とある魔術の未元物質
SCHOOL139 負けて死ね


―――偉大なる嘘つきは、偉大なる魔術師だ。
人は嘘なくしては生きられない。生きていく上で必ず人間は嘘を吐く。
けれど嘘にも色々と種類がある。人を傷つける傷つけない、ではない。それが大いなる嘘か小さな嘘かだ。嘘は大きければ大きい程に良い。小さな嘘など、つまらないだけだ。











 ベツレヘムの星。
 ローマ、ロシア、イギリス中の教会などに保管された聖遺物を根こそぎ吸収し、ローマおよびロシアの魔術式なども合わさり生み出された空に浮かぶ巨大な城。
 いや、城と言うのはスケールがデカすぎる。寧ろ島と表現するのが適当だろう。上空に浮かぶ半径数十キロはある巨大な塊は。
 ラッパは鳴る。王の降臨を称えて。
 讃美歌は鳴りを潜める。神の冒涜者の出現に。
 そして鎮魂歌は奏でられる。終わりを迎えようとする世界に対して。
 生まれ出るは冒涜の王国(デス・キングダム)。神の上を目指し至ろうとしたフィアンマによるフィアンマの為だけの王国。
 そして王国から一体の尖兵が王の命により出陣する。

「jiogajgjgiojea還nivoangioenjgire使inioangiajinbuue足りnioaniengnvoerj右方n」

 夜空を咲くように幻想的な水翼を羽ばたかせ飛翔するは嘗て『御使堕し』により地上に落とされた大天使ガブリエル。後方の水を司る天使、一夜にて世界を滅ぼすだけのエネルギーをもった神の下僕が神上にならんとする王者の命を受け出撃したのだ。

「biovjaigioe死ngioiojioj空ngiova願うboigvaiogien」

 ノイズ混じりの声。ガブリエルが思うはただ望郷の念のみ。
 そして時に望郷は執念を生みあらゆる欲望を超える。ガブリエルは元いた場所に還るため、人間界に住まう者達にその力を振るい始めた。
 学園都市の最新兵器であるヘリがガブリエルに向かってミサイルを放つが、神の下僕たる大天使を高々鉄の塊如きが打ち破れる筈もない。
 ガブリエルはただヘリを一瞥すると、未知の力場のようなものがヘリを真っ二つに両断してしまった。
 
「hniioajigjio明鏡nigajiogji樹naija世界ngvoa」

 フィアンマの王国に住まう者はフィアンマ唯一人。
 だが彼の王国の軍事力は王自身と大天使ガブリエルを抱え正に最強。 
 王の敵対者は絶望し、仮初の同盟者は怒りを滲ませる。
 されど人々の歩みは終わらない。生きている限り人の歩みは止まることがない。
 顕現した王国を前にして尚、この争いを止めようと動く者達がいた。


「良いか。これはお前を生き延びさせるための戦いだ。だから、戦争が終わるその時まで、絶対に死ぬんじゃないぞ」

 元はローマ教皇と呼ばれ教徒の尊敬と敬意を一身に集めた老人マタイ=リースは力強く聖ピエトロ大聖堂の地下に歩いていく。
 その力強さ、漲る気力。とても老人とは思えない。老いて益々盛ん。これは三国時代の老将軍を指す言葉だったか。成程、今のマタイ=リースにはそれだけの迫力がある。
 年を取ったからこそ弱くなるのではなく、年をとり多くのものを見つめてきただけ強くなる。それは単純な腕力を意味しない。
 精神的にもマタイ=リースという『人間』は誰よりも強かった。

「大天使ガブリエル……このような場でなければ、私も一人の十字教徒として貴方に祈りを捧げたのだろうか」

 マタイ=リースはふとそんな感傷を洩らす。
 大天使ガブリエル。四大天使に名を連ねる十字教徒にとっては崇めるべき神聖な存在。彼の天使は十字教における重要な出来事にも多く関わっている。
 しかしマタイ=リースは敢えて大天使ガブリエルに背を向け、世界大戦という名の魔物へと向かっていく。
 幾ら魔術の腕が卓越していて人望があろうとマタイ=リースは一人の人間だ。フィアンマやアックア達……そして垣根帝督や上条当麻のように特別な素養は持たない。代わりなど幾らでもある、ヴェントにそう言われたこともある。
 それは認めよう。
 マタイ=リースはその事実を受け止めた上で、一人の十字教徒として行動するだけだ。別にこの世の真理などというものを悟ったと気取る気は毛頭ないが、一つだけ確かなことは世界中の人々の多くは戦争よりも平和を望んでいるということだ。
 ならば平和のためにマタイ=リースは戦う。それが自分の首を絞める絞首台への階段だったとしても。この戦争の原因を作った一人として、マタイ=リースには責任があった。



