ノーマルスーツも着ずに、ザフト・エリートを示す赤い軍服を着ていた男はジンのコックピットから降りると歓喜とも嘲笑ともつかぬ笑みを浮かべる。
 地球連合軍とザフト軍の本格的な最初の戦いは――――終わってみれば非常に後味の悪いものとなった。
 勝利は、した。
 ザフトの新兵器MSにより、連合軍のメビウスを一方的といっていいほど蹂躙し駆逐していった。連合艦隊を後一歩で全滅というところにまで追い詰めたのである。
 戦いがそのまま終わっていれば、今頃ザフトの兵士達から勝利の美酒に酔いしれる喜びの歓声が轟いていただろう。
 しかし後一歩が『運命』を分けた。
 ユニウスセブンに発射された一発の核ミサイル。それが総てを粉々にした。20万人以上の人間が住む世界を、勝利の美酒が入った杯すらも。

(くくくっ。連合軍もつくづく愚かな真似をする。いきなり核ミサイルとはな)

 これで戦いは混迷を極めていくだろう。今までプラント側には物量は連合軍が上なのだから譲歩をどうにか引き出せればいいというような空気が大半を占めていた。
 しかしそれも今日限り。なにせプラントは20万人を殺されたのだ。20万人の死は生き残った市民に憎悪の種を植え付け、声高に復讐戦を叫ぶようになる。

(いつの世も民衆なんて単純だからな。金を与えればもっと欲しいと求め、殴られれば殴り返せと叫ぶ。……進歩がまるでない)

 コーディネーターは進化した新しい人類だと、コーディネーターの優位を信じる主義者たちは謳う。
 だがコーディネーターの軍隊にありながら実のところコーディネーターではない彼――――クルーゼからしてみれば、ナチュラルもコーディネーターも大差はない。
 確かに単純な才能や身体能力という点ならコーディネーターはナチュラルより上だろうが、その中身は五十歩百歩だ。

(コーディネーターは怒り心頭だ。地球軍側に理性が残っていれば……まだ分からないが、いきなり核を撃つほどだ。そんなものはないだろう。それに……プラントの方から地球に種を植え付けてやれば)

 憎悪と憎悪。二つの陣営が両方ともまともな理性をなくしてしまった場合、その果てに待っているのは終わりなき殺し合いだ。
 ナチュラルによって生み出されたコーディネーターが生き残るか、それともコーディネーターを生み出したナチュラルが生き残るのか。
 自称・新人類が残るか、自称・自然人類が生き残るのか。見物といえば見物ではある。
 しかしクルーゼには現状もう一つほど気になることがあった。

「おや」

 クルーゼにとって気になる案件の一つが漸く戻ってきた。
 MSデッキに入港してきたのは赤い色に塗装されたジン。士気高揚のためという名目で士官学校で優秀な成績を出した者やエースパイロットには自分の機体を独自の塗装をする権利を与えられている。
 所謂パーソナルカラーというものだ。
 赤いジンからパイロットが降りてくる。ロープもなくMSの胴体を滑るように降りてくる動きは熟練したパイロットであるという証明だ。それともコーディネーターだからこそ、できることか。
 パイロットとしての強さなら優秀なコーディネータすら寄せ付けない技量をもつクルーゼだが、肉体的な強度はナチュラルの枠から出ない。だからクルーゼは熟練したパイロットであるが彼と同じようなことをしたことはなかった。
 降りてきたパイロットはノーマルスーツのヘルメットをとると黒い長髪が溢れてくる。
 余り軍人らしい髪形ではないが不思議と違和感はなかった。

「遅かったじゃないか。君らしくない、遅刻かね」

 フランクに声を掛ける。
 内心コーディネーターすら見下しているクルーゼには本当の意味での友人などはいない。しかしそんなクルーゼにとっての例外がこの男だった。
 彼はこちらの事情も知っているのでなにかと世話になっている。

「ユニウスセブンの救助活動を手伝っていてね。酷いダメージだったよ、身体が真っ二つになったり中身だけが浮いている死体などがあってね。新兵の何人かは涙と嘔吐物で汚しながら作業をしていたよ」

