世界樹での戦いが始まってどれくらいの時間が経っただろうか。
ミュラーは一度安全宙域に退避すると、ヘルメットをとり汗をぬぐいコンソールなどを確認する。相変わらずレーダーは役立たずのままだった。
連合軍側がどうにか掴んだ情報によれば、ザフトの新兵器の名称はニュートロンジャマーというらしい。といっても名前が分かっただけで、その効果までは分からない。
ただ通信を妨害にするという特性があるのは確実だ。それはミュラーのメビウス・ゼロが証明している。おまけに誘導ミサイルもまるで役に立たなかった。
ミサイルを撃てば撃てで、ロックオンした通りの場所に飛んでいかず見当違いの方向に向かっていくのだ。そんなミサイルでは縦横無尽な動きをするジンを捉えられるはずがない。
「おまけにニュートロンジャマーだったか。それのせいで連携は無茶苦茶だよ……本当にやってくれる」
言うまでもないことだが、戦いにおいて情報伝達はかなり重要なものだ。
自分の味方が誰で敵が誰なのかも知らなければ同士討ちの危険があるし、横の情報伝達がしっかりしていなければまともな陣形を組むこともできない。そして無形に構える軍団というのは撃たれ弱いものだ。
幸いなのはザフト軍の陣形もまた無形に近いということだろう。連合軍が無形での戦いを強いられている中、ザフトが完璧な連携で襲い掛かって来ていれば今頃連合軍の大敗で終わっていた。
無形の軍団同士がぶつかればその先にあるのは戦略も戦術もない混戦だ。世界樹のあるL1宙域は今や両軍が入り混じり戦う混沌とした地獄となっていた。
タナカとも別れたきり一度も会っていない。生きていればいいのだが。
「……ああ、これはボーナスを貰わないと採算が合わないな」
倒した敵の数を数える。
最初にレールキャノンで沈めたジン。それと敵の戦艦の主砲にもキツい一撃を喰らわせてやった。主砲を破壊されたくらいで戦艦が沈みはしないだろうが、主砲の方は使えないだろう。
そして腕がもげて武装もなかったジンを背後からの奇襲で沈め、近くにいたメビウスとの即席の連携でもう二機のジンを撃破した。
戦果でいえば戦艦主砲一つにジン四機。メビウスとジンの戦力比が1:5であることを鑑みれば十分以上だ。といっても二機のジンは他のメビウスとの連携あっての成果で、もう一機は元々負傷していたことを考えれば独力での戦果はジンと戦艦主砲だけだ。余り褒められたものではない。
「こちらサンダース所属、ハンス・ミュラー中尉。サンダース応答されたし……」
母艦への連絡をとろうとするが、やはり駄目だった。
通信機はザーザーという喧しい音だけを鳴らすだけで、まったく繋がりはしない。連合軍の技術者に対しての怒りはなかった。それもこれもザフトの新兵器のせいなのである。責任があるとすればニュートロンジャマーという兵器の存在を掴めずにいた情報部だろう。技術者に責はない。
「……弾薬はまだ余裕があるが、少し疲れた。仕方ない。適当な戦艦にでも入れて貰うか」
母艦のサンダースにはタナカ以外にも知り合いが多く乗っている。戦友と言い換えてもいいだろう。
安否を確認したかったが、こんな混戦状態でそれは贅沢な望みだ。あっちはあっちで任せるしかない。
ミュラーは出来るだけ戦いの激しい場所を避けながら、比較的損傷の少ない連合側の戦艦を探す。
「あれなんて、いいな」
200m級の戦艦。あのタイプの戦艦は装甲もかなり固くMSのマシンガン程度ではビクともしない。
損傷も軽微のようで周りには護衛艦が何機もいる。データベースに照会するとあの戦艦はケネディというらしい。A.D.の合衆国大統領の名前でもとったのだろう。
他に良さげな戦艦もなし、あそこで補給を受けさせて貰おうとゼロを近づけた。
「こちらハンス・ミュラー中尉。補給のため着艦の許可を」
ニュートロンジャマーの影響下だろうと、距離が近ければ通信は届く。
