アズラエルの言葉を飲み脳味噌に届けるまでミュラーは三秒の時を要した。
 性質の悪いジョークなのかとアズラエルの顔を伺うが彼は至極真面目な顔つきをしている。嘘を言っているようには思えない。

「理事、ですがMSというのはメビウス・ゼロとは違います。他のパイロットがメビウスを使用している中で私だけMSというのは」

「おっと拒否はしないで下さい。このことはもう上とも話をつけているんですから。はいこれ」

 アズラエルの差し出してきた大西洋連邦軍の書類。
 そこには確かにハンス・ミュラーを敵鹵獲機動兵器のテストパイロットに任ずると書かれていた。

「ミュラー少佐、僕はね。これでも貴方に期待してるんです。コーディネーターのような宇宙の化物と僕達ナチュラルから真っ向から戦えるパイロットが登場した。僕達にとっては最高のハッピーニュースです。いや本当によくやってくれました」

「偶然です」

「偶然にも限界がありますよ。少なくとも貴方のあの戦果は実力の伴った偶然でしょう」

「…………」

 否定はできない。偶然だけであんな事にはならない。
 MSをのった時に感じた全能感。あれは偶然だけで得ることはできないものだ。

「たしか貴方のファーストネームはあの伝説的なエースパイロットと同じでしたね。彼と同じような戦果をあげてくれることを祈りますよ。丁度あなたの名前、ドイツ系ですし。先祖はドイツからですか?」
 
「はい」

 ミュラーはその名前の通りドイツ系の移民だ。
 ずっと昔に今はもういない父に聞かされた話によればA.D.の1990年代に大西洋連邦、当時のアメリカ合衆国に移住したらしい。

「ですが理事。私をスツーカの悪魔に準えて頂けるのは光栄ですが、ファーストネームを同じにするだけで同じ才覚を得られるならコーディネーターなんてものは生まれません。誰しも子供の名前をジョージ・グレンにすればすむはなしですから」

 嘗て「我々ヒトには、まだまだ可能性がある。それを最大限に引き出すことができれば、我等の行く道は、果てしなく広がるだろう」という理念を持った正体不明の科学者グループが存在した。
 彼等の手によって受精卵の段階で遺伝子操作されて誕生した、人類史上初とされているデザイナーベビー。
 人類最初のコーディネーター。コーディネーターという概念を生み出したファースト・コーディネーター、それがジョージ・グレン。
 世界に誕生したジョージは経歴・家族不明のまま育った。
 そして経歴不明の道筋にジョージは自分の才能で栄光を彩始める。
 17歳でMITの博士課程を修了、オリンピックでは銀メダルを獲得、アメリカンフットボールのスター選手でもあり、海軍に入隊すればたちまちエースパイロットとなる。理工学の分野でも様々な業績をあげており、今なお使われる宇宙航空技術やMAやMSの開発にもジョージの齎した業績が直接的・間接的に関わっている。
 歴史上、マルチな分野で活躍したような偉人はいた。
 三国志で有名な曹操などは軍事の天才でありながら、詩などの芸術方面でも優れたものを残しているし個人の武勇で名を馳せた逸話も残っている。
 だがどれほど歴史を吟味しようとジョージ・グレンほど多角的かつ広い分野で超一流の結果を叩きだした天才はいないだろう。
 ジョージはそんな人として最大級の名声を得る中で、自ら設計した木星探査船『ツィオルコフスキー』に乗り込んで木星探査に出発する際、宇宙からの通信で自分が遺伝子操作を受けた人間であることを初めて告白し、その詳細なマニュアルを世界中に公開頒布した。
 そしてそのマニュアルを用いジョージと同じように遺伝子操作されて誕生した人間こそがコーディネーターなのである。

「ジョージ・グレンですか。ミュラー少佐、あんまり彼の名を出さないでくれませんか。僕はコーディネーターが嫌いなので」

 アズラエルは不愉快そうだった。コーディネーターを批判するブルーコスモスにとってジョージ・グレンはコーディネーターを生み出した元凶ともいうべき存在である。
 ブルーコスモス盟主のアズラエルからしたら不愉快な名前だろう。

「失礼しました」

「ですが名前だけでその人物になれないという貴方の言葉は正解です。もしもそうなら僕だって自分の娘の名前をヘレネにでもしますよ」

「娘がいらっしゃるのですか?」

 ミュラーは目を丸くした。
 アズラエルの年齢は三十歳くらいだと聞いている。子供がいてもおかしくはない年齢だがブルーコスモス盟主にも家族がいるのだと思うと新鮮だった。
 当たり前なのだろうが、この人も人間なのだと実感する。

