ミュラーの新しく配属となったリンカーンの任務は主にパトロールだ。
 定期的に宙域をパトロールして情報を収集する。どうもニュートロンジャマーのせいで連合軍の通信妨害による被害が酷いようで、正確な情報を得るにはこういう地味でアナログな方法がベストなのだ。

「……C.E.にもなって、人間のやることなんて変わらないんだな」

 ミュラーはメビウス・ゼロのコックピットでぼやく。
 僚機は一機もない。これが戦闘なら一人で宙域をうろつくなど命知らずな行動なのだがミュラーの仕事は戦いではない。
 護衛艦リンカーンが妙な熱源を察知したのでそれを調べに行けと言われただけ、つまり偵察任務だ。
 サンダースに配属されたMAはタナカとべリオ少佐のメビウスだけである。護衛艦の警護は残しておかなければならない為、メビウスよりも高機動のゼロのミュラーに偵察命令が下されたのである。

「もう直ぐか」

 リンカーンの補足した熱源に近付いて行っている。
 ミュラーは望遠カメラを最大にしてその宙域にあるものをモニターに映した。

「おぉ……これか。熱源の元は」

 無数のデブリに紛れて一つの巨大な鉄屑が漂っている。
 光っていないモノアイ。腰にある重斬刀とマシンガン。ザフトのMS、ジンだった。

「誰も、いないのか?」

 ゼロを接近させ、ジンへの通信も試みてみるが応答はない。どうやらジンのバッテリーも切れているようだ。生命反応もゼロ。
 ミュラーはこのジンが全くの無力であることを確認すると、メビウス・ゼロのコックピットから降りてジンに飛び乗る。
 そうして暫しジンにある強制開閉レバーを探し当てると、コックピットを強制的に開いた。

「……うっ」

 思わずヘルメット越しだというのに口を押さえる仕草をする。
 コックピットを開けたジンの中にあったのは嘗て人間だったものだ。銃弾の跡や負傷らしきものはない。だが死んでいる。瞳孔が開いた虚ろな両目がなによりの証拠だ。
 推測だがなんらかの事情でこのMSとパイロットは本隊から孤立し、応答もとれないままここを漂っていたのだろう。
 そしてジンやノーマルスーツにある『空気』は無限ではなく有限。この宇宙で補給もなしに延々と漂っていることは出来ない。酸素がなくなればパイロットは死ぬしかない。

「まだ若いな」

 死んでいるパイロットは見た目だけで判断するならまだ十七やそこら。ミュラーよりも五歳以上も年下だ。

「…………」

 ミュラーはなんとなく遺伝子操作の限界というものを感じていた。
 如何に宇宙での行動に適したコーディネーターとはいえ、空気がなくなればこうして為す術もなく死ぬ。

「どこまでいっても人間は人間でしかないのか」

 真面目ではないがミュラーも軍人。死んだパイロットに敬礼をしてからコックピットを調べる。
 ジンの方はただエネルギーが切れたから動けなくなっただけで損傷らしい損傷はない。補給をすれば直ぐに元に戻るだろう。
 図らずも敵MSを鹵獲することに成功してしまったミュラーは少しだけ腕を組むと結d何する。

「持って帰るか」

 このパイロットには悪いが、損傷が無いに等しいジンを鹵獲することは意味があることだ。
 MSの性能を調べて、それに対して有効な戦術を組み立てることができる。おまけに解体すれば再利用もできるのだ。
 ミュラーはワイヤーでメビウス・ゼロとジンを繋ぐと、コックピットに戻る。
 ジンの重量はかなりのものだが、ここは宇宙空間。重さなどは無いも同然……というよりかは無い。ジンを繋いだゼロはブースターを吹かせながらリンカーンへと戻っていった。



 血のバレンタインから日が経ち、プラント全体で巻き起こった復讐熱も少しは沈静化の兆しを見せ始めていた。
 といっても山火事が大火事になった程度の鎮静化である。ナチュラル殲滅を掲げる最右翼の台頭は著しく、それは主戦派のパトリック・ザラ国防委員長の発言力を増し、穏健派のシーゲル・クラインの発言力を下げるという結果を齎していた。完全に鎮火するには何十年もの歳月を要することだろう。
 しかし混乱期が終わっただけでも十分だろう。少なくとも主戦派デモ集団により道路が止まるなんてことは起きなくなった。