「その様子だと君はそうではないようだな」

 彼のノーマルスーツは綺麗なものであり、汚れなどはどこにもない。
 驚嘆すべきことに、それはMSの方も同じだった。極端に装甲を薄くし速度を重視した赤いジンには傷一つとしてない。一度の被弾もしていないという証左だ。
 如何にメビウスとジンとの間に埋めがたいポテンシャルの差があるとはいえこれほどの芸当ができるのはそうはいないだろう。
 クルーゼの知る限り全く被弾がないというのは自分と彼だけだ。

「にしてもこうして出撃した君を目の当たりにしても信じられないな。まさか君が軍人になるとは。私はてっきり政治家にでもなると思っていたよ」

「……最初は、そのつもりだったのだが」

 長髪を掻き揚げながら彼は笑う。それは自嘲にもみえた。

「人並みに私にも意地があったということなのだろうな。……やりたいこともあるし確かめたいこともある。その為には最前線にいなければ分からないこともある。それに今後どう動くかにしてもある程度の『名声』がなければ動く難い。プラントで『英雄』の名声を得るなら今のところはパイロットが手っ取り早いだろう」

「大抵は英雄になどなれんのだが、君なら難しいことではないだろう。だが見事なものだ、元研究者の政治家志望とは思えんな」

「私もいつまでも軍人であるつもりはない。所詮軍人はただの軍人だ」
 
 平然としているように見える彼だが、やはり微かに疲労の色がある。
 幾ら彼がそれなりに優秀なコーディネーターとはいえ、体力が無限なわけではない。休みなしで戦っていたのだ。休息が必要だろう。

「今日は不思議と気分がいい。どこかに飲みにでも行こうか。私が奢るよラウ」

 彼はラウ・ル・クルーゼに笑い掛ける。
 サングラスで隠された目を細めると、クルーゼは。

「感謝するよ。ギルバード」

 ギルバート・デュランダルはヘルメットを兵士の一人に渡すと、クルーゼを伴いMSデッキから出ていく。
 後で分かったことだが、この日の戦いで最も撃墜スコアが高かったのはラウ・ル・クルーゼで、そこから二機落ちてデュランダルが続く形だったそうだ。



 血のバレンタインで見事に敗北した後、どうにかミュラーは艦隊と共に月への橋頭堡であるL1の『世界樹』に帰還することができた。
 しかし艦隊はかなりの大損害を受けており、優秀なベテランパイロットや艦長の多くが返らぬ人となったそうである。
 プラント議長シーゲル・クラインは『血のバレンタイン』の犠牲者を弔う国葬において独立宣言と地球軍への徹底抗戦を宣言した。
 妥当なところだろう。
 ミュラーが聞く限りシーゲル・クラインという男は穏健派の人間だそうだが、もし核攻撃を受けておいて『連合軍を許しましょう』だとかを宣言すればその瞬間に彼は政治家として死ぬだろう。
 そしてユニウスセブンの一件に対する連合軍の対応は酷いもので、曰く『あれはプラントの自爆作戦』だそうだ。
 正直あの場に居合わせたミュラーとしては、地球軍のただの逆切れ以外のなにものでもないように思える。地球の市民もシーゲル・クラインの宣言もあり、そんな与太話を信じてはいないだろう。
 そんなわけで世論ではプラント同情論と連合軍への批判が巻き起こっており、主戦派のブルーコスモスなどを押している形となっている。
 ブルーコスモスが好きではないミュラーとしては有り難いことだ。
 次にプラントが起こしたのは『積極的中立勧告』だった。
 難しい話は削愛するが、要するに連合軍に入らず中立になっていれば優先的に物資を提供するというのだ。
 プラントから散々利益を吸い上げてきた大西洋連邦やユーラシア連邦は兎も角、非理事国の南アメリカ合衆国や大洋州連合はこれを受諾――――したのだが次の日にはそれを認めぬ我が祖国、大西洋連邦により一日で南アメリカは併合されてしまった。

(我が国ながら帝国主義なことで)

 昔の偉い人は"兵は神速を尊ぶ"なんて言ったものだが、たった一日で併合ともなると呆れるを通り越して拍手を送りたくなる。
 尤も大西洋連邦を庇う訳ではないが、これは目先の利益に目を奪われた南アメリカ首脳陣にも責任があるだろう。大西洋連邦とはそれなりに距離のある大洋州連合ならまだしも、南アメリカ合衆国は大西洋連邦の真下。しかも軍事力は大西洋連邦に遠く及ばない。これでは受諾すれば直ぐに制圧されると予想もできるものなのだが。

