はこの空間では浮いている。
周りにいるのはイギリス女王のエリザード、第一王女リメリア、第二王女キャーリサ、第三王女ヴィリアン、そして騎士派のトップだという『騎士団長』。こんな昔の騎士道物語にでも登場しそうな人達と、『右手』を除けば普通の学生でしかない上条は対極ともいえる。隣にいる御坂の方はお嬢様としての教育も受けているので上条ほど浮いてはいないが、それでも微妙な違和感がある。例えるならフランスの宮殿に着物を着たお姫様がいるようなものだろうか。
(まぁ、神裂もいるし大丈夫か)
ジッと上条は神裂を見つめる。
神裂は片方の足を大胆に露出した大胆なスタイル。彼女と初めて出会ったのは『御使堕し』の時だったが、ファッションセンスは変わりないようだ。
あんな服装でも大丈夫なら、上条と御坂は完璧のノープロブレムだろう。
「ど、どうしましたか上条当麻。私の顔に何か?」
「いや、なんでもない!」
慌てて誤魔化す。
神裂に今自分が考えている事が知られれば殺される。奇妙な確信が上条にはあった。
(それに――――――あのシスターさん)
純白の修道服を着込んだ銀髪翠目のシスター。
彼女のことを上条は知っている。
記憶が正しければ彼女の名はインデックス。神裂によると十万三千冊の魔道書を記憶した魔術に関するエキスパートらしい。
良く分からないが、人は見た目によらないとは言ったものだ。
(インデックス……そんな重要そうな人が9月30日に、どうして学園都市にいたんだ? それに学園都市の第二位)
上条はその手のことに詳しそうな御坂に『垣根帝督』のことを聞いてみた。だが驚くべきことに、第三位の御坂すら第二位のことは良く知らないそうだ。けれど一つ確固たる証拠はない噂に過ぎないが一つの情報を彼女は教えてくれた。
10月9日。学園都市の独立記念日に発生しだ大規模な能力者同士の戦闘。それに第二位の垣根帝督が拘わっていたらしい。御坂も頭がお花畑な友人から聞いた事なので詳しくは知らないと言っていたが、もしそれが正しいとすると垣根帝督が今、インデックスの側にいないことに何らかの関係があるのだろうか。
これも神裂から聞いた話なのだが、垣根帝督はインデックスの保護者役でもあるらしい。保護者ならこういう場所にも一緒にいるべきではないのか。上条はそう思う。
「決定事項は各組織に伝達しろ。……いずれの懸案についても素早く終わらせるとしよう。なにせ、事件は一つしか起こらない、なんて優しい法則はどこにもないのだからな」
エリザードの言葉で会議が終わる。
なんでも女王様や第二王女様の話だと上条は部外者なので関わる必要性はないらしいのだが…………いやはや、玉に自分の偽善使いとしての性分が悲しくなる。
やはり何だかんだで巻き込まれることになるのだろう。
インデックスはバッキンガム宮殿で女王の話を黙って聞いていた。そう。それがインデックスの役目だから黙っていた。
上条当麻というらしいツンツン頭の右手に『幻想殺し』、異能の力なら何でも問答無用に破壊できる力があると知っても、インデックスは沈黙を貫いた。
理由は一つ。
――――――バッキンガム宮殿で、もしかしたら目玉が捻り出るほどの事が伝えられるかもしれねえ。だが一切それについて質問するな。疑問を投げるな。ただ沈黙を貫け。口を開くのは……必要最低限の事だけにしろ。それが例えお前の『首輪』を破壊できる可能性があるものだとしても、お前は平常心を保つんだ。
それが垣根からの指示。
理由は教えてはくれなかった。ただ「信じろ」と一言だけ垣根は言った。
正直、不満がないと言えば嘘になる。『幻想殺し』の存在を知った時、どれほど口に出して質問したかったか。
だがインデックスは垣根を『信頼』している。ならば不満があっても信頼し返す必要がある。故にこうして口に出したい事を何も言わずに、ユーロトンネル爆発事件の調査に第二王女達と共に赴くことになったのだ。
護衛には『騎士団長』とその直属の騎士。そして、
「よう、遅かったな」
垣根は飄々としてユーロトンネルまで行く魔術製の馬車に乗り込んでいた。
「ていとく、話があるんだけど……」
騎士団長や第二王女達に盗み聞きされないように、こっそり垣根に『幻想殺し』のことを知らせようとする。
もし幻想殺しが真実ならば『首輪』を破壊できるかもしれないのだ。しかし垣根の返答は予想外なものだった。
「『幻想殺し』のことなら後回しにしろ」
「知ってたの? ツンツン頭の右手のこと」
「最近な。それより、ほらよ」
垣根がインデックスの手にアンマンを放り投げてくる。
らしくない優しさに違和感を感じながらも、インデックスはアンマンを口に運んだ。
美味しいが……苦い。不思議な味のするアンマンだった。
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