とある魔術の未元物質
SCHOOL115 不条理という 幻想
―――太陽には太陽の輝きがあり、月には月の、そして星々には星々の明るさがある
この世に一つの光しかないのでは随分と寂しいものだ。朝と昼や太陽が照らし、夜には月と星々がお互いを主張するからこそ、夜空は美しい。それと同じように、人間が全て美男子と美女だけでは輝きというのも随分と退屈なものだ。
上条当麻にはプロの兵隊さんのように愛銃を整備したり、騎士のように剣を磨いたり、魔術師のように術式をチェックするなどといった事とは無縁だ。
ただ右手の拳を握りしめるだけで戦闘準備は完了する。
「御坂、ちょっと下がってろ。良く分からねえけど、ビリビリが使えねえんだろ」
「で、でもアンタだけじゃ!」
「いいから下がってろ! そして頼む。あいつを、女子寮まで連れて行ってくれ。あいつのことを信じない訳じゃないけど、戦闘の余波に巻き込まれちまうかもしれない」
「……分かったわ。でも絶対にすぐ戻るから……死ぬんじゃないわよ」
「ああ、頼む。御坂……」
御坂がまだ意識が回復していないレッサーをおぶって女子寮まで走っていく。
これでいい。
元々御坂はこのクーデターとは関係ない部外者なのだ。理屈は不明だが、LEVEL5の第二位なんて相手と無理して戦う必要はない。それを言うなら上条も部外者なのだが、クーデター側に参加しているらしい垣根帝督の方は上条に用があるらしいので完全な部外者ではない。
「そういや上条当麻……一つ訊いておきてえ事がある」
「なんだよ?」
「8月21日……第一位の『一方通行』を倒したのは……テメエか?」
「それと、テメエに何の関係があるんだよ」
「いや、ほらな。まさかとは思うが……第一位に勝てたからって、第二位にも勝てるだなんて『幻想』を抱いてるんじゃねえかと思ってな」
上条の目が細まる。
そんな幻想なんて微塵も抱いていない。一方通行に勝てたのは……不幸体質の自分にしては運にも恵まれたからだろう。『幻想殺し』は確かに異能の力なら神の奇跡だろうと打ち消せるが、それを持つ上条当麻は改造人間でも無敵超人でもない、単なるちょっと喧嘩が強いだけの高校生に過ぎない。
8月21日も、一方通行が戦いのド素人だったことと、妹達の援護がなければ負けていたのは自分だっただろう。
(未元物質とか言ったか? こいつの能力……)
良く分からないが第三位の御坂の電撃を『出せなくした』ことや、第二位という序列から考えてもかなりの強敵だろう。
しかも上条の予想だと、垣根帝督は戦闘慣れしている。どんな攻撃でも跳ね返す『反射』の膜に常時覆われていた、8月21日時点での一方通行よりも余程。
最悪、あの一方通行よりも上条にとっては難敵かもしれない。
「その目つき。どうやら自分の力を勘違いした馬鹿じゃねえみたいだ。だから……もう一度だけ忠告してやる。――――――諦めな、お前じゃ俺には勝てねえ。工夫次第で勝てるかもしれないって段階を超えちまってる。俺は外道の糞野郎だが、両手を上げて降参した人間まで殺すような野蛮人じゃねえ。命の安全は保障してやる。いいか、これは警告じゃねえ、忠告だ。よ〜く考えて返答を」
「…………おい。どうして、俺の『幻想殺し』が欲しいんだよ?」
「あン?」
「俺の右手はビリビリのように電気を出す事も、自分を幸福にすることも、空を飛ぶこともできない。ただ異能を殺すだけだ。…………そんな右手が必要ってことは、お前にも殺したい『幻想』があるのか?」
「なんだ興味があるのか? まぁ、自分の右手がどう使われるのか知らなきゃ降伏も出来ねえか。いいぜ、インデックスが少しばかり世話になったようだし、その借りを返す意味で教えてやる」
「………………」
