とある魔術の未元物質
SCHOOL138 狂笑する 魔人



―――何でも楽しめる奴は無敵だ。
この世界には多くの苦難があるが、もしその苦難を全て楽しめる男がいたならば苦難は苦難ではなくなる。辛い事や悲しみも全て愉しむ事が出来たならば、その人間には不幸がない。一生においてより幸福になった量が多いほうが人生の勝者というのならば、その人物は紛れもく勝者なのだろう。











「そらそらそらァ! 能力なくなりゃ役立たずかコラっ!」

 三十人の木原数多の猛攻を垣根は魔術を駆使して躱していく。
 口には出さないものの超能力が封じられたのは痛い。能力無しでも垣根は魔術を使い百人の雑魚くらいなら殲滅できる自信はあるが、相手はあろうことか垣根と同じ『未元物質(ダークマター)』を使う相手。しかも三十人。
 流石に幾らEqu.DarkMatterを埋め込まれているとはいえ垣根以上に未元物質を扱えるとは思えないが、木原数多は優れた研究者でもある。その演算力は非常に高い。どこぞの馬の骨より遥かに未元物質を扱えるだろう。

「誰が役立たずだって、この出来損ないの乱造品がっ!」

 もし木原数多がサイボーグなら電流を操る事で回線を狂わせられるかもしれない。
 最初は小手調べ。垣根は手から雷撃を放つ。しかし雷撃は木原の手からノッペリとした未元物質の鞭のようなものが出てきて絡め取られてしまう。

「そいつがアレイスターの言ってた魔術かぁ! 面白い手品だなおい! 思わずバラしちまいたくなるぜぇ!」

「アレイスターが魔術を……! まぁ、科学サイドの頂点だ。こっち側の技術について知ってても変じゃねえか」

 兎に角、数を減らさなければならない。
 垣根は冷静に互いの戦力差を推察する。木原弟達(キハラ・ブラザーズ)の総数は30。しかも身体を改造されているせいか身体能力も非常に高く対能力者との戦いを熟知している。これにEqu.DarkMatterが加わっているとなると強敵と言わざるを得ない。

(……魔術で上手く一か所に木原数多全員を集めっちまってから、デカいの一発でDOOOON!ってのも一つの手だがリスクが高え。堅実にいくしかねえか。畜生、俺には時間がねえっていうのに)

「おら余所見かっ! 余裕じゃねえか、垣根帝督ぅ!」

 歩法の一種だろう。初速からの最高速で距離を詰めてきた木原は垣根の腹にボディーブローを叩き込んだ。キツイ一撃を入れられたせいで一瞬、垣根の意識が空白になる。

「ぁっ――かっは」

「おらぁ、まだまだァ! ちょいと根性見せてくれやぁ!」

 目の前の木原数多を斃そうと術式を練るが、それを構築し終わる前に後ろから蹴りを入れられた。木原数多は一人ではない。三十人いるのだ。一人に注意を向けていれば、他の木原数多が襲い掛かってくる。
 そして動きを止めれば、そこに一斉に木原数多が集まってきてしまう。そうなれば最悪、袋叩きだ。

(距離を、取らねえと……)

 木原数多が垣根に未元物質の刃を向ける前に、魔術で空間移動を行う。直ぐ真上への転移なのでそこまで複雑な演算は必要なかった。
 上に逃れた垣根は500円玉を取り出す。まだ超能力無しでは本物の『超電磁砲(レールガン)』には及びはしないが、それでも戦車数台を楽々吹き飛ばす火力はあるのだ。
 垣根は自らの砲台へと変え、音速の三倍で500円硬貨が射出する。
 
「面白い手品すんじゃねえか。だが、そいつも『メンバー』の雑魚共と戦った時のデータで見てんだよ!」

 木原数多達から白い壁が現れ『超電磁砲(レールガン)』を弾いてしまった。
 どうやらオリジナル程ではないにしても、超電磁砲を防ぐ程度には『未元物質』を扱えるらしい。出力的には『未元物質(ダークマター)』の強度をLEVEL4にまで落としたくらいだろうか。
 レールガン単体では効かない。ならレールガンの弾丸に魔術的処置を施すなりして火力をあげるまでだ。しかし、それをする前に数人の木原が背中から白い翼を生やしてここまで飛翔してきた。

