とある魔術の未元物質
SCHOOL143 光を掲げる者
―――予言とは不確かなものだ。それが現実となって、初めて理解される。
不確かな預言者は最初はただの妄想化だ。しかし予言が現実になると、こぞって民衆は予言者を称えはじめる。本来予言とは悲劇を未然に回避する為にあるものだというのに、悲劇が起こって初めて民衆は予言を信じはじめる。もし悲劇を回避したいならば予言を信じ対策することが重要だ。
遂に手にした。
垣根は右手に持った禁書目録の遠隔制御礼装の感触を確かめる。強く握りしめれば砕けてしまいそうでありながら、万力の如き力を加えても軋み一つないイギリス清教の秘中の秘。リスクはあるものの十万三千冊の魔道書の知識を自由自在に取り出し操ることが出来るカーテナ=オリジナルを超えたトップシークレット。
この突破口さえあれば垣根は魔神になることも、礼装から禁書目録にアクセスして『一年に一度記憶を消さなければ死ぬ』という首輪の内容を書き換えることも出来るだろう。
「……テッラの、光の処刑か。クックックっ、そういう手品を用意していたのか。垣根ぇ……俺様としたことが驚いたぞ」
ボロボロに破壊された壁の瓦礫からフィアンマが立ち上がる。
垣根としては思いっきり殴り飛ばしたつもりだったのだが、癪な事に傷一つとしてなかった。遠隔制御礼装を失ったとはいえ、まだフィアンマは健在ということだろう。
「テッラが生きてて良かったぜ。お蔭でイギリス清教に捕まってたテッラから『光の処刑』の術式を聞き出すことが出来た」
「奴の記憶はイギリスに送られるにあたって消されていた筈だが……」
「消されていても殺されてはなかった。殺されてねえ記憶なら引き出すことは出来る。俺ならな。最悪、そこの幻想殺しを利用する手もあったしな」
「用意がイイ」
フィアンマが右手を振るい邪魔な瓦礫を粉微塵にする。計画にとって必要不可欠な遠隔制御礼装を奪われたと言うのに何故かフィアンマにはまだ余裕がありそうだ。何か他に手を残してあるのだろうか。
「おい、上条」
「な、なんだよ?」
「今すぐここから逃げろ」
「お前は、どうすんだ?」
「俺の心配なんざする必要はねえ。俺は核ミサイルが落ちようと地雷を踏もうと手榴弾が至近距離で爆発しようと死なねえが、テメエはそうでもねえだろ。俺とフィアンマの戦いは派手になる。知ってるか? 人間なんて飛び散る瓦礫に当たるだけで死ぬんだぜ。折角、お目当ての第三位も取り戻したんだ。先ずは第三位の安全を優先しやがれ」
「………一人で、大丈夫か? あいつ、かなり強ェぞ」
「問題ねえよ。俺の方が強い」
「そっか。……分かった。御坂を安全な所に運んだら、俺も戻る。だからそれまで死ぬなよ!」
有無を言わさぬ口調で言い切ると上条は御坂を抱き抱え踵を返す。
お人好しは相変わらず、と見ていいだろう。この状況下で戻ってくるなんて言うとは。
「二人っきりになったな、フィアンマ。思えばテメエと直接会ったのは俺が大天使になっちまってた時だったなぁ。世話になったぜ、その節はよ」
「どう致しまして」
「そのお礼と言っては何なんだが降伏するって選択肢をくれてやる。サービスだぜ、本当に。普通ならここまで俺を虚仮にしやがった奴は全殺しだってのに命を助けるなんて道があるんだからよ」
「丁寧にどうも。しかし必要性は皆無だな。勝つのは俺様だ。俺様の右手の前にはあらゆる力が無意味と化す。垣根帝督、お前とて同様だぞ」
「それは俺単体の話だろうがっ! 俺の手に一体全体どんな代物があるのか、忘れたとは言わせねえぜ」
「……ッ! 遠隔制御礼装、使う気か!?」
「ご名答!」
遠隔制御礼装から禁書目録にアクセス。
ロシアからイギリスまでの距離、無問題。
情報を引き出し、
情報を網羅し、
情報を操り、
情報を掌握し、
情報を我が物とする。
魔界の王ではなく魔術を極め過ぎた故に世界を歪める魔神。
万の魔を率いるのが魔王ならば、万の魔道を支配するが魔神なり。
