ミュラーが半ば強引にアズラエルと軍上層部の意向によってMSのパイロットになってから一週間が経った。
当たり前だが新しいエースをMSにのってザフトの適当な基地に特攻――――なんて馬鹿な命令はされず、最初はMSという兵器に慣れるところから始まった。
以前の戦いではベックとの会話や資料で見たマニュアルを必死に頭に思い起こしながら、我武者羅に戦っていたが実際の戦闘でそんな真似をしていたら生き延びることなどできない。
ミュラーのすべきことは先ずMSの特徴を覚えること。つまりは座学だった。
MSはただの兵器ではない。
電子レンジは勿論として、そこいらの宇宙船も霞んでしまうような最新科学の塊だ。動かすにしてもMSの特徴などを覚えておかなくてはならないのだ。
これが先ず難航した。
別にミュラーは馬鹿ではないし、士官学校でも座学でそこそこの成績を収めている。
しかしMSのような全くの新しい兵器のマニュアルを数日で叩きこむのは非常にキツイものがあった。
第一MSはザフト製の兵器なので地球連合軍には士官学校のような講師はいないのである。
まさかザフトから教官を引っ張ってくる訳にもいかない以上、独学で学ばなければならなかった。
それでシミュレーターによる訓練と並行して一通りMSに関する知識を叩き込んだところで、今度は実際にMSを動かすところである。
宇宙で一度操縦したミュラーだが、ここは地上。宇宙とは異なり地球には重力というものがある。
幸いジンは宇宙用の機体であるが地上での戦いも考慮された設計がなされた万能機であり大気圏内でも運用することが可能だ。
だがやはり感覚は異なる。
そもそもミュラーは宇宙軍の所属であり、陸軍のように地面に足をつけた兵器を操るのは専門外だ。
MAでの経験が地上での運用においては役立つことが少なく最も苦労した。
「出来る限り早く宇宙の化物以上にMSを操れるようになって下さいよ。あんまりモタモタしていたら他のところに先手をとられちゃいますからね。やっぱりこういうのは一番乗りでないと」
仕事の合間にふらりと立ち寄ったアズラエルはそんなことを言ってきた。
その勝ってな言い様にMAからいきなりMSに乗り換えるのがどれだけ無理難題なのかを小一時間ほどアズラエルに説教したいところだが、そこはミュラー。ぐっと堪え五分ほどそのことについて懇切丁寧に話すことに留めておいた。
このような無理難題をふっかけてきたのは本質的にアズラエルが商人だからなのだろう。
軍需産業の元締めで政治にも関わっていようと、根っこのところでアズラエルは商人なのだ。その思考回路も『利益』が中心となっている。
ただアズラエルはまだマシな上司なのかもしれない。
大財閥の御曹司のボンボンなんていうのは、自分だけ偉そうに遠く安全な場所でふんぞり返っていて、現場にあれこれを机上の空論をふっかけてくるものだ。だが良くも悪くもアズラエルはそういったタイプではない。
自ら現場に足を運び、現場の状況によって臨機応変に対応することができるヤリ手の経営者だ。
これで思慮深さや私情に引っ張られやすいところ、ヒステリックな点などを除けば完璧なのだが、そこまで望むのは贅沢というものだろう。
それにアズラエルがこのプロジェクトを重視していると言うのは本当らしく、ミュラー以外にも一流というべき技術者が集められていた。
「……コーディネーターの技術者をチームに加えれば、もっと捗るんですけど」
女性士官でありミュラーの副官として着任したルーラ・クローゼ中尉などはそうもらしていた。
ミュラーもその気持ちは分かるが、これはアズラエルの意地というか思想の問題だろう。
ちなみにクローゼ中尉はミュラーのサポート以上にMSのデータを研究所に送るという仕事をもっている。謂わばミュラーとMSのお目付け役だ。
そんなこんなで。
殆ど休みなしでMSとぶつかりあった結果、どうにかMSというものを頭と体の両方で理解できてきていた。