「おいおい、マジかよ」

「マジだよマジ。大真面目ってやつだよ。堕ちな、糞野郎」

 脳天を殴られ、垣根がそのまま重力に従い地面に落下する。
 どうやら自分は学園都市の科学力という物を舐めていたらしい。まさかここまでLEVEL5の第二位の力を再現してみせるとは。
 
「よーっす。地面にお帰りなさいってかァ!」

 堕ちてきた所を逃さず木原数多達が襲い掛かってきた。
 腕からは鋭利に伸びる未元物質の剣。未元物質を生み出す大本である垣根だから分かる。アレを防ぐには並大抵の魔術障壁では無理だ。アックアが全力で振るったアスカロンでもあの剣を破壊するのには何度か打ち込む必要があるだろう。
 
(躱せねえ。かといって受け切れるかどうか……。ならば、)

 フィアンマの気配は感じられない。
 つまりフィアンマはこの戦いを見てはいない(・・・・・・)。だとすれば、

「あァ! なんだこりゃぁ!?」

 木原が驚愕するのも無理はないだろう。
 アスカロンの剣戟をまともに受け止められるほどの強度をもつ未元物質の剣が、垣根の体に触れた瞬間、ポキリと折れたのだ。まるで未元物質ではなくもっと脆くて弱い鉛筆がなにかのように。
 木原数多が一瞬、狼狽えたのを垣根は見逃さなかった。垣根は素早く術式を編むと、風刃で木原数多の首を刎ねた。 
 どうやら悪魔のような下種も血の色は赤だったらしい。切断された首から赤い血が噴き出す。まるで血の噴水だ。

「へぇ、俺を一人殺しっちまったか。おうおう元気だねぇ!」

 しかし息を突く間もない。まだ生きている木原数多の一人が垣根の顎を思いっきり殴りつけた。口の中に鉄の味が染みこむ。そのまま無様に地面に斃れ転がる。

「ぐっ、この…野郎共が……っ」
 
「もう終わりか! もっと気張れや! これだから最近の餓鬼ってのは体力ねえな。『ゆとり』っていうのか、こういうの」

 木原の一人が垣根の首根っこを掴んで無理矢理に立ち上がらせ、再び顔面を殴り飛ばす。

「俺は前時代的な人間でよお。餓鬼の教育は鉄拳制裁って決めんだよ。生意気な餓鬼は殴って殺して躾けねえと閻魔様との面接で失礼な態度とっちまうだろ」

「…………悪いが、閻魔に捌かれるかは疑問だな。…………俺の使うのは十字教式の魔術だ。裁くとしたらイエス様なんじゃねえの」

「おおっと、そいつは間違えちまった。ところで……話は変わるんだけどよォ。テメエや一方通行と同じ糞餓鬼の一人を探してんだけど、知らねえか。上条当麻っていう、LEVEL0の毒薬やらの実験台にくらいにしか役に立たねえ駄目モルモットなんだけどな」

「上条…当、麻?」

 もしかしなくても『幻想殺し』をもつツンツン頭のことだろう。
 学園都市が『幻想殺し』なんて貴重なものを良く放置するものだと感心していたが、やはり学園都市も刺客を用意していたということか。しかも上条当麻にとって相性最悪の男を。

(上条当麻の『幻想殺し』は異能を持たねえ奴相手には何の意味もねえ。体術の達人が……俺が一人殺したから29人。あいつじゃ間違いなく死ぬだろうな。殴って説教して訊くような野郎でもねえだろうし)

 説教というのは説いて教えると書く。しかし根底から腐っている人間は幾ら説こうが教えようが何の意味もない。

「どうだお答えは? 教えてくれたら命だけは助けてもいいんだぞ。一生モルモットとして玩具にしてやるけどな、ん?」

 ヘリの音が遠くから聞こえる。
 垣根は口に溜まった血を吐き出すと、どうにか口を動かし、

「誰が教えるかよ、バーカ」

 潜ませておいた500円玉で『超電磁砲(レールガン)』を打ち込む。
 超至近距離での攻撃だった為、木原に防御する時間はなかった。まともにレールガンの直撃を喰らった木原がバラバラになる。