「ええ、いますよ。もう直ぐ十四歳になります」

「……理事。失礼ながら理事は三十代ときいたのですが、それで十四歳……なのですか?」

「はいそうです。恋愛と政略を両立した結婚でしたよ。まぁ、未来のフィアンセを我慢しきれなくなりましてね。僕も若かったですから」

「………………」

「っと。僕の身の上話はこれまでにしておきましょう。面白くもないでしょう。それにタイム・イズ・マネー、時間は一秒たりとも無駄にしちゃいけません。勿体ないですから」

 空気が張り詰める。
 軍人には切り替えの上手い人間がよくいた。普段はお調子者でヘラヘラとしたチンピラ風の男でも、いざ戦いになれば鋭い鷹のような眼光となり落ち着いた雰囲気を纏い出すような兵士をミュラーは見た事がある。
 それはアズラエルにも似ていた。その前に見た兵士ほど劇的な変化ではない。だが先程のフランクさは失せて、貪欲に利益を求める商人の顔となった。

「ここだけの話、オフレコで頼みますよ。第八艦隊のハルバートン提督から再三にわたるMS製造計画の要請が連合総司令部に届いてます」

「それで、その要請をどうするので?」

「その前に、貴方はどう思います。MSの正式採用は。軍人さんの意見を聞いておきたいんです」

「悪くはないと考えます。現在配備されているMAメビウスでMSに勝つのは至難です。メビウス・ゼロはジンと互角に戦えるだけのポテンシャルをもっていますが、ゼロは空間認識能力を必要とするため素養がないパイロットが乗ってもメビウス以下の性能にしかなりません。数は連合が圧倒的に上ですが、質の方がザフトが遥か上です。ならば連合は質の面でザフトの差を縮めるのが肝要かと思います」

「ふむふむ」

「しかし問題点もあります。仮にMSを正式採用して実戦配備したとしても、それを使えるパイロットがいなければ話になりません。ザフトのMSジンは操縦するのが難しく、これはリンカーンの整備班長の意見なのですが……平均的ナチュラルのパイロットがジンを満足に操縦できるようになるには最低でも一年は要すると」

「正しい見解ですね。ではその上で連合が目指すべきMSはどのようなものと思いますか?」

「誰でも直ぐに扱えるような簡単な操縦性のMS。……もっといえばナチュラル用のOSでしょうか」

「完璧です。いやパイロットとしての技量だけではなく洞察力も素晴らしい」

「恐れ入ります」

 連合がMSの正式採用に消極的な理由がそれなのだろう。
 質をあげようとしてMSを配備したとしても、扱えるパイロットが誰もいませんでした、なんて結果に終われば逆に質を下げてしまいかねない。

「ハルバートン提督の要請は難航しています。技術的に我々の方でもある程度のMSを作る事は可能なんですが、一向に開発されることがない。といってもメビウスを開発している元締めが一番ごねているんですけどね。MSなんて兵器が戦場の主役になってしまえばメビウスの価値が下がって利益がなくなってしまいますから」

「…………」

 ミュラーはそのごねている男の髪の毛を掴んでからぶん殴りたい衝動に駆られた。
 自分の利益が人の命より重いと考えている人間とは永久に分かり合う事は出来ないだろう。

「ですがもしMSを配備しないまま地球がザフトに制圧されてしまいました、では笑い話にもならないでしょう。遅かれ早かれ連合総司令部もハルバートン提督の要請を受けるはずです。……ですが、どうせMSを開発することになるなら、先に開発しても問題はないでしょう」

「しかし、それは」

「ええ。リスクは高いですよ。勝手に作る訳ですから、国の援助もないですし」

「……」

「ですが僕はなにもMSを作ろうって言うんじゃない。MSのOSの雛型を最初に用意しておこうっていうんです。もしMSが配備されるっていう時にうちがナチュラル用のOSを押さえておけば、こっちにかなりの利益が転がり込んできますからね。将来利益が出る物は先に抑えておく。商売の基本です。そして僕の商売は貴方達軍人さんにも得になることだと思いますけど」

「…………はい」

 例えアズラエルが利益のためにMSのOSを作ろうとしているのだとしても、それが結果的に前線の兵士達の生存率をあげるのならばミュラーにも否はない。
 寧ろ歓迎するべきことだ。

「貴方のMS、ジンにあるコンピューターは貴方の戦闘を随時記録します。僕が欲しいのは机上の空論じゃない。実戦を潜り抜けた生の戦闘データです。それを基にしてナチュラル用のOSを組み上げる。そのためにナチュラルでありながらMSを扱える貴方を呼んだんですよ。コーディネーターでは問題が出るかもしれませんから。貴方を『英雄』にすることで士気高揚させようって意味もありますけど」

「命令であれば、従わなければなりません」

 ジンに乗りデータをとる。大切な戦闘データを失いたくないのであれば、そうそう最悪な場所に送り込まれることはないだろう。
 そういった打算もあってミュラーはこれを受けた。

「決まりですね。ミュラー少佐」



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