「チェックメイト」

 ザフト士官に与えられた宿舎の一室にデュランダルの声が鳴る。
 クルーゼは黒い駒に制圧された自分の白い駒たちを見て「ふむ」と頷く。

「四勝二敗か。相変わらず強いな……ギルバート。流石は世界樹の英雄というべきかな」

「モビルアーマー37機・戦艦6隻を撃破という輝かしい戦果をあげた英雄殿からの賞賛とは嬉しいね。もっともMSを操る技量がチェスの技量とイコールで結ばれはしないと思うがね」

「違いない」
 
 デュランダルはラウ・ル・クルーゼという男を知っている。クルーゼとある意味において同じ存在を除けば誰よりも理解しているともいえるだろう。
 だからラウ・ル・クルーゼというコーディネーターの英雄がナチュラルであることも当然承知していた。 

「しかしラウ、コーディネーターというのも中々滑稽なものだとは思わないかい。彼等は自分を優れた人類。人間の進化した姿などと嘯いている。だが実際にザフトでも最強とされる英雄はコーディネーターではなくナチュラルだ。これはどういうことなのかな?」

 チェス盤にもう一度黒と白の駒を並べながらデュランダルが口を開いた。

「ザフト最強の英雄か。……だが英雄の片割れがコーディネーターならどうにか面目はたっているともいえるぞ」

「それもそうだ。だが私には一つ気になることがある。ラウ、どうして君はそんなに強いんだね?」

「………………」

「私は遺伝子については専門家だ。これでもそちらの出身者だからね。だから君の遺伝子がナチュラルの中にあっても相当のものであることは知っているし、その遺伝子がパイロットに向いていることも分かっているつもりだ」

「認めたくはないが、奴の血があるのだろうな。あの男は愚かだったが、その能力には特筆すべきものがあった。あとは努力の成果ということにしておこう」

 クルーゼは卓越した空間認識能力を除けばただのナチュラル。だから血の滲むような努力の果てに今の技量を手に入れた。
 デュランダルも嘗てはそう納得していた。
 コーディネーターのように遺伝子における優位性はある。パイロットなどの『戦士』に向いた遺伝子をもつ者もいれば、『指揮官』や『科学者』に向いた遺伝子を持つ者もいる。
 だがそれらはあくまでも素養でしかない。パイロットの素養をもとうとパイロットになる努力をしなければ大成する事は出来ないし、他の分野でも同様だ。
 その上でデュランダルには納得しきれないものがあるのだ。

「ラウ。私はパイロットとして宇宙に出て気付いた事がある。この世界には遺伝子以外にも別のなにかがある。ラウ。私は調べたのだが、君と同程度以上のパイロットに素養のある遺伝子をもつもので、君以上に努力をしたパイロットを先日見つけた。だが彼は君ほどの強さをもってはいなかった」

「何が言いたいのだね?」

「遺伝子以外にもあるということだよ。進化の可能性は……私にしても、特にパイロットとしての素養がずば抜けている訳でもないのだが、何故か君に匹敵するだけの戦果をあげられている。それが証拠だ」

「面白い仮説だな。もしこんな話を外ですれば君は危険因子扱いだ」

 コーディネーターとは別の、進化の可能性。
 それはコーディネーター至上主義に対する真っ向からの反逆だ。もちろん全てのコーディネーターがそんな意識を抱いている訳ではないし、コーディネーターもナチュラルも変わらないと考える人間もいる。だがコーディネーターの多くが能力の高さからナチュラルを見下す傾向が強いのは確かだ。

「ただもしそんな進化を促すとしたら、それは温室ではなくより厳しい環境なのだろう。ラウ、君の空間認識能力はMSでの戦いを始めてから驚くべき成長を遂げ始めた。それは君が戦争という極限状態に置かれたからだ」

「…………なるほど」

 クルーゼが口元を釣り上げる。
 デュランダルとクルーゼの密会はそれから一時間ほど続いた。



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