とある魔術の未元物質
SCHOOL127 クーデター 終幕
―――アイデアの秘訣は執念である。
嘗て人々から無謀だ、馬鹿だと後ろ指を指された発明家達がいた。彼等は等しく不屈の執念でアイデアを生み出していき、やがて人は空へ羽ばたけるまでになった。しかし彼らに"執念"がなかったのならば、人は何時まで経っても地面を這い蹲っていただろう。
思えば、ずっと一緒にいた垣根とインデックスだったがこうして相対するのは初めてだ。
敵として、相対するのは。
「インデックス……お前が、俺を止めるだって? 勝てると思ってんのかよ。幾ら十万三千冊の魔道書と鉄壁の『歩く教会』があるとはいえ、魔力の扱えねえお前じゃ俺を倒すことは出来ねえ。まさか分からねえとでも言うんじゃねえだろうな」
「……そうかもしれない。だけど私一人じゃないんだよ!」
「そういう事だ。気が進まないが加勢させて貰う。本来なら殺してもいいんだけど、半殺しで勘弁するよ」
「これ以上、あの子も貴方も苦しませません!」
スッとインデックスの隣に立ったのはステイルと神裂。
インデックスの為に戦う事を誓いながらも最大主教の仕掛けたトラップにより、『首輪』の事を記憶から殺され盤上から消え去っていた駒だ。
チェスにおいて盤上から消え去った駒は役立たずである。しかし将棋はそうではない。盤上から消えた駒は再び盤上に戻る事が出来る、逆転の一手となることが出来る。
神裂火織とステイル=マグヌスは、長いような短いような歳月を経て守るべき姫の下に集った。
「聖人が二人に魔術師一人、十万三千冊の魔道書図書館が一人か…………成程な」
インデックスの『強制詠唱』がある以上、魔術の使用は制限されてしまうだろう。
つまり垣根は魔術以外の超能力にのみ頼らざるを得なくなるという訳だ。
そして超能力のみで垣根は一流の魔術師一人に聖人二人を相手しなくてはならない。
「だが、いい条件だ」
垣根の背中から光翼が噴出していく。
聖人ですら扱いきれぬほどのエネルギーを垣根はいとも容易く掌握した。
「『自らの手綱は己が手にのみ』!」
垣根は刻んだ魔法名を言い放つ。
魔術はどうにも制限されたようだが、幾らでもやりようはある。この光翼があれば。
「――――世界を構築する五大元素のひとつ、偉大なる始まりの炎よ。
それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。
それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。
その名は炎、その役は剣。
顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ――――――――魔女狩りの王ッ!」
既にルーンは張り終えていたらしい。
炎の魔人が前の戦いの時以上の大きさで顕現する。ステイルはイノケンティウスを摂氏3000℃の炎の塊と言っていたが、確実にそれ以上の熱があるように見受けられる。
どうやらルーンの枚数をかなり多くしたらしい。しかし周囲を見渡す垣根はルーンらしきものを発見できなかった。どうやら破壊されないように小細工を弄したらしい。
「……この男とは一対一で戦いたかったという気もありはしたが、加勢に感謝するのである。天草式の聖人よ」
「その謝意は結構です。私は私の為にもここにいるのですから。天草式の女教皇としてではなく、あの子の友人である神裂火織として」
「こんなノリは僕のキャラじゃないけど――――――本気を超えて全力でやらせて貰うよ」
アックアと神裂、ステイルとの間に何かシンパシーのようなものが伝わる。
そして三人はほぼ同時に宣言した。身に刻んだ魔法名を。
「我が名が最強である理由をここに証明するッ!」
「救われぬ者に救いの手を! 」
「その涙の理由を変える者」
アックアが、神裂が同時に垣根の所にまで跳躍してくる。
どうやら聖人としての最大出力で来ているらしい。動きに遠慮というものがなかった。
「しゃらくせえんだよ!」
光翼を操作し、アックアや神裂に向かわせる。
この世のあらゆる物質を容赦なく破壊するほどの力を持った翼は最初に神裂へと迫った。神裂は身に迫る脅威を一瞥すると、手慣れた動きで鞘に手を伸ばす。
「唯閃!」
高速と呼ぶ事すら生ぬるい神速の居合切り。
神をも殺す術式で編まれた奥義は、あっさりと神に比肩し得るエネルギーたる光翼を両断した。しかし、こんなもの垣根にとって痛手でもない。光翼がどれだけ斬られようと、直ぐに元の様に噴出させることが出来るのだから。
だが神裂により光翼を両断された事で僅かながらの突破口が出来た。その穴にアックアは飛び込む。巨大な大剣アスカロンを握ったアックアは剣の峰で垣根を殴った。
「情けでも、かけてるつもりかコラッ!」
