とある魔術の未元物質
SCHOOL142 素晴らしき不幸


―――歳月は人を待たず。
時間と言うのは決して待ってはくれない。どんなに偉い王の命令だったとしても、どんなに優れた人格者の頼みだったとしても、時計は残酷に時を刻む。恐らくは、この世界が終焉を迎えるその時まで。時間の波に乗れぬ者は、いずれ脱落する。











 ベツレヘムの星。
 上空に浮かぶ王国で、その国の全てを支配する王者フィアンマは侵入者であり敵対者であり、そして協力者でもあった上条当麻を見下ろしていた。

「息も大分切れてきたようだな? 上条当麻」

「うる、せぇよ!……御坂を、返せって言ってんだろ!」

「御坂美琴、あの女一人の為にわざわざイギリスからロシアまでご苦労なことだ。あの垣根帝督と同じ…………いーや、違うか。垣根帝督はインデックス限定だったが、お前は攫われたのが御坂美琴とかいう超能力者ではなく、他の誰とも知らぬ者だろうとこうしてロシアまで来るのだろうな」

「何が言いてえんだよ?」

「割に合わないな。俺様が知る情報だけでも『吸血殺し(ディープ・ブラッド)』『御使堕し(エンゼルフォール)』『イギリス清教シェリー=クロムウェル侵入事件』『オルソラ=アクィナス』『使徒十字』『女王艦隊』『ヴェント』『テッラ』『アックア』『イギリスにおけるクーデター』…………はははは、なんだこれは? 今時ローマ正教に所属する魔術師でもこれほどの事件に遭遇することはないぞ、一生費やしてもな。それをお前は単なる学園都市の一学生でありながら首を突っ込み解決に貢献している。もしかすれば俺様が知らないだけで学園都市内でのアレコレにも関わっているのかもしれんな」

「首を突っ込むだぁ? ああ、そうかもな。幾つかは俺が好きで突っ込んだ事件もあるかもしれねえよ。だけどヴェントやアックアを差し向けたのはお前の差し金だろうがっ!」

「否定はせんよ。しかしそれも、お前が他多くの事件に関わろうとしなければ起こらなかったかもしれん事だ。お前の行動が貴様自身の首を絞めている、その考えにまだ思い至ってないのか? それとも知ってて尚、無視しているのか? ―――――――俺様の推察だと、後者だろうな」

「……………」

 上条は自分の右手を見た。
 幻想殺し(イマジン・ブレイカー)。学園都市に開発された超能力でも十万三千冊に保存された魔術でもない、上条当麻が生まれつき持っていた特殊な右手。学園都市のような超常の技術が渦巻く都市に行かなければ気付く事すらなかったかもしれない異常個所。
 例え神様の奇跡でも触れただけで問答無用に殺す事が出来る、幻想を紡ぐことも生み出すことも出来ない殺すだけの手。神様の奇跡や愛すら殺してしまうから人並みの幸福すら得れず不幸になる、と誰かに言われたような気がする。

「なぁ上条当麻。一つ興味本気で尋ねるのだが、お前は一体どれだけの事件に首を突っ込みどれだけのデメリットと傷を負ってきた。そしてどれほどの見返りを得てきた? 俺様が掴んだ情報だとお前は学園都市の貧相な学生寮に一人暮らし。表向きにはただの無能力者のため大した奨学金すら貰えず、裕福とは言い難い生活を送ってるそうだな」

「それがどうしたんだ? テメエの崇高な目的とやらに俺の私生活が関係あるのかよ?」

「ない。最初から興味本位といってるだろう。俺様は不思議でならない。それだけの働きをしたのならば相応の見返りがあって然るべきだ。だというのにお前は何も得てはいない。なんの見返りもない。それとも感謝の言葉だけ貰えれば十分か?」

「一々見返りを求めねえといけねえってルールがあんのかよ。目の前で赤信号に飛び出そうとする子供がいたら止めるだろ。見返りなんて考えもしねえで、ただその子供が交通事故に合うって未来が嫌だから止めるだろ。それじゃ、いけねえのかよ?」

「そういう考えもあるが、それとは次元が違う。人を救う職業として医者や消防士、或いは警察や軍隊なんてものがある。しかし患者を無料で治療する医者がいるか? 消防士や警察、軍隊が危険な場所に飛び込むのは如何してだ? 高い給料という見返りを得る為に彼等は働いているのだろう。命を懸けて賢明に。見返りとはそういうものだ。見返りを求めぬ善意などはない。人間という生き物はあらゆる善行を施す時に何らかの見返りを求めている。自分でも気づかない内にな。そこで疑問なのだが、上条当麻。貴様はどんな見返りを求めて危険渦巻く戦場に飛び込んだのだ? 俺様はそれを聞いてみたい」

