ミュラーが鹵獲して持ち帰ったジンは整備兵が簡単な修理を施してから格納庫に繋がれることとなった。
 それにしてもMAと違い人型のMSは威圧感が数段違う。ミュラーは自分の戦果というべきジンを見上げながらしみじみと思う。

「おう小僧。自分で持ち帰って来たもんが気になるのかい?」

 整備兵のリーダーであるベックが後ろから話しかけてきた。
 無償髭がぼうぼうと伸びていてやや粗暴な口調の人だが、腕は確かだし悪い人間でもないのでミュラーは彼に好意を抱いていた。リンカーンのブルーコスモス親派の艦長よりも遥かに。
 パイロットなんて職業は整備兵を信じてナンボだ。なのでその整備兵が信頼できる人物だったことは嬉しい事だ。

「ベック、整備兵の目から見てこのジンはどうだい。連合のメビウスと比べて」

「そうさな」

 ベックは腕を組み考える仕草をする。
 彼は整備兵一筋二十年のベテランであり整備した機体は1000を超えるが、ザフトで初めて配備されたMSの整備などしたことはないだろう。これは彼にとっても未知の機体なのだ。

「流石はザフト驚異の技術力ってとこだな。装甲だって厚いし旋回速度だってメビウスとは比べもんにならねえ。メビウスが勝ってることなんざスピードが精々だな」

「なるほど。それはメビウスが一方的にやられるわけだ」

「だがメビウスにはない欠点もあるぜ」

「へぇ。それは?」

「操縦性がとんでもなく難しい。メビウスよりもずっとな。ありゃ相当なじゃじゃ馬だぞ」

「……だからこそのコーディネーターか」

 第八艦隊のハルバートン准将などはしきりに連合総司令部に対してMSの実用化を強く進言している。だがその進言は未だに受け入れられていない。
 それにはメビウスなどを製造している軍需産業の圧力などもあるが、もう一つの理由としてMSの操縦がナチュラルには困難であるという事に尽きる。
 世界樹の戦いで連合は二機のジンを鹵獲することに成功した。そして実験のために連合の選りすぐりのパイロットを乗せてみたのだが、上手く操ることはできなかったそうだ。
 ジンに使用されているOSは反射神経などが高いコーディネーターのために調整されたものであり、ナチュラルには操りにくいものだったのである。
 もしもこのOSの問題を解決せずにモビルスーツの製造に着手したとして、連合のMSができたとしてもOSが疎かでは単なるでくの坊になりかねない。
 操縦性の困難さなど大抵は不利にしかならないものなのだが、この戦争に限ってはそれがザフトの優位に働いていた。

「まぁ訓練すりゃナチュラルでも扱えんことはないだろうが、メビウスとは操縦法がなぁ」

「違うのか」

「ああ。似てるところもあるにはあるが全然違うところもある。訓練すればジンだってナチュラルで扱えないこともないだろうが…………操縦性に慣れるのにかなり時間が要るわな。宇宙空間で飛ばすくらいならどうにかなるだろうが、動かせたって戦えなきゃ意味ねえんだ。三年みっちり鍛えてどうにかってところだ」

「三年……それは厳しい」

 やはりMSを配備するにしても中身が肝心となってくる。
 どれだけ高性能なMSがありそれを大量生産できたとしても、それを操るパイロットがいなければ話にならないのだ。

「ナチュラルでも使えるMSを、いや誰でも簡単に扱えるようなモビルスーツが欲しいところだな。出来るだけメビウスの操縦性とも近くなるような」

「まっ。MSだかなんだか知らんが、そういうことは上のお偉方の考えるこった。俺達下っ端はこうしてパイロットが帰って来れるよう機械いじくってりゃいいんだ」

「だねぇ」

 取り敢えずMSが実戦配備されるにしろされないにしろ、一パイロットでしかないミュラーがやるべき事は明日を生き残ることだ。
 ベックからジンのデータが書かれた報告書のコピーを受け取るとじっくり目を通す。
 勉強や書類を見るのは好きではないのだが、それが自分の生命に直結するのであればやるしかない。
 敵の力を正確に知ることは自分の生存率を上げることにも繋がる。
 そんな時だった。艦内に聞きたくない報せが流れた。

『第一種警戒態勢発令。第一種警戒態勢発令! パイロットは搭乗機にて待機して下さい』
 
 それは敵の知らせを伝える言葉。
 聞き間違いではないかと耳を澄ますが、オペレーターの言葉は一言一句変わることがない。

「第一種警戒態勢って、ジンを鹵獲した次は敵か。厄日だな」

「そら。ぼんやりしてんな小僧。お前さんのゼロはしっかりと仕上げておいたんだ。きりきり動け!」

 ベックの怒鳴り声に背中を押され慌ててゼロに乗り込む。

「オペレーター、なにがあったんだ? この辺りはザフトの勢力圏内じゃないだろう」

 ブリッジに通信を繋ぐと、オペレーターの女性の顔が映し出された。

『ザフト艦ローラシア級一隻がこちらに接近してきています。一隻ですので恐らくは』

「お互いバッティングしたのか。ついてない」

 ザフトのMSがどれだけ強かろうと戦艦一隻では大したことはできない。連合艦隊との戦闘などもっての他だ。
 となるとザフトはこのリンカーンと同じようにパトロールしており、偶然にも同じくパトロールしていたこの戦艦とぶつかってしまったと考えるのが自然だ。

