とある魔術の未元物質
SCHOOL117 インデックス の 決断
―――神は勇者を叩く。
勇者や英雄ほど苦難が訪れる。そして苦難を乗り越えた数だけ、英雄は強く成長していくものだ。その苦難が神の試練なのだとすれば、神が英雄に試練を課すのは何故なのだろうか。ただ英雄を成長させるだけにしても、大抵の英雄は非業の死を遂げるものだ。神は天気のように気紛れなのかもしれない。
騒乱の渦中、ゆっくりとインデックスは目を覚ました。
まだアンマンに入っていた睡眠薬が抜けきってないのか眠い。それでも、インデックスは気力で起き上った。
インデックスに仕掛けられていた『首輪』。それはアンマンに仕掛けられていた睡眠薬を魔道書図書館に害を与えるものと判断し、自動的に睡眠薬を除去していったのだ。
やがて完全に睡眠薬の影響が取り除かれ、インデックスの意識がはっきりしていく。
「ここは……?」
どうやらユーロトンネルに来るときに搭乗していた王族用の馬車の中らしい。だが、乗ってきた時と違うのは外からインデックスが出られない様に結界が張られているということだ。見た所、イギリスの術式。これを張ったのは十中八九イギリスの術者だろう。そしてクーデターの首謀者が『軍事』の第二王女だという事実から推測するに、騎士派に所属する魔術師の張ったもの。
その食い気と機械音痴から勘違いされがちだが、インデックスは決して頭が悪くない。寧ろ、学園都市第二位の頭脳をもつ垣根に匹敵する頭脳をもっているといっていいだろう。それは、垣根から科学サイドの情報を電話越しに教えられただけで、打ち止めに仕掛けられた科学的ウイルスを取り除き、風斬を正気に戻したことからも分かる。
「ていとく……やっぱり、なにかあったのかな?」
垣根が変になったのは、エリザリーナ独立国同盟に帰ってきた時からだった。いや、より正確に言えば『心理定規』という少女が現れて、そしていなくなってからだ。
インデックスにもなんとなく予想はつく。
垣根は心理定規のことに関して全く話そうとしないが、きっと『心理定規』はなんらかの目的があって垣根の下に来て、そして垣根はその心理定規の為に何処かへと向かったのだ。恐らくは学園都市へと。そうでなければ、いきなりエリザリーナ独立国同盟にインデックスだけを置いて、何処かへ行くなんて有り得ない。
(心理定規って……ていとくにとって、どういう人だったんだろ)
インデックスには垣根帝督と出会った時の記憶がない。意識が覚醒した時には既に垣根はインデックスを大切にしてくれていて、インデックスは心のどこかで垣根のことを『大事』に思っていた。
けれど、垣根がどうして自分の為に戦ってくれるのか……その切欠が分からないのだ。いや、それはいい。垣根が自分のために戦ってくれるのは……申し訳なく思うと同時に嬉しくもある。
どうしても気にかかる事、それは……自分と出会う前の垣根のことを全く知らないということだ。
学園都市で垣根はどう過ごしていたのか、友達はいたのか、出生は、親は、友達は。
インデックスは垣根について何も知らない。
(やっぱり心理定規は知ってたのかな?)
完全記憶能力をもつインデックスは心理定規と垣根帝督の会話を一言一句正確に記憶している。
垣根に言わせれば、元上司と部下ということだったが……なんとなく、それだけではないような気がした。
根拠はなにもない。女の勘というやつだろう。
(それに……私をエリザリーナ独立国同盟に置いてった後、ていとくはどうしてたんだろ。何が、あったんだろ)
垣根は何も話してくれない。聞いても答えてはくれない。ただ……聞いたら触れて欲しくなさそうな顔をしたからインデックスもそれ以上は踏み込まなかった。
人には誰かに話したくない事もある。それが、どれだけ親しい間柄だったとしても話したくない過去というのは二つ三つはあるだろう。家族や友達同士では秘密をもってはいけない、なんてことはないのだ。寧ろ近い間だからこそ話せない事もある。
だが、あの時を切欠に垣根が多少変わったのは間違いない。どこか昔より恐く、そして焦っているように見えた。なにかに苦しんでいるように見えた。
(ていとくは、ずっと私の為に戦ってくれた)
インデックスの脳裏に垣根と歩いてきた旅路がフラッシュバックする。学園都市を飛び出し世界中を飛び回った長いようで短いような旅路。
アイテム、聖人原石、後方のアックア、暗殺者、神の右席…………。
いつも垣根はボロボロになりながらも、強敵に立ち向かっていった。
(だから今度は私が、ていとくを助けないと!)