アスカロンは垣根を庇うように前へと出た光翼によって受け止められた。アックアはアスカロンを押し込もうと力を入れるがどうにも光翼は押されてくれない。
「後ろががら空きだ、垣根帝督!」
しかしながら垣根の敵はアックアと神裂だけではない。
ステイルが従えし炎の魔人が背後から垣根へと襲い掛かる。
「――――面倒臭ェことを!」
イノケンティウスが覆いかぶさるように垣根に圧し掛かる。アスカロンと同様に光翼で防御するが、なにしろ摂氏3000℃を超える炎だ。近寄られるだけでも酷く汗をかく。それに更にアックアも攻撃を止めた訳ではなかった。アスカロンは未だに垣根の光翼を破壊しようと執拗な攻撃を加えていた。
(聖人二人に魔術師だァ。この程度が――――)
垣根は光翼により力を込める。
そう。カーテナから供給されし莫大な『天使の力』をありったけ光翼に流し込んだ。
「効くと思ってんじゃねぇええええええええええええ!」
「こ、これは!?」
神裂が絶叫する。
異なる力を無理に流し込まれたせいか、光翼が奇妙な反応をし始めた。バリバリと光翼が赤と黒に点滅しながら無尽蔵にエネルギー密度を増幅させていった。
「いかん! 離れるのである!」
アックアが慌てて垣根から離れる。
それと同時に光翼が凝縮され過ぎた密度に耐え切れず爆発した。
イギリスの大地を光の閃光が覆う。
光が止むと、その中心にいた垣根がボロボロになりながら地面に降りたった。光翼が自分の体から出ていたお蔭か、あの爆発は自分の方向にベクトルが向いてはおらず、爆発から誰よりも近い場所にいながらダメージはそれほど酷くはない。無論、酷くはないと言うだけでダメージはあるが戦闘の続行は可能だ。
「これで終わりだな」
しかしアックア達の方はそうもいかない。
あの爆発を受けてアックアと神裂、そしてステイルは今すぐには立てない程のダメージを受けていた。聖人であるアックアと神裂なら治癒魔術を受ければ一日で全開しそうだが、少なくとも今すぐ戦闘を続行することは出来ない。
これで垣根帝督の勝利は確定。
次はクーデター全体の勝利を決定づけなければならない。
幸い厄介だった聖人たちは消えた。もはや垣根の敵はいない。
「――――――――――――献身的な子羊は強者の知識を守る」
たった一人の小さな少女を除けばの話だが。
魔法名は少女が十万三千冊を記録した魔道書図書館であることを示しており、同時に少女が攻撃とは無縁の優しき少女であることを表していた。
しかし子羊は時に、守るために牙を剥く。
何かを守る為なら子羊だろうと何だろうと牙を剥くことが出来る。
「ていとくぅーーーー!」
戦場には似つかわしくない間抜けな声が響き渡る。だが、それこそがインデックスとも言えた。
あの爆発がありながらもインデックスは全くの無傷だった。
爆発地点から離れた場所にいたというのも一つの理由だが、なによりも『歩く教会』だ。イギリス清教が用意した鉄壁の防御礼装はあの爆発からインデックスをしっかり守り切っていた。
「インデックス、俺は」
垣根は攻撃しようとしたが、出来なかった。
今まで垣根帝督の行動理由の中心にはインデックスという少女がいた。そのインデックスをよりによって垣根帝督が攻撃出来る筈がない。
つまり垣根帝督にとって聖人でも魔術師でもなく、インデックスという非力な少女こそが唯一にして最高の弱点だった。
スペードの3は最弱の数字だ。しかしスペードの3は最強のジョーカーを唯一倒す事が出来る切り札である。
インデックスは垣根に飛びかかり、その頭に噛み付いた。
まるで、これは日常への回帰。戦場のど真ん中だというのにインデックスは無理矢理、垣根帝督を日常へと引き戻した。
頭に走る懐かしくも凄まじい痛み。
垣根はゆっくりとインデックスと折り重なったまま地面に倒れていった。
その瞬間、カーテナ=オリジナルからの『天使の力』の供給も途絶える。
――――――クーデターはそうして終焉を迎えた。
――――――これが『ヒロイン』だ。地獄に堕ちても忘れるな。
まさかのインデックスの勝利、垣根敗北。これで垣根はインデックス相手に二戦二敗です。
主人公がラスボスに倒されたことでクーデター編も一段落ですね。しかしクーデター編は苦労しました。何が苦労したって、普通に進めたら上条さんに主人公の座を奪われてしまいそうだったのが一番の苦労でした。
流石にここまで書いておいて、上条さんの「そげぶ」で垣根が吹っ飛ばされ、そのままの勢いで「首輪」も破壊なんてことになったら、垣根の立場が余りにもなさすぎますからねw
最後に短編七つの最後の一つ、つまり私自身の短編が漸くというかなんというか書き終わりました。内容に関しては過度の期待はしないで下さい。ていうか純粋に垣根の活躍を見たい人は飛ばしてもらっても一向に構いません。ノープロブレムです。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m