「インデックスにはイギリス清教が仕掛けた『首輪』ってもんがあってな」
「首輪?」
首輪というと、犬の首につけるあれだろう。
記憶を穿り返す。
インデックスの首にそのようなものは付いていなかった……と思う。もしそんなものが付いていれば否応なく目に留まるだろう。
「そう『首輪』だ。十万三千冊の魔道書。それを記憶するインデックスを自由にさせない為に、ある程度制御する為に仕掛けられた糞なシステムだよ。『首輪』がある限りインデックスは自分で魔力を生成できねえし、一年周期でエピソード記憶の全てを破壊しなければ死ぬ事になる。しかも『首輪』をどうにかしようとすれば、『自動書記』が起動して十万三千冊の魔道書を記憶したインデックス自身が襲い掛かってくる」
「エピソード記憶を、破壊する!?」
「ああ……何かの切欠があれば戻るような、記憶喪失なんてチャチなものじゃねえ。テメエの『幻想殺し』でも戻せない、完全な記憶破壊だ
「そんなものが、あの子に」
上条は思い出す、9月30日。風斬を助ける為に一生懸命になってくれた少女を。あの子は、そんな過酷な運命を強いられていたのか。
エピソード記憶とは、思い出だ。それを破壊するということは、その人間を殺すことにも等しい。
合点がいった。確かに全ての異能の力を打ち消す事が出来る『幻想殺し』なら『首輪』なんて下らない幻想をぶち殺せるだろう。
「分かった。なら俺をその子の所に案内してくれ。もし『首輪』を破壊できれば、アンタが戦う理由はなくなるだろ!」
「駄目だ」
「なんでだよ!」
「……お前の『幻想殺し』なら『首輪』を100%確実に破壊できるかもしれねえが、無理矢理破壊したせいでインデックスに悪影響が出ねえと、完全に断言できるのか?」
「それは……」
分からない。
イギリス清教が仕掛けた『首輪』だ。上条の頭の悪い脳味噌じゃ理解できないほどの難解な理屈で構成されているのだろう。それを『幻想殺し』で破壊した時、100%絶対にインデックスという少女に悪影響が出ないかと問われれば、断言することは出来ない。
「俺は少しでも可能性がい選択肢を選ぶ。あいつの『首輪』を正規の手段で解除するには『鍵』が必要だ。鍵を使って首輪を解く。その為に俺はこのクーデターに参加している訳だ。キャーリサがこの国の女王になりゃ、多少強引な手を使ってでもイギリス清教から『鍵』を提出させる。テメエの『幻想殺し』は『鍵』が見つからなかったときの為のスペアプランだ」
「その気持ちは分かる。けど――――」
垣根帝督を真っ直ぐに睨む。
幾らインデックスという少女を助ける為だろうと、この国の皆が泣くクーデターを成功させる訳にはいかない。
「悪いが問答する事は何もねえよ。その目からして、降伏する意志はねえようだ」
垣根の威圧感が一層増す。
上条は拳から血が出るほど強く手を握りしめた。怒りが爆発しそうだった。『首輪』を仕掛けたイギリス清教にも、クーデターを起こした第二王女にも、それに参加した垣根帝督にも、そして何より不条理という名の幻想そのものに対して、上条当麻は怒りを抑えきれなかった。
(神様。もしも、この物語が…アンタの作った奇跡の通りに動いてっんなら……まずはその幻想をぶち殺す!)
上条は決心した。
クーデターを阻止する。御坂を守る。そして…………垣根帝督とインデックスを助けると!
目指すのは、誰も苦しまない最高のハッピーエンド唯一つだけだ。
旧約編が終われば新約編……といきたいですが新約がまだ完結していないので難しいですね。というかフレメア関連で垣根を差し置いてレイビーとかが活躍しそうな勢いです。
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