今では歩くことなど造作もないし、重斬刀を振り回すのも楽勝だ。
ジンのバーニアを使い曲芸染みたこともさせられるようになった。
「この調子なら、このまま配備してもある程度はいけるんじゃないかい?」
ミュラーはクローゼ中尉にそう言ってみたのだが、返って来たのは否定だった。
「少佐だから運用できるだけで、並みのナチュラルがのっても最低限実戦に耐えられるようになるまで数か月は要しますよ。第一これはザフトのOSを使っているからで、連合のOSはまだまだです」
クローゼの意見は辛辣ではあったが誤りではない。
ミュラーもアズラエル財閥が独自に作り上げたナチュラルのOSとやらをシミュレーターに入れてプレイしてみたのだが、戦闘どころか歩かせることすら至難の業だった。
操縦性が悪いというよりは、もはや操縦できるようなものではない。あんなものを採用したMSが採用できたとしてもザフトに撃墜スコアをくれてやるだけにしからないことは明白だった。
そうして今日。
ミュラーは三日ぶりに研究所を訪れたアズラエルに呼び出された。
「……MS同士での模擬戦ですか」
「そうです」
アズラエルの提案は半ば予想できていたものだった。
シミュレーターは死ぬほどやったし、一人で動かす訓練もかなりやった。となれば後はMS同士での模擬戦を残すのみである。
「ミュラー少佐。あなたはこれからジンと戦って貰います。ザフトが最も大量配備しているMS、相手としては妥当でしょう」
「了解です。ですがパイロットはどうするのですか? まさかオートで」
「まさか。貴方には宇宙の化物を退治するための訓練をして貰ったんです。ならオートで動かす人間じゃあ意味ないでしょう。オートじゃ動きだって鈍いですしねぇ。少佐にはよりリアルな戦場を体験して貰うために本物のコーディネーターを相手にしてもらいます」
「理事が、コーディネーターを?」
意外だった。コーディネーターを嫌悪するアズラエルが必要だからといってコーディネーターを使おうとするとは。
「そうですよ。ですが安心して下さい。化物とはいえちゃんと首輪を繋いでいる化物ですから」
「?」
「オフレコで頼みますよ。一昔前に軍がコーディネーターの身体能力に目をつけたことがありましてね。ナチュラルに忠実になるよう精神を制御した戦闘用コーディネーターを生み出す実験があったんです」
「戦闘用コーディネーターですって!」
遺伝子を操作して自分の思い通りの子供を生まれさせる。それも非人道的だが、アズラエルの話はそれに匹敵、または凌駕するほどに最悪だ。
「あんな化物は大嫌いなんですけどねぇ。一応ナチュラルのために生きたいなんて真正直にいうくらい精神コントロールは上々のようですから、この機会に使い潰してしまおうかと思いまして。困ってたんですよ、あれを廃棄するの。戦闘用コーディネーターのソキウスにはぺインド弾を使わせますが、貴方はばんばん実弾を使って下さい。ジンはある程度鹵獲してありますから壊して貰って構いませんから」
「あ、アズラエル理事っ!」
「なんです? まさか人道的じゃないとか感動的なことを言うつもりなんですか?」
「そうです。いえ、それもあります。アズラエル理事、私は不真面目な軍人です。色々あって英雄なんて祀り上げられていますが、そこまでハンス・ミュラーは素晴らしい人間じゃない。若気の至りで法律の腺をちょっとばかし踏み越えたこともある。ですが理事、貴方の仰ったことはそんなレベルではない。人道云々以前に大西洋連邦法違反です」
「熱弁をどうも。で、それがどうかしました? 僕のこと訴えます?」
ミュラーは語気が強すぎないよう、出来る限り誠心誠意に言ったつもりなのだがアズラエルの心には全く届かなかった。
訴えた所で意味はないだろう。アズラエル財閥の影響力は巨大だ。特に若くして国防産業理事まで上り詰めたこの男は大統領以上の権力を握っているといっていい。