直ぐにケネディのオペレーターからの返答がきた。
『了解しました。こちらの誘導に従い着艦して下さい』
「感謝します」
ケネディのハッチが開く。ミュラーは一呼吸ついてからメビウス・ゼロを着艦させようとした。その時だった。
彗星の如きスピードで弾幕を掻い潜って来た赤いジンがハッチを開いたケネディに特攻をかける。
「なっ!」
否、それは特攻ではなかった。
目を覆う程の弾幕の壁を縫いハッチに降り立ったジンは容赦なくマシンガンを発砲した。幾ら硬い装甲があろうと中で暴れられては意味がない。恐らくケネディの格納庫にでもあった機体が破壊されたのだろう。それが爆発し、MAという巨大なエネルギーの爆発は戦艦すら巻き込んでいく。
そしてケネディが宇宙の藻屑となる頃には既に赤いMSはバーニアを吹かせケネディから離れていた。
「こいつ……」
流石に目の前で自分を受け入れようとしてくれた戦艦を撃墜されて、はいそうですかと引き下がる訳にもいかない。ケネディは自分を受け入れようとして結果としてその隙を突かれた。
ミュラーは武人としてのプライドや、ブルーコスモス思想などもってはいない。それでも最低限の男の矜持くらいは持ち合わせている。
「いけ、ガンバレル!」
ガンバレルを操作する。ガンバレルは其々が別々の軌道を描きながら赤いジンへと向かっていく。だが一機で戦艦を撃墜した赤いジンのパイロットは他のパイロットとは格が違った。ガンバレルの軌道を見切ると、そこに正確にマシンガンを放ってきた。
「ガンバレルが……」
一つのガンバレルが蜂の巣となり爆散する。次いで赤いジンは二つ目のジンへと狙いを定めてきた。
が、それを黙って見過ごすほどこちらもお人好しではない。狙われたガンバレルをマシンガンの射線上から回避させながら、レールキャノンとミサイルを放った。ミサイルは誘導性能がもうないが、直線的に飛ばすくらいはどうにかなる。
『どうやら、それなりの腕のパイロットのようだ』
ガンバレルの攻撃を止めたジンは、レールキャノンを回避しながらミサイルを撃ち落としていく。
射撃一つとっても凄まじい技量だった。最低限の発砲で正確に全てのミサイルを破壊した。そこへ予め回り込ませていたガンバレルが火を噴く。赤いジンは一瞬動揺したようだが、反射神経にしても早すぎる反応速度でそれを回避した。
「何て奴だよ。まったく……モビルスーツ、ニュートロンジャマー、その次はスーパーエース。洒落になってないぞ」
ガンバレルはただオールレンジ攻撃だけが能ではない。ガンバレルの砲口にも母機と同じようにブースターがついている。
これを利用してやればただのメビウスには出来ない旋回能力を得ることもできるし、ジンを圧倒するスピードも獲得できるのだ。
相手は強敵だ。近くで戦うのは危険である。出来る限り距離をとり、ちまちまとガンバレルのオールレンジで攻め、隙が出来た所をレールキャノンで仕留める。これがいい。
メビウス・ゼロを旋回させるとバーニアを吹かせ赤いジンから離れる。ジンはそのスピードに置いて行かれ――――なかった。
「んなっ!」
驚愕する。あろうことはジンはメビウス・ゼロにも匹敵するスピードで追ってきた。
『逃がしはしない。ここで斃れ給え』
ジンが発砲してきた。これが嫌になるほど正確な射撃でこちらの進行方向をダイレクトに予測されている。
それでも執念と意地でゼロのバーニアを操り、躱していく。
(あのジン、普通じゃない。なんて速度だ、他のジンとまるで違う。色じゃなくてエンジンやらなにやらまで特別にチューニングされているのか)
マックスのスピードならギリギリでメビウス・ゼロの方がジンより上だろう。しかしこんな混沌とした戦場で最高速度を出し続けられる訳がない。いずれ追い付かれる。ならば。
「やるしかないな。こんなのは性分じゃないんだが」