(プラントが排出する利益は余りにも大きい。目の前に差し出された金塊の山に思考が麻痺したのかな)

 目の前に100$紙幣が落ちていたとして、それを届ける人間がどれだけいるか。その金が危険な金とは知らず、大抵の人間は懐に納めてしまうだろう。
 その拾う人間がとても貧乏で目の前におちているのが10000$の札束なら猶更だ。
 しかし南アメリカはあっさり制圧されたが大洋州連合はそうはいかない。距離と回りが海という自然の防壁を頼りとし、大洋州連合は地球連合軍を批判。親プラント国家となった。
 地球連合軍は直ぐに大洋州連合にも宣戦布告をしたが、どうなることやら。

「で、次のザフトのターゲットはこの世界樹ですかい。中尉殿」

 腐れ縁というべきかミュラーと一緒に世界樹まで逃げてきたタナカは軍の命令でシミュレーターをしていた。といっても今まで使っていたメビウスではなくメビウスよりも先に先行生産されたメビウス・ゼロのものだ。
 メビウス・ゼロの最大の特徴は母機を中心に上下左右に四つ搭載されたガンバレルだろう。
 本体から切り離し有線誘導による遠隔操作を行い、その四つの砲門からのオールレンジ攻撃を可能としている。上手く使えれば有り得ない方向から有り得ない攻撃を叩き込むことができるので、単純なスペックは後に開発されたメビウスよりも高い。

「うわっ! またガンバレルが絡まった。ええいこなくそ! うおおおわああああああああああ!」

 タナカのシミュレーターに『撃墜』の文字が出てくる。
 ガンバレルは有線式なので下手に扱えばコードが母機に絡まってしまう。タナカはそれでやられたようだ。

「メビウス・ゼロには愛想つかされたみたいだな」

 ミュラーが苦笑しながら言う。
 メビウス・ゼロがメビウスを超えるポテンシャルをもっていながら大量生産され配備されなかった原因がこれだ。ガンバレルを使ったオールレンジ攻撃は確かに強い。しかしそれを使いこなすのには高い空間認識能力が不可欠で、パイロットの数の不十分さからメビウス・ゼロは少数生産に留まったのだ。
 
「そう言う中尉は絶好調なようで」

「うん? まぁ、俺はこれが取り柄みたいなものだからねぇ」

 かたやミュラーの撃墜スコアは二桁に達しようとしていた。
 そもそもミュラーがパイロット課に入れられたのは空間認識能力が高かったせいであり、ならメビウス・ゼロとの相性が良いのも自然というべきだろう。
 敵MSジンの驚異的な強さ。それを漸く地球連合軍の全軍が認識し、急遽ジンに対抗できるMAとしてメビウス・ゼロが注目を浴びた。
 そのためミュラーやタナカのようなMAパイロットは全員メビウス・ゼロのシミュレーターをやらされているのだ。中でも成績優秀の者には実際にメビウス・ゼロが配備されるらしい。

「これだけが取り柄たって凄いですよ。……他の奴のシミュレーターも見たけど、スコア二桁は中尉だけなんすから」

「……そうか。この分だと次の搭乗機はゼロかもしれないな」

 だがそれはそれで良いと思う。メビウス・ゼロは下手なパイロットが使っても役立たずだが、適正のあるパイロットが使えばジンに匹敵する強さを発揮できる。
 そして不幸中の幸いというべきかミュラーはその適正があった。メビウスで出撃するよりは生存確率も上がるだろう。

(世界樹の戦いか。核攻撃の後だ……敵さんも怒り心頭だろうし)

 敵の士気は復讐心と怒りで最高潮だろう。そうして勢いのある敵というのは通常の二倍の爆発力をもつものだ。 
 恐らく世界樹は落ちる。そういう流れなのだ。この流れに抗うには、地球軍もそれなりの準備をしなければならない。
 しかし負けるといっても前回のように『負けたら降伏でもしよう』なんて笑ってはいられないだろう。血のバレンタインの後でそんなことを敵に求めても無視される可能性は大いにある。
 生き残りたければ、自分で生き残るしかないのだ。

「いつ終わるのかな。この戦争は」

 ミュラーの呟きと同時に、シミュレーターの中のメビウス・ゼロが敵のジンに撃墜される。
 こんな光景を現実ではさせたくないとしみじみと思いながらシミュレーターから立ち上がった。
 もう直ぐ本番の時間である。



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