とある魔術の未元物質
SCHOOL110 反逆する 超能力者
―――健康に勝る幸福なし
日々を生きていると五体満足であることが、まるで当然のように感じられるが、世界中を見渡せば五体満足ではない人など幾らでもいる。五体満足、健康であることは幸運であり幸福だ。その事を噛みしめ、自らの幸せを感謝した方が良いかもしれない。
色々と納得できない事はあれど仕事はしなければならない。
『首輪』のことで大いに疑念を抱いていようとインデックスはイギリス清教のシスターだ。垣根はずっと黙り込んだままだ。
インデックスが話しかければ一応の返事はする。だが、会話が続く事はない。相手が受けるだけでは、会話のキャッチボールが成立しないのだ。
「…………ていとく、何かあったの?」
「ああ、ちょっとな」
さっきから話しかけたらずっとこの調子だ。元気がないというよりは、なにか腹に抱えたものを溜めこんでいるのだろう。静かでありながら瞳には強い『意志』のようなものが宿っていた。
垣根は…………恐らく、イギリスのことを嫌っているだろう。少なくとも好印象は抱いてない筈だ。なのに、こうしてイギリスの利益になる行動をしているのはイギリス清教側から「協力すれば首輪の呪いを解除する」という取引を持ち掛けられたから……と聞いている。
普通なら長い旅路のゴールが見えた、と思うところだが、垣根にそんな様子は一欠けらもない。
イギリス清教の取引を疑っているのだろうか。
(いけない。私がしっかりしないと……)
イギリスの取引だってインデックスがポカをすれば取り消しになるかもしれない。
現状インデックスに出来るのは、全力をもってユーロトンネルの爆発事件を調査することだ。
そうこうしていると、漸くユーロトンネルの爆破事件跡地に到着する。インデックスと垣根は魔術製の馬車から降りた。第二王女や騎士団長も同様に降りてくる。
ユーロトンネルは二か所の爆発によって、丁寧に三等分されていた。プロの犯行だろう。
「――――――――――――ッ」
十万三千冊の魔道書を記憶した禁書目録が、その機能を発揮する。
完全記憶能力で記憶したユーロトンネル、その爆発に使われた魔術を一瞬で看破した。
「『ロレートの家』の伝承を基にした、ローマ正教系の術式が破壊の象徴に使われてるね」
ロレートの家とは、イタリアのとある街にある聖母マリアの住居だったといわれるものだ。伝承では過去に二度ほど瞬間移動を果たしたらしい。
「……ただ、このトンネルには『建物が移動する』という半端な効果だけを負荷しているみたい。一部分だけが不自然に『動いた』結果、トンネルに亀裂が入っちゃったみたいだね」
「ふむ」
第二王女キャーリサが頷く。
「オリジナルの『ロレートの家』に関しては、フランスの王様であるルイ九世を訪れている事で有名だね。おそらくその時、断片的に分析してフランスへ持ち帰った礼装の理論を、現代になって、何者かが今回のトンネル爆破に応用したんだよ。……術式の所々に『フランス国内に移動するように』設定を変更した記述が見受けられるからね」
「なるほど。これでフランス系ローマ正教の派閥が関与したのは、ほぼ決定だな」
第二王女キャーリサはインデックスの調査結果に満足したように笑う。
華やかさのない猛き笑みだった。まるで猛獣のような。
「……フランス製の術式のみならず、よりにもよって王家が分析に関与した術式を持ち出したか。その辺の魔術師程度では扱えないはず。首脳陣直属の部隊が動いたと考えるべきだ」
「それは確定できないかも。フランスの王政は既に断絶して久しいから、かつての王様が拘わった術式だからと言って、それが現政権にまでつながっているとは限らないんだよ」
「あそこを収める現政権を操るブレインの礎は、歴代の王に知恵を授けてきた軍師や策士などの集合体だ。組織化されぬ頭脳集団なら、王宮の宝を所有しててもおかしくはないの」
言いつつも、満足そうにキャーリサがインデックスを見る。
「しかし、本当に良かった」
「?」
空気が一変したような、そんな錯覚を覚える。
いや、錯覚ではない。キャーリサの雰囲気が先程とは一変している。まるで歴戦の剣闘士がコロッセオに入場したような、臨戦態勢に入っていた。
「私としては、フランスの関与さえ判明すれば、それで問題なしだ。お前が『今回の件にフランスは関わっていない』と評価を下してしまわなければ。いや、もう一度繰り返すが、本当に良かった。――――お前が望み通りの回答をしなければ、ここで斬らねばならなかったからな」
「!?」
耳を劈く突風音。
キャーリサとインデックスの間に不可視の衝撃が通り過ぎた。衝撃波はそのまま地面へと激突し抉った。
「ほんのジョークだし、垣根帝督」
「性質の悪いジョークは止めやがれ。契約違反すんならテメエが王女だろうと女王だろうとミンチにすんぞ、この糞女」
第二王女を侮辱するような一言に、騎士派の面々が反応する。しかしキャーリサが一睨みするとそれは収まった。
何が起こっているのか、理解出来ない。
唯一つ、垣根と第二王女キャーリサとの間にインデックスも知らない『契約』があったらしいという事は分かった。
そこへ騎士派のトップ、騎士団長がやってきた。
王女やインデックスの護衛であるはずの男の手には、古ぼけた四角い鞄がある。騎士団長が何らかの操作をすると、そこから禍々しくも荘厳なる一振りの剣が出てきた。
「カーテナ=オリジナルか」
インデックスや垣根の前で、指揮棒を振るうような仕草でキャーリサがカーテナを握りしめる。
「英国の伝統を嫌うなら、むしろ率先してへし折るべきだが、精々、利用できるうちは利用させてもらうとしよう」
「英国全域の支配権の確立は完了しています。既にあなたの言葉は、英国全体の意思表示となりますが、フランス側への声明はいかがいたしましょう?」
「禁書目録からの報告を、そのまま告げてやれ。その上で最後通牒をつきつけるの。せっかくイギリスの手で編纂した十万三千冊だ。国益のために使ってやるのが筋だろう」
垣根がやや不機嫌そうにキャーリサを睨む。
キャーリサは気にも止めず続けた。
「……『王室派』と『騎士派』の間接的な働きかけで、軍を動かせるな? ドーバー海峡に駆逐艦を配備しろ。返答しだいでは、いつでもヴェルサイユへミサイルを撃ち込めるように、だ」
「軍を動かす事はできますが、科学サイドの学園都市への配慮はいかがいたしましょう」
「無視しろ。我が国の軍事力は我が国が手綱を握るべきだ。他国からの干渉を受けている方がおかしい。それに学園都市は今後にとって『味方』じゃない。『仮想敵国』だ」
「了解しました」
もう事態が全然掴めない。
インデックスの混乱に対して垣根の顔は涼しいものだ。間違いなく、垣根はこのことを事前に知っていたのだ。
「ていとく、一体どういう、ことなの……?」
「大したことじゃねえよ。クーデターに参加するだけだ」
十分に大した事だ。
インデックスのその呟きを垣根は華麗にスルーした。
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