 戦争を止める為に奮闘する者もいれば、ただ怒り狂いながら戦争を指揮する者もいる。
 ロシア成教の司教、ニコライ=トルストイはフィアンマの創り上げたベンツへレムの星を見上げながら、ただ怒りに肩を震わせていた。
 事前にニコライ=トルストイの構築していた予防策も、フィアンマに予見され失敗に終わった。フィアンマに協力したことの代価を得る事も叶わず、フィアンマはニコライ=トルストイなど歯牙にもかけず自らの目的を遂行しようとしている。
 これでは自分は単なる道化だ。
 ローマ成教の総大主教の椅子が遠ざかっていくのをひしひしと感じる。

(ふざけるな……!)

 このままにはしておけない。
 フィアンマはもはや敵だ。大天使ガブリエルとそれを操るフィアンマは同盟しているとはいえロシアに対し温情を見せることはないだろう。フィアンマにとっての標的は世界そのもの。アジアもヨーロッパもユーラシアもアメリカも、白人も黒人も黄色人種もない。
 全てが等しく平等。平等にフィアンマの標的なのだ。もしフィアンマにとって平等ではないものがあるとしたら、それはフィアンマ自身に他ならない。

「『蓄え』を出せ!」

 そんな事以上にニコライ=トルストイには自分をコケにしたフィアンマが許せない。裏切った代価だ。あいつの計画を木端微塵に破壊し尽くしてやる。
 ニコライ=トルストイはロシアの未来がどうなるかなど無視して命じた。
 嘗て一つの街を死都へと変貌させた禁断の兵器を。

「今すぐあの要塞を吹き飛ばしてやる! 今すぐだ!」

 核兵器。
 数を討てば世界中から生命という物を抹消できるほどの、人類がこの世に生み出してしまった禁忌。その兵器を開放せよと命じたニコライ=トルストイだったが、部下の返答は意外なものだった。

「出来ないだと!? どういうことだっ!」

 電話の向こうの部下にニコライ=トルストイは怒鳴る。
 けれど怒鳴った所で部下の意見が変わる事はない。

『そ、それが妙な正体不明のウィルス……のようなものが邪魔して、格を発射することが出来ない状態に』

「ウィルスのような、だと! はっきりしろ! ウィルスかそうじゃないのか」

『私としても専門家ではないので何とも。ただ専門家によると、この世に存在する筈のない良く分からないものが核を開放する邪魔をしているようでして。……あー、そちらに情報を送ります』

 ニコライ=トルストイは司教で魔術サイドに属する人間だったが、今時部下とのやり取りを伝書鳩や手書きの書類だけでする筈もない。部屋には当然PCもあった。
 ニコライのPCにそのデータというのが送られてくる。

「な、な〜にこれ〜」

 ニコライは絶句した。
 PCの画面にはメルヘンな白い翼を生やした二頭身のキャラクターが口ぐちに日本語を呟いていた。

『常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ常識ハ通用シネエ』

 性質の悪い悪夢を見ているようだ。
 ニコライは頭を抱え蹲る。常識は通用しない、嗚呼確かに色々と通用していないようだ。
 世界はこんなにも非常識であった。
 ニコライは知らないことだが、適当に基地を潰して回っていた垣根は偶然にもロシア軍の『蓄え』の事を知り、それを起動できないようなウィルスを仕掛けておいたのだ。未元物質で生み出された未知のウィルスなのでワクチンを作りだせるのは当然垣根のみ。学園都市の科学力ならば或いはウィルスを突破できるかもしれないが、ロシアの科学力では未元物質の解析なんて無理だろう。魔術師の力も電子世界では役立たずだ。

『通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ通用シネエ』

 PCからは絶え間なく音声が響いてきて鳴りやむ気配はない。
 鬱陶しくなったニコライは電源を切ろうとするが、何故か電源を切ろうとしても切ることができなかった。
 徐々にメルヘンなキャラクターの言ってることが変わっていく。

『シネエシネエシネエシネエシネエシネエシネエシネエシネエシネエシネエシネエシネエシネエシネエ』

 アア、世界ハ、コンナニモ残酷ダ。
 怪奇ニ満チ溢レテイル。

『死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ』

 そして、最後に彼は言う。

『負ケテ死ネ! BITE THE DUST?』

 PCが大爆発する。
 モロに巻き込まれたニコライ=トルストイは見事なアフロになっていた。



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