三つのガンバレルを切り離す。狙いは無論赤いジン。三方向からの一斉砲火、これならばどうか。
『オールレンジ攻撃か。確かに厄介なものだが……当たらなければどうということはない!』
ジンの背中にあるバーニアが唸り、その巨躯を異常な速度で疾走させた。
しかしミュラーとてこれでも空間認識能力にかけては自信がある。砲火の中、遂に無傷の赤いジンが被弾する。するとあろうことか被弾したジンの左腕が根本から弾け飛んだ。
「そういうことか」
それを見て納得する。
赤いジンは他のジンと比べて異様に速度が速かった。その理由がこれである。ジンはメビウスなど及びもつかないほど硬い装甲で覆われていた。だからMAのガトリング砲などではビクともしないし、場所が良ければレールキャノンにすら耐えてしまう。
しかし赤いジンの装甲は見た目こそ変わらないが、実際には極端に薄いのだろう。
速度という一つを格段に上げるために、他のものを犠牲にした専用MS。それがあのジンなのだ。
(なんて真似をするんだ)
ミュラーはそんなMSに乗るパイロットに半ば呆れ半ば驚く。
速度重視の専用MSと言えば聞こえはいいが、そんなものはただの欠陥品だ。パイロットにとって搭乗機というのは自分の命を預ける相棒である。そんな搭乗機の装甲を薄めるなど、敵の攻撃を当たらずに回避できるという絶対の自信がなければ出来ないことだ。
恐らくジンのパイロットはそういう自信をもっているのだろう。だから強い。
「しかし!」
ジンとの距離が縮まっていく。小さな衝撃と共にまたもう一つのガンバレルが銃弾により破壊された。他のガンバレルも弾切れ。だが止まらない。
メビウス・ゼロの接近に対してジンは重斬刀を抜いた。MAでMSに接近戦を挑むなど自殺行為。しかし敢えて挑む。
時間にすれば一秒にも満たぬ交差。
生存への執念の強さか、ミュラーのゼロはどうにか重斬刀の一振りを回避するとジンの後方へ飛び出した。
ニヤリとミュラーは笑みを浮かべる。
『むっ』
赤いジンはゼロに追撃をかけようとするが出来ない。何時の間にかジンには黒い線が絡みついて拘束していた。
これがミュラーの戦術。
メビウス・ゼロのガンバレルは有線式である。だからこそ下手なパイロットが扱えば線が機体に纏わりついて動けなくなることもあるし、シミュレーターでタナカはそうやって敗北したのだ。
だが自分の機体を絡め取ることができるのなら、敵を捕まえることもできるはずだ。
そう思いミュラーは予めメビウスを赤いジンの左右の所定の位置に配置しておいた。後は母機のゼロがジンを真っ直ぐに突っ込み追い抜けば、自然と線が絡まるという寸法だ。
「……今度こそ、止めだ」
ジンに恨みがあるわけではない。しかし倒せねば生き残れないのだ。
反転したゼロは赤いMSに真っ直ぐ突っ込む。あの薄い装甲ならレールキャノンの一撃で粉砕できるはずだ。
『まだだ! まだ終わらんよ!』
「!」
ジンが右腕でマシンガンを構えていた。
信じ難いことに、ぎりぎりで赤いジンのパイロットはミュラーの狙いを察し、右腕だけを有線による拘束から逃していたのだ。しかもミュラーのメビウス・ゼロから見えぬよう右手を死角に隠して。
しかしもう止まることはできない。こうなればどちらが先に撃つかだ。
「行け!」
『喰らえ!』
ミュラーとジンのパイロットが同時にトリガーを引いた。
「…………」
『………………?』
しかし何時まで経ってもレールキャノンどころか弾一発として出ない。
メビウス・ゼロとジンは見つめ合う様に固まっていた。お互いに銃口を突きつけながら。
ミュラーが怪訝になりながら確認すると、レールキャノンの残弾がゼロになっていた。成程激戦のせいで気づかなかった。これでは発射も糞もない。
だが敵のMSまでなにもなしというのはどういうことだろうか。いや、まさか。