『既にニュートロンジャマーの散布も確認されており通信が届き難くなっています。パイロットは注意して下さい』

「了解」

 ヘルメットを装着してレバーを握る。
 ローラシア級はザフトで最も多く配備されている戦闘艦だ。当然戦闘の要というべきMSも配備されていることは疑いない。
 問題はどれだけ配備されているかだ。

『世界樹のヒーロー様、頼りにしてますよ』

「するな」

 タナカのおちょくりを軽くいなすとメビウス・ゼロを完全に起動させる。
 いつまでたっても戦闘前の心臓に細いナイフを突き立てられるような感覚は慣れない。自分がこの戦いの後で生きてはいないのではないかと嫌な想像をしてしまう。
 それでも逃げることはできない。逃げ場などないのだ。この宇宙では。

「メビウス・ゼロ、ミュラー出撃する」

 感覚は慣れないが、出撃前の言葉には慣れた。
 すんなりと出撃する合図を言い放ってから漆黒の宇宙へと飛び出した。望遠カメラでみたところローラシア級からもMSが発進していた。

「1機、2機……3機か。多いな」

 メビウス・ゼロがジンと互角とされ、メビウスはジンの三分の一となっている。なら単純計算でこちらとあちらの戦力比は5:9。
 自分達の方が不利だ。

『ミュラー大尉』

 リンカーンのMS隊の隊長べリオ少佐が重々しく言う。

『戦力はこちらが不利だ。数こそ互角だが私とタナカ少尉のメビウスではジン一体は手に余る。お前はどうにかして一刻も早く一機のジンを撃墜しろ。その間、俺とタナカ少尉はジンの足止めに専念する』

「……それがベターですね」

 ミュラーがジンを倒してしまえば、戦力比は5:6となる。それでも僅かに不利だが、1の差くらいなら連携で補えばいい。
 連合のメビウスはそれなりに新しい機体だが、それ以前にも似たようなタイプのMAは存在した。だから過去に生み出されてきた連携パターンなどをそのまま使う事が出来る。
 しかしジンはMSという全くの新しい兵器だ。効果的な運用や戦術などは未だに完成していない。そこにこちらの勝機がある。

『タナカ少尉、話は訊いていたな。貴様は右のメビウスを相手にしろ。私は左をやる。ミュラー大尉、世界樹の英雄の力を見せて貰うぞ』

「……期待が重い」

 だがミュラーの責任は重大だ。もしジン相手に手間取れば、もしくは撃墜されればその瞬間にこちらの敗北は決まったも同然となる。

「やるしかないか」

 メビウス・ゼロの最大速度でターゲットのジンに接近していく。
 ジンはマシンガンを放ってくるが単調な攻撃だ。世界樹で戦った赤いジンと比べれば遥かに劣る。

「これなら」

 世界樹での強敵との戦い。それがミュラーの『スキル』を向上させていた。
 ガンバレルを母機から切り離す。瞬間、頭蓋という殻に閉じ込められていた思考回路が宇宙にまで広がっていったような気がした。
 ジンの攻撃を躱しながらガンバレルを背後に配置する。そうして一気に攻撃。
 四方からの砲火を浴びたジンはたまらず動きを止め、そこをレールキャノンで仕留めた。

「これで一機目」

 爆散するジンに気にも留めず、ミュラーはタナカの相手するジンへと向かっていった。

「タナカ。援護にきたぞ!」

『さっすが大尉! 早い仕事、お見事!』

「タイミングは合わせてくれよ」

 ジンは自分の仲間が短時間にやられたのか余程信じられないのか固まっている。人の弱気に付け込むようで悪いが絶好のチャンスであることは間違いなかった。
 ガンバレルを母機を中心に広く横一杯に展開すると一斉に弾薬を発射する。回避しようのない圧倒的な面攻撃の前にジンはその装甲に傷を増やしていく。
 だがゼロの最大火力であるレールキャノンの攻撃だけは受けないように躱しているのは流石はコーディネーターというべきか。
 されど、

『もらい!』

 そこを横合いからタナカの撃ったレールキャノンが襲う。ジンは数秒スパークしながら爆散していった。
 これで二機。戦力比も5:3で逆転だ。

『へへへっ。これで倒したジンも三機目。俺もそろそろエースっすかねぇ』

「馬鹿を言うな。早く少佐の援護に――――」

 それがタナカと交わした最後の会話となった。
 音もなく黄色い閃光がタナカのメビウスを貫く。メビウスが今までのジンと同じように綺麗な花火を打ち上げる。

「た、なか……?」

 メビウスに通信を入れる。返事が返ってくるはずがなかった。



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