英雄とはいえ所詮ミュラーはただの少佐。少佐一人の訴えではアズラエル財閥という巨人に傷一つ負わせることはできない。
「分かりませんね。戦場で宇宙の化け物を殺すのは良くて、模擬戦でコーディネーターを殺すのは駄目なんですか?」
「ええ駄目ですとも。何故なら傲慢なことですが、我々軍人は法律の許す範囲において殺人を許されているからです。もし軍務以外で人を殺したのならばそれは単なる殺人、軍人ではなく殺人者でしかない」
「どちらも同じじゃないですか。結局は殺すんですから」
「なのかもしれません。ですが自分がただの薄汚い殺人者などと思っていては軍人などはやっていられません」
アズラエルは腕を組み思案する。足の先で床を規則正しく叩きながら、ミュラーの顔をじっと見つめる。
こうして冷静に説得をしているミュラーだが、本当はアズラエルの顔面を殴り飛ばして強引に分からせてやりたい。
だがそうしないのは暴力が直接的な解決にはならないと知っているからだ。
例えここでミュラーがアズラエルをぶん殴り、銃で脅し戦闘用コーディネーターの身の安全を保障させたとしよう。
だとしてもその場はそれでいいが、直ぐにミュラーは軍法会議で銃殺刑。戦闘用コーディネーターはまた消費され続けられる。それでは意味がない。
「いいでしょう。他ならぬ貴方のお願いです。ビジネスパートナーはリスペクトしなければいけませんから。で、貴方はどうしたいんです?」
「戦闘用コーディネーター……ソキウスでしたか。彼等の人権を尊重して頂きたい」
「条件があります」
「なんでしょうか? 私にできることでしたら」
「コーディネーターはね。危険なんです。ザフトの連中を貴方も見たでしょう。本来は兵器ですらなかった作業用の重機をMSなんて化物兵器にまで発展させ、ニュートロンジャマーなんていう核分裂を阻害する兵器を生み出した。動物園だって犬猫は放し飼いにするかもしれない。けれどライオンやチーターは檻からは出さないでしょう。それは危険だからです。危険な生き物はしっかり首輪をつけて、檻に入れて管理しないといけないんです」
「…………」
「ですが管理するにしても相手はコーディネーターだ。管理するのも並大抵のことじゃあない。そこでミュラー少佐、僕が持ってきたナイン・ソキウスと模擬戦をして勝って下さい」
「!」
「戦闘用コーディネーター、ソキウスと戦い勝利すれば貴方は戦闘用コーディネーターより上位の強さをもつもの――――ソキウスを管理できる証拠となる」
「私が勝てばソキウスを解放するというのですか?」
「解放はしません。ただ真っ当な軍属としては扱う事を確約しておきましょう。取り敢えずはナインだけ」
「全てではないのですか?」
「出しゃばり過ぎですよ。これでもこっちは譲歩しているんです。僕は貴方を個人的に気に入っているし、貴方の今後の活躍に期待もしている。だからこうしてサービスをしているんですよ。少しは遠慮して下さい」
「……分かりました」
これ以上、説得をしても意味はないだろう。
口惜しいがここは堪えるしかない。
「ですがなにもかも貴方が勝ったらの話です。勿論このことはソキウスには伝えませんから、ソキウスは本気で貴方を倒しに来ます。また戦闘中にこのことをソキウスに伝えたりするのもルール違反。いいですか?」
「一つ確認があります」
「なんです?」
「弾は実弾ではなくペイント弾で構いませんね」
「OKですよ。それじゃ健闘を期待していますよ、少佐」
戦闘用コーディネーターというからには通常のコーディネーターより難敵なのだろう。
もしかしたら世界樹で会った赤いMS並みに強いのかもしれない。
(やれやれ。自分の命がかかわってるわけじゃないが、俺も人の子だ。死なない気で頑張るか)
ミュラーは初めて自分の命ではなく、他人の命を乗るために兵器に搭乗することとなった。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m