「……俺の見返りなんて決まってる。テメエの言う通り俺は学園都市じゃ無能力者で奨学金だって大したことねえ。毎日家計簿つけて、特売の日をカレンダーにチェック入れたりしてやり繰りしてる貧乏人だよ。料理の腕だって平均だし、不幸が祟って失敗ばっか起こすから満足にバイトもできねえ。おまけに彼女もいない。日本の平均的な学生と比べりゃ不幸かもな」

 今までの生涯、上条当麻は多くの不幸とよべる出来事に遭遇してきた。
 スキルアウトなんていう不良に絡まれるなんてしょっちゅうだし補修は常習犯。宝くじを当てれば全部が全部ハズレ。道を歩けば石ころに躓いて転ぶ。フィアンマの言う通り命が危うくなる事件に幾つも遭遇してきた。だけど、

『僕は決めたんだ。例え彼女が何もかも忘れてしまっても、僕は彼女の為に生きて死ぬ、と』

『力を貸してください、あなた達の力を!!』

『私。魔法使い』

『人間でないといけない理由はなんですか?』

『ロリが好きなんとちゃうで〜、ロリも好きなんやで〜』

『上やんは相変わらのラッキースケベなんだにゃー』

『この裏切り者がぁ!』

『ジャッジメントですの!』

『何故だか、その言葉はとても響きました、とミサカは率直な感想を述べます』

『たとえどのような情勢下であれ、私達のやるべき事は変わらないのでございますよ』

『……私にも……意地があります』

 そして、

『それでも私は、きっとアンタに生きて欲しいんだと思う』

 上条当麻の見返りなんて考えるまでもなかった。
 人並みの『幸福』はない。多くの災難に巻き込まれる『不幸』でしかない。だけど『不幸』だから他の人達の『不幸』に気付くことが出来る。誰かが『不幸』になっている事にも気づかず、安穏と『幸福』を享受するよりも、上条当麻は人の『不幸』に気付ける『不幸』がいい。
 それが上条当麻の幸せなのだから。

「俺の見返りなんて、別に大層なもんじゃねえ。俺は幸せであり続ける為に生きてんだ。俺は不幸だが、素晴らしく幸せなんだよ! 幸福がイコールで幸せだなんて方式はねえだろ」

「――――――――――良い返答だ。俺様が目を付けた右手をもつだけある」

 フィアンマはパチンと指を鳴らすと、ベツレヘムの星の床からカプセルのようなものが湧き上がってきた。その中に寝かされているのは見間違える筈もなく御坂美琴。

「み、御坂っ!」

 上条は驚きカプセルに駆け寄る。そのカプセルは異能の力によって形作られていたものらしく上条が右手で触れるとあっさりと雲散した。気を失った御坂を上条は受け止める。

「ご苦労だった。よくぞ俺様の下に『右手』を持ってきてくれた。その見返りとして俺様はお前が求めた御坂美琴を返してやるぞ。俺様にとってLEVEL5なんてものどうでもいい存在なのでな」

「フィアンマ、お前……」

「その代わり俺様は貴様の右手を頂くぞ」

「……ッ!」

 一瞬でもフィアンマが改心したのでは、と甘い考えを抱いた自分を上条は殴り飛ばしたくなった。第三次世界大戦を引き起こしベツレヘムの星なんてものを作り上げた男がこの程度で考えをかえるわけがない。
 フィアンマは懐から筒のようなものを取り出す。
 知っている。
 アレは十万三千冊の魔道書図書館、禁書目録の遠隔制御礼装。垣根帝督とインデックスの二人を不幸に落としている原因。
 戦うしかない。
 どれほどフィアンマが化け物だろうと、戦わなければ垣根帝督もインデックスも救われることはないし、この戦争だって終わらないかもしれない。そう考え右手を握りしめた時、

「禁書目録遠隔制御礼装、所有権。右方のフィアンマを下位に垣根帝督を上位に。再設定、完了」

「えっ?」

 その声は丁度フィアンマの上から聞こえてきた。
 上条がまさかと思い天井を見上げると、光翼を生やした垣根が天井を粉々にしながら猛スピードでフィアンマに突進していった。
 一瞬の交差。フィアンマと垣根の影が交わったかと思った次の瞬間には垣根は上条当麻の前に立っていた。その手に禁書目録の遠隔制御礼装を持って。

「悪ぃな、上条当麻。テメエの見せ場を寝取るみてえで気が進まめえんだが、フィアンマの野郎をぶち倒すのはこの俺だ」

 垣根帝督は憎々しくなるほど最高のタイミングでやってきた。
 だが上条はフィアンマが垣根帝督を見て薄く微笑んだのに気付く事はなかった。




後書き

次回! 遂にこれまでの伏線を回収します。
垣根がどうして魔術を使ってもデメリットがなかったかを全部ネタばらしです。これを機に読者の皆さんもどうして垣根が魔術を使えたのか、ということを推理してみて下さい。
解き明かせるだけのヒントは一応作品中にばら撒いているので。



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