『ふむふむ。その様子を見ると君の方も弾切れかな?』
赤いジンから通信が入ってきた。奇妙に親近感の湧く声だった。
「君の方も、ということはそちらも?」
『ああ。私としたことが情けない。自分の機体の状況を逐一念頭に入れながら戦うなど初歩も初歩だというのに。だがこういう場合、敵が弾切れで死ななかったことを喜ぶべきなのかな。それともこちらが弾切れで敵を仕留められなかった不運を呪うべきなのかな』
「私の方は、生きていることを喜びますが」
『正直だな。……それを言うなら、こうして連合のパイロットと話しているのも奇妙だがね。私はギルバード・デュランダルという。君は? 私を追い詰めたパイロットの名を覚えておきたい』
「失礼ながら、連合軍の軍規で敵に対して情報を与えることは禁じられています。私は余り真面目な軍人とはいえませんが、それでもこんなことで上に目をつけられたくはない。名前は勘弁して下さい」
『残念だが無理は言うまい。では、失礼しよう。味方がこちらに来ているのでね。ここでこのまま絡まっていて、死にたいのであれば無理にとは言わないが……拘束を解いて欲しいな』
デュランダルの言う通りこちらに白いジンが接近しつつある。デュランダルの援軍だろう。
これ以上の戦いは無意味だ。ミュラーはガンバレルを操り、拘束を解くとそのまま最大出力でそこを離れていった。
なんにしてもこれでレールキャノンもガンバレルも打ち止め。早く補給を受けなければならない。
ミュラーは通信回路を開く。
『……連合……軍……告ぐ。……これ……我等……する……退』
「ん?」
ニュートロンジャマー影響下で上手く聞き取れないが、総司令部が何かを伝えようとしていた。
よく見れば連合艦隊が世界樹から退去していっている。これはまさか。
連合艦隊に接近する。そうすると通信もよく聞き取れるようになった。
『地球連合全軍に告ぐ。我々はこれより世界樹を放棄し退避する。MA部隊は艦隊と合流せよ。繰り返す。我々はこれより――――』
「世界樹を放棄するのか」
それも仕方ないかもしれない。ニュートロンジャマーのせいでこちらの戦略は根底から終わっていた。
ならばここら辺りで撤退するのも一つの戦略だ。
(だとすれば……)
世界樹は宇宙の交通の要所である一大拠点だ。ここを奪われることはザフトに圧倒的なアドバンテージを与えることを意味する。
そんなことを連合軍が許すはずがない。総司令部が許したとしても本国が許さない。
拠点から退避したい。だが拠点を敵に渡したくない。そんな矛盾した感情がぶつかった時、将が下す決定は一つだ。
ミュラーのその考えは程なく現実のものとなる。
内部にある自爆装置でも作動させたのだろう。巨大な世界樹が爆発して、粉々になっていく。
「世界樹が……」
あそこは良い場所だった。サンダースのホームはあの世界樹なので、その搭乗員のミュラーにとっては我が家だった。
それは比喩ではなく、世界樹には軍の宿舎とはいえミュラーの自宅もある。民間人だってかなりの数がいた。そんな世界樹が崩壊していくのである。一抹の寂しさとやるせなさがあった。
「ユニウスセブンが破壊された時、プラントの民衆はこれ以上のものを味わったのか」
世界樹の倒壊を見つめながら、ミュラーには司令官を憎む気持ちはない。もしもミュラーが司令官だとしても、同じ決断をしただろう。世界樹をそのまま敵に渡すというのは絶対に避けなければならないことなのだ。
それでも感情というやつは理屈だけで納得してくれない。
ミュラーは自分のホームに小さく敬礼をすると、艦隊と合流する。
――――世界樹における連合軍とプラントの戦いは双方に多大な犠牲者を生みだしながらも、一応のプラントの勝利という結果に終わった。
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