とある魔術の未元物質
SCHOOL112 未 知
――――――アイデアの秘訣は執念である。
嘗て人々から無謀だ、馬鹿だと後ろ指を指された発明家達がいた。
彼等は等しく不屈の執念でアイデアを生み出していき、やがて人は空へ羽ばたけるまでになった。
しかし彼らに"執念"がなかったのならば、人は何時まで経っても地面を這い蹲っていただろう。
「クーデター、って。そんな、駄目なんだよ!」
インデックスは慌てながらも、真っ直ぐ垣根の目を見て言った。
垣根は決して目をそらさず逆に強く見返す。
「……どうして駄目なんだ? クーデター、革命は止められるべきじゃねえって、どっかの国の政治家も言ってたぜ」
「私は、どういう経緯でクーデターに参加することになったのか分からないけど、私の為なんでしょう? ていとくは自分勝手な理由でこんなことに参加しないもん!」
「買いかぶられたものだな。俺は俺の為にしか行動しねえ。何度も言ってる筈だ。俺は同じことを何度も何度も言うのは怠いんだ」
「でも……!」
「それにお前の『首輪』だけじゃねえ。他にも『意味』があるんだよ」
「意味?」
「ああ、意味だ。色々と先まで見据えたな」
学園都市の逃亡者である垣根には、世界に居場所というものはない。
インデックスの『首輪』を破壊しても、垣根帝督がこの世界で生き延びる場所はどこにもないのだ。科学サイドという一つの勢力そのものを敵に回すとはそういうこと。もはや垣根に科学サイドで生きる道はない。
なら方法は一つ。
科学サイドの対極に位置する魔術サイドに身を置くしかない。
つまりは亡命。
それを成功するには、科学サイドが余りに力をもってしまっては困るのだ。勿論、ローマ正教・ロシア成教が勝利し、覇権を握ってしまうのもやや困る。勝利したローマ正教&ロシア成教が禁書目録の知識を狙いかねない。
その事態を防ぐ為にも、垣根は魔術サイドに身を置くと同時にある程度の力を手に入れておく必要がある。超能力や魔術という暴力だけではなく、権力という別種の力を。
「さーてと、そこの超能力者件協力者。一体いつまで魔道書図書館とお喋りしてるの? 行動は迅速にするよーに、そう言った筈だし」
「超能力者なんて呼び方はして欲しくねえ。俺の名前は垣根帝督だ。そう言った筈だぜ」
「なら垣根帝督、お喋りはそこまでだ。魔道書図書館はフランスへ送る最後通牒の正当性を、周辺諸国へ認めさせるという役目があるのだからな」
「こいつが大人しく従うとは思えねえが」
インデックスの頑固さは共に過ごして長い垣根が一番良く知っている。
口を閉ざす、とインデックスが決意してしまえば、例え拷問しようと口を割らないだろう。無論、拷問など絶対させる気はないが。
「こいつの完全記憶能力は、自らの発言をも正確に記録しているはずだ。そいつを読み取らせれば、信憑性については疑いよーがないだろう」
キャーリサの視線から逃れるように、インデックスは後ろへ下がる。
無意味な行動だとはインデックスも分かっているだろう。だが無駄と知りつつも行動せずにいられないのもまた、人間の性というものだ。
話を纏めるように騎士団長が端的に言う。
「では長期的にはそういう方向として。短期的には、いかように扱いましょう?」
「眠らせろ」
キャーリサが命じた瞬間、インデックスが駈け出した。必死に走っているということは、インデックスの必死な表情と走り方を見れば分かるが……やはり無意味。
ここには異能の力の恩恵を得ずともインデックスより遥かに速い速度で走れる人間が幾らでもいる。
「ふむ。捕まえで鳩尾に叩き込むよーに、と言いたい所だが『歩く教会』を着ている禁書目録にそんな打撃は無意味か。さて、アレにはやって貰う事もある上、健気な協力者の大事な女でもあるし、カーテナ=オリジナルで斬り伏せる訳にもいかないの。どうしたものか……」
「考える必要もねえな。直ぐに終わる」
「ほう」
キャーリサが興味深そうにした直後、パタンッとインデックスが倒れる。
転んだ形跡もなにかの攻撃を受けた様子もない。本当にいきなり倒れて、そのまま静かに眠り始めたのだ。
「『歩く教会』は……敵にすりゃ厄介なもんだ。なんたって俺の『未元物質』ですら衝撃を吸収して受け流しっちまうんだ。露出狂の聖人と糞神父から逃げ回ったって実績もある。だが突破する方法なら、わりと簡単に見つけられた。それが毒、だ。予めここに来る前に睡眠薬入りのアンマンを喰わせておいた。丁度この時刻あたりに効き始めるように俺が作った特別品をな」
「用意がいーな。無骨ものが多い騎士にも見習わせてやりたいくらいなの。清教派の女狐には及ばないが、そこそこ良い感じに頭が黒くなってるし」
「学園都市の上層部ほどじゃねえよ。特に統括理事長様ほどじゃあな。あそこの連中は、頭が利権と金と保身に染まりきってやがる」
「その情報はおいおいと今後に利用するとして、これから忙しくなる。覚悟だけはしておくよーに」
「了解したよ、お姫様。いや新女王陛下様」
妖艶にキャーリサが微笑む。
そう。キャーリサは既に女王だった。名前ではない、女王としての『力』がその手にある。
カーテナ=オリジナル、このイギリス国内においてのみ『天使長』ミカエルの力を行使する事を可能とする剣。
玉座にこそ座っていないが、キャーリサは確かに『女王』として君臨していた。
(これは、負けを認める必要がありしことね)
イギリス清教のトップ。
最大主教ローラ=スチュアートは心の中でそう呟く。
(本来なら、ここで上手く上条当麻……『幻想殺し』というカードを使い、学園都市からこちらに引き込むつもりでいたけれど、第二王女が一歩速かった)
ローラは自分自身の能力を過大評価してはいないが、過小評価もしていない。
自分の口先なら垣根帝督という人間をやり込め、LEVEL5という『戦力』を、学園都市側から奪い取ることが出来ると踏んでいた。
そして垣根帝督がイギリスに来てからの行動にも、なんら不思議なものはなかった。
計画は予定通り進んでいる。後は垣根帝督と直に話すだけ、そう考えていたのが甘かった。どうやら垣根帝督の戦闘力にだけ目を奪われ『頭脳』には目を向けていなかったらしい。
学園都市最高峰の頭脳とは伊達ではなかった。
垣根は第二王女と接触していたことをローラにも、そしてイギリスという国家にも知られる事なく、このクーデターに参加してみせたのだ。
(それにしても、第二王女が垣根帝督と手を組むとは、予想外にもほどがありけるのよ)
第二王女は『頭脳』ではなく『軍事』。
垣根帝督を引き込むという謀略に出るとは、ローラにとっても意外だった。
(何か未知の指向性が関わりたる臭いがしけるわね。まさかアレイスター、それとも……)
ローラは一端思考を止める。
なにはともあれ、このクーデターを阻止することだろう。さもなければイギリスという国そのものが、いやローラ自身にも『死』という末路しか残らないだろうから。
対インデックス用最終決戦兵器、その名はアンマン。
さて折角なので次話のタイトルだけ予告します。
次回、二つの物語が交差する時
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