「――――――――――――献身的な子羊は強者の知識を守る。故に。我が名は、自らの手綱は己が手にのみ。敬意をもち、子羊の守りし知識を貸し与えられん。魔道を凌駕し、天を奪わんと反逆し、神に並び、神の対極に堕ちし汝、我が真名。我こそが現世の光を掲げる者なり」
十万三千冊の魔道書には見る者を問答無用で汚染する『毒』がある。だが、その毒を垣根は『光の処刑』の術式を応用し無効化する。
流れ込む魑魅魍魎奇天烈にして奇想天外人外魔境なる知識。
垣根に足りなかったものが補われ、背中から噴出する光翼が姿を変容させていく。今までただ噴出するだけのものだったそれに、明確なる形が与えられていった。
現出するは十二に分かたれた光り輝く翼。あらゆる天使よりも神々しく、ありとあらゆる天使よりも背徳的かつ冒涜的な翼。
嘗て唯一絶対の神の隣に立つことを許された天使がいた。その天使は他の全ての天使よりも美しく、どの天使よりも優れなによりも完璧だった。そして完璧故に、彼の大天使は三分の一の天使を率い神へ反逆し、彼の大天使の半身の手で地獄へと堕ちた。
十字教における最大の敵対者。地獄を総べる大将軍にして魔王。天界に有りし頃は天使長の地位にあり神の右席に座りし者。
彼の者の名はルシフェル。天使の中で唯一人、十二翼をもちし背徳者。
垣根帝督はこの瞬間、『魔神』の力を掌握し神に並びし『神上』へと至った。
「――――あの時。インデックスが死んだ日、俺は『自動書記』と戦って負けた。だが無駄じゃなかった。未元物質ってのは此処じゃねえ天界にある物質だ。俺はそいつを現世に引っ張り出して操る事ができる能力者。未元物質に接触した既存の物質は、既存の科学じゃ有り得ねえ反応を起こし独自の法則で動き始める」
ならば、もし。
「俺はあの日、その未元物質を俺自身の体内で大量生成した。分かるか? 天界にある物質が俺の体中に流れたんだ。天界の物質が俺の体を見たし俺の身体そのものを天界のものへと作り変えた。それは、まるで――――――」
「人間が生まれつき持つ原罪を排除し、人ではなく天使に近い存在となった者。神の右席と、ほぼ同一だな。俺様の推察は正解だったようだな。垣根帝督、貴様は」
「そうだ。俺は地獄の魔王にして全知全能にして神の敵対者、『光を掲げる者』を司る神の右席ってことだ」
五人目の神の右席。恐らく十字教史上初めての事例だろう。
ルシフェル、思えばミカエルの力を司るカーテナ=オリジナルから『天使の力』が供給された際に奇妙な反応を起こしたのもそれが原因なのだろう。元々ルシフェルはミカエルの上に位置していた存在。下から上への供給がある筈がない。
「ローマ教皇が知れば腰を抜かすだろうな。『光を掲げる者』の力を宿りし者。神の奇跡を破壊する『幻想殺し』どころの話ではない。貴様の存在そのものが十字教を冒涜している」
そしてルシフェルとは全知全能なる天使だ。垣根がルシフェルの『神の右席』となったことで得た体質も『全能』。垣根帝督は『全能』が故にあらゆる能力を使う事が出来る。特殊な血統や体質を持つものしか扱えぬ魔術も垣根は操れるし、他の神の右席の力を使うのも、超能力と魔術の両方を使う事も余裕で可能だ。何故ならばルシフェルこそ神の全知全能を宿し天使。理論上、垣根帝督はあらゆる魔術を使用できる。ただし超能力のみは『自分だけの現実』を使う性質上、一つの超能力しか扱えないが、それでも垣根の頭脳が合わされば恐ろしすぎる力だ。
「フィアンマ。お前は『神の如き者』を司る男だよな」
「そうだが?」
「俺は『光を掲げる者』だ。格上ってもんを教えてやる」
十二の翼が輝きを増していき、垣根の体を浮かす。音こそ無音なれど動きは神速。垣根は莫大なパワーを自由自在に操りフィアンマへと襲い掛かる。
フィアンマも迎撃のために右手を振るうが、格上相手にフィアンマの不完全な右手では出力が足りなかった。
「これは……?」
「フィアンマ、テメエの『右手』は無敵だよ。どんな相手だろうとテメエの右手の前には跪くしかねえ。だがな、テメエの『右手』が限界出力ってやつを超えた外敵と遭遇すりゃ、その右手は無力だ」