「大人の言う事は聞きましょうって、テメエは学校で教わんなかったのかっ!」

 一転して不機嫌になった木原が垣根の腹を思いっきり蹴り飛ばす。
 ロシアの大地は冷たい。だが、大地の冷たさ以上に蹴られた場所が熱く焼けていた。

「テ、メエ――――ぶち殺すっ!」

「おーおー、威勢が良いねえ。だが、誰が面上げて良いなんて許可したぁ〜!」

 垣根の頭を木原が思いっきり踏ん付けた。
 雪の積もった地面に無理矢理顔を押し付けられて、垣根は屈辱と怒りに身を震わせた。

「いいか? この場では俺がルールだ。俺に逆らうことは許さねえ。テメエが言っていいのは俺の質問に対する答えとYESか分かりました、ありがとうございますだけだ。他の行動は許さねえ」

「がぁ……うっあ」

「理解出来たな? もう一度訊くぞ。上条当麻って糞餓鬼の場所をテメエのアホみたいなお頭は記憶してますか? あぁー!?」

「……………………」

 垣根は地面に顔を押し付けたまま身を震わせ続ける。
 ただしその震えは屈辱ではなく歓喜のものへと変化していたことを木原は気付いていない。

「―――――――だよ」

「あ? 何か言ったか? 
 
 木原が耳を近付ける。

「ロシアのどっかにいるって教えてやったんだよ、糞ボケ」

 その瞬間、木原達のいた場所に大量のミサイルの雨が降って来た。
 予期せぬ攻撃に木原は対応できず、未元物質を展開し防御することも出来ないまま爆炎に包み込まれていく。

「な、なにィィィ! こりゃロシア軍の攻撃っ! どうしてこんな所に!」

「……テメエと会う前、適当にロシア内の基地を潰して回っていたな。ここら変には調査の為にヘリが派遣されてたんだろうなぁ。………俺がさっき撃ったレールガンは――――お前を狙ったものじゃねえ。テメエの背後にいたロシアのヘリを狙ったもんだ」

 そして垣根達の存在に気付いたロシア軍は超能力者の恐ろしさを知っていたが故にミサイルを撃ってきた。ただの人間相手に。
 雪の大地を燃え上がらせる爆炎。その中で垣根の身が何の影響も受けず立っている。
 木原数多のクローン達はほぼ全滅だった。たった一人の生き残りが、ボロボロの体を引きずりながら垣根に近寄ってくる。

「クソがっ。こいつを狙ってたってのかよ」

「やっぱりクローンはオリジナルに劣るな。たぶんオリジナルの木原数多なら俺の策に気付いて、あっさり防御していただろうぜ」

 そうこう話している間も炎が木原数多を包んでいく。

「ふざけんな! こんな場所で死ぬってことかよ。ここから出しやがれぇ!」

「はいはい」

 やけにあっさりと垣根が頷く。
 木原はそれが信じられなかったのか呆気に囚われる。

「敵を助けるってのかよ。テメエも甘えな」

「…………そうでもねえさ」

 垣根はそう言うが、一切木原を助けようというような行動はしない。
 ただ黙って木原が焼け死ぬのを眺めている。

「おい、どうしたんだよ……テメエ」

「なにって、お前が言ったことだろう。俺が言っていいのはテメエの質問に対する答えとYESか分かりました、ありがとうございますだけだ。他の行動は許さねえってな。どうだ、俺良い子だろ? ちゃんと大人の言いつけ守ってるぜ。褒めてくれよ。なァ先生ぇ?」

「くふふあーっははははっはははははははははははははははははは! 第二位はジョークも上手じゃねえか!」

 炎が木原数多の全身を包んでいく。
 人間は皮膚の何割だかを失うと死ぬと言う。そういう意味でもはや木原数多の死は確定事項だ。

「あーっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははーーーーッ!」

 狂人の狂笑は続く。 
 全てが灰となり燃え尽きるまで。
 木原数多は笑い続けた。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.