インデックスは馬車に仕掛けられた術式を解析する。
不幸中の幸いだ。ここに仕掛けられた結界は自動制御ではなく遠隔操作型。これならばいける。
「結界は開く」
強制詠唱。結界が人一人が通れるような穴を空けていく。
インデックスは一度首だけを穴につっこみ、誰もいないことを確認すると……そろりと馬車を抜け出す。
正直、クーデターの動機や垣根の目的なんてものをインデックスは知らない。
だが、このまま黙ってここで寝てはいられないという事だけは分かっていた。
「どういうことだよ、騎士様!?」
バッキンガム宮殿の玉座の前で、ある程度の掃討をし帰還した垣根が騎士派に所属する騎士の一人の首根っこを掴み、壁に押し付けた。
垣根の顔には明らかな苛立ちがある。
「インデックスが逃げ出したってのは……どういう了見だ、アァ!」
「ぐ…ぉあ……苦し……」
人間とは思えぬ腕力で首を掴まれている騎士が酸素を求めてもがき苦しむ。
しかし、そんな騎士を垣根は更に追い詰めるように力を込める。
「苦しいだぁ? そんなに苦痛が嫌なら今すぐ楽にしてやろうか。テメエの首の骨を折って」
「違……。魔道書図書館は………私の、仕掛けた術式を……強制詠唱で突破して……」
「馬鹿野郎が。ンなもん遠隔操作じゃなくて自動制御にしてりゃ問題なかっただろうが! いや、例え遠隔操作だったとしても、見張りの騎士を一人でも用意してりゃ良かった。インデックスの身体能力は大したもんじゃねえ。『歩く教会』があってもな。なのに逃がしたってのは、完全にテメエのミスだろうが!」
垣根は乱暴に騎士を放り投げ、地面に叩きつける。それを見ていた他の騎士も内心で助けたいと思っていても、玉座に座る第二王女キャーリサへの遠慮と、垣根帝督の恐ろしさに実行できずにいた。
あの騎士は決して弱くはない。騎士派の中でも中の上あたりに地位する実力者。カーテナ=オリジナルの恩恵を受けている今では一流魔術師でも単体で打倒できるほどには強くなっているだろう。
それが、どうだ。学園都市第二位のLEVEL5の前では、まるで生まれたばかりの赤子だ。抵抗らしい抵抗も出来ぬまま、こうして地面に叩きつけられている。
「おい、キャーリサ。どういうことだ?」
垣根の視線が騎士からキャーリサに移る。
狙いがキャーリサとなったとあれば騎士達も黙っている訳にもいかない。垣根がどう動こうと対応できるように剣に手を伸ばした。
「俺はテメエならクーデターに勝てると思ったから手を貸してやった。なのに蓋を開けて見りゃ、クーデター開始早々に騎士派のトップ『騎士団長』がやられて、第三王女も取り逃がし……極め付きにはインデックスまで逃げ出したときた。しかも、あちらさんにはアックアのゴリラが加勢だと?」
「耳が痛いな。確かに私としても『騎士団長』の離脱は多少は痛い。だが……そんなものは微々たる問題なの」
「微々たる? 騎士派のトップがやられることが微々たるとは、随分と豪気なお姫様じゃねえか」
「事実だ。私の手にカーテナ=オリジナルがある限り、このイギリス国内において私が敗れる可能性はゼロだ。なにせ私は天使長としての力を振るえる。それこそ本物の大天使でも出てこない限り、私を阻めるものはイギリスにはいないの。こちらの失態については――――――」
キャーリサがカーテナを振るう。すると次元断層が起き、地面に倒れていた騎士を吹っ飛ばした。カーテナの威力をもろに受けた騎士は悲鳴の一つあげることもできないまま、意識を刈り取られ倒れる。
「――――これで納得するように」
「チッ。…………まぁいい。兎に角、俺はインデックスを探す。まさか邪魔はしねえよな?」
「好きにするといい。ただ余り勝手な真似は慎むよーに。お前と私との間で交わされた『契約』に従え」
「それは了解しといてやる。上条当麻の方も確保しておかなきゃならねえしな。ついでにイギリス清教の女狐も」
垣根が身を翻した瞬間、バッキンガム宮殿全体を巨大な力が震わせた。
力の発生源はカーテナ=オリジナル。所有者に天使長『神の如き者』の力を与える剣が暴走しているのだ。
「これは!」
騎士派の誰かが叫んだ。
しかし、キャーリサは力強くカーテナ=オリジナルを握りしめ……やがて、暴走が引いていった。
(へぇ、やってくれるじゃねえかよ。イギリス清教も)
目に見えぬ敵にそう心の中で毒ずく。
垣根は壮絶な笑みを浮かべてみせた。
インデックスが復活しました。第一話からというものの「歩く教会」は過労死寸前になるまで酷使されています。インデックスは本作品の"ヒロイン"なのでしっかり活躍させないと。というかこのままだと主人公の座が上条さんに奪われそうです。外伝の超電磁砲で上条さんの出番が抑え目なのは、キャラが濃すぎて美琴の影が薄くなるからだそうですが……確かに納得です。
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