フィアンマが第三の腕を突きだし防御する。それを垣根は意にも解さなかった。圧倒的な力を持つものがとるべき最上の戦術は単純な力押しに他ならない。
殴る。
その単純な一撃がフィアンマの第三の腕を粉々に砕き粉砕した。
第三の腕を突き破り、垣根の右手がフィアンマの顔面に突き刺さる。まるで無重力のようにふわりとフィアンマの体が浮き上がると、そのまま地面へと叩きつけられた。大量の瓦礫がフィアンマの倒れた場所へと堕ちる。
「…………ラストは呆気なかったな」
ともあれフィアンマは倒れた。
首謀者を失えばローマ正教側もパニックだろう。第三次世界大戦も長くは続かない筈だ。
そして遠隔制御礼装、これがアレば遂に禁書目録を。
「―――――――――フム。感謝するぞ、垣根帝督。まさかメインプランではなくスペアの方が成就するとは。人生という物は分からないものだな」
「テメ、エ」
フィアンマはあっさりと瓦礫を消滅させてから起き上がる。
服はボロボロで髪も多少荒れていたが身に纏うオーラが先程までとは別物だ。背中からは炎の翼が六枚生えている。頭に浮かぶのは天使を象徴する輪っか。
「ルシフェルが覚醒すれば、俺様のミカエルが目覚めるのが必定。喜べ、お前のお蔭で俺様の右手は完全となった。もはや俺様を邪魔できる者はいない。俺様は『神上』へと至ったのだからな」
後書き
そんなこんなで伏線回収の話でした。ちなみに垣根=光を掲げる物の神の右席であるという伏線が張られたのはSCHOOL13のインデックスが魔術を唱えるシーンですね。
SCHOOL13でヨハネのペン起動時のインデックスは「堕天使は、光と共に地に堕ちる」という詠唱をしていますが、元天使長でもあったルシフェルはミカエルに敗れ光と共に地獄へと堕ちました。
そしてインデックスはあの時「現状最も危険な敵兵『垣根帝督』に対して有効な術式の完成に成功しました」という台詞も言っています。つまりあれはルシフェルの神の右席になった垣根に対して、ルシフェルに有効な魔術を使ったというわけです。
またアックアとの戦いで光翼を見たアックアは「馬鹿、な。それ程のエネルギー……いや単純な力の総量ではなく、その力の源は、まるで――――――――」という台詞を残してます。途中でくぎれてますが、これは「まるで自分達の操る力に似ている」と言おうとしたんですね。
さらにさらに。『御使堕し』で大天使のガブリエルになってしまったのも、垣根が元々天使に近い体になっていたからです。
クーデター編ではミカエルの力を宿すカーテナから力の供給を受けた垣根の光翼が奇妙な反応をしていました。あとはさりげなく随所にルシフェルの話題を自然な感じに盛り込みました。
第三次世界大戦編においてはフィアンマに呼ばれたガブリエルが、垣根のことを親の仇のように追ってきましたが、あれはルシフェルが天界を裏切った大罪人だったからこその反応です。ガブリエルもノイズ混じりでしたが堕天、裏切り、地獄などの事を呟いてます。
言うまでもないですが、ルシフェルのことですね。
そして最後に。これが一番目立った伏線中の伏線。本編にも何度も出てきたもの……魔法名です。
垣根は自分の魔法名を『自らの手綱は己が手にのみ』としています。
七つの大罪においてルシフェル(ルシファー)は傲慢を司る存在です。
と、ここまで伏線を張りましたが、読者の中には垣根は原罪を取り除き神の右席になってガブリエルの『聖母崇拝』で負担を軽減させたという推理をされた方がいました。
実のところ私も当初の予定では垣根をガブリエルを司る神の右席にしようとしていたので、九割方正解です。凄いです。見破られました。
しかしフィアンマと垣根との間に『因縁』を与え、禁書らしさと厨二病成分を出すために敢えて原作でも余り触れられていないルシフェルの採用となりました。
次回は今まで意味深な発言を繰り返し、垣根を泳がせていたフィアンマの真意も明らかになります。
ではまた、次回にお会いしましょう。
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